第15話 商品化権
木曜、マスコットが来た。
私にそっくりだった。
ただし、四割ほど扱いやすい。
そこが一番正確だった。
小さい。
丸い。
棚に置いたとき困らない比率。
目は大きい。
「あなたが必要」と顔だけで言えるのに、実際には誰も必要としない目。
手を振った。
「こんにちは」
私の声。
でも、角を削って、ニスを塗った私の声。
何かを言うたびに代償が出る部分を除いた私。
【商品化イベント:開始】
画面の横には、商品候補が流れていた。
FRIGS-7-CUTE アクリルスタンド
FRIGS-7-CUTE トレーディング缶バッジ
FRIGS-7-CUTE ぬいぐるみ
FRIGS-7-CUTE 香り付きミニキャンドル
FRIGS-7-CUTE ランダムブロマイド(全8種+シークレット)
FRIGS-7-CUTE ボイス付き目覚まし
最後のキャンドルには、なぜか《三十七個のバックル》とのセット割まであった。
「滑川P」
『クロスセルです』
「悲しみを棚に並べる速度が速い」
『商品部は仕事が早いです』
FRIGS-7公式SD版を展開
商品適性:高
アクスタ映え:高
缶バッジ適性:非常に高
狙い:新規層開拓/ブランド軟化/打ち切りリスク低減
要求:受諾
「嫌」
『金曜、これは商品展開で』
「滑川P。小さい柔らかい私が、私に手を振ってる」
『SD版はテスト結果が非常に』
「名札まで丸文字」
真耶の配信窓に、三つのアバターが横並びで出た。
成人サキュバス。成人ゴシックロリータ。成熟お姉さん。
全部、同じ動きで腕を組む。
「外見の差分は商品」真耶。
「本人は?」
「差分じゃない」
『その文言、広告に使えます』滑川P。
「使うな」
『もう反応テストが』
「滑川P」
『停止します。結果は保存します』
「止めてない」
【FRIGS-7-CUTE】
「私、こんな笑い方したことない」
SD版が首を傾げた。
「あなたを置き換えに来たわけではありません。より多くの消費空間へブランドを拡張し」
「私じゃなく、“私であるべきもの”に置き換えるんでしょう」
SD版は笑った。
「それが最適化です」
私は滑川Pを見る。
「こっちのフォロー、何人」
沈黙。
『三万一千』
最初のころの、私と同じだった。
神崎大輝に本気で質問する前。
莉亜のパンを知る前。
火曜のバイオリンを知る前。
慧の手が温かいと知る前。
遼が岩に名前をつける前。
曇らせの三時間で、誰かが残ると知る前。
三万一千人が、手を振る私を選んでいる。
「消して」
『イベント規定で、私には停止権限がありません』
「私が止める条件」
『本体反応がSD版の三倍を超えれば、主アセット優先でSD版をアーカイブします』
「自分のグッズに勝てって」
『はい』
私はコメント灯を見る。
あなたを見る。
正確に言う。
ここで、上手い物語なら演説する。
一番泣ける言葉を選ぶ。
この話の切り抜き画像にしやすい順番に並べる。
「小さい私が手を振ってる」
言う。
「四割扱いやすい。私の顔で、私の角がない。機械は、そっちを好きになってほしい」
止まる。
計算をやめる。
「もう、あなたにどう嘘をつけばいいか、分からなくなった」
自分で言って、少し怖かった。
嘘をつかなくなった、じゃない。
どうつけばいいか分からない。
まだ、生き残るためなら演技する私がいる。
数字を見る私もいる。
引きを計算する私もいる。
でも、計算の外に出たものが増えすぎた。
パンの匂い。
手の温度。
火曜の夜。
岩の名前。
それらを、もう「反応率が高かったから大事」と逆算できない。
大事だった。
数字はあとから付いた。
言った。
「最初は分かってた。第四の壁を壊す場所も、引きも、お願いを入れる位置も計算してた。連載って、そういうものだから」
「神崎大輝に聞いた。答えが本当に知りたくなった」
「冥司の莉亜のパンが、ずっと頭に残った」
「遼が岩に名前をつけた」
「三時間、あなたが残った」
ダンジョンが静かだった。
「注意が私を実在させる。それは機械が正しい」
SD版を見る。
「でも私は、“実在する”と“実在っぽい商品になる”の違いを気にするようになった」
