第2話 神崎大輝と、鳴くスキルコア
名前は神崎大輝。
もちろん神崎大輝だった。
自分のダンジョンみたいな顔で鉄格子をくぐってきた。
違う。
ここは私のだ。
少なくとも岩は私のものだし、鉄格子もいまのところ私のものだ。
先に座った者に所有権が発生するという、かなり古い法理によって取得した。
顎が強い。
分かるでしょう。
あの顎。
自己啓発書を一冊読んだ翌日に、その内容を半径三十メートルの全員へ配布したくなった男の顎。
目にも同じものがあった。
新書一冊で哲学を履修済みにした人間の光。
私を見て止まった。
頭の中で判定が走るのが見えた。
女。確認。
ダンジョン。確認。
謎のオーラ。確認。
表情が「主人公・余裕顔3B」に固定された。
目覚めてから十一回見た。
商標登録できそう。
「お前がダンジョンの守護者か」
「岩に座ってるだけ」
「守護者というものは――」
「この岩を見つけた。座った。以上が私と岩の全関係史。公証役場、呼ぶ?」
こめかみ。
中程度。
私は内側で処理した。
社会性。
『反応急上昇。四百パーセント。いまの行動を継続してください』
滑川Pが耳元で囁く。
何もしていない。
岩に座って、腹を立てただけだ。
これがコンテンツらしい。
覚えておく。
「転生者?」
神崎の顔が一瞬止まった。
「なぜ分かった」
「組織図を持ってた人間の姿勢。中世ダンジョンを昇進先だと思ってる。社長? 創業者?」
「COOだ」
視界の隅に、ESEの補足が出た。
【前世職歴】
外資系IT企業 最高執行責任者
転生時年齢:34
転生後年齢:17相当
チート配布理由:不明
本人の納得度:非常に高い
「三十四から十七」
「何だ」
「若返りもチート枠に入れたほうがいい」
『項目追加します』滑川P。
神崎が一瞬だけ、何かを失った顔をした。
前世の肩書きは覚えている。
でも、前世の自分の年齢を思い出す顔ではなかった。
答えてから、慌てて重い声に戻る。
「前世は関係ない。俺は――」
「前世、かなり関係ある。あなたの中でいま一番面白いの、そこだから。で、チートは?」
胸を張った。
息を吸う。
大文字を出す準備。
「《無限成長》」
ダンジョンが待った。
「すべての技能を通常の十倍で習得できる。成長上限は存在しない。すでに第三段階へ――」
「へえ」
神崎が止まった。
《無限成長》に「へえ」と返す人間は、想定仕様にいないらしい。
「……へえ?」
「へえ。神崎大輝」
名前を、見すぎて意味が消えた文字みたいに口にした。
「何しに来たの」
「ダンジョンを攻略し、さらに――」
「なんで」
肩のまわりの金白のオーラが、一度瞬いた。
ずっと正解扱いされてきたものが、初めて回線落ちしかけた光。
「目的じゃない。下。攻略とか、無限成長とか、第三段階とか。その下で、あなたを動かしてるもの」
私は近づいた。
脅すためじゃない。
知りたかった。
そこが問題だった。
質問を使っているんじゃない。
私は、本当に知りたい。
その事実が、リアルタイムで問題になっていく。
「誰に」
一拍。
「自分が自分を見るみたいに、見てほしかったの」
金白の光が、内側から割れた。
三年分の俺TUEEE構造。
自己重要感、体感四十キロ。
全部が軋んだ。
【スキルコア:落下】
【一回跳ねる】
【二回】
足元に転がった。
拾う。
握る。
きゅ。
鳴いた。
『アセットFRIGS-7』
滑川Pの職業的平静が、職務規程にない動きをした。
『質問一つで主人公のスキルコアを抽出しました』
「見れば分かる」
『戦闘仕様書にありません』
「じゃ、新しい仕様書」
『……作成します』
きゅ。
応援コメントが一気に増えた。
最強厨Lv99:
《コア鳴くの反則》
深夜二時の読者:
《この音、次回予告に絶対使われる》
滑川P:
《使います》
「コメント欄に制作が混ざるな」
『公式アカウントです』
「最悪」
神崎は、胸に空いた「自分の全成長システムがあった場所」を見た。
手を見る。
私を見る。
「軽い」
「四十キロくらい自己重要感を持ってたから」
「これ、まずいのか」
「選べばいい」
床のコアを指す。
「帰るとき拾ってもいい」
拾わなかった。
代わりに藁へ座った。
藁は神崎を裁かなかった。
藁はいろいろ見てきた。
「強くなりたかったんだ」
声から大文字が消えていた。
「誰かのために。たしか、特定の誰かのためだった。第三段階のどこかで、その人を思い出すより、天井を上げるほうが目的になった」
私は岩へ戻った。
少し黙った。
「悲しいな」
「少し」
「かなり」
「そうね」
神崎は立った。
鉄格子のところで振り返る。
「電話する」
「誰に」
「特定の誰かに」
そして出ていった。
【ESEクレジット:+47】
【スキルコア:獲得】
【鳴き声:確認。アセット固有効果音候補へ追加】
滑川P:
『予告に鳴き声を入れます。理由は説明しません。[記録済]』
私はコアを握った。
きゅ。
四十七クレジット。
鳴くストレスボール。
誰かへ電話しに行った男。
悪くない。
あなた。
まだいる。
いい。
最強厨Lv99が「これ微妙。主人公弱くね?」と書いている。
滑川Pの分析窓には、別の評価が出ていた。
【主人公最強期待:未達】
【戦闘期待:未達】
【会話継続率:想定比+412%】
【スキルコア効果音への再生反応:異常】
【対象弱点:自尊心→成長依存】
【崩壊起点:質問「誰に見てほしい」】
【再利用可能類型:登録】
「再利用って」
『次に同じ型が来たとき、どこを押せば崩れるか分かりました』
「私の会話、攻略Wikiにした」
『攻略Wikiは検索流入が強いので』
「そこじゃない」
「戦ってないのに、戦闘回より見られてる」
『はい』
「読者、何が欲しいの」
『それが分かれば二十二年もこの仕事をしていません』
それは、滑川Pが初めて言った弱音だった。
たぶん本人は弱音と認識していない。
私は男の全成長システムを落とした。
質問一つと、まだ武器登録すら済んでいない下着で。
しかもコアは鳴く。
自分で言っておいて、嫌になった。
滑川Pの数値は上がった。もっと嫌になった。
最強厨Lv99。
あとで話そう。
かなり長く。
【次回予告/ESE物語定量化事業部】
次は白髪。
黒コート。
封印バックル、三十七個。
死んだ妹。
本人は、自分が悲劇の中心だと思っています。
違います。
三十七個ぜんぶに理由があります。
滑川Pは先に数えようとして失敗しました。
第3話「三十七個の封印バックル」。
読まない自由はあります。
彼女の削除確率も、自由に上がります。
[記録済]
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