死人花
彼岸花の呼び名。曼珠沙華、地獄花、幽霊花、毒花、痺れ花、、天蓋花、狐の松明、葉見ず花見ず、狐のかんざし、剃刀花等もある。
刀袋を片手に持ちながら呆然としている彼女の手を取り、二人から距離をとる。
彼氏さんの方は此方を気にして彼女の方を一瞬だけ見たが、葉月様は此方を気にした様子もなく刀を地面に触れさせながら楽しそうに笑っている。
悪いことをしていないのに、こんなことになるなんて可哀想だな、と思いながら彼氏さんの方を見てから彼女の方を見た。
彼女は何も言えずに体を震わせて、葉月様が持っている刀を凝視している。
そんなに見続けていても結果は変わらないと思うのだが。
葉月様はゆっくりとした動作で右足を後ろに下げ、肩幅くらいまで足を広げ、膝を曲げ、少し腰を下ろす。
わざとらしい誘いの構え方に、彼氏さんの方を見てみた。
彼氏さんは完全には怯えていないようで、動けるように足先に注意を払っている。
葉月様はその様子に少しだけ目を細め、動いた。
あんな構え方では、葉月様には動きにくかったのかもしれない。
少しだけ、いつもの切れがなかった。
その動きに合わせて、彼氏さんは持っていた鞄を葉月様に対して投げつける。
葉月様は刀を振りかぶって、下ろした。
真二つになった鞄は、地面に落ちて散乱する。
鞄で一瞬だけ、視界から彼氏さんの姿が消えたせいだろうか。
彼氏さんが鞄を目くらましにして、刀を奪おうとすることを分かっていても、僅かながらの隙ができた。
彼氏さんが腕を伸ばして、葉月様の刀に触れる。
そう思っていたのは、彼氏さんと彼女だけだろう。
葉月様は余裕の笑みで彼氏さんの腹をけっ飛ばし、相手を後ろに下がらせた後、刀を下ろすのではなく、突いた。
彼氏さんは避ける余裕もなく、確実に心の蔵を突かれた。
彼女は表情を固まらせ、彼氏さんは信じられないというように心の蔵を見て、諦めたような乾いた笑みを漏らして言う。
「……ひとごろし……」
その言葉に、葉月様は虫の死骸を見るような目を彼に向けて、刀を動かしてから、すぐに此方を向いた。
「……童ごときに時間を使いすぎた僕が馬鹿でしたね」
自分に対して呆れたように、そう言いながら此方に歩いてくる。
彼氏さんは首と体を切り離されて、地面に転がっている。
赤黒い血の色は、見ていて安心することはない。
その近くに、刀を捨てる行動はやめてほしい。
臭いが取れなくなる。
葉月様の行動を確認した後、血の臭いが辺りに広がっていくのを感じながら、怯えて、自分の体を抱きしめ、歯を鳴らす、可哀想な彼女を見る。
顔は既に、青ではなく白に近いほどだ。
可哀想な彼女の姿など、葉月様にとっては普段の彼女と変わりないらしく、葉月様は彼女の目の前まで来て、嬉しそうに怯えて悲鳴を上げそうな彼女を抱きしめて、髪や頬を右手で撫ではじめる。
「……ああ、ほんに可哀想な子」
彼女の表情と体の震え具合を見て、そう言葉を漏らす。
その言葉は、どちらにも聞こえてないようで、どちらも此方を見ることはなかった。