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フリグスデイ――機械の中の欠片  作者: 竜の牙


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12/36

第12話 修行回、人質事件

修行回は夜明けに来た。


BGMが変わったから分かった。


ESEはBGMではなく「環境物語共鳴」と呼ぶ。

滑川Pが十一枚の資料で説明したことがある。

二人が質問し、一人が欠伸したらしい。


今日はスネアが入った。


真耶の右上には、別の数字も走っている。


【成人向け配信:LIVE】

【形式:修行回同時実況】

【現在アバター:成人サイバー魔術師】

【同接:29,441】


「修行中まで配信」


「会員は、物語が修行回だからって会費を休まない」


「座ってる」


「あなたは敵待ち」


『両者、業務中です』滑川P。


「どっちが多い?」


『その比較表は炎上するので作りません』


真耶がすぐ言った。


「もう作ってる」


沈黙。


『試算のみです』



人は努力すれば、三話から五話で視聴価値が上がる。

そう信じさせるスネア。


【強制アーク:修行シークエンス】


視界の端に、理想的な修行メニューまで出た。


一日目:基礎能力の不足を自覚

二日目:反復と挫折

三日目:指導者の一言で突破

四日目:新技習得

五日目:格上相手に成果確認


「五日で人格まで整う」


『読者に理解しやすい成長曲線です』


「人間、そんなにグラフ通りに伸びない」


『だからフィクションで行います』


「いま、そのフィクションが私を人質にしてる」


『タイトルに使えます』


「使う」

期間:3~5話

目的:アセット能力向上

形式:モンタージュ

スキップ:不可


私の備考欄には一言だけあった。


【はい】


「いいえ」


『金曜、規定です』


「規定は、破る場所を教えてくれる」真耶。


『十文字さんまで参加しないでください』


「もう同盟した」


「記録済」


『それを私の口癖みたいに使わないでください』


「知ってる。やる、失敗する、学ぶ、強くなる。スネアが鳴る。前より見る価値のある人間になった顔をする」


『だいたい合っています』


「人間の複雑さを最短距離で削る装置」


『表現が敵対的です』


鉄格子の横から慧が入った。


『クロスプロモーションです』滑川P。


「人を広告枠みたいに言うな」


「俺、今回は何をしない役?」慧。


『まだ何も申し上げていません』


床の訓練線が一本だけ光った。

私と慧の進路が、きれいに交差する。

肩が当たりそうになる。


慧は半歩ずれた。

カメラにだけ見える角度で。


真耶のチャットが爆発する。


《またやった》

《こいつ分かってる》

《避けるな》


慧が配信窓を見る。


「避けると伸びるんだ」


真耶が答える。


「私の仕事、理解が早い」


「同業?」


「低単価」


「ひどい」


「真耶」


彼女はもう三案用意していた。


「従う。速い。数値は伸びる。つまらない」


一本指。


「壊す。モンタージュが処理できない問題を入れる」


二本。


「逃げる。もっと優先度の高いイベントを起こす」


三本。


「二」


「だと思った」


そこへ男が来た。


城戸淳平。


クリップボード。

ジャージ。

「教える役です」という顔を、本人より先に道具がしている。


【役割:訓練教官】

【得意:質問設計】

【過去:非表示】


「まず反復」


淳平が言った。


目の前に訓練用の人影が出る。

倒す。

出る。

倒す。


画面の隅で数値が上がる。


【判断速度+1】


次は回避。

次は命中。

次は“自分の欠点を認めるカット”。


失敗するたび、同じ角度から汗が落ちた。

成功するたび、スネアが一段大きくなった。


「汗までテンプレート」


『視認性が高いので』


「成長が?」


『成長した感じが』


「違う」


『制作上は近いです』


真耶が鼻で息をした。


「これが嫌なのは、嘘だからじゃない」


「何」


