拡張パーツ
「雛子。これは何だ」
「はい、優真。箱に書いてあるとおりです!」
縦に2メートル、横に80センチくらいずつある箱が我が家の玄関に鎮座しておられた。
そこにはなんと、『アンドロイド添い寝セット』の文字が!
「そうか、そうだよな。うん」
中身が空っぽである可能性にかけたが、残念ながら新品そのものであることが証明されていた。綺麗に梱包されちゃってぇ。
「大丈夫ですよ、リード社が出している正規品ですから充電の速度とか何も変わりませんから」
確かに、スタイリッシュ極まりないリード社のロゴが書いてある。この野郎、こんなのをリード社経由で入手して見ろ! 有ること無いこと囁かれること必至だ。デイブレイクの御曹司は変態と囁かれるに決まっている!
「俺の尊厳は」
「どうでも良いです」
ですよね、ここにこれがある時点でそう思うよね。
以前にも回想した覚えがあるが、アンドロイドは人間の睡眠によく似た形で『充電』をする。基盤部分をむき出しにするため、薄着になる必要もあり、貞操観念の発達している子達はその時の姿をマスターに見られることを嫌がったりする。
で、その充電をマスターのベッドで一緒にしちゃおう! ……なんてコンセプトのものが販売されたのは結構前の話。マスターのベッドの周りにちょっとした機材を置くだけで大丈夫なので、よほど寝相の悪い人間でなければ問題なく利用できるユニットである。
代わりに、とても大切なプライドを失うけれど。
「種明かしをするとですね、元々貴方達に買い出しを押しつけて、その間にこれの受け取りをしようと思っていたところに、お出かけのお話だったので」
「渡りに船だったんだな」
「はい。貴方がいると、話がややこしくなりそうだったので」
雛子は悪びれもしない。
「そうか。リード社のものってことは永久のためのものだろう?」
エーヴィヒとイタニティ……夕陽と朝陽のための物だったのなら、そもそもデイブレイク社の物を買っただろう。あの充電器、各会社から出しているからな。一定数そういう需要があるし。やましい目的も、純粋な目的もいろいろと。
純正品以外を買うような真似は俺たちの立場でできるはずもない。
あのユニットは可愛らしいものだと、子供との添い寝とか寝る前の読み聞かせようのものなんかもあったりする。少しずつ、仕様が違っているのだ。
「はい。色々思い悩んでいてようなので」
「ありがとうございます、雛子さん」
永久が笑う。彼女的にはあのユニットはありらしい。自分は気恥ずかしくて仕方ないんだけどな。
「勝手にやったことだから、いらないようなら中古ショップにでも持って行って」
雛子も優しくほほえむ――。こんな風にされてしまったら、何も言えなくなってしまうではないか。
彼女がつっけんどんな物言いをするときは、大抵優しい心を隠しているのだ。彼女は100パーセント善意で動いている。それが分かってしまった以上、もう文句を言えそうもない。
「活用させてもらいますね」
永久の言葉は、廊下の奥から走ってきた朝陽の足音に打ち消されて聞こえなくなってしまった。
「マスター! おかえりなさーい!」
「ただいまー……って、夕陽は?」
朝陽しかやって来ない。夕陽はどこに行った夕陽は。
「マスターの部屋を掃除してるけど?」
なるほど、あのユニットを置くためのコーナーを作っているところだ、と。
「グラニュー糖とパウダーシュガー、買ってきたから後で何か作ってくれ」
「もちろん!」
朝陽は心地よくうなずくのだった。
「とりあえず、その前にお夕飯にしよっか。朝陽なのに夕飯を作ったんだから!」
「ありがとう、朝陽」
駄目だ。テスト期間が終了したときさっくり別れられるようにと思っていたが、今の自分には彼女たちを笑って送り出せる気がしない。メモリーチップはくれるはずだから……素体、新しいの二つも調達しなきゃいけなくなるな。少し、お高くつきそうだ。
別れの時が来るのを二人は知らないのだろう。それがたまらなく不幸に思えたが、そんなことを言えるほど俺に勇気があるわけではなかった。
「どうしたの?」
「何でもないよ――永久、あのユニット使うのか?」
「優真と、雛子さんさえよろしければ」
