第24話 授業が始まる
城戸先生の授業計画には、一か所だけ空欄がある
修行回は静かに来た。
今回は太鼓なし。
強制通知なし。
現実に早回しフィルターもかからない。
朝、城戸先生が黒板を持ってきただけ。
正確には。
「城戸先生+授業=黒板」
とESEが学習し、抵抗を諦めた結果、黒板が生成された。
そこには書いてある。
【授業計画:機械が測れないもの】
【および、それを増やす方法】
1〜8時間目:識別
9〜24時間目:区別
25〜48時間目:生成
49〜64時間目:伝達
65〜72時間目:[空欄]
「65から72は?」
岳が聞く。
「まだ分からない」
城戸先生。
「不安なんですけど」
「そうだな」
頷く。
「安心と正直は別物だ」
黒板に【識別】。
二重線。
下線を引くことを意思決定だと考えている人の二重線。
「向こうの機械は高精度コピーを作る。良いコピーだ。かなり良いものもある」
私を見る。
原型を見る。
「見分ける技術が必要になる」
城戸先生はチョークを置く。
「ただし、コピーを見る技術ではない。自分を見る技術だ」
存在がいつ演技へ変わるか。
経験をいつコンテンツ用に整え始めるか。
事実のままでも、効果のために形を直した瞬間はどこか。
「それ自体は悪くない」
城戸先生が言う。
「生存技術だ。ただ、長く使いすぎると、向こうの機械が手をかける溝になる」
「フリグスデイ」
「はい」
「最後に、安全かどうか決める前に本当のことを言ったのは」
三秒。
「パンのコイン」
「いつ」
「滑川Pに『温かい。理由は分からない』って言った時。言ってから、安全だったか考えた」
止まる。
「第3話」
「どう感じた」
「丸出し」
城戸先生が黒板に書く。
【丸出し】
「これだ」
原型を見る。
「あなた」
「真耶の欄外」
即答。
「見つけるか。意味が通るか。自分で書いたと思うか。分からないまま書いた」
「例の檻」
真耶が配信のチャットを横目に言う。
「『檻は鉄格子じゃない。鉄格子を美しいと思い始めた時が檻』」
「それ。届くか分からなかった」
「どう感じた」
原型は少し考えた。
手には砂糖菓子。
噛む。
「見えない部屋に、何かを投げた感じ」
城戸先生がまた書く。
【丸出し】
二重線。
その下。
【丸出し=結果が分からない】
「八時間かけて、この感覚を見分ける」
城戸先生。
「起きたあとで気づけ。狙った瞬間、もう最適化が始まる」
向こうの機械は、結果を知らない状態をコピーできない。
零が手を上げた。
「じゃあ、『丸出しになろう』とした時点で別物」
「正解」
一拍。
「脆くなれ、ではない。すでに脆かった瞬間を見逃すな」
零は手を下ろす。
考える。
「ゴシック区画、三年」
「うん」
「本気で感じるたびに、俺は――」
「美術化した」
真耶が言う。
責めない。
読書眼鏡に配信UIが反射する。
「感情を雰囲気にした。感情は本物。でも額縁が罠」
「檻は鉄格子じゃない」
零。
「鉄格子を美しいと思い始めた時が檻」
真耶。
零は黒板を見る。
【丸出し】
「笑わせたかった」
言う。
「ゴシック区画の割れ目で言った。あれが、ここに来て一番丸出しだった」
胸元に触れる。
「何か外れた感じ」
「バックル」
私が言う。
零が見る。
「そう。それ」
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十七時間目は零だった。
宣言はしない。
真耶の区別演習の休憩。
配信は再びLIVE。
チャットが授業内容で喧嘩し、ガワはモジュールごとに衣装を変えている。
零が立つ。
「試したい」
そして、くだらない冗談を言った。
ゴシックではない。
深淵も死も薔薇もない。
覚悟だけで成立する、完全にくだらない冗談。
城戸先生は、より強い論証に屈した。
私も笑った。
悔しい。
本当にくだらない。
原型は最後。
私より静かで、最後まで笑った。
長く保存していたものを、ようやく外に出した笑い。
零は部屋の真ん中で、笑われているのを見る。
顔が変わる。
教室の顔。
利用不能として保管されていたものにアクセスしている顔。
「これが十七時間目だな」
城戸先生は涙を拭く。
自分の授業で自分を教育してしまった人の顔。
零は座る。
「まだある」
「知ってる」
「残り五十五時間」
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四十一時間目は慧。
私の正面に座った。
第10話から読み方を覚え続けている顔。
「ずっと言いたいことがあった」
「言って」
「何回考えても、推しカプ用の台詞になる」
「何回」
「十二」
「一番丸出しのやつ」
慧は黙った。
「ESEに来た時、先に入った人を探してると言った」
手を見る。
「本当だった。それ以外にも、名前をつけられないものを探してた。俺TUEEE区画に長くいすぎて、欲しいと思うことが弱さに見えて、欲しさを燃料に変えてた」
コメント欄を見る。
「それで滑川Pが、俺をずっとラブコメ事故に放り込んだ」
「知ってる」
