第11話 十文字真耶、入場
彼女は鉄格子を通らなかった。
現れた。
研究論文の脚注みたいに。
必要な場所に、必要な量だけ正確に。
そして、こちらが何か重要なものを読み落としていたと気づかせる感じで。
一瞬前まで、床は空だった。
次の瞬間、女が胡坐をかいて座り、手帳に何かを書いていた。
「そこ、私のダンジョン」
「ん」
ペンは止まらない。
「質問じゃない」
「知ってる」
眼鏡が松明を拾った。
実用性のために選ばれ、その結果いちばん似合う形になったような眼鏡。
「同時稼働中の物語線、三十一。本来、標準ダンジョン主人公が扱えるのは四から五」
ようやく顔を上げる。
「どうやってるの」
「質問する」
「本気で?」
「だいたい」
「相手は答える」
「だいたい」
彼女は書いた。
オーバーレイを開く。
【ASSET:JUMONJI-MAYA】
【類型:考察捕食者/希少】
【存在圧:Tier4】
【知性圧:Tier5/例外値】
【共感:Tier1】
【独立読者:28,000】
【推しカプ密度:28,000/独立形成】
滑川Pの備考だけ、文字が一段小さかった。
《この二人を同盟させない。》
《同盟させない。》
《本当に。》
真耶の表示は、他の主人公より項目が多かった。
【配信状態:LIVE】
配信時間:3:12:44
形式:成人向け雑談+ゲーム
演者:十文字真耶
配信用ガワ:モーションキャプチャ成人アバター
現在スキン:成人設定27歳/銀髪サキュバス研究者
前回スキン:成人ゴシックロリータ
次回A/B候補:成熟お姉さん系
空中に、真耶とは別の真耶がいた。
銀髪。角。現実なら腰を壊しそうな比率。
でも動きは、床に座っている本人と完全に同じだった。
本人がペンを回すと、アバターも回す。
本人が眉を一ミリ動かすと、画面の女は三倍分かりやすく動いた。
「それ、あなた?」
「配信用の身体」
「身体、複数あるの」
「ガワ。差分。昨日はもっと背が高かった」
「便利」
「労働」
【読者構成】
成人向け有料会員:34%
考察勢:26%
設定厨:18%
ガチ恋・推し層:14%
ROM専:8%
【配信運用】
ガチ恋距離:使用あり
認知対応:選別
切り抜き:即日確認
【備考】
長時間滞在率:高
成人向け配信と考察コンテンツの相互送客:成功
感情開示が発生した場合、PV上昇が大きい可能性あり。
「三時間ずっと、これしてた?」
「配信は三時間。前にトラッキング調整四十分。終わったら切り抜き確認と会員更新」
「座ってる」
真耶が初めて、完全に私を見る。
「敵が来た時だけ働く人に言われたくない」
「私は現場」
「私は同時に二万八千」
『この議論は継続率が高いので続けてください』滑川P。
「黙って」
私たちは同時に言った。
「最後だけ急に倫理」
『過去に失敗しました』
真耶が眼鏡越しに天井を見る。
「私の感情を施策にした担当者、まだいる?」
『異動しました』
「良い会社」
『褒められていませんね』
「理解が早い」
表示名:十文字真耶
類型:考察捕食者
クラス:儀式魔術系
知性圧:Tier5
共感:Tier1
独立読者:28,000
【滑川P注】
この二人を同盟させないこと。
この二人を同盟させないこと。
同盟させないこと。
三回書いていた。
「滑川P、怖がってる」
「二回書いたあと、三回目を追加した」
真耶は私を見ないまま言った。
「三回目は感情」
「なるほど」
「蓮見律の接続コードでしょ」
今度は私が黙った。
「彼、二人に渡した。あなたと私」
真耶は新しいページを開く。
「十文字真耶。正式にはASSET-JUMONJI-MAYA。滑川Pの命名能力が枯渇している証拠」
「真耶」
「初対面で下の名前」
「嫌?」
「効率がいい。続けて」
『聞こえています』
「良かった」
やっと、こちらを見る。
「あなたが探してるものも知ってる」
真耶は、こちらの反応を一秒見た。
その一秒、研究者ではなくなった。
情報を出すことで相手を傷つけるかもしれないと分かっている人だった。
そして、それでも出すと決めた人。
「だから今言う。早すぎても遅すぎても、情報はただのノイズになる」
「六週間待った理由、それ?」
「あなたが聞いて終わる段階から、動ける段階になるまで」
「合理的」
