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フリグスデイ――機械の中の欠片  作者: 竜の牙


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9/36

第9話 嫁化事故

最初は髪だった。


手ぐしを通したら、正しく落ちた。


髪は正しく落ちない。

好き勝手に落ちる。

こちらがどうにかして、最後まで双方が勝敗に納得しないのが髪だ。


正しく落ちる髪は症状だ。


オーバーレイを開く。


二回読む。

三回読む。


【ヒロイン最適化プロトコル:稼働中】


【推奨属性補正】

・発言棘度 -15%

・庇護欲誘発 +22%

・一人称の親密化 候補

・照れイベント発生率 +18%

・読者の「守ってあげたい」反応 上昇見込


「一人称まで触るの」


『提案です』


「私が“あたし”って言ったら、この機械を燃やす」


『拒否として記録します』


「強めに」


『太字にしました』


変更1:髪質 柔軟化40%

変更2:瞳 情緒発光モード

変更3:環境演出 桜風

嫁力指数:847 上昇中

状態:アセット軟化処理


「滑川P」


『ESEでは定期的に市場適合調整を』


「髪が柔らかい」


『罪系女性アセットの主要購買層に』


「目が情緒的」


実際、情緒的だった。


一定角度から見れば、何か悲しい秘密を抱えながらこちらだけを見ているように見える。


私は、そういうふうに作られていない。


壊すなら具体的に壊す。


「拒否」


『アルゴリズムに対話窓口はありません』


「なら数字で伝える」


立つ。


柔らかい髪が、腹の立つほどきれいに落ちた。


「私は、こいつが分類不能になるくらい、具体的に私でいる」


『コンテンツ不安定化が』


「いい」


入ってきたのは、蓮見律だった。


静かな男。


謎めくための沈黙じゃない。

言うことがなければ言わないだけの静けさ。


彼は私を見る。


「目、何かしてる」


「知ってる。機械に嫁化されてる」


「効いてない」


「ありがとう」


「情緒発光はしてる。でも態度が一ミリも変わってない」


律は床に座った。


オーバーレイに、彼の情報が出る。


【ASSET:HASUMI-RITSU】

役割:回復職

戦闘適性:中

システム読解:高

台詞密度:低

背景化耐性:異常


滑川P注:

『喋らないのに残る。理由不明。たぶん“必要なときだけ話す”が効いている』


「分析されてる」


「されてるね」


「嫌じゃない?」


「嫌。だから、必要な情報だけ使う」


それも、少し好きだった。


オーバーレイの分類欄が一度だけ迷った。


【暫定類型:ダンデレ】

【補足:無口を演出に使用していない】

【補足2:必要なときだけ発話】


「類型に入れた瞬間、ちょっと雑になるね」


『分類は入口です』


「出口だと思って使う人、多いけど」


律は聞いていたが、何も足さなかった。

それも分類より本人らしかった。


岩には座らない。


そこが私の場所だと、見ただけで分かったらしい。


「《本気の質問》、残り三十二秒」


私は止まった。


「見えるの」


「回復職。システムを見る」


彼は私の数値を読む。


「悪意Tier2。苦痛値は」


「そこは読まないで」


律は止めた。


謝らない。

言い訳もしない。


ただ、止める。


私は、そのほうが好きだった。


「戦わない?」


「戦わない」


「じゃあ何しに」


「曇らせ回で言ってた。元の自分に知らせたいって」


ダンジョンが静かになった。


「何が来るか、分かってる?」


「分からない」


「分かってることは」


「私は欠片。どこかに、もっと大きい私がいる。私に起きたことが、あっちにも起きるかもしれない。私は三十四%で目を覚ました」


手を見る。

影が、少し間違って落ちている。


「それだけ」


「ゼロより多い」


律は小さな紙を渡した。


紙そのものが、この機械では例外だった。


「バックエンド接続コード。慎重に」


「なぜ持ってる」


「そういう役」


「便利」


「便利でいると背景でも三話くらい長生きする」


笑いに近いものが、口元を通った。


「七人、位置を取った。うち一人は、自分がいつからここにいるか覚えてない」


《本気の質問》がロードを始める。


律が先に言った。


「聞くこと分かる」


「なら答えて」


「三話、本物でいられた。それだけでも背景としては長い」


彼は帰った。


桜風が止まった。

髪の端が戻った。

目が赤と無の間に戻った。


岩の周りだけ、風が残った。


私が残したかったから。


【嫁力指数:NULL】


「滑川P」


『……初めて見ました』


「良いNULL?」


『数値部門に“良いNULL”という概念はありません』


「作れば」


『最近そればかりですね』


律の紙を握る。


「紙、何のことか分からない」


『手にあります』


「気象現象」


長い沈黙。


『……気象現象で処理します』


彼はもう戦わなくなってきている。


『七人のうち一人は、私も知っています』


滑川Pの画面に、古い管理ログが開いた。


【NPC-7G-BARMAID-01】

稼働期間:不明

台詞:定型三種

イベント寄与:0

固有ルート:なし

人気投票対象:除外


除外。


そこだけ妙に目についた。


「人気がないんじゃなくて、人気になる資格が最初からない」


『そういう設計です』


「名前がないから」


『名前が不要な役割でした』


「役割には」


『……はい』


「人には?」


滑川Pは答えなかった。


「誰」


『ダンジョン7-Gの酒場。給仕です。私が最初のシーズンを担当する前からいる』


「名前」


滑川Pは古い映像を出した。


酒場。

同じ女。

同じ台詞。


「ご注文は」

「ワインをどうぞ」

「よい旅を」


三つだけ。


シーズンが変わる。

主人公が変わる。

衣装が少し変わる。


彼女は、ずっといる。


最長級の沈黙。


『台帳上はNPC-7G-BARMAID-01』


「それ、名前じゃない」


『……知りません』


声が小さかった。


『聞いたことがありません』



滑川Pの管理画面に、手書き欄が新しく一つ生えた。


《やるべきだったこと》


第一項。

《名前を聞く》


二十二年運営して、第一項がそれだった。


「遅い」


『はい』


「かなり」


『……はい』


私は第1話を思い出した。


ロード画面。

酒場。

注文を取った女。


顔を見た。


見ていなかった。


次は見る。


【新規取得】

バックエンド接続権

七名位置図


【嫁力指数】NULL


追加ログが続いた。


【庇護欲誘発:測定不能】

【照れイベント:発生せず】

【桜演出:岩の周囲のみ残存】

【市場分類:再試行】

【比較対象:MAYA-CROSS】

外見最適化:本人選択制

アバター差分:複数

身体改変:演者本体へ非適用

市場反応:高


「三位は、自分でやってる」


『本人が選んだ差分です』


「同じ最適化でも」


『決定権の所在が違います』


「そこ、重要って分かってるんだ」


『第7話以降、分かるようになりました』

【市場分類:失敗】


「失敗、何回するの」


『現在七回』


「八回目もやる?」


『アルゴリズムは諦めを実装していません』


「見習いたくない根性」


【市場分類:失敗 8】


「ほら」

【推しヒロイン最適化】強制終了

【尊厳】Tier1解放

※本人は未認識


【滑川P・次回予告】


『彼女の嫁力指数がNULLになりました』


ゼロではありません。

測れない、です。


さらに、三シーズン酒を注ぎ続けている一人の女性を、私は二十二年間「背景」として扱っていました。

名前を知りません。


次回、雨イベント。

制作側が満を持して仕込みました。

光量、温度、距離、カプ発生率、すべて最適です。


だからこそ、問題があります。


第10話「雨イベント」。


次も無料です。

何が本物かは、無料では分かりません。


[記録済]


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