バッテリー
「優真ー、貴方、三原則を悪用して充電切れに追い込むなんてなかなかやりますね」
「…………もう、朝か」
「はい。アンドロイド偏愛者にも健気に尽くす許嫁さんがさわやかに朝を告げに来ましたよ」
夜更かしをしながら機体デザインをしていたのだが、いつのまにかもう朝だ。こんな時間から雛子が軽快に突っ込みにくいジョークをふりまいている。異性の部屋にノックもせずに入るもんじゃないぞ。
頭の回転速度が上がってきたところで、雛子の言葉の意味を考えた。
さすがに朝っぱらからアンドロイドコンプレックス扱いされるようなことは…………。
ふに。
あ、なんか今日は枕がふっかふかだな。永久が何かしてくれたとか――いや、むしろ、俺が、永久に何かした感じだ、コレ。
枕だと思っていたものは、永久の体だった。わき腹辺りに俺の頭がすっぽり収まっているらしい。わー、すっごいフィット感。今まさにアンディーの新たな可能性が確認された。
駆動音が皆無な辺り、恐らく充電切れ。俺が寄りかかってしまったから、アンドロイド三原則との関係上、俺を退けることも出来ず、目の前にある充電器に届きもしなかった、と。
「雛子」
「なんでしょう」
「……慰謝料って、相場、どのくらいなのかな」
「思考が飛びすぎですよ?」
口座にあったお金を思い起こしたが、どうにもならないことはあまりにも明白であった。
「マスター、大胆だねー」
「社会的な死をも恐れない」
「わざとやったわけではないし、誓って淫らなことはしてないって!」
ダイニングに集まっていた姉妹は、何とも言えないなま暖かい目で顔を出した俺たちを見つめていた。信じてもらえていない。永久が復活した頃に証言をしてもらおうと思ったが、残念ながら目覚めるのはおよそ七時間超の後。午後を回った頃になるな。
「……第一世代からアンディーと暮らしてて、今更充電切れってのも馬鹿らしいな」
バッテリー性能なんて、当初の数倍になってるのに充電切れを引き起こすだなんて……アホみたいだな。お前はニュービーかと。
しかも、何故か永久に甘えるような形で。
なんなの? 心の奥底にそういう願望でもあるの? マザコンなの?
「永久は無理していたし、良い機会」
「無理って?」
ふと、ソファにふんぞり返っていた夕陽は興味深い事を言い始める。
永久に無理をさせすぎたから今の状況になっているし、できれば気を付けてあげたいという思いもあり、ついつい先を促していた。
「稼働時間、無理矢理引き延ばしてた。今回のは、無茶が祟ったんだと思う――本来、ネクストのバッテリーなら、まだもっているはず。複雑な感情演算をしていたとしても」
「ネクストってそんなにバッテリーもつのか?」
「リード社の性能を甘くみないでください」
雛子はどや顔でうなずいている……ということは、本当にかなりの性能なのだろう。彼女が薄い胸を張っているくらいなのだから。本人のコンプレックスなのにそれを強調するとはこれいかに。
と、そんなことは置いといて。
「夕陽は、永久のことを気にかけてくれていたんだな。ありがとう」
「……うん」
素直にこくりと首を傾け、何故か恥ずかしそうに頬を染めている…………ってこれただの熱暴走だよね!?
「朝陽! エアコンつけて!」
「あいあいさー!」
家電全般をクラウド管理している高性能な朝陽お姉ちゃんは、今日も今日とてノリが良いのだった。
「〈ウロボロス〉の改修ですか。永久にせがまれたんですか?」
エアコンの利いた室内で、瓶のラムネを飲みながら雛子が聞いてくる。彼女はふかふかのソファにゆったり腰掛けていて、都会の雪なんかよりよっぽど白い足が、キャロットスカートから覗いている。アンドロイドと見紛うような脚線美がすぐ隣に有るだけに、なんだかドキドキしてくる。
時折、彼女が自分の許嫁であるということがもう、本当に誇らしくて何が何だか分からなくなるようなときがある。若さとは時にやっかいなものだ、と冷静な振りをして心を静めるのがやっとだ……。
「ああ。永久も、なにか誇れる特技が欲しいって言ったから」
そんな思考はおくびにもださない。
「なるほど……まあ、第八世代と差別化しようとしたら、そうもなりますよね」
おおむね話を理解してくれたようだ。こういう『以心伝心』な感じは、雛子以外とは味わえないものだ。
自分にとって彼女がそれだけ大きな人間なのだという良い証拠なのだろう。
そんな状態に永久はなろうというのだ。まあ、年数だけで言えば雛子と変わらないくらい一緒にいるし、ぜんぜん問題ないんだろうけれど。なんたって彼女は、良くも悪くもアンディーだ。
「ネクストのように長い間第一線で戦っている実績がある分、安定感はあると思うんだけどなぁ……」
第八世代が販売されても、実績と信頼のネクストを使い続ける人も多いだろう。なんせ、安心感がある。
ロボアニメの老兵が、ワンオフの新型より整備性の優れた量産型を選ぶようなイメージに近いだろうか。どっちの気持ちもよーく分かる。
「試作段階でのエーヴィヒにはどうしても放熱関係が危ういですからね。その点、『うちの』ネクストは安定しています」
「む……」
なにやら張り合ってきた雛子に、給仕をしてくれていた夕陽が頬を膨らませる。すごいな、人工皮膚ってもうそんな芸当まで出来るようになってるのか……どういう理屈なんだ、これ。
「試作機との比較に、実績を持ち出すのはちょっと卑怯」
その実績を作るための存在だもの。
「ごめんなさい。それもそうですね」
ムキになっていたことに気づいたのか、雛子はすぐに謝った。
「永久への愛着もあるからな。そう言いたくもなるよ」
人はアンドロイドをただの機械と割り切れるほど賢くない。そして感情移入が出来ないほど愚かでもない。
夕陽の淹れてくれた本格的なダッチコーヒーを飲みながら、案外子供っぽい彼女の魅力を再確認する。
それにしても、ダッチコーヒー……本格的な水出しコーヒーなんて手間のかかる物をいつの間に作っていたんだろう?
「優真、おいしい?」
「美味しいよ、ありがとう」
「うん、器具を手作りしてみた甲斐があった」
ダッチコーヒーの器具って、あれでしょ? あの、複雑&脆弱&高価の三拍子が揃った抽出機……。
それを自作って……。
「どうだ雛子。デイブレイク社も捨てたもんじゃないだろ」
「なんだか、永久が追いつめられてしまうのも分かりますね……」
今は俺のベッドで深い深い眠りについている盟友の苦労に、二人涙するのだった。




