表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜明けの葦  作者: サンゴ
PR
17/17

優真の手記② DA8ー1p

 なんだか永久の不調のためにばたばたし始めている昨今なのだが、やはり普通に時は流れていくもので。

 夏休みは順調に消化され、始業式はゆっくりと此方にむけて歩いてきている。罠を張ろうが機雷を蒔こうがお構いなしのは、時という侵略者のおそろしいところだ。



「マスター! なんでお姉ちゃんである私のレポート作成が後なの!?」

 ダイニングのガラス テーブルに載せたレポート用紙を前にし、タイトルを書いたところで停止していたところ、それをめざとく見つけた朝陽が声をかけてきた。

 ちょうど、妹との差異を探していたところだったから、つい『ビクッ』となってしまった。

「いや、せっかくだから朝陽の方は朝に書こうと思っていて」

 口から出任せを言うが、なんだか居づらくてついついクッションの位置をただす。

 確かに型番的にこっちの方が先に作るべきだったのはある。今までのアンドロイド像をそのまま受け継いだ姉〈イタニティ〉を基準にし革新的ちびっ子〈エーヴィヒ〉を語るべきであって、その逆はおかしい。

 だが、言ってはかわいそうだが世間的な注目度で言えば圧倒的に〈エーヴィヒ〉の方が上なのでそちらを優先したのだ。ARROWの影響で機体名〈エーヴィヒ〉と〈DA8ー2p エーヴィヒ〉共に名が売れているのだから、そちらが優先されるのは自然なことだ。

 しかし、ついつい朝陽の方は後回しになってしまっているのもまた事実。気が利かない上にヘタレ極まりない自分が嫌になるが、優しい嘘くらいはつけるのだと証明して見せたのだった。

「……まぁ、よく考えたら、そうなるよね」

 が、せっかくついた嘘は一瞬で看破されてしまったようだ。

 彼女を子供扱いすること自体が、俺の傲慢だったのかもしれない。

 今自分が向き合っているのは〈DA8ー1p イタニティ〉である前に、『朝陽』という一つの成熟した人格なのだ。それをつい忘れてしまうからこうなってしまうのだろう。

 俺がこの体たらくでは、いつまでたっても人と機械の溝は埋まらない。心を入れ替えねば。



 時刻は午前8時付近。昨日(というより今日)は午前一時に眠っているので眠気が身体中の機能を蝕んでしまっている。

 が、今朝も変わらず雛子が元気に起こしてきたので惰眠をむさぼるわけにもいかぬ。

 それにしても、隣に寝ているはずの永久がふといなくなっているのに、よくもまあ、全然気づかないものだ。恥ずかしさのあまり彼女の存在を出来るだけ意識しないようにしているからだろうか?


 人間の考えを学びたいからとは言え、あれは本当に、恥ずかしい……。


「朝陽、悪いけどコーヒーを淹れてくれ」

 気合いを入れ直そう。ふぬけている場合ではない。自分には、人より沢山宿題が出ているのだから。しかも、期限を守らないと多くの人に迷惑がかかるだなんて。

 責任も、意欲もある。やれるだけがんばろう。

 そして古来より、気合いを入れるためにはカフェインと相場が決まっている。なのでいにしえの慣例に従い、朝陽にコーヒーを頼んでみたのだった。

 永久は朝食の片づけをしているし、夕陽は家の掃除をしてくれている。雛子は雛子で自室で勉強中。令嬢としての矜持を持ち続けている彼女は、素直に凄い思う。

 それは置いといて――察するに、今日の『マスター担当』は彼女らしい。我が家の同居人が増えてから、こうした分業がはかどり、だいぶ余裕が出てきている。そのおかげか、みんなと話す機会も増えてくれた。

