3. 心のシャッター
「なあ、ちゃんと話そう」
「話したければ勝手にどうぞ」
続き部屋への扉の前。
リヒトは、マナカがなぜ怒っているのか聞きたかった。
一方マナカは、複雑な感情が渦巻いていたので放っておいて欲しかった。
(聴衆集めて私の好感度上げ?上から目線もたいがいにしろ!!)
という怒りが先に。次に、
(悪気があって言ってんじゃないのは分かってる。私のことを庇ってくれたのも事実)
という冷静な視点もあった。
(でも、庇うって何!!結局下に見てんじゃん!!)
こんな感じでグルグルと「許せない」「許すべき」「許すも何も悪いことしてない」「でも許せない」という、負のループに入っていた。
「なぁ……そんなに結婚が嫌なのか?」
「……はっ?」
許す許さないを地面でグルグルしているのを、ポーンと超越されたように感じた。
(このトンチンカンもイライラする…!!)
本人に悪気はない。だから、イライラする私が悪い。勝手に私がイライラしてるだけ。イライラ。イライラ。イライラ。プツン。
(あ〜、なんかもう、いいや)
マナカは、心のシャッターを閉じることにした。
筋肉眼鏡長髪エルフ姐さんが恋しい。この時ばかりは本当に、心からそう思った。
・・・
心のシャッターを閉じたマナカは快適な毎日を過ごしていた。
(こんなことならもっと早く閉じれば良かった!)
朝はジョギングへ。スッキリ〜!
午前は王都の市場へ。お金はたっぷりあるも〜ん!
昼は機関の配食を頂く。タダ飯サイコ〜!
午後はアカデミーの中を自由に散策。勝手に授業に紛れ込んだりつまみ出されたりして、
夕方になったら、即帰宅!
市場で買ったレア食材を亜空間から取り出して、和食研究!
「やった!ついにしょうゆっぽい味にたどりついた!」
充実していた。
リヒトのことなぞ、これっぽっちも、思い出さなかった。
・・・
「最近聖女さん見ないっすね」
「あぁ……」
(まるで、俺がいなくなったみたいに振る舞うんだ。あの日から……)
リヒトは傷ついていた。
あの日、結婚が嫌なのかと聞いた後も、色んな話を投げかけた。返事は一切なかった。
寝たか怒ったかどちらかだろう。また明日話せばいい。同じ職場なんだから毎日会える。
そう思っていたのに。職場に来ない。
あまりにも来ない日が続くので、
(これは生存確認…!決してストーカーではない…!)
と言い聞かせながら、朝、部屋の前で待ち伏せした。待てど暮らせど出てこない。昼を過ぎた時点で諦め、午後から出勤した。
次に、生活音がするか確認した。
(これは変態行為じゃない!生存確認だ!)
と言い聞かせながら、続き扉に耳を当てた。
夕方頃から鼻歌が聞こえ始め、深夜近くに「やった!ついにしょうゆっぽい味にたどりついた!」と明るい声が聞こえた。
(楽しくやってるようだな)
心なしか安心したリヒト。
翌日、偶然アカデミーの中でマナカに遭遇した。
(いた!しょうゆ!)
朝からずっとしょうゆが恋しかった。危うく、いの一番にしょうゆについて聞くところを、すんでで思いとどまった。
(あっぶな!聞き耳立ててたのバレるとこだった!!)
「よ、久しぶり」
「どうも〜」
ペコリと笑顔で会釈。さらりと長い髪を靡かせて。ピンと伸びた背筋、スタスタスタと軽い足取り。
何事もなかったのように去っていく。
無視されたわけじゃない。
悪態つかれたわけじゃない。
怒っていたわけじゃない。
それなのに、リヒトのハートは粉々に砕け散った。
・・・
「まあ!聖女様の新しいレシピが出たのですか!?」
「今回はどんなお料理かしら〜」
「スイーツですって!!!」
「きゃぁ〜!♡」
リヒトの耳にも、最近のマナカの様子が届くようになった。
マナカはしょうゆを使ったレシピで界隈を無双していた。
(俺も和食が恋しいよ)
なぜ同じ日本人なのに、最初に自分に食わせてくれないのか。
結婚する仲云々というのは置いといて、一緒に苦楽を共にした仲間じゃないか。
同じ異世界転生者じゃないか。
ちょっと冷たすぎるんじゃないか。
(でも、世間からの評判は明らかに上がってるんだよなあ)
喜ばしいことでもある。
(本当に、俺が原因だったんだな…)
自分から距離を置いたらマナカが生き生きしはじめた。自分が側にいないほうが、マナカが幸せになるのなら。
(それでいい。はずなのに、このモヤモヤは一体なんなんだ……?)
リヒトはぼんやりと、まっさらな左手の薬指を眺めた。
・・
「聖女様のレシピが!」
「聖女様のコスメが!」
「聖女様の絵本が!」
「「「素晴らしいのお〜!!!」」」
聖女ファンを公言するお嬢さん三人組。王都で有名なインフルエンサーだ。
「お嬢さんたち、聖女様に詳しい?」
「「「もちろんですぅ……って、えええ!?勇者様!?」」」
「はい、いかにも!聖女様の夫ですね」
未来のね、と心の中で付け足す。
「勇者様がどういったご用件で???」
「あいつの好みが知りたい」
「なんの好みですの???」
「色とか形とか種類とか」
「なんの色、形、種類ですの???」
「……指輪だ」
「「「っんまあっ♡」」」
お嬢さん三人組はマナカの追っかけだが、正確にはマナカの生み出す商品の追っかけだった。リヒトとの実際関係を知る由もない。
「あいつが好きな色は?」
「赤ですわ」「水色ですわ」「紫ですわ」
ムッと三人が顔を見合わせる。
「あいつが好きな形は?」
「ハートですわ」「丸ですわ」「ダイヤですわ」
ムッ
「あいつが…いや、分かった。自分で聞けということだな」
「「「それがよろしいですわ」」」
そこでリヒトは初めて手紙を書こうと決めた。
しかし筆が止まる。いったい何から書けばいいのか?迷った末、まずは謝罪から書くことにした。しかし、
(これで合っているのか…?)
その後十回ほど書いては捨てた。
ようやく言いたいことを満足に書けた手紙は
(なんだこれは…!?まるで愛の告白じゃねーか!!)
熱烈ラブレターだった。




