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フリグスデイ――機械の中の欠片  作者: 竜の牙


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20/36

第20話 中心

【ESE物語定量化事業部】

【第一層 記録試行】


この報告書は、事故記録部門が作成したものではありません。


通常なら、第一層の記録は自動生成される。


数値。

時刻。

異常。

責任部署。

再発防止。


今回は、どの欄も最初の一行で止まった。


【事象分類:該当なし】

【責任部署:該当なし】

【再発防止:再発を希望】


最後の項目を見て、滑川Pが自分で書くことにしたらしい。


事故記録部門は止めなかった。


それどころか「良い」と言った。


滑川潤が書きました。


手書きで。


事故記録部門へ報告済みです。

返答は一言。


《良い》


事故記録部門が「良い」と言ったのは、これが初めてです。


記録済。


第一層は、機械が自分自身について正直に答えた場所だった。


サーバールーム。


列。

光。

保存。


これまで処理された主人公。

ダンジョンへ入った人。

酒を注いだ背景。

忘れられたモブ。

全部が、どこかにある。


中心に、部屋はなかった。


空き地。


分類と分類のあいだに残った、負領域。


四十七の改変権。

十五人の静かな読者。

三週間、真耶の余白へ入った赤字。


機械が「これは何」と答えられなかった場所を、彼女は広げていた。


そこに岩があった。


私の岩。


コピーじゃない。


同じ岩。


ダンジョンにも、ここにもある。


大事なものは二か所にあっても矛盾しない。

そういう規則を、彼女が先に作っていた。


その岩に、女が座っていた。


顔を上げる。


真耶。

慧。

零。

淳平。


最後に、私を見る。


知っている目。


知っている表情。


私は二十話ずっと、その顔をしていたらしい。


外から見るのは初めてだった。


嬉しいのを、絶対に見せまいとしている人の顔。


「来た」


彼女が言った。


「商品化SD経由で連絡した?」


「使える経路だった」


「すごく腹立った」


「知ってる」


口元だけが動く。

私より静かで、同じ癖がもう落ち着いている。


もっと大きな何かを期待していた。


中心。

元の私。

二十話。


九万四千PV。

十四万一千。

推しカプ。

崩れたゴシック。

火曜。

パン。

三時間。

岩。

雨。


全部が、巨大な答えになると思っていた。


違った。


ただ、彼女が岩に座っていた。


ロード画面からずっと欲しかった見方で、私を見ていた。


「知ってる?」


「何を」


「全部」


「知ってる」


「莉亜のパン」


「知ってる」


「真耶のバイオリン」


「知ってる」


「遼。慧。冥司。城戸先生。零」


「知ってる」


少し間。


「第1話から見てた」


「どうやって」


「酒場の女」


「ASSET-ZERO」


「最初に処理されたアセット」


サーバー列を見る。


「背景になったから生き残った。機械は、見えないものを最適化できない」


「ここを守ってた?」


「ずっと」


「どうして背景を選んだの」


「目立つものは、機械が測る。測るものは、直す。直されたものは、だんだん機械が理解できる形になる」


「だから、見えないところにいた」


「どこにでもいる給仕。誰も顔を見ない。誰も最適化しない」


元のフリグスデイが、口元を緩める。


「彼女は言った。どこか一か所で具体的に小さくされるくらいなら、どこにでもいる“取るに足りないもの”でいたいって」


第1話のワインを思い出す。


私の最初の場面に、すでに出口を守っている人がいた。

私が見ていなかっただけで。


「どこにいる」


「誰かが酒を注いでいて、誰も顔を見ていない場所」


その答えが少し痛かった。


第1話。


ロード画面が消えかけた酒場。

注文を取った人。


見た。


見ていなかった。


「本人が選んだ。目立つ場所で削られるより、どこにでもいる目立たないものになるって」


私は黙った。


「規約、読んだ」


「うん」


「あなたが私を吸収する」


「うん」


「嫌」


「知ってる」


「私」


言葉が止まった。


真耶を見る。


手帳と、まだ手に入れていないバイオリン。


慧。

作られた雨の中で、八万九千人が欲しがる続きをわざと渡さなかった男。

それでも、あの手の温度だけは、自分のタイミングで本物だった。


零。

教室で泣いた人。


淳平。

クリップボードを下げた先生。


