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ぼくの人生相談 ぼくとママとねえちゃん。そしてしょうもないパパ  作者: 雨宮ルネ(吉田)


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 パパはあいかわらず、ママに任せっきりだ。ママがいちおう報告はしているけれど、父親としてその態度はどうなんだ。ただ聞くだけで、うんうんと相槌をうつなら近所のおじさんといっしょだ。

 ねえちゃんが母親になろうとしているのに、それじゃあ示しがつかないだろう。


 ぼくとしては、ママみたいに親の責任というものをちゃんと見せてほしいのだ。ねえちゃんを心配して、ねえちゃんのために怒って、病院やら役所やらを駆けずり回るような姿を。

 ねえちゃんのために、本気で泣くような姿を。


 ママに全部押し付けて、一人こそこそと逃げ腰の父親の姿は見たくない。家族の顔色をうかがうような父親は見たくないんだよ。ねえちゃんだってそうなはず。

「いいのよ、アレは」

 ママは放棄している。

「お金だけ出してればいいの。それしか価値がないんだから」

 ママ、きびしい。パパ終わってるな。でも現実に、いろんなことを相談しなくちゃいけないのに、それはパパ抜きである。いまや完全に部外者扱い。


 このままじゃ、家に帰ってこなくなるんじゃないかな。本気でぼくらを見捨てるかもしれない。身重のねえちゃんすらも。

 いや、そんなのゆるしちゃダメだ。親としての責任を全うしてもらわないと。


 夏休みに突入した。暑さに拍車がかかる。


――先生、人生相談です。

――この先どうなら楽ですか。

――そんなの誰もわかりはしないよ、なんて言われますか。

  (引用 「ヒッチコック」ヨルシカ)

 そんな歌詞が心に刺さる。

 感動とは違う刺さり方。身につまされる刺さり方だ。誰か正解をください。


   ***


 夏休みの最初の二週間は塾の夏期講習だ。朝から夕方までみっちり。受験生の夏休みなんてそんなもんだ。

 当然昼食も取る。コンビニで買ってきて教室で食べたり、近くのハンバーガー屋へ行ったり。


 今日は淳と二人でハンバーガー屋へ来ている。

 二階席の隅っこに向かい合って座った。窓際の明るい席には、同じ夏期講習を受けている男女のグループが陣取っていた。

 イケてるチームだ。いかにもサッカー部らしい(仮定)日に焼けたイケてる男子たちと、夏期講習に化粧してくるカワイイ女子たち。


「ねえねえ、日曜日映画見に行かない?」

「ああ! オレ見たかったんだ!」

「じゃあ、いっしょに行こうよ」

「ああ、行こう行こう」

 こっちにまでイケてる会話が聞こえてくる。まぶしい。


 人気アニメの劇場版を見に行くらしい。

 余裕あるんだね。受験生なのに。

 っていうか、違う中学なのに、どうしてそんなにすぐに仲良くなれるのかな?

