第25話 もう一つの機械から来た代理人
完璧に職業的なので、即座に怪しい
代理人は書類鞄を持ってきた。
比喩ではない。
本当に。
薄い。
高そう。
ステッカーが一枚もない。
「自分の人格が何に見えるか」について決断し、その結果として人格の痕跡を一切貼らない種類の鞄。
三回ノック。
前回、向こうの機械が叩いた時と同じ間隔。
私は二度目のノックを、ずっと待っていた。
扉を開ける。
腹が立つくらい整った男だった。
俺TUEEE主人公の整い方ではない。
顎の角度をブランド戦略に使う感じでもない。
もっと職業的。
自分の見た目が与える効果を評価し、業務用ツールとして維持すると決め、その件についてもう考えていない顔。
平静が性格ではなく、建物の柱になっている。
オーバーレイ。
【ASSET:TOUDOU-RITSU-REP-1】
【日本語登録名:藤堂 律】
【系統:階層管理型】
存在感:Tier 4
組織権限:Tier 5
感情開示:[抑制]
平静:構造材
【滑川Pメモ】
『階層管理型。
命令・合意形成に強い。
「これが唯一合理的です」という形で、
合理性の基準ごと置いてくる。
相手に「何が合理的か」を決めさせるな。』
藤堂律は私を見る。
肩越しの原型。
二人を同時に見るには、微調整が必要だった。
律は滑らかに調整した。
そこ。
高精度コピーは、こういうところで滑らかすぎる。
「おはようございます。藤堂律です。現在の状況を効率的に解決することへ利害を持つ依頼主の代理として参りました」
「依頼主って、人を食う機械」
「依頼主には、衝突より交渉で満たせる利益があります。私はその可能性の検討を委任されています」
原型が硬い飴を噛む。
「階層管理型を交渉に出した」
「私は仲介人で――」
「力押しより交渉の方が安いと判断した」
原型が私を見る。
「つまり、正面から取りに来るほど簡単ではなくなった。使える情報」
真耶を見る。
真耶はもうノートを開いている。
配信はLIVE。
ガワの衣装だけ、会議向けの黒に変わっていた。
「入れて」
真耶。
律は入った。
コメントの光。
第一の本物。
桜の風。
まだ未署名の岩条項。
岳を見る。
岳も見る。
路地裏互助型と、階層管理型。
部屋を何度も読んできた二人が、互いを読む。
何も言わない。
ものすごく大きな無言。
律は鞄を床に置く。
開ける。
中身は紙。
本物の紙。
人数分、数えてある。
配る。
岳が一枚見る。
「多いですね」
「包括的な提案です」
「何文字」
「およそ――」
「真耶」
「四千二百十一語」
顔を上げない。
「典型的な煙幕密度。実質は第7、第19、第43段落」
律の平静の奥で、何かが動いた。
準備より早く読まれた人の動き。
真耶は続ける。
「第7。ASSET-FRIGS-7がカード目録へのアクセスを提供する代わりに、今後干渉しない」
ページをめくる。
「第19。拒否した場合、代替アクセス手段を行使できる」
顔を上げる。
「第43。極小文字の免責。署名した場合、原型フリグスデイの未処理経験データについて、所在・形式を問わず一切の請求権を放棄」
「中身」
私。
「中身」
真耶。
律を見る。
平静はまだ柱。
「カード目録が欲しい」
「依頼主は資料群への――」
「カード目録」
「図書館」
「他の棚に入らなかったもの」
律は黙る。
「向こうが作れないから」
私。
「形は作れる。高精度コピーも。パンのコインの温かさがどこから来たかは作れない。遼の地図が正確な理由も。真耶がノートを閉じるのと、閉じる動作を再現する違いも」
律は床を見る。
十七万五千人分のコメント光が薄く落ちる床。
「依頼主の意図は破壊ではありません。内容は――」
「最適化される」
原型。
「保存――」
「角を落として、高精度版にする」
飴を舌で片側へ寄せる。
「私たちは知ってる。あなたも知ってる」
律は自分の紙を置いた。
来て初めて、台本にない動き。
「その評価には反論しません」
---
「拒否として報告して、私は帰る」
律。
「そう」
「それ以上は、何も言わない」
「言わない」
鞄を持つ。
扉で止まる。
演出ではない。
本当に。
「カード目録には」
間。
「依頼主なら『資産』と分類する人間のカードもありますか」
「このダンジョンを通って、来た時より重いものを持って出た人は全員」
床を見る。
何もない場所。
律にしか見えない何か。
「そうですか」
帰った。
扉が閉まる。
零が言った。
「残りたかったんだ」
「うん」
原型。
「向こうは、残りたい人を送った」
零。
「わざと」
「私たちがそこを使うか試した」
私。
「弱いところを押して、寝返らせるか」
「やらなかった」
岳。
魔法瓶を両手で持っている。
主張ではない。
観察。
「うん」
「戻る」
岳。
「分からないよ」
真耶。
「分かる」
岳。
喧嘩ではない。
知っている、だけ。
『藤堂律を来訪者記録に登録しました』
滑川P。
『資産ではない。参加者でも主人公でもない。既存テンプレートに入りません』
「新しい分類」
『名称は』
少し考える。
「向こうの機械に送られてきて、このダンジョンが本物だと気づいた人」
沈黙。
『……記録。手書きで』
【滑川Pダッシュボード】
第二部・第5話:完了
藤堂 律:来訪者登録
分類:『向こうから送られ、このダンジョンが本物だと気づいた人』
新規分類/一件目
提案:拒否
4211語文書:
実質条件:第7/19/43段落
真耶:30秒で特定
代替アクセス手段:準備中
向こうは再試行する
方法を変える
残り72時間
【滑川P・手書き】
『扉で止まった。
カード目録を聞いた。
自分のカードがあるか知りたかった。
あるかは知らない。
調べる。
[記録。
手書き。
今夜。]』
【影指標:0.3%】
ペン。
0.3。
見つめる。
『今夜、話す』
消さない。
---
72時間。
代替アクセス手段が来る。
滑川Pは律のカードを探す。
『今夜、話す』
消していない。
【滑川P・次回予告】
『まだ話していない。
代理人は来た。
72時間時計は動いている。
代替手段が近づいている。
藤堂律のカードはある。
灯里が二十二年前に入れた。
それでも、まだ話していない。
私はこの機械を作った。
エンゲージメント最適化用ダッシュボード項目は十九個ある。
このための欄はない。
次話、話す。
「今夜」は次話。
待っていた時間も記録している。
記録済。』
---