話を逸らされた朝陽は少しぶーたれるが、それを笑って受け流しておく。こちらが笑ったからか、釣られて彼女も微笑んでいた。
と、それはさておき。このユニットだ。どうやら彼女は俺のベッドに取り付けるつもりらしい。ここまで来ておいて雛子のそれだとかいうオチが待っていると思っていたのだが……。
「そうか。俺は良いけど、雛子は――」
「私が買ってきたんですから、問題有りませんよ?」
「お前、本当に嫉妬とかと無縁だよな」
「それで永久が落ち着いてくれるなら、いくらでも嫉妬しますよ」
やはり、長いこと一緒にいるせいかこいつもこいつで、変なところでリアリストだ。
「子供の頃は、よく添い寝をせがまれたのに――今じゃ、あんまりうれしくなさそうね?」
「十数年もたてば、素直じゃなくなるさ」
俺も雛子も、ね。
永久はくすりと笑って、その箱を持ち上げた。
太陽に見立てた目玉焼きが乗っかった『朝陽カレー』を食べて、腹も膨れた。それにしても、第八世代はやはり料理が上手い。これは結構デカいぞ。
自室に戻ってきたが、そこではユニットの設置を終えたらしい永久がニコニコ顔で待っていた。
「朝陽さんに優真の好み、教えておかないとね」
晩飯がカレーだったことには気づいたらしい。カレーほど各家に秘伝のレシピがある料理もそう無いだろう。我が家にも当然それはあり、永久の得意料理の一つでもあった。
「永久、お前、良いのか? お前が十年以上かけて開拓した沢山の料理とかが記録されてるわけだろ? それをシェアしたら――」
俺は一種、それを永久の特権であるかのように思っていた。あっさりそれを放り出すなんて。
「私の優越感と優真の幸福感、どっちが大切だと思う?」
「前者」
「残念賞」
アンドロイドは、本当にマスター思いだな。俺なら到底できそうもないことをあっさりやってのける。
「優真、考えてみたんだけど――優真、ARROW好きよね?」
「ああ。SF好きには、夢のようなゲームだ」
俺のベッドに腰掛けて、永久は訥々と語り出した。
ベッドのきしみは、想定していた物よりずっと小さな物だ。軽量化を図られた〈ネクスト〉は、もはや人間とあまり変わらない重量となっている。
――SF好きにしてみれば、目の前に自分を想ってくれるアンドロイドがいるその事実だけで満足なんだけどな。これが人の業深さという奴だろうか?
人は、多くを望む。現状に満足して立ち止まっていたら、きっと人類は未だ火の使い方にも気づかないでいただろう。
「それで――ええと、〈フリューゲル〉だったかな。あの子みたいなことができたなら、旧式にも存在価値があるんじゃないかって」
そんな思考は全く関係無しに、永久が続ける。何故か今日は、永久がたまらなくいとおしく見えた。
「お前がそれで納得できるなら、それに付き合うよ」
居てくれるだけで良い。そう言って納得する彼女ではない。彼女たちは『人の役に立つ』という明確な存在意義をもって生まれてきているのだから。
「――ウロボロス、改修しよう?」
「ああ。出来るだけピーキーにしよう。高性能なだけじゃどうしようもないような、ピーキーな機体を」
噂に聞く〈フリューゲル〉のサブパイロット――第二世代のその子は、『直感』から持ち主の行動を先読みしていると聞く。
0と1の固まりが、変数を持つ人間の行動を予測しうる……。それは、アンドロイドそれ自体が変数を持っていることと、何が違うのだろう?
人と機械の狭間を乗り越えたアンドロイドが、その〈フリューゲル〉――馬鹿な機体を、崇高な物へと作り替えた。
「いつか、フリューゲルと対戦したいものね」
「〈ウロボロス〉が勝つよ、そのときは」
「本当に?」
「少なくとも、俺はそう思う」
自分の相棒を信じぬパイロットがどこにいるだろうか。
操縦テクニックは別として、自分のその機体が一番優れていて、格好良いものなのだ。それくらい、単純なものだ。
「デイライトにも、サンセットにも負けない機体にしようか」
「ええ!」
楽しそうに笑っている彼女となら、誰よりも強い機体を仕立てられるような気がした。
――それが『気のせい』なのは百も承知だ。
それでも、そんな理性に負けない情熱に似た何かがあるのは確かだった。




