ウロボロス
「それで、どんな機体にしたんですか?」
「IC推進と、実体剣しか装備していないんだ」
シンプルイズベスト。
「なるほど。夏ばてですか。ラムネ飲みます?」
雛子は同情するような声色。
「頭がイかれたわけじゃないよ!?」
キッチンの方で、くすりと朝陽が笑ったような気がした。
笑ってるけれど、実際は朝陽の〈デイライト〉のほうがよっぽどアレな機体なんだけどね。そもそも推進できないし……ということは心の奥底に封印しておこう。
「永久がそう望んだのでしょうから、なにか理由があるはずですしね」
「これでも色々考えてはいるんだ。勝ちパターンも見えてはいる。大会のエントリーに間に合わなかったのが残念なくらいだ」
「……もう、静かに暮らしたいですからやめてくださいよ?」
ぽつりと雛子が言う。自分たちが表舞台にでると、色々な思想団体が元気になってしまうから、そう思うのも仕方ないのかもしれない。今でもアンドロイドと人間の関係性を述べる上で考察すべきケースとされている我々の生活。そこそこ平和で、満ち足りているのにな。
いや、そう思っているのは鈍い自分だけで、繊細な雛子や永久にしてみれば、いつでも何かに追われているような感覚を抱いていたのかもしれない。そういう心遣いがなかったから今の状況なのだろう。
「ああ」
「貴方が本当にそうしたいというのなら、止めませんけれど……」
う……。そういわれてしまうと、もうどうしようもないでしょうに。何も出来なくなってしまう。
「……そうだな、ウロボロスの仕様の話だけど」
「きっと優真は馬鹿だけど、雛子を悲しませるような馬鹿なことはしない」
「夕陽、俺が言葉を濁そうとしているときに限って、お前言及するよな?」
夕陽がVサインを決めてきた。なるほど感情表現も豊かだな。
うむ、どうやら俺は錯乱してるようだ。
「ふふ……大丈夫。優真が優しいのは、誰よりも分かってますよ」
ね? と、確認するように雛子がこちらを振り向くのだ。できれば俺は放熱中であるしあまり顔を見ないでもらいたいのだが、Sの気がある彼女にそれを言っても無駄だろう。ああ、顔が熱い。
もう、誰か俺を殺してくれ。ひと思いに。
なんなの? 朝っぱらから俺に辱めを受けさせるなんて。助けてくれ永久ー。
「それと、マスター。たぶん、ウロボロスのことは私たちに教えない方がいいと思う」
「え?」
朝陽がダイニングに入ってきながら、少し意外なことを言った。
「きっとウロボロスの最終目標は、〈デイライト〉と〈サンセット〉の撃破だろうからね。敵に塩を送ることはないでしょ?」
「あ、ああ……なるほど、その通りかもしれないな」
確かに永久は第八世代にこだわっているのだから、最終目標は第八世代の超越だろう。
それを明確な形で示すとしたら、どうなるか――つまりは、第八世代と直接対決、拳を交えて優劣を決める。なんて、わかりやすいのだろう。きっと一万年以上前から行われているであろう営みを、疑似的にアンドロイドがやらんとしているのだからおかしな話だ。技術の粋を集めた喧嘩だ。
「たまには敵役も必要」
「お前、本当に頭柔らかいのな。ごめんな、夕陽。そして、たぶん巻き込む朝陽も」
「謝るよりは誉めて欲しい」
「さっすが夕陽」
「うん」
鼻高々な様子の夕陽を見ていると、心がほっこりとしてくる。
「あれ、マスター、私は? 私も大概酷い目に遭ってると思うよ?」
朝陽が何かを言外に主張してくる。確かに、朝陽は彼女の言うとおり、大分酷い目に遭っているように思える。その原因が訳知り顔というのも馬鹿らしいけれど。
「いつもありがとう、朝陽」
この子達を見ていると、自分の目標を思い出す。それは、アンドロイドに育てられることを不幸にしないというちょっとコンプレックス混じりのことだった。それでも、今の自分にとっては自分を突き動かしてくれる想いだった。
ねじ曲がってしまった人間は、思ったよりも多いのだろう。同じ高校に限った話でも、二年生にアンドロイドに育てられた奴がいるそうだし、そう珍しい話でもない。
珍しくもない。自分だって、雛子だってそうだ。どっちも同じ不幸を持つ者同士、互いに傷を舐め合うような側面もある。
ならば、アンドロイドと人の境界を限りなく曖昧にしてやれば良い。区別さえ存在しなければ、きっと誰も不幸にならない。大分マッドサイテンティストじみたことを言っている自覚はあるのだが、残念なことに自分はその程度では止まってくれないらしい。
だから、できるだけ人と機械の境目を気にしないようなコミュニケーションを取りたいと思っている。
アンドロイド偏愛なんて呼ばれてさげすまれる人間が少しでも減ってくれることを祈って。
そして、いつかきっと--アンドロイドに育てられたというだけで、とある人間、その許嫁、そしてそのアンドロイドの幸せを否定されない世界を作るのだ。
「もう、本当にマスターはしょうがないんだからー。私がいないと、何にも出来ないんだからー」
お節介焼きになってきた朝陽を心穏やかに見守りながら、スッカリぬるくなってしまったダッチコーヒーを飲む。
さて、そろそろ、二人のテストにも十分なデータが集まってきただろうか?
会社の方に報告するレポート、つくらないといけないな。
自分の託した希望が着々と形になっていっている。それがたまらなく嬉しかった。




