戦乱終わって
人族の版図、皇帝の治める中央領域より遥か東に、魔族と対する役目を担う青鬼人、ディムオウグ伯爵家の支配する領域がある。
かつては最前線として毎日のように魔族と争う地であったのも昔、今も魔物相手の小競り合いは頻繁にあるが、魔族との戦争は無くなったと言えるほど長閑な日々が営まれる風景が日常である。
しかし今日に至っても、常在戦時という気質は残る。領主として、また支配者として君臨するディムオウグの血筋が純粋な人族ではなく、鬼の一氏族であるのが、その気質の根幹だろう。更に従う配下、領民の大半も同じ種族であり、姿形が混血化によって変化しても、やはり血気盛んな本能は強く息づいているのである。
結果、ディムオウグ領は人族の版図の中では武闘派としての位置付けが定着しており、侵攻に防衛など、武力で存在価値を示す風潮の高い帝国内では地理的な辺境性などを無視した状況で注目される“勝ち組”領域なのである。
特に近年、数十年から数百年規模のレベルで評価された技術革新の数々と多大な戦果は、当代領主『ソウリュウ・ウル・ディムオウグ』の名声を帝国内に轟かせた。
百年単位で膠着した魔族との境界を大きく押し広げた上、新たに得た領界を人族にとって実に有益な物へと開発したのである。その有益性への享受によって、場所が魔族との最前線であるにも関わらず『観光』という流行すら誕生したのだ。
それは帝国全土レベルでの物流の活性化を生み、ディムオウグ中央領界は辺境の前線都市から人と資源と情報の集まる巨大交易拠点へと変貌しつつもある。元々魔族相手の大規模軍事力を許容できる都市構造が幸いして破綻を起こす予兆は無いが、泡銭が降って湧くような状況に些か世間の治安の悪化心配される状態であった。
そんな、少々魑魅魍魎の気配の漂わせる現在のディムオウグ領界であるが、その中心、領主の居城の中においては、少なくともセイルが異質さを感じるような変化は無かった。
むしろ逆に、無さ過ぎた。
「……母様、もうそろそろ一ヶ月です。いい加減この状況から解放してほしいんですけど」
「ダメです。御家のために頑張ったのは確かですが、セイルのそれは度を越し過ぎです。よって、ウルと次男がお努めを終えるまでは許しません。ええ許しませんとも」
グウェリ暴走の顛末より一ヶ月、無事何とか騒動を収めたセイルは、合流した仲間と共に温泉砦へと帰還するや否や、本城への強制送還と相成った。
時にウルすら震え上がらせる、妻のマジ怒りが炸裂したせいである。
これはマリシアとダンゲル親方しか知らない事だが、セイル専用に設えられた壁級殻徒『リトル・ブルー』には、絶えずセイルの状況を本城はマリシアの元に伝える魔術機能が組み込まれており、それを通して如何にセイルが無茶をしたかが筒抜けとなっていたのである。
一度でも乗れば後は関係無い。まるで携帯電話の中継アンテナ的に機能しセイルのアレコレをマリシアに伝える凶悪機能なのであった。
伝達機能の精度内容はオモチャのようなもので、せいぜいセイルのバイタルを伝えるくらいしか無かったが、逆にその大雑把さがマリシアに過剰な、最悪を含む想像をさせる原因になった。
しかも、セイルに自覚は無かったものの派手な戦闘で一次的に起きた不整脈は『心音が消えた』という情報としてマリシアに伝わった。その時のマリシアの反応がどうだったのか、セイルが当時の事を家臣に聞いてもだれも答えてくれない事からして、余程な異常事態だったのだと推測する次第である。
結果、ドラゴン化したマリーンすらこき使って、砦から空の旅でセイルを回収させたマリシアである。そして回収後は、日中はほぼマリシアの膝の上。就寝時は共に寝るという毎日。
正直、帰還後のセイルに自分の部屋で休めた記憶は一切無かった。
「まあ、当事者として言うが、『虚栄の我』にセイルが拐かされた時の寂寥感は例えようも無かった故、母君の内心には同情する。諦めよセイル」
『同時に理の我から独占したという状況は至福の極まりだったがの』と内心で思うグウェリである。
マリシアのオプション扱いなセイルの居る場所は領主一家のみが居る事を許される城の中庭、その東屋である。テーブルには茶器と菓子が並び、唯一の男であるセイルを除き、女性達が午後のティーパーテイーを楽しんでいる。
女性陣の面子はホストとしてのマリシア。ゲストは領内最高の賓客として扱われるグウェリとマリーン、そして数合わせのついでで呼ばれた家庭教師役のコルメットである。
グウェリからの処刑宣告に等しい言葉に表情を歪めつつ、観るセイルは、本来、人の姿としては双子同然にも観えるマリーンとグウェリを見比べてしまう。
それはここ一ヶ月、無事復帰したグウェリについやってしまう視線である。
グウェリとマリーンは双子のようだ。それは今も変わらない。ただ、二人の違いはかなり容易につく変化が、グウェリには追加されていた。
元々は見事な金髪であった髪が、金と銀とが入り交じるメッシュへと変化しているのである。
「ふむ、まだ我に違和感があるかえ?」
「うん、まだちょっとね」
「まあ仕方無かろう。あのまま二体にしておけば何れ別のキッカケで争いも起こったろうしの。なら手っ取り早く“混ぜてしまう”のが最善じゃ」
何とも豪快なマリーンの言葉。そう、あの後、二体のグウェリはマリーンの手によって強制的に融合されたのである。
