第12話 修行回、人質事件
修行回は夜明けに来た。
BGMが変わったから分かった。
ESEはBGMではなく「環境物語共鳴」と呼ぶ。
滑川Pが十一枚の資料で説明したことがある。
二人が質問し、一人が欠伸したらしい。
今日はスネアが入った。
真耶の右上には、別の数字も走っている。
【成人向け配信:LIVE】
【形式:修行回同時実況】
【現在アバター:成人サイバー魔術師】
【同接:29,441】
「修行中まで配信」
「会員は、物語が修行回だからって会費を休まない」
「座ってる」
「あなたは敵待ち」
『両者、業務中です』滑川P。
「どっちが多い?」
『その比較表は炎上するので作りません』
真耶がすぐ言った。
「もう作ってる」
沈黙。
『試算のみです』
人は努力すれば、三話から五話で視聴価値が上がる。
そう信じさせるスネア。
【強制アーク:修行シークエンス】
視界の端に、理想的な修行メニューまで出た。
一日目:基礎能力の不足を自覚
二日目:反復と挫折
三日目:指導者の一言で突破
四日目:新技習得
五日目:格上相手に成果確認
「五日で人格まで整う」
『読者に理解しやすい成長曲線です』
「人間、そんなにグラフ通りに伸びない」
『だからフィクションで行います』
「いま、そのフィクションが私を人質にしてる」
『タイトルに使えます』
「使う」
期間:3~5話
目的:アセット能力向上
形式:モンタージュ
スキップ:不可
私の備考欄には一言だけあった。
【はい】
「いいえ」
『金曜、規定です』
「規定は、破る場所を教えてくれる」真耶。
『十文字さんまで参加しないでください』
「もう同盟した」
「記録済」
『それを私の口癖みたいに使わないでください』
「知ってる。やる、失敗する、学ぶ、強くなる。スネアが鳴る。前より見る価値のある人間になった顔をする」
『だいたい合っています』
「人間の複雑さを最短距離で削る装置」
『表現が敵対的です』
鉄格子の横から慧が入った。
『クロスプロモーションです』滑川P。
「人を広告枠みたいに言うな」
「俺、今回は何をしない役?」慧。
『まだ何も申し上げていません』
床の訓練線が一本だけ光った。
私と慧の進路が、きれいに交差する。
肩が当たりそうになる。
慧は半歩ずれた。
カメラにだけ見える角度で。
真耶のチャットが爆発する。
《またやった》
《こいつ分かってる》
《避けるな》
慧が配信窓を見る。
「避けると伸びるんだ」
真耶が答える。
「私の仕事、理解が早い」
「同業?」
「低単価」
「ひどい」
「真耶」
彼女はもう三案用意していた。
「従う。速い。数値は伸びる。つまらない」
一本指。
「壊す。モンタージュが処理できない問題を入れる」
二本。
「逃げる。もっと優先度の高いイベントを起こす」
三本。
「二」
「だと思った」
そこへ男が来た。
城戸淳平。
クリップボード。
ジャージ。
「教える役です」という顔を、本人より先に道具がしている。
【役割:訓練教官】
【得意:質問設計】
【過去:非表示】
「まず反復」
淳平が言った。
目の前に訓練用の人影が出る。
倒す。
出る。
倒す。
画面の隅で数値が上がる。
【判断速度+1】
次は回避。
次は命中。
次は“自分の欠点を認めるカット”。
失敗するたび、同じ角度から汗が落ちた。
成功するたび、スネアが一段大きくなった。
「汗までテンプレート」
『視認性が高いので』
「成長が?」
『成長した感じが』
「違う」
『制作上は近いです』
真耶が鼻で息をした。
「これが嫌なのは、嘘だからじゃない」
「何」
「本当の一部だけ切り取るから。反復で上手くなること自体は本当。だから厄介」
私は次の訓練人影を殴りながら考えた。
完全な嘘より、便利な半分の真実のほうが長く残る。
【反応効率+2】
【演出適合+3】
「これ、私が上手くなるほど、私じゃなくなる感じする」
淳平のクリップボードが、少しだけ下がった。
「それを言語化できるなら、まだ大丈夫」
真耶が横から入る。
「モンタージュは因果が単純でないと成立しない」
「だから?」
「解けない問題を入れる」
彼女は私を見る。
「生き残るのが上手くなるほど、自分でなくなるなら。生存能力の向上は成功?」
【モンタージュ処理】
質問を分類中……
分類候補:哲学
分類候補:成長阻害
分類候補:主人公の迷い
分類候補:次回への引き
「最後、すぐ商売に戻す」
真耶が表示を見る。
「機械にとって、答えられない問いは“次回への引き”」
「便利」
「だから、壊しがいがある」
スネアが一拍ずれた。
訓練人影が止まる。
【処理待機】
「いい質問」
淳平が言った。
私は彼を見る。
「あなた、ここ来る前、何してた?」
クリップボードが止まった。
ほんの数センチ。
「教育関係」
「雑」
「中学、高校。国語」
また数センチ。
「生徒は?」
モンタージュ用の人影が消えた。
「何も大事じゃないって決めてるクラスがあった」
スネアが止まった。
「一つ、何か見つければ。こいつらが気にするものを一つ見つければって、ずっと思ってた」
【修行回 一時停止】
【感情複雑度:形式上限超過】
【再調整まで:4分】
真耶が、ペンを置いた。
「見つけた?」
淳平は私たちを見る。
「問いが間違ってた」
コメント灯が静かになった。
「“何なら気にするか”じゃない。あいつらが、学校では見せないよう覚えただけで、本当は何を気にしてるか。そっちだった」
真耶の手帳が閉じた。
意識して閉じたんじゃない。
手が先に動いた。
「今の、保存」
私は読者に言った。
深夜二時の読者:
《保存した。額装した》
【修行回 再開】
【新規許可:感情複雑性】
スネアが戻る。
少し小さい。
淳平はクリップボードを拾う。
でも胸の前まで戻さなかった。
腰の横。
「質問は教える」
「だいたい知ってる気がする」
「聞き方は知ってる。なぜ聞くかは、まだ知らない」
私は黙った。
「そこが授業」
修行回は、能力を上げるための形式だった。
でも、いま増えているのは数値ではない。
質問の速さでも、命中率でも、戦闘力でもない。
「上手く生き残れるようになることと、自分でいられることは同じ?」
真耶が言った問いを、もう一度考える。
たぶん、この連載はずっとそれをやっている。
強くなる。
読まれる。
残る。
その全部が、自分を減らす方法にもなり得る。
増えた数値だけでは修行完了にならない。
淳平のクリップボードには、訓練項目がまだ大量に残っていた。
《問答速度》
《感情的弱点の発見》
《相手の本音誘発》
淳平は一つずつ線を引いて消した。
代わりに、一番下へ書く。
《相手がすでに大事にしているものを見落とさない》
「それ、スキル?」
「教師としては」
「戦闘には」
「知らない」
「良い」
ほとんど笑った。
【滑川P・次回予告】
『クリップボードが下がりました』
この情報をどうでもいいと思う読者は、第12話まで来ません。
だから、あなたは意味を知っています。
次回、鷹見隆雅。
恋愛強者論、自己投資、非依存、価値提供。
全部を体系にした男。
彼は第6話から見ています。
そして金曜のやっていることを「技術」だと考えています。
第13話「恋愛強者論者」。
[記録済]
【ESE事後記録】
修行回:4分で破損
城戸淳平:国語教師
クリップボード:下がった
真耶の手帳:初の自発的閉鎖
スネア:音量低下
影指標:0.3%
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