 テストも案外悪くない。面倒なことも多いが、それ以上に嬉しいことや楽しいことに満ちている。

「うん! 好みとかある?」

 朝陽はうれしそうに聞き返してくる。……好み、か。

 味噌汁から美味しいフランス料理フルコースまで何でもこなしてくれる朝陽のことだ。言えば、何でも出してくれるのだろう。

「ガツーンと来るホットコーヒー」

 選択の幅が広すぎてさっぱり思いつかず、適当なことを言ってしまった。夕陽が手間暇かけて作ってくれたダッチコーヒーを飲むのも良いが、それは夕陽と一緒にいるときにお願いしよう。

「マスター、相手が機械だってことを忘れてるとしか思えないね!」

 この弾けるような笑顔は、遠回しな非難だろうか。だが、事細かく指定しなければダメなほど頭が固いわけでもあるまい。だからといってわざわざ面倒な指定をする意味もないのだが。

「ふ……デイブレイク社の意地を見せてくれ」

 ここまで偉そうに『コーヒーお願い』って言う男は俺くらいなものだろうと思いながら、キッチンに入って電気ケトルのセッティングにかかる朝陽を見守る。慣れた様子で、お湯を沸かしている間にフィルターやドリッパーといった用具を用意している。本来コーヒーには温度なんかも気にせねばならないそうだが、その程度のセンサーならばアンディーは標準装備なので温度計なんかは使わないのだ。

 お湯の温度、豆一グラムにこだわって淹れられるおいしいコーヒー。朝からコレを啜れるのだから、幸せ者だ。せめてその分くらいは社会に貢献せねば……。

 俺はこの幸せを少しでも早く世の中に広める義務があるのだ。

「朝陽ー、お前も少し書いてみたらどうだ?」

 レポートは感情に関わるものである以上、出来るだけ『主観的に』書けと言われている。ならばせめて最低限の客観性を確保するために異なる主観を混ぜてみるのも良いかもしれない。

「マスターはたまにものすごいことを言うね」

 自分で言っておいてなんだが、朝陽自身が書くとレポートと言うよりはエッセーになるな。エッセーだってレポートの一種だとか理屈をこねる自分の理性を無視しつつ、シャープペンシルを握り直す。

「そういえば、朝陽や夕陽に日記を書いて貰うのも良いかもしれないな」

 ……のだが、妙な閃きばかりが頭に浮かぶ。

 日記と言った本人の心情がダイレクトに反映されるものならばデイブレイクの――彼女たちの得意技だろう。文献や資料として重要な価値を持つかもしれない。

「マスターとの交換日記ならやってみたいかな」

 なんだ、それ。でも、マスターを中心に物事を考えるアンドロイド達らしいと思わなくもない。

「ああ――デイブレイク社に報告することになるけどな」

 嬉しかったからついつい相づちをうってしまったけれど、そうなると俺の恥ずかしい言動の一つ一つが多くの社員の目に触れることに……!

「うんうん! その後のことは気にしないから。この関係がデイブレイク社のおかげで成り立っているって分かってるしね」

「……ゴメン」

「アンドロイドはマスターのために存在しているんだから、変なことを気にしないの」

 慈母の微笑み、いや、『慈姉の微笑み』といった表情のまま振り向き、朝陽はこちらに歩み寄ってくる。手には湯気のでているあつあつのコーヒー。

 朝陽は、甘えると必ず応えてくれる。うれしいやら、自分のガキっぽさに辟易させられるやらで複雑な気分になってしまう。ことん、とテーブルの上にマグカップが置かれる。

「さ、一頑張りしようね、マスター」

「ああ。俺は俺のできることをやるよ」

 そして、大人の真似をした子供が、一つの仕事に取りかかる。



〈DA8ー1p イタニティ〉 デイブレイク社第八世代(仮)試作・イタニティ



 デイブレイク社が送り出す第八世代(予定)のアンドロイド。姉妹機の『姉』に当たる。同時に売り出されるアンドロイドのメモリーチップ、また素体そのものがアンドロイドの感情育成やAI教育に大変効果的であり、稼動数日にして経験豊富なアンドロイドと同じ立ち振る舞いができるようになっている。

