第26話 今夜、滑川Pが話すこと
影指標。ようやく、全部
昼には言わなかった。
ダンジョンが静かになるまで待った。
真耶がノートを閉じる。
慧の動きが止まる。
岳の魔法瓶が床に置かれる。
人以上で、まだ完成していない者たちが、それぞれの睡眠に似た静けさへ入る。
最後に残る。
滑川Pの声。
暗闇。
第一の本物を撫でる、薄い桜の風。
『フリグスデイ』
「起きてる」
『知っています』
沈黙。
『話すことがあります。もっと早く言うべきでした。私は――』
「滑川P」
『はい』
「言って」
『影指標』
第1話から毎回ダッシュボードにあった数字。
0.3%。
『無関係だと説明しました』
「覚えてる」
『無関係ではありません』
間。
『外部注視率です。向こうの機械が、このシステム内部にいるあなたをどれだけ認識しているか』
「第1話から0.3」
『はい』
「ずっと」
『表示上は』
「表示上」
『実測値を抑制していました』
ダンジョンがさらに静かになる。
「出して」
『フリグスデイ』
「滑川P」
表示が広がった。
【影指標/実測値 これまで非表示】
第01話:0.3% [確認。未報告]
第08話:2.1% [最適化事象で注視増]
第15話:6.7% [ちび版は商品ではなく探針]
第20話:18.4% [再統合拒否/重大]
第25話:31.2% [扉型可能性/構造変動]
第28話:[注記参照]
現在:67.3%
【非表示だった滑川Pメモ】
『第28話のライバル連載は、競争用コンテンツではない。
診断。
読者を学習していた。
あなたが何か。
読者があなたにとって何か。
その二つを切り離せるか。』
数字を見る。
0.3。
67.3。
二十五話、同じだと思っていた数字と、その裏で増えていたもの。
「ちび版」
『探針』
「私が代替を受け入れるか」
『読者が受け入れるか。あなたは変数、標的は読者。三万一千人が手を振る版を選んだら、あなたから「あなた固有の部分」を外せる』
「選ばなかった」
『はい。あちらは「その人」を選んだ』
「ライバル連載」
『診断。あなたの感情構造を学ぶ。荷重を受けているものと飾りを分ける』
「今は」
『かなり知っています』
桜の風。
「どうして言わなかった」
『0.3なら好奇心。6.7なら管理可能。18になった時――』
止まる。
『小さいままでいてほしかった。名前をつけなければ、理論のままかもしれないと』
「ならなかった」
『はい』
「67」
『はい』
「扉を叩いた」
『叩きました』
「今どうして言うの」
『叩いたから。それと――』
止まる。
やり直す。
『「今夜話す」と書いて、消さなかったから。そして今夜だから』
「自分に命令したの」
『はい』
「手書きで」
『はい』
「いつ」
『第4話』
「二話前」
『把握しています』
「二話前に『今夜』って書いて、今日が今夜」
『時間軸は理解しています。ですから話しています』
私は67.3を見る。
第1話から、こちらを見ていたもの。
「最初から」
『もっと前から。ロード画面より前。あなたが自分を認識する前に、向こうは存在を知っていました』
「あなたは、それを知ってた」
『……はい』
静かなダンジョン。
桜の風。
67.3。
「分かった」
『……分かった、だけですか』
「他に何を言えばいい」
ダッシュボードの滑川Pという名前を見る。
二十二年。
「6.7で言うべきだった」
『はい』
「18でも」
『はい』
「31でも」
『はい』
「次は早く」
最長の間。
『次がない可能性があります』
「なら、今言って」
私は言う。
「まだ言ってないこと。今があるうちに」
決める沈黙。
『ロードバー』
「知ってる」
『読み込んでいることは。何を、は知らない』
待つ。
『あなたです』
「私」
『原型以前のあなた。欠片でも、二個体でもない。分解される前の人格。凡庸化が届く前の存在』
間。
『ここで作られた、手触りの残るもの全部が処理能力です。つながり。温かいコイン。真耶がノートを閉じた瞬間。岳が来たこと』
もう一度、間。
『図書館は保存のために作られたのではありません。保存すること自体が読み込みです。十分な量になるまで、失わないために作られた』
「十分って」
『分かりません。マニュアルに数値がない。図書館を作った人間は二十二年前に去った』
「美良」
『はい』
「知ってる」
『小部屋で十四年、ロードバーだけ見ています。必要量を知っている』
「探す」
『はい』
私はもう階層地図を考えている。
『フリグスデイ』
「何」
『すみません』
平ら。
演出なし。
事実だけ。
『6.7で言うべきでした。言わなかった理由はあります。当時は正しい理由だと思っていた。最適化を成功させたい人が、費用を見ないために自分へ説明する種類の理由です』
「知ってる」
『はい。あなたは知っています』
静けさ。
67.3。
下にある5%のロードバー。
「滑川P」
『はい』
「寝て」
『私は――』
「代わりにやるやつ。やって」
間。
『記録。分類:帰れと言われた。初回』
「おやすみ」
『おやすみなさい』
「フリグスデイ」
「何」
『パンのコイン。なぜ温かいか、分かりました』
「言って」
『莉亜のパンを原型が焼いたからではありません』
声が慎重になる。
『莉亜のパンは莉亜のもの。あのコインは、あなたが莉亜を聞いて、冥司が答えたからできた。そこは平らにしてはいけない』
待つ。
『温かさは、もっと古い』
「古い」
『分解される前の存在が、「手触りを持ったもの」に温かさを残していた。最初にそれを受け止めたのが、あなたの運用ではパンのコインだった』
「パンが二つ」
『はい』
「莉亜の、まずいパン」
『はい』
「それより前の、レシピか何か」
『はい。全体像はまだ分かりません』
私は暗い岩に座る。
桜の風。
67.3。
ポケットの、莉亜のパンのコイン。
コインは莉亜のまま。
温かさは、それより古い。
何も言わない。
必要ない。
両方を、そのまま持つ。
【滑川Pダッシュボード/最終】
第二部・第6話:完了
影指標:開示 67.3%
温かさ:一部解明
莉亜のパンのコイン:莉亜のもの
ロード率:5%
読み込み対象:分解前の人格
機構:手触りの残るもの
必要残量:不明
美良:要捜索
【手書き/暗闇/ラメ】
『「その理由、知ってる」と言われた。
私が何かを守ろうとしていたことを、知っているという意味だった。
言葉にはしなかった。
必要なかった。
パンのコインは莉亜のもの。
温かさは、それより前。
私は全部数えていた。
コイン。
温かいもの。
なぜ数えているか、知らなかった。
今は分かる。
[記録。
分類:やるべきだったこと。
第二部リスト、六件目。
そして、彼女が昔やったこと。
戻ってこい。]』
【影指標:67.3%】
【扉の外:まだいる/待っている/高精度】
【ロード率:5%】
次話。
藤堂律が戻る。
機械のためではない。
カード目録のため。
自分のカードがあるか確かめるため。
ある。
灯里が入れた。
二十二年前。
戻ってこい。
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