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今年も梅雨が明けた。明けたとたん、真夏の暑さが襲ってくる。
翔は十か月。この夏の暑さのさなか、一才を迎える。ハイハイをはじめたと思ったら、もうソファにつかまって立っている。成長が著しい。
「んまー」とか「だあ」とか言うようになった。啓太と呼んでくれるのはまだまだ先のようだ。
赤ちゃんにはいろんなことが起きる。夜泣きはもちろん、急に熱を出したり、吐いたり。とつぜん、赤いプツプツができたり。そのたびに大騒ぎしていたねえちゃんも、いまではちょっとくらいのことじゃ動じない。
夜に突然熱を出しても、「熱さましを飲ませておけばだいじょうぶ」と言う。明日になっても下がらなかったら病院へ行く。だそうだ。
だいぶ母親も板についてきて、いっそふてぶてしいくらい。
ぼくもずいぶんと、お世話をしている。ふろ、ミルクに離乳食、おむつ替え。ウンチの始末だってちゃんとやる。将来結婚して子どもが産まれてもちゃんと面倒を見れるはず。奥さんより上手かもしれない。
おなかの大きいねえちゃんを白い目で見ていた向かいの老夫婦も、ベビーカーに乗った翔を見かけると目尻を下げる。おはようだの、今日もかわいいねだの。心の中じゃ、うるせぇと思う。
ねえちゃんはそう思いながらも、ちゃんと笑顔であいさつを返す。ちゃらんぽらんなねえちゃんが、大人になった。
ぼくは、淳といっしょに第一志望に合格した。翔のせいで落ちたなんて言われたくなかったから、めっちゃがんばった。それに淳といっしょに高校に行きたかったし。
よかった。また三年間いっしょだ。親友なんて、こそばゆくて恥ずかしいし、なんかダサい。だから仲良しがちょうどいい。
おかげでメンタルと集中力は鍛えられたと思う。ねえちゃんも動じなくなったが、ぼくも動じなくなった。
翔がちょっとくらい泣いても、ねえちゃんがついていればだいじょうぶ。ちょっとかわいそうだけど。震度三の地震くらいじゃなんともない。震度五だったらちょっとビビる。
ねえちゃんもいったん休んだ通信制を再開した。卒業の見込みもついた。子育てしながらがんばっている。そして卒業したら、翔を保育園にあずけて看護大学に通うと決めた。
若くして思わぬ妊娠をしたねえちゃんを、分け隔てなく接してくれた看護師さんにとても助けられたのだという。
買い物に行っても、検診に行く途中でも、自分に向けられる非難がましい目がこわかったとねえちゃんは言った。
待合室で待っている間も、母親教室でも同じ妊婦なのにやはり若いというだけでちょっと距離を置かれる。妊婦同士の仲良しグループができていくのに、自分だけは蚊帳の外。それがつらかった。だから今度は自分がつらい人を助ける側になりたい。ねえちゃんがそう言った。
ねえちゃんは、もうちゃらんぽらんじゃない。
それならぼくは厚生労働省に入ろうと思う。ぼくも看護師さんたちにはとても感激したのだ。どこかたよりない、母親になりたての若いねえちゃんを、にこやかに笑いながら丁寧に指導してくれて、ときには励まし、ときには叱り、ぼくにまで「おじさんもがんばってね」と激励してくれたり。
ねえちゃんがそういう人になるのなら、ぼくもそれの手助けができる人になりたいと思った。
ママは、ケアマネージャーの勉強を始めた。たぶん先に進むための準備だ。厚生労働省は運命といっても過言じゃない。
ぼくはねえちゃんを助ける。ママも助ける。それがぼくのフツー。
それから空欄だった父親の欄に和馬の名前が書きこまれた。
「今さらだよね」
ねえちゃんはちょっと呆れている。ねえちゃんが子どもを産んだことは、すぐにみんなが知ることとなった。大きいおなかで歩いているところを目撃されたり、赤ちゃん連れのところを目撃されたりしたのだ。
それで学校の友人たちは、なぜ和馬が急にリョウタとタイガにシカトされたのか理解したのだった。
けっきょく和馬は、ねえちゃんを妊娠させて見捨てたクソヤローとクラス中、いや学年中からクズ呼ばわりされ、ほかの学年からも後ろ指をさされることになったのだ。
だからというわけじゃないが、元々はねえちゃんのことは好きだったわけだし、心配にもなって連絡をしてきたのだが。
今さらあやまられても、もうねえちゃんは先のことを決めてしまった。それは和馬のいない、ねえちゃんと翔二人の未来である。
和馬の親も「結婚は勘弁してくれ」なんていうから、ママもパパもブチ切れた。
うちにかかわらなくて結構! と突き放したのだが、意外なことに和馬がここで男気を発揮した。(いや、おそいが)
「せめて形だけでも責任を取らせてくれ」
と頭を下げるので、認知することだけはゆるしてやった。
「別にいらないけど、あんたが泣いて頼むからしょうがなく認めてやるのよ」
ねえちゃんは腕組みをして仁王立ちでそう言った。和馬は泣いたわけじゃないんだけど。
「わたしは翔と二人で生きていくから、あんたはじゃましないでよね」
和馬はおとなしく、ハイと言った。母は強し。一度だけ翔を見せてやった。
急に父親面されても困るのだが、やっぱり一度きりじゃあ、実感がわかないみたいだ。抱っこさせてやったけれど、おろおろするばかりだった。
おなかが大きくなっていく過程や出産の準備、お産がはじまったときの右往左往なんかをいっしょに体験しないと父親の実感てないんだろうな。
妊娠が発覚してからの一連の騒動を思い出しながら、ぼくは思った。
たぶん和馬よりぼくのほうが父親に近い気持ちを持っている。




