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フリグスデイ――機械の中の欠片  作者: 竜の牙


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16/36

第16話 パッチノート・過去適用

パッチノートは、真耶の手帳の中に届いた。


比喩じゃない。


朝、真耶が手帳を開いた。

昨日、自分でびっしり書いたはずの「第二層仮説」のページに、知らない筆跡が一行だけあった。


《綴じ目を見て》


真耶の眉が、一ミリ動いた。


それは一般人の悲鳴に相当する。


「私じゃない」


「分かる」


「どうして」


「真耶、自分の字が他人より嫌いそうだから」


「そういう推測は腹が立つ」


「当たってる?」


「腹が立つと言った」


綴じ目を探る。


一枚の紙が出た。


紙なのに、通知画面みたいだった。

物理とデジタルの中間で、どちらにも責任を持ちたくない物体。


【遺物5:パッチノート】


紙の端に、小さなバージョン番号が刻まれていた。


Ver. 0.00-R


「Rって」


『遡及適用のRでしょう』真耶。


「普通、そこ略す?」


「普通、過去をアップデートしない」


正しい。


裏面には、さらに細かい文字があった。


【禁止事項】

・死亡の取り消し

・ランキング結果の直接変更

・新規人物の捏造

・本人が当時持っていなかった感情の追加


【許可】


【候補提案/自動生成】

・第10話「雨イベント」:KAI-PRIMEが期待された恋愛行動を実行したことにする

予測:瞬間PV+220%

長期ヘイト視聴:-41%


「数字、自分で答え出してる」


別窓から慧。


《却下》


「早い」


《今やったら、八万九千人が十話分怒ってた時間が無駄になる》


真耶が一秒止まった。


「理由そこ?」


《あと、あの手はあの時の手。後から別の意味を盛るな》


私は表示を見る。


二つとも、本気だった。


それが少し面倒で、かなり良かった。


・当時すでに存在したが、言語化されなかった事実の明文化


「かなり限定的」


「だから怖い」


真耶が言った。


「便利な嘘は入れられない。自分が何を本当だと認めるかだけ、残る」

過去の連続性を一箇所、遡及修正する。


使用回数:1

意味のある変更:1


【注意】

便利にするな。

真実にしろ。


「最後の注意、システム文にしては文学的」


「書いたの、機械じゃない」


真耶は手帳をめくった。


一頁。

二頁。

三頁。


手が止まる。


「三週間」


「何が」


「余白に修正がある」


細い書き込み。

証拠番号の横。

層モデルの端。


真耶は自分の補足だと思っていた。


違った。


「全部、正しい?」


真耶は、しばらく認めたくなさそうにしていた。


「……正しい」


「元の私」


「たぶん」


「人の手帳に勝手に査読コメント入れてる」


「しかも正しい」


「最悪」


「同意」


何を変えるか。


迷わなかった。


第3話。


莉亜のまずいパン。

冥司が思い出し、私が、本当に知りたかったと気づいた場面。


出来事は変えない。

結果も変えない。


一文だけ。


当時、本当だったのに、まだ自分で言葉にできなかったことを足す。


《あの知りたいは、手段ではなかった。ロード画面のあと、初めて自分の内側から出てきた本物だった。問題になると分かっていたから、ダッシュボードの届かない場所に隠した。》


確定。


ダンジョンの空気が、一度だけ巻き戻った。


壁の応援コメントが発光する。


最強厨Lv99:

《待って。これ前からあった?》


数秒後、過去話のPVが跳ねた。


第1話。

第2話。

第3話。


読者が戻っている。


《他にもあるか?》

《第7話の岩の表現変わってない?》

《いやそれは元から》

《スクショ持ってる人》

《魚拓班いる?》


「考察勢、急に元気」


過去話の継続読了が四倍になった。


変更は一か所だけ。

読者はそれを知らない。

だから第1話から全部読む。

「ほかにも変わった場所があるかもしれない」という、存在しない可能性を探して。


「変更一つで、全話再読」


『はい』


「効率いいね」


『制作側としては非常に』


「嫌な顔してる」


『過去を本当にする行為と、再読率四百%を同じ画面に置く仕事ですので』


真耶が胸を張った。


「こういうときは強い」


「嬉しそう」


「研究対象が自発的に増えた」


「そこ」


「何」


「人を研究対象って言う癖」


真耶は一秒だけ止まり、手帳に何かを書いた。


あとで覗いた。


《言葉:人》


それだけだった。


深夜二時の読者:

《ない。ないよね? 第3話四回読み直した》


闇属性匿名会:

《パッチノート遺物だ!!》


有馬遼@地図描き:

《地形が変わった。小さい。けど荷重がかかってる》


『過去話の再読率、四百%上昇』


滑川Pが言った。


「他にも変えた?」


『いいえ』


「読者は知らない」


『はい』


「じゃあ全部読む」


『はい』


「私が、どこで本当のことを言い損ねたか探して」


『はい』


「機械、好きそう」


『非常に』


「嫌だね」


『非常に』


真耶は、手帳を開かなかった。


ペンだけ持っている。


いつもなら書く。

書けば処理できるから。


今日は、書かない。


「元の私、何でも変えられた」


「一回だけ」


「強くもできた。距離も縮められた。層も消せたかもしれない」


「でも、第3話の一文」


「本当だったのに言えなかったことを、あとから本当にした」


真耶がこちらを見る。


「言いかけてやめたことは、歴史を変えてでも残す価値がある。そう言ってる」


「真耶」


「やめて」


「バイオリン」


「やめて」


「火曜」


ペンを置いた。


今度は、完全に。


「火曜の夜」


声が小さい。


「練習がうまくいった日は、誰も知らなくてよかった。帰り道だけ、自分がちゃんと一日を使った感じがした」


少し間。


「四か月、思い出してなかった」


「いまは」


「思い出してる」


「良い」


「不安定になる」


「ここで良いことって、だいたいそう」


滑川Pが、静かに入った。


『元のフリグスデイは第一層です。あなたたちは第七層』


「六つ?」


『層の数え方が変動しています。実質、五つ』


「どうやって降りる」


『降りません』


「何」


『層のほうが、あなたを通過します』


真耶が顔を上げた。


『各層は、中心へ近づくアセットを“扱いやすくする”ための加工工程です』


「五回、加工」


『はい』


「加工されないで抜けた人」


沈黙。


『いません』


「じゃあ、最初」


【滑川P・次回予告】


『次回から、層が始まります』


主人公最強。

一位。

ランキング。

勝ちたい。

強くなりたい。

上に行きたい。


すべて、Web小説では強い欲望です。


問題は、その欲望が本人のものかどうかです。


第17話「第七層・ジャンルの罠」。


大賞を獲りたいという金曜の願いも、同じ検査にかけられます。


[記録済]


【ESE事後記録】

遺物5:使用済

変更:第3話 一文

過去話再読率:+400%

真耶:火曜夜を再想起

中心まで:実質5層

影指標:0.3%


滑川P手書き:

『過去を便利にしなかった。

過去を、少しだけ本当の形にした。

ラメが付いている。

もう取らない』


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