第216話 またユーリー先輩と喧嘩したの?
誰もいない教室が、何となく好き。
それだけの理由でクロエはいつも皆より少し早く登校している。
誰か話せる人が来るまでは読書でもしていようかな、などと思っていたのだが――
「あのー、大丈夫?」
クロエはおずおずと珍しく登校していたルークに声をかけた。
前もこんなことあったな……というかルークと話すきっかけになったのは全く同じシチュエーションだったはずだ。
「……またユーリー先輩と喧嘩したの?」
クロエがすぐ傍で声をかけても反応がない。
寝ている――わけではなさそうだが、心ここにあらず、といった感じだ。ぼーっと前を見つめている。
「おーいルークくーん、本当に大丈夫?おーい。」
クロエは少し声を大きくし、ルークの目の前で手を振ってみる。
「うぅぅ、クロエちゃん~俺本当にどうしたらいい……?」
ようやくクロエに気づいたルークは、悩んでいる、というより疲れているように見える。ブレアが修学旅行に行ってしまった時より重症のようだ。
「うーん、そういえば!さっきユーリー先輩とすれ違ったよ。」
「え、どん……先輩どんな感じだった!?」
想像以上に食いついたルークにクロエはえぇ、と戸惑いを見せる。
何故そんなに切羽つまっているのだろうか。
「普通……だったかな?いつも通りきりっとしてたよ。」
「うわーむずい、それどっちだ。」
本当に普通なのか、それとも不機嫌なのかわからない。
昨日も夜遅くにちゃんと部屋に戻ってきてくれたが、ブレアに声をかけようとしたところで意識が途絶え――気が付けばブレアのいない部屋で寝ていた。魔法で眠らされていたらしい。そしてブレアは朝早くに出て行ってしまったようだった。
ブレアが部屋にいた痕跡はルークの寝落ち寸前の記憶と、ベッドに放り出されていたリアムのものらしき男性モノの上着2枚だけである。
「ユーリー先輩、1人の時いつも無表情だもんね……。挨拶したら返してくれたよ。」
「うわーわからん、どっちだ……。」
「わたしのこと覚えててくれたみたいで、『あぁ、あの時の――じゃなくて、リアムの教え子』って言われた。」
「うわぁ終わった、俺を記憶から排除しようとしてるだろそれ!」
そこは普通『ルークの友達』だろう。わざわざ言い直して『リアムの教え子』と言うなんて。
「うん、確かに何かあったのかなとは思ったな。何かしちゃったの?」
「それが全く身に覚えがなく……。」
しれっと自席に鞄を置いたクロエが戻って来てルークの隣に座る。
丁度席に着いたと同時にルークは悔しそうに低い声で言った。
「突然振られた。」
「うーん大変だ……ね……え、振られた!?振られたって、恋人同士じゃじゃなくなるってこと……だよね!?」
相槌を打とうとしたクロエが目を見開いて聞く。
心底嫌そうに頷くルークを見て、クロエがますます表情に驚きを見せる。
「本当に!?ルークくんの勘違い?」
「勘違いじゃない、絶対別れてくださいって言われた!あ゛ぁー俺の人生終わった……!」
よくルークが振り回されて落ち込んでいるのを見るが、まさか別れるとは。
喧嘩するほど仲がいいというか、逆に絶対別れないだろうと勝手に思っていた。
「それは辛いよね……心当たりは本当にないの?」
「ない。直前までリアム先生と話してたけど、そんな話してないって言うんだよなぁ。全然いつも通り……あ。」
変わりないと思っていたルークだが、心当たりを見つけてしまったらしい。
言い辛いことなのか、少し視線を彷徨わせて迷っているようだ。
「……クロエちゃん、もしかしたら先輩――他に好きな男ができたのかもしれない。」
「嘘っ、誰か……それっぽい人いるの?」
別に誰も聞いていないし隠すような話でもないかもしれないが、なんとなく声を潜める。