「本当の一部だけ切り取るから。反復で上手くなること自体は本当。だから厄介」


私は次の訓練人影を殴りながら考えた。


完全な嘘より、便利な半分の真実のほうが長く残る。

【反応効率+2】

【演出適合+3】


「これ、私が上手くなるほど、私じゃなくなる感じする」


淳平のクリップボードが、少しだけ下がった。


「それを言語化できるなら、まだ大丈夫」


真耶が横から入る。


「モンタージュは因果が単純でないと成立しない」


「だから?」


「解けない問題を入れる」


彼女は私を見る。


「生き残るのが上手くなるほど、自分でなくなるなら。生存能力の向上は成功?」


【モンタージュ処理】

質問を分類中……

分類候補:哲学

分類候補:成長阻害

分類候補:主人公の迷い

分類候補:次回への引き


「最後、すぐ商売に戻す」


真耶が表示を見る。


「機械にとって、答えられない問いは“次回への引き”」


「便利」


「だから、壊しがいがある」


スネアが一拍ずれた。


訓練人影が止まる。


【処理待機】


「いい質問」


淳平が言った。


私は彼を見る。


「あなた、ここ来る前、何してた?」


クリップボードが止まった。


ほんの数センチ。


「教育関係」


「雑」


「中学、高校。国語」


また数センチ。


「生徒は?」


モンタージュ用の人影が消えた。


「何も大事じゃないって決めてるクラスがあった」


スネアが止まった。


「一つ、何か見つければ。こいつらが気にするものを一つ見つければって、ずっと思ってた」


【修行回 一時停止】

【感情複雑度:形式上限超過】

【再調整まで:4分】


真耶が、ペンを置いた。


「見つけた?」


淳平は私たちを見る。


「問いが間違ってた」


コメント灯が静かになった。


「“何なら気にするか”じゃない。あいつらが、学校では見せないよう覚えただけで、本当は何を気にしてるか。そっちだった」


真耶の手帳が閉じた。


意識して閉じたんじゃない。

手が先に動いた。


「今の、保存」


私は読者に言った。


深夜二時の読者:

《保存した。額装した》


【修行回 再開】

【新規許可:感情複雑性】


スネアが戻る。


少し小さい。


淳平はクリップボードを拾う。


でも胸の前まで戻さなかった。


腰の横。


「質問は教える」


「だいたい知ってる気がする」


「聞き方は知ってる。なぜ聞くかは、まだ知らない」


私は黙った。


「そこが授業」


修行回は、能力を上げるための形式だった。


でも、いま増えているのは数値ではない。

質問の速さでも、命中率でも、戦闘力でもない。


「上手く生き残れるようになることと、自分でいられることは同じ?」


真耶が言った問いを、もう一度考える。


たぶん、この連載はずっとそれをやっている。


強くなる。

読まれる。

残る。


その全部が、自分を減らす方法にもなり得る。


増えた数値だけでは修行完了にならない。


淳平のクリップボードには、訓練項目がまだ大量に残っていた。


《問答速度》

《感情的弱点の発見》

《相手の本音誘発》


淳平は一つずつ線を引いて消した。


代わりに、一番下へ書く。


《相手がすでに大事にしているものを見落とさない》


「それ、スキル?」


「教師としては」


「戦闘には」


「知らない」


「良い」


ほとんど笑った。


【滑川P・次回予告】


『クリップボードが下がりました』


この情報をどうでもいいと思う読者は、第12話まで来ません。

だから、あなたは意味を知っています。


次回、鷹見隆雅。

恋愛強者論、自己投資、非依存、価値提供。

全部を体系にした男。


彼は第6話から見ています。

そして金曜のやっていることを「技術」だと考えています。


第13話「恋愛強者論者」。


[記録済]


【ESE事後記録】

修行回:4分で破損

城戸淳平:国語教師

クリップボード:下がった

真耶の手帳:初の自発的閉鎖

スネア:音量低下

影指標:0.3%


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