第7話 水着回・処刑場
目を覚ますと、岩が浜辺にあった。
起きているあいだに変えたのではない。
眠っているあいだに変えた。
あとで滑川Pに理由を聞いた。
『事前説明を行うと、イベント開始時の反応率が約四十%低下する試算でした』
「つまり同意を取ると数字が落ちるから、寝てる間に海にした」
『制作判断です』
「制作って便利な言葉」
『非常に』
私が移動したんじゃない。
岩ごとだ。
白い砂。
ありえないほど青い海。
誰をどこから撮っても肌がきれいに見える位置に固定された太陽。
見えない場所から流れる南国BGM。
そして立て札。
【夏季サービスイベントへようこそ!】
【楽しくお過ごしください】
【参加必須】
「滑川P」
『夏季サービスイベントを開始します。期間、一アーク。目標PV六万。参加必須です』
「“必須”って何」
『不参加の場合、一日につき三千PV相当の減衰。加えて《悪意》を一時停止します』
私は起き上がった。
「悪意を取るの」
『現在Tier2上限ですので、一時的にゼロへ』
「滑川潤」
『アセットFRIGS-7。水着回はジャンル上の基本設備です。魔法少女にもあります。ダンジョンものにもあります。海が存在しない作品にもあります』
「私は宇宙的な罪の何かの欠片なんだけど」
『水着で』
浜を見る。
完璧だった。
だから、ひどかった。
本物の海は端が汚い。
光は勝手に動く。
砂は嫌な場所に入る。
だいたい誰かがコンビニ袋を飛ばす。
この海には端がない。
海そのものじゃなくて、
「海っぽい回」という概念から作られている。
「いい」
『ご協力ありがとうございます』
「後悔させる」
『そこは不要です』
「主人公、送って」
彼らは波に乗って来た。
もちろん。
滑川Pは、分かりやすさに関して一切の羞恥がない。
そこだけは尊敬している。
【第一波:競争型】
ESEの企画書には、こう書いてあった。
【目的】
水着回による新規流入
主人公との軽競争
適度な接触
軽度の嫉妬誘発
SNS切り抜き適性の確保
「最後、完全に制作側の都合」
『全部そうです』
潔い。
腹が立つ。
剛田翔吾。
名前からして強い。
筋肉を人格の根拠にしている体つき。
ビーチバレーの球を二度ついた。
「俺と勝負しろ。二十一点先取」
「いい」
私はビーチバレーが、かなり強かった。
《悪意》が有効なときに限る。
悪意は運動能力の基礎として非常に優秀らしい。
十四点目。
翔吾はサーブを私の顔に打った。
彼なりのフラグだった。
私は打ち返した。
球ではなく、個人的な不満を物理法則に変換した感じだった。
翔吾は水平になった。
海に落ちた。
空を見ながら、自分の人生を再評価していた。
【鼻血イベント危険度:高】
【実際の鼻血:0】
【参考/KAI-PRIME過去サービス回】
ラッキースケベ発生:11
本人認識:11
期待回収:0
「なんでやらない」系コメント:当時シーズン最高
「零?」
『いいえ。本人が分かっていて外しています』
「それで伸びる」
『怒っている視聴者ほど長く残りました』
「嫌な発見してるね」
『有用な発見です』
滑川P注:
『画面映え閾値に到達する前に本人が水平化。部分達成。次回改善』
【第二波:保護型】
高瀬守。
日焼け止めを背中に塗ってくれると言った。
善意ではあった。
善意であることを理由に、相手の許可を確認しなくなった種類の善意だった。
十分ほど話した。
日焼け止めの話ではなく、
「守る」と「許可を取る」は別の動詞だという話を。
『反応率、三百四十%上昇』
「数字のためじゃない」
『分かっています。だから上がりました』
守は日焼け止めを砂の上に置いた。
「守りたいって言うのは、悪い?」
帰る前に聞いた。
「悪くない」
「じゃあ、何が悪かった」
「相手が欲しいか確認する前に、“自分は守る側”って役を先に決めたこと」
守は日焼け止めを見る。
「役が先」
「人が後」
「……それ、主人公によくある?」
「かなり」
応援コメントが一斉に明るくなった。
『現在、サービス回の最高反応点です』
「胸じゃなくて同意説明が?」
『はい』
「読者、思ったより信用できるかもしれない」
『その結論は統計的に早いです』
さっきより小さな顔で、帰った。
日焼け止めは残った。
たぶん、長く残る。
置いたものの中には、拾わないほうがいいものがある。
【第三波:哲学型】
その時点で、私はすでに二人ぶんの「水着回らしい成果」を壊していた。