ルークもなんとなく緊張しているのか、周囲に誰もいないことを確認してから小声で言った。
「ヘンリーだと思う。」
「……え本当に!?全然そんな感じじゃなかったと思うけど……。」
予想外すぎて一拍反応が遅れてしまった。
時々話してはいたがルークのおまけのような感覚で、特別親しそうには見えなかった。
実はクロエの知らないところで2人で会っていたのだろうか。
「今まではそうだったけどなんか2人で1回喋ったっぽくて……何故か先輩ヘンリーのこと気に入ったっぽいんだよ。よく考えたら秋の校外学習の時もヘンリーに声かけてたし、実は前からヘンリーのこと狙ってたのかもしれないよな。ヘンリー普通にいい奴だし意外と顔いいし勝ち目ないじゃん俺!」
「意外とは失礼だよルークくん。でもヘンリーくん側は先輩のことそんな風に思ってないんじゃないかな?」
クロエはどんどんネガティブになっていくルークをなんとか立て直そうとしている。
もしヘンリー側もブレアが好きとなれば大問題である。友達なのだから一言言ってほしい。
「そんな話は聞いたことない。けど……先輩に迫られて靡かない男は男じゃない。」
「それはルークくんが先輩のこと好きだからそう見えるだけ……って言ってあげたいけど確かにそうかも……。」
ブレアはクロエから見てもものすごく美人だと思う。学校で1番――いやクロエが今まで見た人の中で1番かもしれない。
もしあの美少女に言い寄られたら好きでなくとも付き合ってしまいそうだ。
「それにヘンリーはアーロン先輩と同じ血が流れてる、アーロン先輩は先輩の顔がめちゃくちゃ好み、つまりそういうこと!」
「で、でもほら、ヘンリーくんは人を見た目で判断するタイプじゃない……よ、多分……。あんまりお兄さんと似てないから異性の好みも違うかもしれないよ……?」
自信満々に断言するルークをクロエは必至で否定しようとしている。
「そうだ、ヘンリーくん前言ってたよ、面白い人が好きって!」
以前話している時に面白い人が好きだと言っていた。別に恋バナをしていたわけではないが、恋愛対象でも同じかもしれない。
奇想天外な人というか変わった人というか、とにかく見ていて面白い人が好きらしい。
「先輩って面白くないか?」
「ごめん、すごく面白い。」
ますますブレアに当てはまってしまった。
性別を自在に変えられる。魔法馬鹿で突然突拍子もないことをやりだす。天然なのかどこか浮世離れしており、猫のように気分が読めない。
どこをとってもヘンリーの言う“面白い”そのものである。
「ヘンリーくん、他の人が好きだと思うけどな……?」
それだけ言ったきり2人とも無言になってしまい、気まずい時間が流れる。
いつの間にか教室内の人もかなり増えていた。
「おはよーロイドさん。ルークくんも今日早いんだ?」
ヘンリーも登校してきたようで、何故か揃って黙っている2人に声をかけた。
ルークが早いということはブレアと何かあったのだろうと予想がつくが、クロエの様子もおかしい。
「「……おはよう。」」
「ロイドさん元気なくない?どうしたの?」
別にルークを無視しているのではない。ルークのことはわかりきっているので後に回しただけだ。
顔を上げてくれたクロエとはっきり目が合ったが――すぐ気まずそうに目を逸らされてしまった。
「あのーヘンリーくんって、好きな子いる?」
「……は?」
意図の読めない質問にヘンリーは唖然としている。
なぜか物凄く答えが期待されているので、ヘンリーは大きな溜息とともに口を開く。
「――ごめん、2人とはゼッテーその話したくない。」
ツッコみどころしかないのはわかったが、どこからツッコめばいいのかわからない。
ただ1つ言えることは、ルークとクロエとは絶対に恋愛絡みの話をしたくない。