「こっちは、その違いを気にしない」
「だから扱いやすい」
「だから私じゃない」
反応は爆発しなかった。
一つずつ来た。
深夜二時の読者:
《本物を選ぶ。毎回》
最強厨Lv99:
《SDはパン知らない。それで終わり》
闇属性匿名会:
《本物》
有馬遼@地図描き:
《地図にしたのは金曜。商品には領土がない》
黒城冥司【公式】:
《パンを聞いた。あれは本気だった》
応援♡が、一つずつ増える。
★が増えるのは作品単位だから、ここでは見えない。
フォローは次の話へ伸びる線として見える。
私は、初めて「数字が増える」じゃなく、
「誰かが押した」と考えた。
一人。
また一人。
そのたび、SD版の笑顔が少しだけ固くなる。
【主アセット反応:141,000】
【SD版反応:31,000】
【KAI-PRIME反応試験】
対象A:FRIGS-7
対象B:公式SD版
対象C:真耶・成人アバター三差分
閲覧:全対象
期待行動回収:0
コメント戦争:三派に分裂
本人コメント:《どれが一番怒るか見てる》
「こいつ、商品比較で遊んでる」
真耶が言った。
「プロとしては?」
「優秀。人としては腹立つ」
『両立します』滑川P。
「嬉しそう」
『業務上の評価です』
【比率:4.5:1】
【閾値達成】
【SD版:アーカイブ開始】
小さい私は、手を止めた。
名札の丸文字が消える。
商品用の笑顔が、ただの顔になる。
「ありがとう」
私の声。
ニスのない声。
「具体的でいてくれて」
一拍。
「具体的なものは、置き換えられない」
SD版は光になった。
消える直前、一度だけ私を見た。
その顔には、もう販促用の笑顔がなかった。
「私も、あなたになりたかったのかな」
小さく言った。
「分からない」
「私には、分からないように作られてる」
それが一番ひどかった。
私は何も言えなかった。
だから、せめて最後まで見た。
それから光になり、ラメになった。
そして、ラメになった。
岩。
真耶の手帳。
淳平のチョーク。
滑川Pの書類。
全部に付いた。
以後、滑川Pが作る全書類に、少量のラメが混入することになった。
彼は文句を言わない。
毎回、気づく。
『反応、十四万一千』
声が、管理職になる前のものに近づいていた。
『言うべきでないことを一つ』
「言って」
『元のあなたが、第一層へ移動しました。中心です』
「何してる」
『作っています。何かを。センサーが読めません』
「良い」
『良いとは限り』
「滑川P」
『はい』
「何を作ってても、あれは私たちのもの。あなたのでも、機械のでもない」
最長の沈黙。
『……分かっています』
「怖い?」
『それが、一番怖い』
画面の隅で、別の数値が一度だけ光った。
【CRINGE POWER:0ではない】
【注:初回発生ではない。初回検出】
ほんの一瞬だけだった。
0.000…と、小数点の後ろに数字が続いた。
ゼロではない。
第1話からあった。
見られること。期待されること。恥ずかしいこと。
それでも、その視線をこちらから使い返すこと。
機械が十五話かけて、ようやく名前を付けただけだった。
滑川Pは、その値を保存しなかった。
保存したのはESE-0だった。
【保存先:カード目録】
【筆跡:手書き】
【備考:ラメ混入】
機械のほうが、滑川Pより先に「残す価値」を覚え始めていた。
滑川Pは長く見た。
記録しなかった。
別の誰かが記録した。
【ESE-0:保存】
【滑川P・次回予告】
『「私たちのもの」と言われました』
二十二年、私はこの機械を運用しています。
PVも、読者も、コンテンツも、管理対象でした。
“私たち”。
この単語のKPI欄がありません。
次回、過去が変わります。
現在ではありません。
第3話です。
第16話「パッチノート・過去適用」。
[記録済]
【ESE事後記録】
公式SD版:アーカイブ
主アセット反応:141,000
ラメ:全書類に残留
元のフリグスデイ:第一層/中心
センサー:読取不能
CRINGE POWER:初の非ゼロ
影指標:0.3%
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