方法は簡単、共にマリーンにパクリと食われ、暫くモゴモゴと咀嚼の後に『ぺっ』と吐きだされたら出来あがり、である。
「もう何度も言うがの。工程はどうあれ、一応は我を介してイストが組み直したのじゃ。問題は無いぞ」
セイルの何となく胡乱げな視線に弁解するマリーンである。
そしてこの変化はグウェリの立場を劇的に変えた。なんと、グウェリは死をもって返上する『イストの瞳』の役目を生きたままマリーンに引き継いだのである。
「折角南方で港町海鮮祭りをしていたら突然の役目引き継ぎじゃ、百年は腹ペコドラゴンを続けると思っとったグウェリが何故死んだかと飛んでみたら、我の驚きは如何様にも例えられんの」
「本体があの様じゃからのう。まあ無いなら無いで別に困らんし、程良く魔力が抜けたらセイルの好きに使うがよかろうの」
そう言ってドラゴン二人がノホホンとした感じに紅茶の杯を傾ける。絶妙の香りと味に蕩ける表情には威厳の欠片も有りはしなかった。
「えー……っと、ドラゴンのお二方、そのう、本体というか御身体は放置したままで本当に問題は無いのでしょうか? ほらあの、御伽話の顛末の再来とかに」
「そこはセイルが頑張ってくれたからの」
「うん、あれを攻略出来るんならそもそもドラゴンを利用しようって意味すら無いね」
時たまポンと忘れられるがドラゴンとは畏怖と恐怖の対象である。それに意見するコルメットの怯えっぷりも当然だ。だが心配な要素は確かなので精神力の限界までを振り絞って聞くコルメットである。
だがその答えを出したのはセイルだった。
「一応、僕と魔力的に繋がってる場所だからね、可能な限りあの領域を弄ってグウェリには手出し出来ないようにしたよ」
具体時に言えば、祭壇傍で昏倒したグウェリの本体は、その中央領界のみならず、周囲の領域を含めて巨大な一つの山脈と成した。標高六千メートルサイズのエアーズロックな感じの想像をすれば良いだろう。
グウェリの本体はその山脈の真下である。祭壇も含めて完全に埋まっているので、セイルを直接狙う以外にはドラゴンの身体を得る手段は無いと言って過言ではない。
そして現在、セイルの両脇にはドラゴンが二体である。過剰過ぎる防衛体制と言えよう。
「では……、もしまた同じ魔術や策謀が使われたら?」
「うむ、抜かりは無いの。一度ならず、二度三度と使われた手段じゃ、我もグウェリもイスト自らの改変で無効化される処方が成された」
これはセイルが解読した魔王ハポリムの魔書から対処されたらしい。どうやってかセイルが知った内容がまるまるイストへと流されており、ハボリム的な概念の魔術自体が無効化されるようになっていた。つまり、過去に編み出した魔術概念と全く違う概念で同じ効果を発揮しない限り、多少のアレンジ程度では通用しない状態となったのである。
原理に至っては全くの謎だ。当事者であるドラゴン自身が把握していないのだから、正に『神のみぞ知る』所業である。
「……ところで母様。さっき言われた父様達のお努め、いつ終わるのでしょう?」
「さあ、それはあの人達次第としか私は言えないわね。ですがまあ、ウルもリュートも立派に領主の血統ですから今年中には目処が立つと思いますよ。ホホホホホ」
「今年……じゅーうー……って」
魔族討伐によるディムオウグ領の拡張。その計画行程は現状、完全に凍結されている。
これはセイル経由で侵攻ルート上の魔族が『野良』と呼ばれる土着部族化した物という事実によるものだ。元々はこちらの侵攻に合わせて魔族の組織的な反抗がある事を念頭にした電撃展開であった。が、状況的にそれが無いと解れば、極力疲弊少なく侵攻するのが最善となる。
結果、現状得た領界と領域の整備を第一として、侵攻自体は中止となったのである。
加えて。
「案外、ウルよりもリュートの方が領界の支配に慣れているようですよ」
領界の支配というシステムに持っていた誤解をセイルが正した事で、従来の支配領域の改変という仕事が発生したのだ。
長く支配していたディムオウグ中央領域。その土地の利用は多くの領民による手作業での開墾だ。それが、支配者資格を有する者の意思でどうにでもなるとなれば、積極的にするのが当然である。
特にディムオウグ領には大きな水源が無かった歴史がある。その当りの改善にウルはこの一月、慣れない支配の感覚を把握しようと四苦八苦しているのである。
反面、リュートは徐々にではあるが慣れはじめているようである。
主に現状の最前線となる領界はリュートの支配下へと書き換えられており、つい先日、セイルが所有する温泉砦もリュートに移譲されることとなった。
その決定の裏には万が一にもセイルを戦場に出すものか、というマリシアの思惑が“頬笑み”付きであったりするが、そんな真実は誰も口外しないので存在しない。
そういう実態のため、結果、セイルが城から……いやマリシアの膝から逃れる術が存在しないのが実情なのであった。
「今年中……」
暦の上で今は春。老境も近いウルの切磋琢磨で、今年の麦の育ちは良さそうだというベテラン農家の予想が立つ。
皇帝の座す中央からは、温泉目当ての貴族一行の行列が増えつつあるという。それらが落とすであろう富の気配に、領内の商人は燃えている。
冒険者達も集まっている。新領域から得られるであろう、未知の戦利品による一攫千金を夢見て。
しかしそれらは、全てが予定だ。
まだ季節は春、それらの皮算用が実るのは、遥か、遥か先の事なのだから。