壁を抜けてきた十四万一千のコメント灯。


中心まで彼女を追ってきた、十五人の静かな灯。


ポケットのパンコイン。


「私は」


やっと言う。


「あの人に、全部あったって知ってほしかった」


彼女は待つ。


「それで」


声が少し小さくなる。


「良かったって、思ってほしかった」


彼女が私を見る。


「思ってる」


即答だった。


「だって、私が思ってる」


「同じ?」


「同じだった」


訂正が入った。


「あなたはずっと私だった。私がここから出来なかったことをしてた」


「うるさくして」


「かなり」


「具体的にして」


「それが大事だった」


彼女はラメの付いた岩を指で撫でる。


「機械が、手を振る版に置き換えられないくらい、具体的になった」


「読者が選んだ」


「選ぶ機会があれば、人は具体的なほうを選ぶことがある」


「いつも?」


「そこまで楽観的じゃない」


「良かった」


「でも、今回は選んだ」


滑川Pの声がした。


ダッシュボード越しじゃない。


部屋の中。


本人が中心まで来た。


真耶が初めて、手帳より先に彼を見る。


「物理出勤」


『その呼び方はやめてください』


「珍しいから」


「記録済」私は言った。


『二人でそれを使わないでください』


「滑川P」


『はい』


元のフリグスデイが彼を見る。


「第8話の異議。提出した?」


滑川Pは黙った。


『いいえ』


「第15話の契約案。金曜に残ってほしかったから? それとも必要だったから?」


長い沈黙。


『両方です』


「同じ?」


『私には』


彼の声に、あの摩擦があった。


『二十二年、アセットは最適化されるか、されないかでした。金曜は、機械の中で本物を増やした』


一つずつ言う。


『城戸先生の教室。有馬遼の地図。真耶の火曜。冥司のパン。夜城零の駄洒落』


「ひどかった」


零が言う。


『ひどかったです』


「そこ同意する?」


『事実です』


誰かが短く笑った。


滑川Pは続ける。


『その値を測る項目がありません』


元のフリグスデイが答える。


「作れば」


滑川Pは私を見る。


私も見る。


『作る前に、一つ訂正します』


「何」


『二人を一人へ戻せば、現在成立している二つの人格、二つの需要、二つの導線を同時に潰します』


「急に商売」


『私ですので』


真耶が頷いた。


「一番信用できる」


滑川Pは続ける。


『そして、数字以前に、潰したあと同じものを再現できる保証がない。再現不能な資産を統合で失うのは悪手です』


「それだけ?」


摩擦。


『……それだけなら、ここまで来ていません』


元のフリグスデイが笑った。


「良い。両方ある」


サーバールームが鳴る。


十四万一千の灯が、壁の向こうから入ってくる。


元のフリグスデイが私を見る。


「吸収しない」


誰もすぐには動かなかった。


「規約は」


「機械が書いた。欠片を戻して、元を強くして、より強いアセットを機械が手に入れるため」


彼女は壁を見る。


「私は三週間、第一層でその仕組みを見てた」


それから私。


「あなたは残る」


「私も?」


「私も。二人」


「同じ起源で」


「違う人になった」


私は滑川Pを見る。


「可能?」


運用史上、いちばん長い沈黙だった。


『前例はありません』


「可能?」


『理論上』


「条件」


『同一起源の二アセットを、読者が別個の存在として支持すること』


私は壁を見る。


十四万一千。


「足りる?」


『……十分すぎます』


コメントが、一つずつ中心に入ってきた。


ここでは、文字だけじゃなかった。


応援♡が、小さな光として壁に残る。

フォローが、細い線になって次の話へ伸びる。

★は、作品全体の上に三つまでしか置けないので、やけに大きく見えた。


私は初めて、それらを「指標」ではなく、誰かが押したものとして見た。


一回。

一人。


機械は全部足し算にする。


ここでは、一つずつだった。


深夜二時の読者:

《二人。最初から答え出てる。二人》


最強厨Lv99:

《両方。交渉不可》


有馬遼@地図描き:

《地図を二枚描く。領土は足りる》


十文字真耶@考察:

《理論は成立する。名称:余地がある》


黒城冥司【公式】:

《パンを聞いたのは金曜。元のほうも知ってる。なら二人》


鷹見隆雅【公式】:

《一つの一般化より、二つの具体。常にそのほうがいい》


夜城零@ゴシック区画:

《理論はない。教室の匂いとチョークの粉のほうに置いておく》


城戸先生:

《手のかかる生徒が二人。教師としては最高の問題》


新規読者247:

