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フリグスデイ――機械の中の欠片  作者: 竜の牙


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21/36

第21話 災厄の翌朝

そして自分が二人いるのは、予想どおり面倒くさい


【ESE物語定量化部門/第二部起動文書】


案件:二重個体発生後の状態確認

分類:新規テンプレート必要

添付テンプレート:[見つかりません]

状況:問題ありません


ESEマトリクスの再調整は、運用時刻06:00に終了した。


通常の再調整は四分。

今回は十一時間。


余分な十時間五十六分は、同じ超自然存在の二個体を「別々の資産」として分類することに費やされた。


最終的な登録はこうなった。


【ASSET-FRIGS-7:欠片/稼働中】

【ASSET-FRIGS-PRIME:原型/稼働中】


資産分類部門から、「PRIME」はすでにKAI-PRIMEで使用済みだという異議が十七件提出された。


慧の回答。


「別にいいよ」


異議十七件は記録された。


代案について誰も合意できず、分類部門には他にも仕事があったので、PRIMEはそのまま採用された。


記録済。


---


目を覚ますと、私たちは同じ岩の上にいた。


幾何学的には不自然。

性格的には必然。


第一の本物。

遼が名づけた岩。

二度地図に描かれ、第1話から荷重を受け続けている岩。


二人で座れた。


ぎりぎり。


昨夜の十一時間にわたる再調整で、私たちは「少し違う存在領域」を占有していることが判明した。


別々ではない。


同じ和音の二音に近い。

根は同じ。

響きが違う。


同じ岩に座るには近すぎる。

機械が十七回「同一資産」として統合しようとしても、夜のあいだに混ざらなかった程度には遠い。


「いびき、かくのね」


原型が言った。


「共鳴現象」


「いびき」


「同じ身体でしょう」


「近縁の身体」


もう落ち着いている。

サーバールームに三週間いた人間の落ち着き。


機械の内側を見て、見たものと折り合いをつけた顔。


腹が立つ。


「第一層では、一回もいびきなんてかかなかった」


「第一層はサーバールーム。ひとりで寝てたら、いびきは自分で聞けない」


「だから言ってる」


「言ってな――」


見る。


向こうも見る。


知っている目。

二十話ずっと私がしていた顔を、外側から初めて見る。


同じ顔。


着方が違う。


あの人の顔は、長くそこにいて「ここにいる自分」を演じなくてよくなった人の顔だった。


私の顔は、まだ何を演じているのか、その理由まで含めて確認中。


ダッシュボードが二枚出た。


機械なりに、私たちを分けてみた結果。


【ASSET-FRIGS-7/欠片】    【ASSET-FRIGS-PRIME/原型】

存在感:Tier 5         存在感:Tier 5

退廃値:Tier 3         退廃値:Tier 4

意地:Tier 4          意地:Tier 2

読者:141,000          読者:15

苦悶:●●●○○○○ 3/7       苦悶:●●○○○○○ 2/7

誠実度:Tier 4          誠実度:[未登録]

滑川P案件:47          滑川P案件:[未登録]