「腹立つ?」
「かなり」
「両立する」
空気が変わった。
「元の私」
「そう。あなたより大きいほう。あなたが処理されたのと同じ機械に入る前に接触したい」
「どこ」
「七層下」
手帳を閉じる。
「地図は未完成。正確には、地図じゃない。証拠が多い仮説」
「言い方、面倒」
「地図と言い切ると嘘になるから」
その答えは嫌いじゃなかった。
「あなた、何が欲しい」
「あなたの三十一の物語線」
真耶は、空中に一覧を出した。
神崎大輝。
黒城冥司。
赤城沙良。
有馬遼。
蓮見律。
甲斐慧。
名前をまだ知らない酒場の女。
それ以外にも、出番の少ない顔、コメントだけ残した人、火曜に一度戻った人。
「物語線って、人のこと?」
「人と、その人が次に何を選べるかの束」
「なら、私のじゃない」
真耶のペンが止まった。
「言い直す。あなたの周囲で発生している三十一の物語線」
「良い」
「言葉にうるさい」
「人を所有物みたいに数えたくない」
真耶は一秒だけ私を見る。
それから、その表現を手帳で修正した。
「人を資源って言った」
「あなたも読者をPVとして見てた」
刺さった。
真耶は続けた。
「私は情報で読者を取れる。設定。考察。伏線。人は役に立つから読む」
ペンが止まった。
「でも、夜中二時に、私が大丈夫か心配して残る人はいない」
そこだけ、文章じゃなかった。
私は彼女を見る。
情報を感情の代わりに棚へ入れてきた人。
うまくやりすぎて、棚のほうが本人みたいになった人。
「交換条件」
「七層構造。古い接続権。中心への推定経路」
一拍。
「それと、酒場の女の正体」
応援コメントが止まった。
消えたんじゃない。
止まった。
「知ってる?」
「六週間前から」
「黙ってた」
「使える瞬間を待ってた」
「性格悪い」
「効率がいい」
同じ高さに立った。
物理的にも会話的にも、逃げる角度がない。
真耶はたぶん、そこまで計算していた。
それが少し腹立たしかった。
「わざと?」
「何が」
「同じ高さ」
「効率がいい」
やっぱり腹が立った。
そこだけは気に入らなかった。
「他にも、使える瞬間待ちの情報ある?」
「全部」
ほんの少し笑った。
安心させる笑いじゃない。
安心させるつもりもない。
「同盟」
「条件付き」
「慧と同じ条件」
「違う。私の情報を盗まない。あなたの感情インフラを使うときは事前通告。地図情報は相互共有」
「最後、何」
「いま私を分析してるの、顔に出てる。やめて。退屈」
口を閉じた。
真耶はまた床に座った。
その瞬間。
【推しカプ:金曜×真耶 発生】
【派生:金曜×慧×真耶 発生】
【滑川P:…………】
【反応率:急上昇】
【KAI-PRIME:視聴中】
【コメント:なし】
【視聴継続:あり】
「慧、見てる」
真耶が配信窓の端を見る。
「コメントしないタイプ?」
「コメントすると、期待されるから」
別窓に、一行だけ出た。
KAI-PRIME:《その言い方をすると余計に期待される》
真耶が無表情で親指を立てた。
アバターだけが、妙に大げさに同じ動きをした。
「分かってて煽ってる」
「一位の理由、少し分かった」
『合算PV、十二万七千』
「同盟させないって三回書いてたね」
『書きました』
「起きたね」
『起きました』
「数字は」
『……良いです』
「でしょうね」
真耶と同時に言った。
「記録済」
私たちは互いを見る。
「今の嫌い」
「同意」
『私はもっと嫌です』滑川P。
「三人目いた」
「統括Pだから、常にいる」真耶。
『その言い方だと監視者みたいでしょう』
「違うの?」
返事はなかった。
【滑川P・次回予告】
『十文字真耶には手帳があります。城戸淳平にはクリップボードがあります』
次回、修行回。
三から五話を予定しています。
金曜は、四分で壊す予定です。
まだ本人には言っていません。
城戸先生のクリップボードが下がります。
今まで上がっていたからこそ、下がる意味があります。
第12話「修行回、人質事件」。
[記録済]
【ESE事後記録】
新規同盟:十文字真耶
合算PV:127,000
酒場の女:真耶は正体を知る
影指標:0.3%
滑川P手書き:
『同盟させるなと三回書いた。
起きた。
数字は良い。
それ以上に、良くない意味で面白い』
---