「俺も知ってた」
少し笑う。
「視聴者が『そこで行けよ』って怒るのが面白かった。見てるのも好きだった。欲しいと思うこともあった」
私を見る。
「どれも嘘じゃない」
間。
「便利でもあった。全部ネタにすれば、いつネタじゃなくなったか言わなくて済む」
顔を上げる。
「探してた人は見つかった。第零層の机にいる。灯里が知ってた。別の場所で、自分なりの生き方を見つけてた」
待つ。
「もう一つ探してたものも、少し分かった」
「何」
「できることじゃなくて、自分が何者かを気にする理由」
息。
「そこだけは、煽って逃げられない」
目が合う。
「台詞じゃない。確認した。台詞なら、こんな感じしない」
コメント欄の速度が落ちた。
《韓ドラ沼民:あ》
《量子筋トレ勢99:うん》
《黒須岳【水筒持ち】:☕》
私はしばらく何も言わない。
「台詞じゃない」
「うん」
「何もない、でもない」
「うん」
「私、考える時間がいる」
「分かってる」
慧が言う。
「俺は二十六話あった。そっちは好きなだけ使って」
城戸先生は黒板の前。
チョークを持っている。
書かない。
黒板に書かない方がいいものもある。
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六十五時間目。
そこだけ空白。
「さて」
岳。
「さて」
城戸先生。
「授業は」
「まだ分からない」
「それが授業?」
「そう」
岳は考える。
「深いのか、逃げたのか」
「両方は別物だ」
城戸先生。
「ただし、六十五時間目では同時に成立することもある」
チョークを置く。
「向こうの機械が来る。残り七時間」
六十五時間でやったこと。
識別。
区別。
生成。
伝達。
「最後の七時間は、守る」
「どうやって」
「ずっとやってる」
城戸先生。
「持ち続ける。便利な形に最適化しない。邪魔な形でも、その形のまま置く」
空欄を見る。
黒板消しを取る。
授業計画そのものを消す。
「七時間」
言う。
「自分でいろ」
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最後の七時間は、ESEで一番密度の高い七時間だった。
滑川Pが後で言った。
最高のエンゲージメントではない。
一番安定。
十七万五千人が、何が起きるからではなく、起きていることに残る価値があるから残った。
真耶は四十分バイオリンを弾いた。
途中を忘れても止めない。
失敗の向こう側まで。
零は残りの冗談を全部言った。
かなりひどい。
全部、零の。
岳はカード目録で灯里を見つけた。
私は見ていない。
でも分かる。
戻ってきた二人が、あまり喋っていない人同士だけが持つ静けさをしていた。
原型と私は、いびきについて二十分喧嘩した。
そのあと三十分、黙った。
空っぽではない沈黙。
慧はいた。
今は、それが慧の全部ではないと分かっている。
でも、慧であることの一つではある。
城戸先生は赤ペンで全員に満点をつけた。
真耶が言った。
「それ、成績インフレ」
「知ってる」
城戸先生。
「それが授業だ」
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七十二時間。
外部センサーが反応した。
『フリグスデイ』
滑川P。
慎重な声。
『玄関に何かいます』
ロード率、5%。
原型を見る。
向こうも。
二音。
和音。
「誰」
『人みたいな音をするものです』
間。
『人ではない』
『人のふりが、とても上手い』
【滑川Pダッシュボード】
第二部・第4話:完了
授業:完了(消去済み)
1〜64時間:識別/区別/生成/伝達
65〜72時間:自分でいる
満点:全員
成績インフレ:確認済
城戸先生メモ:『成績インフレが授業』
バイオリン:失敗の先まで演奏
冗談:全部言った(ひどい。全部本人)
慧:いた
(それだけではない)
【外部センサー警報】
玄関に何かいる。
高精度。
人のふりが上手い。
人ではない。
【滑川P/手書き】
『準備はできた。
私ができているかは分からない。
[記録。
分類:やるべきだったこと。
第二部リスト、四件目。
玄関を何かが叩く前に、
影指標を伝えるべきだった。
もっと早く。]』
【影指標:0.3%】
ペン。
『今夜』
消さない。
記録。
手書き。
ラメ。
今夜。
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玄関に、人のふりがとても上手いもの。
ロード率5%。
滑川Pは影指標の横に「今夜」と書いた。
消さなかった。
【滑川P・次回予告】
『「今夜」と書いた。
二部ずっと0.3%の数字の横に。
これまで手書きで間違ったものは、全部消した。
これは消していない。
次話、向こうの機械が代理人を送ってくる。
あいつらは上手い。
最適化されている。
でも。
パンを持っていない。
七十二時間。
記録済。』
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