 不思議。


 モブのぼくは、すみっこの席で受験生とは思えない会話を始める。

「あのさー」

 ガサガサと紙をめくりながら淳に話しかける。

「うん」

「うちのねえちゃんがさー」

 自然と声が小さくなる。

「うん」

「妊娠した」

 ガサガサという音がぴたりと止んだ。

「七か月だって」

 淳はいったんハンバーガーを置くと、ごくごくとコーラを一気に飲んだ。


「え?」

 空になったカップを持ったまま、淳はひどく間抜けな顔をしていた。

 そりゃあ、そうなるよね。

「この間、気づいたんだ。ねえちゃん、言えなかったみたいで」

「ああ……」

 クソオヤジのことも話してあるから、そのへんは察してくれた。


「カレシはオレじゃないって言いだしやがって」

「え! ひどい」

「カレシの親も、うちは責任取れないって言いやがって」

「ええ! ひどい!」

「オヤジはクソのまんまだし」

「どうするの?」

「もう中絶はできなくて産むしかないらしい。里子とか養子とかいろんな制度があるらしいんだけど。まだ何も決めてないんだ」

「……そうなんだ」

 ガサガサ。淳はふたたびハンバーガーを手に取った。


「高校は通信制に移れるらしい」

「ああ、通信制」

 たぶん淳はよくわかっていない。ぼくも二、三日前に知ったばっかりだ。

「単位を取れば卒業できるんだ」

「あっ、それはいいね!」

 今のところ、これだけが希望の光だな。

「おとうさんは、ちゃんと話を聞いてくれてるの?」

「いいや、クソのまんまだよ」

 ふうー。二人の口からため息が漏れた。


「大変だね」

「うん」

「なんかできることがあったら手伝うよ。なんでも言ってよ」

 淳はいい友だちだ。ありがたい。涙がこぼれそうになった。我慢したら「ありがとう」が言えなくなって、ぼくはだまったまま小さくうなずいた。


「じゃあ、渋谷ねー」

 明るい席では、イケてるチームの行先が決まったようだった。


   ***


「こらー。そんなの飲まないの」

 ねえちゃんが冷蔵庫の前に立って、モンスターエナジーをぐびぐびと飲んでいる。

 ねえちゃんはモンスターエナジーが好きだ。たぶん一日一本飲んでいる。部活もしていないし、勉強だってたいしてするわけじゃないのに、エナジー補給いらないだろ。


「エナジー必要よ。赤ちゃん育てているんだから」

 開き直った。

「赤ちゃんは美結が食べたもので育つんだから、体にいいもの摂らないとダメよ。黄色い赤ちゃん産まれたらどうするの」

 ママがおそろしいことを言う。

 ねえちゃんは眉間にしわをよせて、しばらくじっと缶を見ていたけれど、そのまま冷蔵庫に戻した。

 信じたんじゃないだろうな。


「そ、そうだよね。ちゃんと栄養のあるものにしないとね」

「そうよ。冷たいジュースばっかり飲んでちゃダメよ。飲むんなら麦茶にしなさい。百パーセントジュースとか」

「う、うん。わかった」

 

 ママが腹巻みたいのを買ってきて、ねえちゃんはそれをしている。ちょっと堅めの腹巻、あるいはやわらかめの腰痛コルセットみたいなやつだ。妊婦の大きくなったおなかをささえるんだそうな。

 そんなものがあるんだな。


「これからもっと大きくなるんだから、腰に負担がかかるのよ」

 もろもろバレて気が緩んだせいか、一気におなかが大きくなった気がする。今でも十分大きいが、もっと大きくなるのか。妊婦大変だな。


 ねえちゃんはここ何日か、赤ちゃんのエコー写真や書き込んだ母子手帳をぼうっとながめてすごしていた。書き込んだ文字は、まるっとしたいかにも女子高生な文字だ。母子手帳には不似合いだ。


「アプリにすればいいのに」

 おいおい。いや、ありか? もう誰かが開発しているかもしれない。

 父親の欄は空白だ。


「ママ」

 夏休みに入って一週間ほどたった晩、夕飯を食べながらねえちゃんがママを呼んだ。

「あのね」

 ああ、決めたんだな。そう思った。

「赤ちゃん、自分で育てたい。迷惑かけるけど」

 ねえちゃんは、まっすぐにママの顔を見つめた。そうか。ねえちゃんはママになることを選んだのか。

ふしぎなことに、ぼくはなんの抵抗もなくすんなりと受け入れた。


「そう」

 ママの声も穏やかだ。

「ママもできるだけ手伝うから。大変だけどがんばろうね」

「うん」

 ねえちゃんは素直にうなずいた。

 ねえちゃんが写真や手帳を見る顔つきで、ぼくもママもなんとなくわかっていたのかもしれない。

「ぼくも、できることがあったら手伝うよ」

 そう言ったらねえちゃんは、ははっと笑った。


「あんたは受験に専念してよ」

 もちろんそのつもりだが、余裕があるかもしれないし。

「なるべくじゃまにならないようにするから」

 そう言ったねえちゃんにぼくは胸をはった。

「それくらい余裕だよ」


 翌日、ねえちゃんとママは学校へ行って、通信制への編入の手続きをした。


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