滑川Pの画面には赤い警告が出ている。
【サービス要素達成率:22%】
【会話深度:想定比+610%】
【水着の存在感:不足】
「最後、どういう指標」
『企画部です』
「企画部、私のこと嫌い?」
『数字上は好評です』
「人間として」
『面識がありません』
有馬遼。
勝負もしない。
守ろうともしない。
夕日を見ていた。
「光の動き方がおかしい」
それが最初の言葉だった。
私は隣に座った。
「うん」
「本物の夕日は、端が汚い。色が途中で死ぬ。きれいになる瞬間より、失敗する瞬間のほうが具体的なんだ」
「滑川Pが“海”じゃなくて“海回”を作ったから」
「そう」
遼は海を見る。
「俺、地図描きだった。海岸線を描いてた」
「本物の?」
「七つの世界。全部、違う場所で間違ってた。だから本物だと分かった」
彼は完璧な水平線を指した。
「これは全部正しい」
「だから」
「誰のものでもない」
私たちは、誰のものでもない夕日を見た。
視界の端で応援コメントが流れ始める。
《壊れた二人が偽物の夕日見てるの、好き》
《このカプ名どうする》
《夕日だけ本物の色に直したファンアート置いとく》
「命名するのやめさせて」
『ファンに命名をやめさせる機能はありません』
「作って」
『過去に試しました。逆に四つ増えました』
遼が一枚の画像を見ていた。
誰かが描いた夕日。
端の光が汚い。
オレンジが死にかけている。
遼は泣いた。
「これが一番近い」
「何に」
「本物に」
私は、完璧な浜辺を見る。
そして、自分のダンジョンを思い出す。
間違った影。
悲しみ水。
火曜に来る死霊術師。
時間どおり届くモップ。
小さい。
でも、私の場所だ。
「遼」
「何」
「このイベント終わったら、ダンジョン来る?」
彼がこちらを見る。
「ダンジョン」
「火曜は冥司が来る。岩は音がいい。あと、間違った場所をちゃんと間違って描ける人がほしい」
遼は考えた。
「行く」
【新規同行者:有馬遼】
【職能:地図描き】
【備考:存在しない場所の間違いまで記録可能】
その日の夜、遼は岩に名前をつけた。
翌日も、その次の日も、彼は海岸を歩いた。
サービス回は三日残っていた。
一日目、偽物の潮位を測った。
二日目、浜辺に一つだけ本物らしい傷をつけた。
三日目、ファンアートの「間違った夕日」を地図の余白に貼った。
「地図に絵貼るんだ」
「正しい光だから」
「地図としては?」
「正しくない」
「良いね」
「良い」
その会話だけで、また数字が上がった。
滑川Pはもう報告しなかった。
たぶん、言うと私が嫌がると覚えたから。
その前に、偽物の浜を一周した。
「ここ、波が削った跡がない」
「波は演出だから」
「貝殻が全部、見える側を上にしてる」
「写真映え」
「漂着物がない」
「衛生管理」
遼は苦笑した。
「世界は、少し散らかってるほうが所有者がいる感じがする」
私は、自分のダンジョンの藁を思い出した。
第1話からある。
掃除されない。
意味もない。
急に、捨てないでほしくなった。
それを滑川Pには言わなかった。
《最初の本物》
私は少し嫌だった。
名前が大げさだから。
少し嬉しかった。
それは、もっと嫌だった。
滑川Pが黙った。
『命名時の反応率に該当単位がありません』
「新しく作れば」
『……検討します』
「滑川P」
『はい』
「本物のほうが、完璧より面白い」
長い間。
『記録しました』
声が、一段低かった。
【滑川P・次回予告】
『有馬遼は七つの世界を描き、一度も何かに名前をつけませんでした』
その男が、岩に名前をつけた。
《最初の本物》。
名前がついたものは、物語の中で急に重くなります。
制作側はこれを負荷と呼びます。
読者はたぶん、愛着と呼びます。
次回。
PVが二千足りません。
ESEは、もっとも効率の良い集客手段を自動選択します。
それは、苦痛です。
第8話「アルゴリズムは曇らせが好き」。
読むのをやめる自由はあります。
機械も、それを計測する自由があります。
[記録済]
【ESE事後記録】
夏季サービスイベント:継続中
新規同行者:有馬遼
岩:命名《最初の本物》
鼻血イベント:0
影指標:0.3%
滑川P手書き:
『二十二年。主人公を一万四千人見た。
岩に名前をつけた者はいない。
単位がない。
単位がないものが増えている』
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