↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリグスデイ――機械の中の欠片  作者: 竜の牙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/36

第13話 恋愛強者論者

【比較対象:KAI-PRIME 滑川Pにより招集】

【理由:理論破壊率予測 高】


「俺、比較対象なんだ」慧が言った。


『非常に高性能な比較対象です』


「褒められてない」


真耶はすでに配信中だった。

成人アバターは今日は眼鏡の成熟お姉さん型。

本人はいつもの眼鏡で、差分だけがやたら色っぽい。


「狙った?」


「鷹見層に反応がいい」


『私が指定しました』滑川P。


「やっぱり」



鷹見隆雅は、修行中に入ってきた。


タイミングが悪い。


あるいは、良すぎる。


淳平が「なぜ質問するのか」と聞き、私が自分でも言葉にしたことのない答えを探しているところだった。


隆雅は床に座った。


岩には座らない。


高そうな革のノートを開く。


ステッカーは一枚もない。

人格は仕事の邪魔だと判断した人のノート。


三十代後半。

鍛えている。

鍛えることを倫理にした体。


「ずっと見てた?」


オーバーレイを開く。


【ASSET:TAKAMI-RYUGA】

【指定:恋愛強者モデル1号】

【類型:恋愛強者論者/進化型】

【存在圧:Tier4】

【収益化された男性性:Tier5】

【感情開示:抑制】

【フレームワーク依存:危険域】


真耶の追記。


《この人は混乱していない。》

《逃げているものに名前をつけた。》

《名前の周りに体系を作った。》

《問題は、体系が精密すぎること。》


「真耶、先に見てた?」


「当然」


「評価、辛い」


「甘くすると本人に失礼」


隆雅は、その会話を聞いても表情を変えなかった。

そこも危険だった。



「第2話から」


ペンは動き続ける。


「あなたは面白い。仕組みとして」


「人としてじゃない」


「両方は両立する」


彼は顔を上げた。


「本物の感情接触で、継続視聴を作っている。普通はどちらかを偽装する。あなたは両方が本物に見える」


「“見える”」


「測定可能なものは、技術にできる」


「じゃあ一つ」


隆雅は待つ。


「欲しがり方の体系を作る前、何が欲しかった?」


彼は逃げなかった。


そこが危険だった。


不快さを処理する訓練まで済んでいる。


「誰かに、残ってほしかった」



その一文だけ、彼の話し方から商品名が消えた。

体系も、成功者の語彙も、勝ち組の顔もない。


動画のタイトルにも、講座の見出しにも向かない。

だからたぶん、一番長く隠していた。


ペンが止まる。


「役に立つからじゃなく。金があるからでも、強いからでも、価値を提供するからでもない。私だから」


「で、体系を作った」


「必要を消すために」


隆雅は、ノートにいくつかの見出しを書いた。


その横に、ESEの宣伝文句が勝手に出た。


【鷹見隆雅式 非依存メソッド】

恋愛に振り回されない自分を作る12の原則

初回無料/続きはメンバー限定


隆雅が表示を見る。


「それ、私の講座じゃない」


『自動商品化候補です』滑川P。


「勝手に商品化するな」


私は少し笑った。


「ようこそ」


隆雅が私を見る。


「何が」


「機械に自分の痛みを商品棚へ置かれる側」


初めて、彼が本気で嫌そうな顔をした。


《市場価値》

《選択肢》

《非依存》

《時間単価》

《感情的レバレッジ》


全部、分かる。


分かるから、怖い。


「これで、残ってほしいって気持ちをどう処理する?」


「残らなくても損しない自分を作る」


「それで、残ってほしくなくなる?」


隆雅は一度だけ、答えを急がなかった。


「……行動には影響しなくなる」


「気持ちは?」


「管理対象外にする」


「ESEみたい」


初めて、彼の目が少しだけ不快そうに細くなった。


「消えた?」


「不要になった」


「それ、直ったのと違う」


「直すという言葉は壊れていたことを前提にする。不要になったなら、成長だ」


真耶が近づいた。


手帳を開いたまま、ペンだけ置く。


「この機械で聞いた中で、一番精密な言い訳」


『表現が強すぎます』滑川P。


「弱くすると、本人に失礼」真耶。


『それ、さっきも言いましたね』


「正しいから」


隆雅が真耶を見る。


初めて、構えが少し割れた。


「読んでるのか」


隆雅は慧を見る。


「お前は」


「比較対象」


「女に困らない立場だろ」


「たぶん」


「なら、なぜ取らない」


慧は一度、私と真耶を見る。

真耶の配信アバターまで含めて。


「取るって言い方がつまらないから」


隆雅の眉が動いた。


「欲しくないのか」


「欲しい時は欲しい」


「じゃあ」


「今は、お前がその答えで困る顔を見るほうが面白い」


コメント欄が燃えた。


《また逃げた》

《逃げてない、煽ってる》

《こいつ嫌い》

《だから見てる》


滑川Pの表示。


【ヘイト視聴:上昇】

【鷹見層流入:成功】


「比較対象、働いてる」真耶。


「座ってない」私。


「そこ?」


「だいたい全部」


「なら分かるはずだ」


「分かる。だから言ってる。体系が間違ってるんじゃない。解いてる問題が違う」


「本当の問題は?」


「さっき自分で言った。“残ってほしい”」


長い沈黙。


革のノートの背が、小さく割れた。


同時に、ESEが変な表示を出した。


【文書自己捕食:開始】

【原因:理論が自己前提を捕食中】

【描画:60fps】


ノートの過去ページから、同じ結論へ向かう矢印が一本ずつ消えた。


隆雅は止めなかった。


「これ、私の文書?」


『はい』滑川P。


「勝手に食べてる」


『四千件のインシデント報告が来ています』


「全部処理する?」


『それが仕事です』


「大変」


『あなたのせいです』


「記録済?」


『まだ三千二百件残っています』


衝撃じゃない。


本来の用途じゃないことを、長くやらせすぎた物の壊れ方。


隆雅は捨てなかった。


手を見た。


「あと二話、見る」


「どうぞ」


「それで、あなたのやっていることが技術か、それ以外か決める」


「急がなくていい」


彼は残った。


戦わない。

攻略しない。


壊れたノートに、今度は理論じゃなく観察だけを書いていた。


しばらくして、ぽつりと言う。


「四千字かけて、恥ずかしくて言えなかった三つの欲求を書いてた」


真耶が顔を上げないまま答える。


「文書って、だいたいそう」


【遭遇:継続中】

【鷹見隆雅:未撃破】

【革ノート:破損】

【状態:観察中】


滑川Pの表示が出た。


『彼はまだいる』


「うん」


『新しいノートを渡す提案をしました。断られました』


「良いね」


『なぜです』


「割れた場所を見失いたくないんでしょう」


滑川Pは返事をしなかった。


あとで、手書き欄に一行だけ増えた。


『欲しいのは、残ってくれる人だった。

悲しみ水に、もっと高そうな名前をつけただけかもしれない。

本人には言っていない』


【滑川P・次回予告】


『鷹見隆雅は、壊れたノートを交換しません』


非依存を教える男が、壊れたものを手元に残しています。


次回、何も起きません。


本当に。


何も起きないことが、いちばん危険です。


第14話「引き延ばし回ホラー」。


十文字真耶は、四か月前までバイオリンを弾いていました。

本人は、いま思い出しました。


[記録済]


---


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。