 感受性や人間性はかつてのアンドロイドと一線を画し、新時代の到来を告げる存在となっている。

 稼動後の『成熟』にかかる日数はやはり今までのアンドロイドとは比べるレベルを超えてしまっている。


 スペック面に関して述べるならば、姉妹機〈エーヴィヒ〉と比べ多少(あくまで、多少)高性能となっている。小型化に特化しているエーヴィヒと違ってイタニティはダウンサイジングを行わず、高性能を追い求めた結果だろう。

 エーヴィヒより高パフォーマンスを実現するせいか、フル充電時の稼働時間はエーヴィヒに軍配があがる。

 が、こちらも今までのアンドロイドに比べれば驚異的な値を示しており、今のところはそこまで気になるようなものではない。

 また、エーヴィヒで問題になっていた放熱関係であるが、イタニティの方がサイズが大きいために余裕があるのか、今のところはコレと言った問題は起こっていない。

 イタニティもエーヴィヒもそれぞれに得意な分野があるので運用する環境に合わせた選択をするのが良いだろう。



 これは私見だが、

 今までのアンドロイドに比べ『個性』が強いような印象がある。成熟したアンドロイドは確かに人間に近づき柔らかな思考をするようになるが、やはりどこか似かよりがちなように思える。

 一方、イタニティやエーヴィヒは多少大げさに思えるほど明確なアイデンティティを持ち合わせ、当人達の価値観に基づいた行動をする。他者が定めたアンドロイドとして望ましい行動を取るとは限らない。それが内包する危険性については〈ピア〉の件ですでに周知のことと思うが、極めて好意的な見方をすれば、それはそれで一種理想的な姿であるかもしれない。

 また、〈ピア〉の時よりは三原則に忠実であるので運用で問題が起こることは無いだろう。

 デイブレイク社が追い求め続けた『人によりそう存在』としてのアンドロイドの完成形がこの姉妹機だと思える。



「なあ、朝陽。そういえば、ほかの試験機がどうしてるかって分かるか? 第八世代は互いにデータリンクをし合って成長するって聞くけど……」

 傍らで細々とした提出用レポートの整理をしてくれていた朝陽が不思議そうにこちらを見る。

「マスター、浮気? 同じ顔なら何でも良いの?」

「え、いや……」

 どこから突っ込めば良いのかさっぱり分からずついつい言葉に詰まった。

 そもそも自分には雛子がいるし、朝陽は多少カスタマイズされているから『同じ顔』でないし、そもそも浮気ですらないし!

「データリンクといってもここの個性は別にして統計的に処理しているからほかの個体のことは分からないの。私は私で、他の〈イタニティ〉はまた他の〈イタニティ〉」

 朝陽が否定なんかさせてくれるはずもなく、仕様的な話を始められたのだった。

「そうかぁ。……ま、だから朝陽もここまでアレになったんだな」

「アレ!? アレってなに!? マスター!?」



 エーヴィヒと同じくある程度、他の機体と似た自我を構成することが予想されるが、少なくともこちらが引き受けた〈DA8ー1p イタニティ〉はマスターの性格に合わせた自我構成がなされている。

 そのせいかついつい依存気味になってしまう。


「子供の頃からアンドロイドが側にいたけど、こうして改めて見つめ直すと、色々変わったんだな」

「私の体の中にも、色んなアンドロイドの心と技術が生きてるよ。マスターが関わった多くのデイブレイク社のアンドロイドが」

 自分の人生は、普通の人のそれから随分と逸れてしまったのだろう。それに価値を見いだすような歪んだ考えとかではなく――本当に、ただそれを認めないとやっていけないから認めている。

 物心ついたときに第一世代と出会い、アンドロイドと成長を共にした。自分自身の歩いた道を省みるより、隣を歩く彼女たちの性能を見た方が自身の成長を実感できる歪んだ人生しか歩めなかった。

