優真の手記① DA8ー2p
〈DA8ー2p エーヴィヒ〉 デイブレイク社第八世代(仮)試作・エーヴィヒ
迷走を続けていたデイブレイク社が第八世代として開発中のアンドロイド二機のうち、妹の方。pはこの場合プロトタイプであることを示し、また型番も便宜上のものでここから変わる可能性も捨てきれない。
そのコンセプトは姉の〈DA8ー1p イタニティ〉と同じく、優れた成長性とメンテナンス周りの自動化にある。そのため、開発コードはドイツ語で永遠を意味する語になっている。
耐久年数が年々延びているアンドロイドだが、エーヴィヒ・イタニティ両名は永久に稼働するという試験結果がでているが、実際の所は証明のしようがない。ただ、整備のやりやすさや正確さにおいてめまぐるしい成長があったのは確かである。
性能では他社の追随を許さず、まさに新時代の到来を告げるアンドロイドとなっていることは周知の事であろう。
しかし、デイブレイク社特有の弱点は相変わらず残っている。
第一に、放熱。
小型化に伴い放熱周りにさくスペースが削れ、その結果腰付近と頭部の少々頼りないラジエーターに全ての熱交換をゆだねることとなってしまっており、不安が残る。また、スカートをはかせるとラジエーターの風が干渉してしまうことがあげられるが、これは製品版では改善される可能性が高い。
第二に、アンドロイドの三原則。
デイブレイク社のアンドロイドは頭が柔らかすぎるために三原則を上手くすり抜けるケースが報告されている。これは三原則を主観的にとらえがちなアンドロイド共通の弱点とも言える。
人間的なアンドロイドを目指してきた今までのアンドロイド達と違い、第八世代からはその中での制限や立ち居振る舞いに注目されていくこととなるだろう。これを見る限り、デイブレイク社の第八世代で『人間的人造人間』の開発は一段落ついたと言うことができるだろう。
が、これらに関しては『小型化』の故であり、この小型化はイタニティに比べ省電力を目指した結果である。エーヴィヒはイタニティに比べ若干の性能低下を招いている……が、第七世代の性能には大差を付けているので今のところはさほど注目されていない。
まだ第八世代間での性能差を論ずる段階ではないのだろう。
また、マスターに依らず、何故かアンニュイな性格になる場合が多いようだ。
何が原因かは未だ不明だが、これは社会的な自分の立ち位置がかなり特殊であり、目立つ行動が取れないことや、今までのアンドロイドとは比べものにならない速度で仕事を片づけるため待機時間が増えていることを『怠け』と捉えられ、人間から見るとアンニュイな態度に見えてしまうことなどが考えられているが、確証がない。
今までには無かった『妹』という設定は媚びているわけでも単なる識別のための記号でもなく、性格形成を早めるためにあるロールを与えることが効果的であると判断されたためである。そのせいかテンプレートぎみに甘えたがりな性格になっているが、これは持ち主の希望でどうとでもなる上、姉妹機〈イタニティ〉が存在する以上、デイブレイク社としてはどちらか一方好きな方を選ぶことを推奨することだろう。現行第八世代では競争するべき相手がいないため、しばらくの間はデイブレイク社の独壇場となることが予想される。
どこか似ているにどこか決定的に違っているエーヴィヒとイタニティの関係性はアイデンティティの構築を容易にする。自分のことを相対化できるということは存外効果的らしい。
そのため自我形成時は活動範囲の中に〈イタニティ〉がいることが望ましい。
試作機に限った話ではこれはなかなか厳しい条件となるが、製品化と大量生産が進めばまず問題ないだろう。
その性能は確かに凄まじいの一言であるが、デイブレイク社の特色を色濃く受け継いでいるエーヴィヒは将来的にはニッチな層にしか受け入れられなくなる可能性がある。
しかし、デイブレイク社のアンドロイドに魅了されてきた人々にとっては、エーヴィヒ・イタニティ以上に理想的な機体は無いことだろう。
「優真、お勉強?」
一人自室の勉強机に座り、エーヴィヒの仕様書を眺めながら自分なりにレポートを作っていると、噂の主である〈DA8ー2p エーヴィヒ〉……こと、夕陽が訪ねてきた。
俺が勉強をしていたのは察してくれていたのか、片手にはマグカップが握られおり、それを机の端においてくれる。濃い黄色の液面と芳醇なコーンの香り――。体が温まるようにコーンスープを入れてくれた、ということだろうか?
