第4話 ハーレム算
五人には、名前があった。
赤城沙良。ツンデレ。
腕組み。私をリスクとして処理した結果、たぶん「要監視」になった顔。
雪代透子。クーデレ。
銀髪の片目だけが見えていて、私を現象として観測している。
宮野美愛。デレデレ。
明るい。構造的に明るい。明るさを支柱として使い続けた結果、本当に明るくなってしまった人。
ほとんど。
綾小路麗華。お嬢様枠。
動くたびに背景へ薔薇が出そうだった。
ダンジョンなのにティーカップを持っている。
しかも悲嘆水の中で。
白石千景。
委員長というより、内部監査。
視線だけで規約違反を三件見つけていた。
五人とも、文句を言わず黒い水に立っていた。
システム上の分類も、親切に表示されている。
【赤城沙良:ツンデレ】
【雪代透子:クーデレ】
【宮野美愛:デレデレ】
【綾小路麗華:お嬢様】
【白石千景:委員長/監査型】
「人間をデレ属性で棚に入れるの、すごいね」
『読者認識が速いです』
「本人たちには?」
『表示していません』
沙良がこちらを見る。
「何よ」
「何でもない」
この棚札を本人に見せたら、たぶん私より先に機械を壊す。
悲嘆水に慣れているわけじゃない。
こういう状況に慣れている。
他人の物語のため、知らない場所へ連れてこられることに。
沙良が言った。
「あんた、魔物じゃないのね」
「ありがとう」
「褒めてない」
腕組みが一段きつくなる。
「女じゃない。なんで女なのよ」
「存在論上の理由は、私たち二人の給与等級を超えてる」
「ふん」
ふん。
ツンデレが、認めたくない論点を一旦保留するときの国際規格。
私は、ふんに職業的敬意を抱いた。
透子が言った。
「面白い」
誰にでもなく。
観測結果として。
美愛は、私たちはもう友達という前提を勝手に採用した。
「名前、なんていうの?」
「金曜」
「え、曜日?」
「金曜日。少し存在論的に重いほうの」
「へえ! いいね!」
完全に合理的な情報を受け取った顔で頷いた。
麗華が、空中へカップを置いた。
ESEが慌てて小机を生成した。
麗華は家具を発生させるタイプの存在感らしい。
「蓮司様も、まもなくいらっしゃいますわ」
「蓮司が夫?」
「本人は“パートナー”を好みます」
「何人の?」
麗華は、周囲の四人を見た。
「用語は協議中ですの」
七分後、天城蓮司が来た。
優しかった。
優しさを仕組みにした人の優しさ。
忍耐強く、柔らかく、善良であることが他の手段より効率的だと学び、その効率がもう人格になっている。
五人を見る。
私を見る。
水を見る。
「床、どうしたの?」
「前の人。悲嘆イベント。いま沈殿中」
自分の足元を見て、また私を見る。
「君は、大丈夫?」
「私のじゃないから」
「そうか」
「で、何しに来たの」
口を開いた。
ダンジョン攻略。
きっとそれだった。
用意されていた答え。
でも、沙良が先に言った。
「やめときなさい」
それだけ。
蓮司が沙良を見る。
「沙良?」
「この子、考えたことないこと聞いてくるから。しかも知りたそうな顔で。答えたら、気づいたら全員で悲嘆水に立って、予定にない話することになる」
私を見る。
査定結果が変わっていた。
「そういう子」
「五人を愛してる?」
技じゃない。
知りたかった。
部屋が静まった。
水まで止まったように見えた。
「大切にはしている」
「愛してる?」
「守ってる。生活も――」
「蓮司」
重く言わなかった。
ただ、名前として。
「五人まとめてじゃない。家族という単位でもない。それぞれを。愛してる?」
何かが動いた。
沙良の腕が、ほどけた。
ほんの少し。
本人が気づいて、すぐ組み直した。
でも一回、ほどけた。
蓮司は長く黙った。
「僕は」
やっと言う。
「僕たちが一緒にいる、この形が好きなんだと思う」
「それは同じじゃない」
「分かってる」
自分で言って、自分で驚いた顔だった。
麗華がカップを持ち上げた。
また置く。
「私たちも知っていますわ」
まっすぐ私を見る。
「蓮司様が、この“形”を愛していること。その形のおかげで、私たちは続いたこと。これがなければ私たちは――」
言葉が止まる。
「一話限りの背景」
透子が言った。
「そう。消費されて、次のヒロインへ行かれる側」
麗華は静かに頷いた。
「この家族が、私たちを恒久化した」
五人の女が、他人の悲しみの水の中で、自分たちの存在契約について話している。
沙良を見る。
耳が赤い。
腕はまた組まれている。
私を見る目は、査定だけではなくなっている。
「あんた、戦いなさいよ」
唐突に言った。
「誰と」
「蓮司と」
「必要ないけど」
「攻略のためじゃない」
沙良は私を見なかった。
中間距離を睨んでいる。
「ちゃんと、見てもらうため」
頬まで赤くなる。
あとで本人がこれを憎むだろう。
「あんたは。ちゃんと見てもらう価値が、あるから」
ダンジョンが、とても静かになった。
返事が出なかった。
そのあと蓮司とは短く戦った。
彼は強かった。
私は、もっと面白かった。
五人と一緒に帰っていった。
柔らかな善良さと、いままで知らなかった問いを一つ持って。
私は岩へ戻った。
蓮司から62クレジット。
沙良の一言から890。
890のほうは、温かかった。
理由は調べなかった。
莉亜のパンで得たコインと同じ袋へ入れた。
【ESE記録】
第4話:完了
収益:952
天城蓮司:62(無難な収益)
赤城沙良:890(感情コンテンツ加算)
滑川P注:
『腕を組み直した直後のツンデレ処理、完璧でした。切り抜き候補です。本人には言わないでください』
独立ファン形成:沙良、麗華
【役割依存度:低下】
【個別人物としての継続反応:上昇】
【ヒロイン別支持層:分岐開始】
【カプ論争予測:上昇】
【滑川P:対立は解消しないこと】
「解消しないの」
『全員が同じ結論になると、会話が終わります』
「仲良くさせる気ないね」
『仲良く議論していただく予定です』
滑川Pは、その二行を三度見た。
「ハーレムの機能を壊したのに、ヒロイン単独の反応が上がってる」
『はい』
「役から外したら、人として残った」
『その表現は、企画資料には少し』
「じゃあ書かない?」
沈黙。
『……手書き欄へ』
機械は五人を役割として数えた。
読者は、そのうち何人かを名前で呼び始めた。
その差は、まだKPIになっていなかった。
悲嘆水:沈殿中
影指標:0.3%
沙良は、私に「ちゃんと見てもらう価値がある」と言った。
どう扱えばいいのか分からない。
鳴くスキルコアと一緒にポケットへ入れようとした。
やめた。
別のポケットに入れた。
鳴かない。
そのぶん、重い。
【滑川P・次回予告】
『FRIGS-7の所持品について反応分析を行いました。鳴くスキルコアは常時6%の軽微反応。赤城沙良の一言は847回解析し、847回とも“分類不能”です』
次回、四半期レビュー。
私が作りました。
だから内容を知っています。
47ページ目に、いままで一度も使ったことのない欄があります。
今回、初めて埋めました。
第5話。
あなたが読むほど、分類不能が増えます。
それは現在、良い兆候として扱われています。
[記録済]
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