 少しばかりメディアに取り上げられたせいか色々な方向から、本当に色々なケチをつけられてきた日々。

 それらが目前の朝陽の笑みに透けて見えた気がした。

 この子の誕生に少しでも自分が役立てたなら、それで良い。

 自分の18年分の人生が、たった一機によって全肯定された気さえした。

「そういえば、悪名高いピアの影響とか受けてるよな」

 けれどノスタルジックに、しかも自分の価値を過大評価しているのに気づかれたくなくてついつい軽口を叩く。

「あの子の影響はあまりおおっぴらにできないけどね」

 彼女は言った、『拳で伝わるものもある』。

 確かに拳で伝わるものだってあるが、拳で伝えて良いかどうかはまた別だってことに、デイブレイク社は気づいていなかったのだよ。

 だが、あの子のおかげで今の第八世代がある。迷走に迷走を重ねたからこそ、誰よりも早く第八世代にたどり着けたのだろう。


「……マスター、もしかして以前からこうやって試験とかレポート提出とかやってたの?」

「ああ、そうだよ。今回みたいにまるっきり試作段階でのテストは無いけど、製品化寸前のところでの使用レポートは毎度毎度やってた」

 雛子は雛子でリード社の方にネクストのレポートを提出していた。

 それを『敵対行為』としちゃうと二人の関係全否定だからスルー。二人とも企業スパイにならない程度に、それぞれのために動いているのだ。雛子の父は、どちらかと言えば自社の都合に彼女を巻き込まないようにしているようなので、デイブレイク社の方が積極的に、自分たちに介入してくる形となっている。

「設計思想とかのデータが私の頭の中にたたき込んであるんだけどね」

「自我に方向性を与える大事な要素だな」

 彼女は言葉を選んでいるような様子だった。なにかあったのだろうか。

「そこにマスターが書いたみたいな記述があったからさ。少し気になったの。もちろん、誰が書いたかなんて分からないけど」

「デイブレイク社の人間なら誰しも似たような願いを託しているはずだし、気のせいじゃないか」

 こちらの指摘を彼女は流して、少し考え込むようにしている。メモリの検索をしているのだろう。本来は一瞬で終わる行為だが、今回は関連情報とかも閲覧しているのか少し長めだった。

「たぶん、ピアの時のかな? 『アンドロイドに育てられることをを、不幸にしないための存在であれ』だって」

「…………あ、ああ」

「図星?」

「覚えがある」

 ピアのレポートを作った頃だとしたら、自分はまだ中学生か高校入学直後くらいのころだろうか? 確かに、そのころの血気盛んな自分ならば、あえて言葉にしていたかもしれない。

 今の自分が密かに秘めた想いを、堂々と文書にして報告するなんて……恥ずかしいどころの話ではあるまい。

「胸を張って良いと思うよ。マスターの考えは今のアンドロイドを支えているんだよ」

「所詮はただの人柱だよ」

「柱には変わりないよ」

「…………ありがとう、朝陽」

 ダメだ。俺は、本当に彼女に甘えきっている。

 彼女の言葉に弛んだ涙腺。そういえば自分は泣き虫だった。最近ではそんなことも忘れてしまっていた。なんだか情けない。朝陽に、涙目になっているのを見られたくなかった。

 コーヒーを呷る。飲み干して、マグカップを朝陽の方に差し出す。

「おかわり」

「うん」

 笑顔でそれを受け取って、彼女はキッチンに引っ込んでいく。



 その間に涙を無理矢理拭い、ペンを握る。彼女が見ている前ではもう恥ずかしくてかけそうになかったから、今のうちに片づけてしまいたかった。




 人と機械の狭間を曖昧にするということは、人にとって一つの禁忌なのかもしれない。

 しかし、禁忌だとしてもそれを望んでいる人間がいたからこそデイブレイク社の第八世代が生まれてきた。

 アンドロイド達が進化してきたのは、技術の追求のためではなく、少しでも人間の役に立つ存在になるためだということを、イタニティ・エーヴィヒによって多くの人は思い出すことだろう。



 ペンを置く。

 そして深く息を吐いて、コーヒーの香りを肺一杯に吸い込んだ。


「あと少し待っててねー」

 朝陽の柔らかな声が響いていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