「ありがとう。それで夕陽、こんなに遅くまで稼働して大丈夫なのか?」
「エーヴィヒは元々電池長持ち――でも、もう少ししたら充電する」
アンドロイドの充電は、人間の睡眠に近い。形も、効果も。
無駄に広い我が家の一角にはマットレス型の充電器が三つあり、そこで永久、朝陽、夕陽が充電をすることになる。アンドロイドの充電は基本的に寝そべる形となり多くのスペースを食うのだが、昨今では折り畳み式なんかもでておりスペースの有効活用が可能となった。……まあ、今現在の俺の部屋には、そんなコンパクト化を完全に無視したユニットで、永久が眠っているわけなのだが。
夕陽はいわばショートスリーパー。充電時間の割に稼働時間が長い。アンドロイドが持ち主より先に寝ちゃう現象はもはや起こらないらしい。
今日の永久のようなハプニングも、もう起こりえないのだろう。さっきまで寝坊だARROWだ不貞防止だと大騒ぎだったのはどこ吹く風と言った様子で、彼女は深い眠りの底。こういったところは、ちょっと寂しい気もする。
「あまり無理をするなよ」
「優真には言われたくない。優真が夜更かししてると、気になって夢見が悪くなる。だから、早く寝て」
アンドロイドが『夢見が悪くなる』か。おかしな話だ。
「――そうだな」
ふふ、とついつい笑みを浮かべていた。彼女は自分を窘めるために冗談を言っている。上から目線になりすぎず、かといって味気なくもならない程度に。
これで始動して間もないというのだから末恐ろしいの一言だ。
第一世代のころから永久という人格と向き合っている自分からしてみれば、こんな出会った頃から人間味マシマシな彼女には驚かされてばかりだ。
他の機体のデータを流用しているとはいえ、デイブレイク社以外にはまず真似できないだろう。
「嘘。優真、寝る気無い」
「そうだな」
なんせ、また記述すべきことが増えたのだから。
自分の経験を信じて試作機のAI教育を任せてくれた人々への義理がある。これは自分としての意地だ。
デイブレイク社の方にデータとして提出せねばならない。俺の思うことを素直に自由に書けとのことだし、自由に書かせてもらおうではないか。
「少しは悪びれて欲しい」
時刻は1時を少し回った辺り。アンドロイドの稼働時間としては驚異的な部類だ。
「悪かったよ。でも、今日だけ許してくれ。あと十分だけ」
夕陽は納得してくれたようだが、その場を離れようとしない。
信用が無い。しょうがない。
……分かっている。身を案じてくれているんだ。優しい子だ。
まだ改善すべき点は多くあるがそれも一種の個性と思えてしまうほどの人間味に満ちている。
デイブレイク社が自身を持って新たに売り出す商品であるとともに、『この子』は誰かの描いた理想のアンドロイド像であり、人類の夢そのものであることを忘れずにありたい。
下らない感情論ではあるが、これを結びの言葉とする。
「終わった?」
「ああ、ひとまず」
あとは時を置いて読み返した時に加筆修正するくらいだろうか? そのときまでに、また書きたいことも増えているだろうし。
「それじゃあ、すぐに寝る」
待ちかまえていた夕陽は俺をガンガンせかしてくるのだ。
「ああ、そろそろ夕陽も限界だろうしな」
「ベッドに入って」
「…………え?」
「布団掛けるの、やってみたい」
なんだか妙な気分になったのだが、その日は思ったよりも深く眠ることが出来たのだった。