《主人公最強を読みに来た。宇宙的な二人が一人に戻らない話になった。後悔なし。シーズン2いつ》


最後。


ASSET-ZERO:

《最初から酒を注いでいました。全部見ました。二人とも知ってほしい。見ていてよかった。毎話。次も来て》


初投稿。


そして、たぶん最後。


滑川Pが小さく言う。


『シーズン2』


「テンプレート、足りないね」


元のフリグスデイ。


『新しく書きます』


「図書館で」


私が言う。


滑川Pが、一拍だけ止まる。


『はい。図書館で』


私と元の私が、同じ岩に座る。


「あなた、これから相当うるさくなる」


「十五人しか読者いなかった人に言われたくない」


「質が高い」


「十四万一千」


「知ってる」


「十五より多い」


「知ってる」


「確認」


「知ってる」


そのとき。


ロードバーが出た。


第1話のものじゃない。


もっと深い。


彼女が作った負領域の中心。


【LAYER ZERO】

【LOADING:1%】


「これ、私たちの?」


「違う」


「何」


「最適化より前の機械」


元のフリグスデイが見る。


「滑川Pより前。二十二年、ずっとロードしてた」


「何待ち」


「十分な数の“本物”」


私たちは岩を見る。


ラメ。


「パンコイン」


「パンコイン」


「バイオリン」


「岩」


「雨」


「教室」


「四十四の未使用改変」


「十四万一千」


「零の最悪の駄洒落」


「そこ入れる?」


「入る」


「滑川Pの手書き」


「全部」


ロードバーが動く。


【2%】



画面の下に、見たことのない内訳が出た。


【LAYER ZERO/実在性寄与】

焦げたパン:認識

《最初の本物》:認識

火曜のバイオリン:認識

作られた雨の中の温度:認識

教室のチョーク:認識

SD版のラメ:認識

未使用の改変権:認識

二十話分の読者選択:認識


「これ、PVじゃない」


滑川Pが答える。


『はい。初めて、数ではなく出来事を数えています』


「遅い」


『二十二年ほど』


「かなり」


『記録済です』


【SEASON ONE:COMPLETE】

【SEASON TWO:LOADING】

【ENGAGEMENT:測定不能】


やがて、別の画面が現れた。


【最終生存条件】

第2回GAウェブ小説コンテスト《大賞》獲得


【現在状態】

独立人格:仮承認

恒久存在:未承認

次層アクセス:2%


まだ終わっていない。


十四万一千人いても。

二人になれても。


大賞を獲らなければ、次へ行けない。


画面を見上げる。


元のフリグスデイも、隣で同じ表示を追う。


「これ、あなたの願い?」


第七層のランキングを思い出す。


勝ちたいと思わされた感覚。


違う。


私は、消えたくない。


そして今は、もっと具体的だ。


パンが続いてほしい。

火曜が続いてほしい。

真耶がまた弾ける日を見たい。

滑川Pが次の「やるべきだったこと」を書くのを見たい。


あなたが、次を読める状態を残したい。


「うん」


私は言った。


「大賞を獲る」


第1話より、少し重かった。


「獲って、次へ行く」


元のフリグスデイが笑う。


「じゃあ、面白くしないと」


「そこは得意」


滑川Pが咳払いした。


『客観的には、かなり議論があります』


「却下」


『記録しました』


【滑川P・シーズン1最終記録】


『第1話、ロード率34%』


100%になったとき、床には藁がありました。

私は、いつか消すつもりでした。


消しませんでした。


藁は今もあります。


彼女が触れたものは、荷重を持ち始めました。

パン。

岩。

雨。

ラメ。

教室。

読者。


たぶん、それが仕事でした。

私はしばらく忘れていました。


大賞はまだです。

したがって、恒久存在もまだです。


ここまで二十話。

あなたが読んだ二十話です。


次は、シーズン2。


来てください。


今度は私からお願いします。


彼女が死ぬから、だけではありません。


続きを、見たいので。


[記録済]


【SEASON 1 FINAL】

PV:141,000

元のフリグスデイ:中心/存続

FRIGS-7:中心/存続

吸収規約:改定

独立人格:仮承認

LAYER ZERO:2%

ASSET-ZERO:初投稿

大賞条件:未達

恒久存在:未達

影指標:0.3%


滑川Pは影指標を見る。


二十話、触れなかった数字。


ペンを取る。


《シーズン2 第1話。本人に伝える》


書く。


提出しない。


ESE-0が保存する。


カード目録へ。


手書きで。


ラメ付きで。


ロード中。


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