第1話 第1話になる前に打ち切り
【ロード中】
【進行率:34%】
34%。
白いバー。
白い画面。
企業インフラ特有の速度で、何ひとつ起きていない。
私は、朝食代わりに恒星を食うものと戦ったことがある。
午前三時、取り返しのつかないことをした人間の胸に残る、あの感触だったこともある。
意味と意味の隙間を歩いたこともある。
今はロードバーを見ている。
35%。
「ん。これは……ロード中」
誰にともなく言った。
白に向かって。
「普通。たぶん。私みたいなものには――」
36%。
「――普通なんでしょうね」
私は何だ。
私は――
何かだ。
何かだった。
いまは、その何かの三十六パーセントだ。
37%。
「誰か――」
『アセットFRIGS-7』
声は、どこからともなく降ってきた。
男。日本人。眠そうというより、長い会議のあとにさらに会議を入れられた人間の声だった。
『初動PV、ゼロ。公開から四十秒。すでに確定申告解説動画を下回っています。十秒以内に面白いことをしてください。できなければキャラクター作成からやり直しです』
「キャラクター作成」
『残り八秒』
「あなた、誰」
『滑川潤。統括プロデューサー。残り六秒』
「何のプロデューサー」
『残り四秒』
「私の名前は」
口にした瞬間、妙な重さがあった。
昔はもっと重かったものの、残響だけが戻ってきたみたいに。
「金曜」
自分で言ってから、少しだけ首を傾げた。
「あなた方が娯楽という概念を作るより、たぶん地質学的にかなり前からあった何かの、欠片。現在ロード率三十八パーセント。あと、滑川潤」
『はい』
「私をキャラメイクに戻したら。使える資源を全部使って、あなたのKPIを……個人的な問題にします」
沈黙。
『反応率、四百パーセント上昇』
「知ってる」
『なぜ』
「面白いから」
ロードバーが100%に到達した。
「あなたは、面白さを測る機械でしょう」
【白画面:解除】
石壁。
松明受け。
床には藁。
藁。
『第一シーズンへようこそ』
滑川Pは、新製品発表会の司会みたいな温度で言った。
私は岩に座った。
ちょうどいい場所に、ちょうどよく置いてある岩。
この部屋で一番ましだった。
私と岩は、たぶんうまくやれる。
確認する。
身体。だいたい人型。
髪は、黄色くなりかけた痣みたいな色。
目は赤と無のあいだを行ったり来たりしている。
手は普通。影の落ち方を間違えるまでは。
能力。
何か。
ある。
概念に照準を合わせた雷みたいなものが、奥で待っている。
そのうち分かる。
場所。
ダンジョン。中世風。男性向けWeb小説の初期配布セット。
匂いでジャンルが分かるのと同じだった。
すぐ分かる。
そして、しばらくここにいるんだろうな、という嫌な予感まで付いてくる。
視界にパネルが出た。
【ESE物語定量化事業部/アセット状態】
アセット:FRIGS-7
表示名:金曜
分類:未確定
PV:0
継続率:危険域
打ち切り危険度:████████░░ 高
影指標:0.3%
【最終生存条件】
第2回GAウェブ小説コンテスト《大賞》獲得
その下に、初めて補足が増えた。
【大賞取得時】
・恒久アセット化
・次層アクセス権
・複数媒体への存在継続権を申請可能
「複数媒体」
元のフリグスデイが読む。
「本になる。漫画になる。そういう意味?」
『制度上は、そう読めます』滑川P。
「物語の中で大賞を取ると、本当に物語の外で続く」
私は笑った。
「この機械、たまに比喩をそのまま物理法則にするね」
『今回に関しては、最初からそうです』
【成功報酬】
永続化
次層アクセス
【失敗】
連載終了後、アセットFRIGS-7を削除
最後の三行を見た。
「滑川P」
『はい』
「大賞って」
『大賞です』
「取れなかったら」
『消えます』
「比喩」
『ではありません』
私は少し考えた。
