第215話 別れてほしいって言われたんです
部屋に戻ると言っていたのに、ルークが寮室に戻ってもブレアはいなかった。
1人なこともあり、ルークはずっとぼーっとしていた。本当にずっとぼーっとしていた。
考えごとをしていたのかというとそういうわけでもなく、抜け殻状態である。
何も考えていないのに気づいたら料理は作り終わっていた。習慣って怖い。
そうして何時間も、何時間もぼーっとして、消灯時間が迫ってきて気づいた。
「――先輩、どこ行ったんだ……?」
ブレアが帰ってきていない。もう校舎は閉まっているだろうに、一体どこに行ってしまったのだろうか。
さすがに心配になってきた勿論行く当てもなく、とりあえずリアムの部屋を訪ねた。
「こんな時間にどうしたんですか?ディアスさん。」
すんなり出てきたリアムは少し迷惑そうな顔をしている。
「――リアム先生、今日先輩とどんな話したんですか……。」
「……先に大丈夫ですかと聞いてもいいですか。顔色も雰囲気も違いすぎてどなたかと思いましたよ。」
別人、というかゾンビか何かかと思った。
とりあえずブレアが何かしたのはわかったが、何をすればルークがこうなるのかさっぱりわからない。
「大丈夫じゃないです、先輩に嫌われたかと思うと不安で不安で息も吸えないんです!」
当たり前のように言うルークだが、呼吸くらいはしてほしい。
というかさすがにしているだろう。
「進路相談ですが。ディアスさんの話なんてしてませんよ。」
「だったら何で俺振られたんですか!?またリアム先生が別れろとか言ったんじゃないですか?」
リアムはしていません、と一蹴しようとして――ん?と首を傾げた。
「振られた、と言いますと……?」
「別れてほしいって言われたんです。」
おかしい。ブレアがルークと別れたがるなんてありえないとリアムは思う。
ブレアはかなりルークを気に入っていたようだし、別れるきっかけになるような会話もしていない。
「今回ばかりは本当にそんなこと一言も。そもそもあのブレアが、私の説得であなたを諦めると思いますか?」
「思います。」
そこは否定してほしかったのだが、ルークは光の速さで頷いた。
リアムが何度言っても私生活の乱れすら直さないブレアが、大事なものを簡単に譲るわけがないだろう。
「だって先輩、めちゃくちゃブラコンじゃないですか!先生にべったりすぎて言うことなんでも聞きそうじゃないですか!」
「私が我儘聞いてあげてる側なのですが……。」
ブレアはリアムの言ったことを基本聞かない。
リアムの授業以外は寝ているし、食事はろくにとらないし、リアムがいなければスカートで足を開いて座るし。
逆にリアムはブレアの頼みを全部聞いて叶えてあげているはずなのだが。
「ぱっと見はそうですけど……先生が超絶美少女な先輩侍らせて欲求満たしてるのわかってますから。」
「私への印象がすこぶる悪いようで。可愛い生徒にそんなことを言われると、先生は悲しくなってしまいます。」
「先生が先輩以外の生徒のことを可愛いとか思ってないこともわかってます。」
「……仕事ですからね。」
やんわりと否定していたはずのリアムが誤魔化すように目を逸らした。
教師になってわかったことは『年下の相手は基本面倒臭い』ということである。
ブレアとは別ベクトルで面倒臭い。
「ガチで申し訳ないとは思うんですけど俺担任だからってリアム先生のこと好きになるの無理ですからね!?いっつもいっつも俺を空気にしてイチャイチャして!羨ましくて死にそうなんですから!」
「ただの嫉妬じゃないですか。私の義妹、素直で可愛らしいんですよねぇ。」
「俺が知ってる先輩と違う!」
負けた、とルークは膝から崩れ落ちてしまった。
真面目な話かと思えばこれとは、わざわざ何しに来たのだろう。
「私と張り合うのではなく、ブレアにちゃんと向き合ってくださいよ。今だってブレアの傍にいてあげるべきじゃないですか?」
「違うんです、先輩が部屋に戻って来ないので探してるんですよ!絶対リアム先生のとこだと思ったんですけど……匿ってないですか?」
「いたら消灯前に追い出してますよ。」
「じゃあ余計ヤバいじゃないですか!先輩どこ行ったんですか!?」
リアムのところじゃないというならいよいよ探す候補すらない。
もう夜遅い――普段のブレアならとうに寝ている時間だというのに。
「俺と会いたくなかったのかもしれないですけど、それなら俺を追い出せばよくないですか!?先輩の部屋なんですから別れた男を入れなくても……いや俺は別れたつもりないんですけど!」
ルークは別れることを承諾していないし、本心を言うと絶対に別れたくない。
けれどブレアのことだ、無言を肯定とみなして別れたつもりでいるに違いない。
「部屋に戻っていないなら……外にいるんでしょうね。」
顎に指を添えたリアムは明後日の方へ視線を向ける。
どこかで拗ねているのだろうが、この時間に1人で外は心配でしかない。
「危なくないですか!?暗いし寒いし、先輩可愛いし……。」
「うちの義妹に何かあったら呪いますからね。」
リアムがにこりと目を閉じて笑うと、ルークはすかさず頭を下げた。
大事にはなっていないと思うがひとまず謝っておく。
「冗談はさておき、そろそろ部屋に戻って休んでください。ブレアは私が迎えに行きますから。」
「先輩が行方不明なのに寝てられません!……って、場所わかるんですか!?」
「ええ。何年あの子と一緒にいると思ってるんですか。」
目を開けたリアムは当然のように頷く。
ルークはこんなに焦っているというのにわかるのか。
「地元の時以来なので断言はできませんが、行きそうなところの目星はついてます。」
「それは先輩を怒らせて逃亡させたことが先生にもあると……?」
よくあることのように言うリアムだが、よくあってはいけないだろう。
ルークが信じられない、とでも言いたげな顔で聞くと、リアムは困ったように苦笑した。
「私ではなくて、ブレアの母親ですね。頼まれてブレアを探したことが何度かあります。」
「先輩も親子喧嘩とかするんですね……。」
仲はよかったようだし意外かもしれない。
というかそれは何年前の話なのだろう。今と状況がかなり違うのではないか。
「喧嘩というよりは……ブレアが何かして、母親を悲しませてしまった時だったように思います。」
その時のことを思い出したのか、リアムはくすりと小さく笑った。
「とにかくブレアは必ず保護しますので、ディアスさんはもう部屋に戻ってください。」
「嫌です!俺も先輩探しに行きます!」
リアムはすぐに首を横に振る。
駄目と言われても、消灯時間とブレアではルークにとって価値が違いすぎる。
「仮にブレアを見つけたとして、なんと声をかけるつもりなんですか。」
薄く微笑んだリアムが聞くと、ルークは言葉を詰まらせた。
ブレアが帰ってきた後のことをずっと考えていたはずなのに、具体的には出てこない。
「……なら、私にまかせてゆっくり考えてください。ブレアもそうするために1人になったんでしょうから。」
「いやでも、俺早く先輩に謝らないと……。」
咄嗟に言ったが語尾が濁る。そういえば謝って余計機嫌を損ねてしまったことがあった。
だからといってそれ以外に何を言うべきかと考えれば何もいい案が浮かばない。
「その必要はありません。ブレアはディアスさんに怒っているのではなくて――自分自身のことが、許せないだと思いますよ。」




