4.でこチュー
リヒトがお嬢さんにリサーチしている頃、マナカは自室で倒れていた。
実験中の事故だった。香りの調合をしていたところ、予期せぬ毒成分に晒されてしまったのだ。
意識が朦朧とする中で(そういえば、隣の部屋に知り合いがいるんだった)と思い出した。
ズルズルと床を這いつくばって扉まで移動し、力なく扉を叩いた。
反応は返ってこなかった。
(…まぁ最悪、死んでもいっか)
どうせ一度は終わった人生。
最後に自分らしく楽しく生きれてよかった。
マナカに悔いはなかった。
・・・
この小っ恥ずかしい手紙を渡しに行こう。そしてちゃんとプロポーズしよう。
マナカへの気持ちをはっきり自覚したリヒトは覚悟を決め、いつぶりかに続き扉をノックした。
「…………」
(まあ応じるとは思ってなかったが)
無反応の扉の向こう側でマナカが何をしているか想像した。研究中?寝てる?シャワー中?もしかしたら外出中か。
何をしてても驚かない。
どんな反応をされても怯まない。
大丈夫だ、とひとつ深呼吸して、扉を開けた。
カチャ…
床に青白い手が見えた。
「手…?」
おそるおそる、扉を開いていくと。
まるで死体のように転がっていた。
「!? マナカ!?!?!?」
・・・
「意識を失っておりますが命に別条はありません」
ベッドに横たわるマナカは、まるで安らかに眠っているようだった。
(本当に、息をしているのか?)
マナカの口元に顔を近づける。
スゥスゥと音がして、あぁ生きている、と安堵した。
このまま目を覚ますまでここで待とう。
起きたら俺の気持ちを伝えて、この手紙を渡すんだ。そう決めた時、
ガラガラガラ!!
「勇者様!探しましたよ!!」
慌てた職員がやってきた。
「魔物が!発生したかもしれません!至急王宮へ向かってください!!!」
「は!?…………っ!」
マナカを見て、職員を見て、マナカを見る。
(よりによって、今か!)
自分は勇者。行かないといけない。
マナカのおでこにそっと口付けをした。
「行ってくる」
すぐに目が覚めるよう祈りながら、優しく頭を撫でた。
(んんんんん?????何今の?????)
マナカは起きていた。
処置を終えてベッドに移った時から起きていた。狸寝入りをしていた。
なぜなら寝起きから説教を聞きたくなかったのだ。
(このアホ!ろくな換気もせずに香りの調合!?自殺行為だろ!)
その通りだけど、死にかけた人間にかける最初の言葉がそれ?と、呆れる未来が簡単に想像できた。
(だから寝たふりしたのに。何、今の)
まるで大切な婚約者を心配するかのような声色。
離れがたいような手つき。
そして愛しているかのような”でこチュー”。
(……あ。考えるのやめよ。)
思考がグルグルしかけて、いかんいかんと首を振る。あいつのことは考えたって碌なことにならない。もう一度心にシャッターを。
(……うーん……閉じれない……)
イライラする。どうしてまた、あいつのことを考えなきゃいけないんだ。
(問いただしてやる。早く戻ってこい!)
・・・
魔物の発生は本物だった。
森のある一部に瘴気が漂い、ザコではあるが魔物が数体確認された。
緊急招集された勇者パーティは様々な可能性を考えた。新たな魔王の誕生、亜種の発生、他国からの持ち込み……。
現時点で打てる手はない。厳戒態勢と注意喚起しかできなかった。
「して、マナカちゃんはどこへ?」
筋肉眼鏡長髪エルフが言った。
筋肉眼鏡長髪エルフは偽オネエだった。口調はオネエでも、あからさまにマナカには女、他メンバーに対しては男だった。マナカひとりそれを知らない。
「教えない」
「おおっ!?ジェラってる!?なんか進展したか!?」
イケメンチャラ剣士は男女の勘に鋭い。
「あーあー、もうセックスしちゃったの?ザンネ〜ン」
「し、してないっ!」
「あははは!してないって!じゃあキスか」
「………答えないぞ」
顔を赤らめているので答えたようなものだった。全員からの生暖かい目〜。双子も深い帽子の下でニィ…と笑っている。
まさかこれが、おでこにチューの反応だとは誰も思うまい。
・・・
療養中のベッドの上で、マナカは夢を見ていた。
突如現れた謎の瘴気に勇者パーティが一人ひとり、呑み込まれていく。
最後の一人はリヒトだった。
全てを諦めたような穏やかな表情をして
「ありがとう。あの日、俺を救おうとしてくれて。」
悲しそうに微笑んだ。一筋の綺麗な涙を流した直後、大きな黒い靄が彼を一呑みした…………
「ハッ!!!」
(……夢?)
マナカは胸を押さえた。ドクドクと心臓が早鐘を打っている。
(まさか…!?)
マナカは乱暴にベルを鳴らした。
「魔物は全て駆除できたそうです。原因は調査中、油断は禁物とのことですが……」
「そうなんだ…」
マナカはホッと肩を撫で下ろした。しかし予知夢の可能性もある。少しでも情報が入ったらすぐ教えるように職員に伝え、天井の流れ星のようなシミをぼんやり見つめ、
(変なこと思い出しちゃったな…)
ハァ…。と『あの夜』のことを思い浮かべて心底嫌そうに深いため息をついた。