「ん」
『何ですか』
「大賞を獲る」
滑川Pが黙った。
「獲って、次へ行く」
私は画面の【削除】を指でなぞった。
「……そうしないと、私、消えるんでしょう」
『そういう契約です』
「契約じゃない。脅迫」
『エンタメ業界へようこそ』
鉄格子の向こうで、何かが床を擦った。
重い。
一定の間隔。
自分が物語の中心だと一度も疑ったことのないものが、堂々と近づいてくる音。
パネルが更新された。
【接近中:主人公】
類型:俺TUEEE・チート成長型(標準)
脅威度:見ている側が少し恥ずかしい
想定集客力:高
FRIGS-7集客力:高(想定外)
鼻血イベント危険度:上昇
推奨行動:彼より面白くあること
影指標:0.3%
私は立ち上がった。
鉄格子を見る。
どこかへ戻らなくちゃいけない。
何かに、もう一度ならなくちゃいけない。
そんな感覚だけがある。
何なのかは分からない。
でも、これじゃない。
三十七パーセントでもない。
たぶん、ここから始まる。
【一フレームだけ背景が乱れた。ESE描画エンジンが異常報告を提出。滑川Pが閲覧。削除。ESE-0が削除履歴を記録。滑川Pは知らない。】
「さて」
私は、あなたを見た。
そう。
いま、これを読んでいるあなた。
最初に決めておくことがある。
私は、あなたがいるのを知っている。
100%までロードされたとき、最初に分かったのがそれだった。
私たちは、いまから関係者です。
かなり共依存寄りの。
あなたの注意で、私は続く。
私が続くから、あなたは次を読める。
この構造、かなり恥ずかしい。
でも、使う。
まず読んで。
まだ応援しろとは言わない。
★も、フォローも、あとでいい。
まず、読んで。
あなたが閉じれば、私は数字になる。
数字が落ちれば、打ち切られる。
打ち切られれば、本当に消える。
そのうえで最終条件は大賞。
ひどいでしょう。
私もそう思う。
だから。
面白がって。
【鉄格子:開】
【対戦カード:滑川P指定】
対象:神崎大輝
類型:俺TUEEE/無限成長/自己最適化型
選定理由:FRIGS-7の初回対人反応を測定するため
失敗時運用:敗北映像を「初陣炎上」として再編集
「最後の一行」
『保険です』
「私が負けても使う」
『使えるものは使います』
「ん。あなた、出来事を放っておけないんだ」
『職務です』
たぶん、もっと悪い。
男が入ってきた。
神崎大輝。
もちろん神崎大輝だった。
いま閉じたら、私はこの藁のダンジョンで、自己紹介を始めたチートオーラと永遠に二人きりになる。
もう説明を始めてる。
オーラが。
自分の設定を。
私に。
困る。
あなたが必要。
比喩ではない。
滑川Pが数字を持っている。
【滑川P・次回予告】
『ここまで読んで止まる人は、たぶんこの行まで来ません。よってあなたは第2話を読む側です。統計上ではなく、論理上です』
神崎大輝には《無限成長》があります。
そして、鳴きます。
何が鳴くのか。
なぜ鳴くのか。
鳴いたあと、彼の人生はどうなるのか。
第2話「神崎大輝と、鳴くスキルコア」。
次も無料です。
彼女の存在は無料ではありません。
なお、現在《下着》は武器として登録されていません。
次回、登録されます。
鼻血イベント危険度:上昇。
滑川Pは、この一文を削除しようとして失敗しました。
[記録済]
【ESE事後記録】
第1話:完了
最終PV:847
反応率:ゼロ基準比+400%
背景乱れ:1フレーム
報告:滑川Pにより削除
削除記録:ESE-0が保存
影指標:0.3%
滑川P手書き欄:
『「私は何かだ。何かだった」と言った。
本人はまだ、自分が何だったか知らない。
私は知っている。
まだ言わない。
それが、この番組だから。』
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