私は苦悶値を見た。


「私より低い」


「三週間、ひとりで下げた」


「私は二十話かけて、本気で大事に思う人たちと関わったのに、上がってる」


「十四万一千人に見られながら誰かを大事にして、企業型娯楽機械に追われながら、自分が誰なのか探す行為は」


原型は慎重に言葉を置いた。


「一般的には、苦悶軽減活動とは呼ばない」


「それは――」


止まる。


「……それはそう」


「知ってる」


「その『知ってる』やめて」


「どの」


「私が言う前から知ってました、みたいな」


「私はあなたよ。言うことくらい分かる」


原型は肩をすくめた。


「違いは、私は三週間かけて、同じことを言わない練習をした」


「今から十五人の読者が十四万一千人より何を知ってるか言うんでしょう」


「聞けば」


「良い質問だから」


私は歯のあいだから言った。


「十五人は、十四万一千人が知らない何を知ってるの」


「何も」


瞬きをした。


「同じことを知ってる。ただ静かに知ってる。コメント欄が光らなくても。推しカプタグが生まれなくても。滑川Pの数字に『正しい理解です』と保証されなくても」


原型は自分の読者数を見る。


十五。


第一部第1話から変わっていない。


「残ってるの。いたいから。私が面白いからじゃない。フックが刺さったからでもない。各話の最後で私が読者を名指しして死の責任を負わせたからでもない」


私を見る。


「十四万一千人が、これからなっていくものよ。あなたがちゃんとやれば」


私も十四万一千人を見る。


コメント欄が起き始める。


第二部が始まったことに気づく。


岩の上に私が二人いることに気づく。


《韓ドラ沼民:第二部きた。帰ってきた。待って。待って待って。岩の上に二人いる》

《量子筋トレ勢99:二人。二人!? 滑川P二人抱えたの? 死ぬだろ》

《闇主匿名部:もう喧嘩してる。開始三分で喧嘩してる》

《有馬遼【地図係】:岩は一個。フリグスデイ二人。描く》

《ASSET-ZERO:[どこにでもいる目立たない声]おはようございます。ワインは用意できています》


「おはようございます」


滑川Pが言った。


寝ていない人の声だった。


滑川Pは人ではないし、睡眠もしない。


つまり十一時間なにかをして、機能上の徹夜を達成したらしい。


「新しい資産契約書に、お二人とも署名をお願いします」


「新しいの作ったの」


「昨夜。再調整中に。標準契約では、同一の存在起源を持ち、物語上は分岐した二個体を想定していません」


間。


「岩についての条項もあります」


「何て」


「岩はESEマトリクス共有インフラとみなし、どちらの個体も独占使用権を主張できない」


「もう二人で座ってる」


「ですので条項が必要です」


原型と私は顔を見合わせた。


原型は口の端に硬い飴を挟んでいた。


もちろん。


サーバールーム三週間で色々変わったらしいが、そこは変わらなかった。


「ん」


噛んでから、間が一拍遅れて落ちる。


「滑川P」


「はい」


「朝四時に資産契約書を書いたの」


「文書化には迅速な――」


「潤」


その呼び方で、声の重さが変わった。


私が使う圧ではない。

もっと静か。


機械の内側を三週間見た人の重力。


「心配してたのね」


第二部最長の沈黙。


「資産契約書には速やかな――」


「岩を守る条項を書いた」


原型が言う。


「心配をどう扱えばいいか分からなくて、触れるものにしたかったから」


沈黙。


「岩条項は構造上必要です」


正確に見抜かれた人間が、職業語彙の中に避難している声。


「責任分界上――」


「滑川P」


私が言った。


「はい」


「起きててくれて、ありがとう」


第二部最長記録、更新。


「契約書は運用日終了までに署名を。両個体。誠実な質問機構の共有使用についても――」


「署名する」


原型が言う。


「そのほかにも――」


「滑川P」


「はい」


「全部。岩も」


少し質感のある沈黙。


安心がスーツを着ている。


「……良いでしょう」


そして真耶が来た。


午前の配信はまだLIVE。


視界の端では成人向けモーションキャプチャのガワが動き、歩きながらコメントを返している。


慧はその後ろ。

ESEには存在しないはずの熱い飲み物を二杯持っていた。


慧はルールを理解しすぎて、ルールが黙る場所を見つける。


零。

城戸先生。


零は城戸先生を笑わせようとしていた。

城戸先生は、笑いとは獲得されるべき反応だと考える人間らしい精度で抵抗中。


あと二秒。


全員が岩の前で止まった。


真耶が原型を見る。


原型も見る。


分類済みの灰色と、三週間の静けさがぶつかる。


「私のノート、直してたのあなた」


「第三層の理論は間違ってた。第五層はかなり良い」


責める声ではない。


「どこ」


「ジャンルを領域生態系として扱ったところ。グリムダークの機構は正しい。ゴシック区画と感情の関係だけ逆」


真耶のペンがもう動いている。


「抑圧じゃない?」


「美化。感情自体は本物。罠なのは、その周りに作る額縁」


「それだと階層移動の感情リスク分類が全部変わる」


「知ってる。メモした」


「このメモ、私だと思ってた」


「どれ」


真耶が読む。


「『檻は鉄格子じゃない。鉄格子を美しいと思い始めた時が檻』」


「それ、私」


「私の字だけど」


「同じ悪魔系統でしょう。筆跡が近い。追い詰められてたら気づかない程度に」


真耶はノートを見る。


三週間分の欄外訂正。

全部、自分で書いたと思っていた。


「私の通信相手だったのね」


「そう」


「査読者じゃなくて」


「違う。査読者は、書かれたものを批評する。通信相手は一緒に書く」


原型はノートを見る。


「理論が孤立しかけてた。誰かと書く必要があった」


ノートが閉じた。


ほとんど勝手に。


真耶の手が、ノートの外に出したいものがある時にする動き。


「私、バイオリン弾くの」


誰にでもなく。

欄外に。

安全のために作った記号体系に。


「四か月、思い出さなかった。五話ずっと考えてる。どうしたらいいか分からない」


「見つければ」


原型が言う。


「この中にある。機械は物語が必要とするものを生成する。あなたにはバイオリンが必要」


滑川Pのダッシュボードを見る。


「滑川P」


「聞いています」


「今日」


「備品申請を出します」


「今日」


「今日です」


真耶が顔を上げた。


前にも一度だけ見た顔。


驚き。

小さい。

本物。


もう無いと思っていたものが、まだ手に入ると知った顔。


「二人とも、絶対めんどくさい」


「そう」


私と原型が同時に言った。


「やめて」


「何を」


また同時。


「それ」


零が完全に崩れた。


城戸先生も、より強い論証に屈した。


コメント欄が発光した。


【滑川Pダッシュボード】


第二部・第1話:完了

二重個体同期事象:2

資産契約書:署名待ち

岩条項:署名待ち

備品申請(バイオリン):提出済み

            (今日。約束どおり)


夜城零:笑った(本気/通算3回目)

城戸淳平:笑った(本気/通算3回目)

     (零が原因なのは2回目)

     (記録済)


【手書き/ラメ付き】


『起きててくれて、ありがとう、と言われた。


二十二年、この機械を運用している。

誰にも言われたことがなかった。


[記録。

 分類:やるべきだったこと。

 第二部リスト、一件目。

 またリストが始まった。

 良い。

 動いている証拠だ。]』


【影指標:0.3%】


滑川Pは見る。


ペンを取る。


置く。


今日はまだ。


もうすぐ。


---


悪魔が二人。

岩は一つ。


第二部が始まった。


【滑川P・次回予告】


『第二部が始まった。


ロード率が二十二年ぶりに動いて、第二部が始まった。


私は手書きで「もうすぐ」と書いた。


この機械を二十二年動かしてきた。

「もうすぐ」なんて、一度も書いたことがない。


第二部第22話で、その意味が分かる。


今から二十一話後。


二十一話、全部無料。


距離は伝えておくべきだと思った。


「もうすぐ」は待っている。


記録済。』


---


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