竜と竜
巨竜と虚人が絡まり合い一つと成った脅威のオヴジェ。虚空孕入道の能力で一時的に魔力減少状態となり。硬直するグウェリである。
「行きます!」
そして入道のもう一つの魔術、『精神迷宮』が、セイルの意志に従い発動する。
「うしっ、通った! 成功だ」
魔術発動を魔力の流れを視る事で確認したヨミスケが叫ぶ。対象に敵対する魔術はその全てが、まず対象からの抵抗行為を受ける。この手の魔術は生命に対しての毒と同じなのだから、それを忌避する本能的拒絶の対象となるのは当然なのだ。
故に、最強の魔力の塊であるドラゴンには、基本、魔力による攻撃は無効化されるに等しいのである。
だが、この魔術に外的被害を与えるような、いわゆる攻撃魔術としての機能と効果は付加していない。強いて言えばエンチャント系。弱体効果に近い魔術なのだから。
『精神迷宮』という魔術の本質は、入道が最初から使っている魔力変換に近い。この場合グウェリの魔力を吸収し、変質化させるまでは同じ工程なのである。ただし、それ以降が違う。変質した魔力は再びグウェリに返されるのだ。変質といっても完全にグウェリの物とは別にせず微妙に一部を変化させただけの内容というのが、その魔術の工程なのである。
要するに、PCにウィルスを仕込む。そんな精神汚染に近い魔術なのである。
今回の騒動の起点。魔王ハポリムがグゥエリに対して行った洗脳魔術と同等の魔術で、再びグウェリを洗脳しようというわけである。
魔術行使の難点は、魔王が長期間の時間をかけて行った行為を、たった一回の魔術で上書きできるかどうか、というものだ。
ドラゴン自身の対抗力も含め、人が成す貧弱な魔術で可能かと問えば、不可能としか返されない状況でしかなかったのだから。
「まあ、ある意味ぶっつけ本番じゃねーかななあ。俺様、日々精進してるしよ」
そう、この工程自体は今回が初めてでは無い。セイル自身は初めてだが、“前回”の記憶はヨミスケ経由の記憶で得、またそれ以前に寝物語として聞いている。加えてグウェリ自身からも被害者的立場としての愚痴は聞いている。
そうして見れば、前情報は充分とも言える状況である。
「伝説の再現。竜の封印の魔術ですか」
膨大な魔力の流れが静まってセイルの意識にも余裕が出来た。御伽話で聞いた話の冒頭、魔族に封印され、利用されたドラゴンの下り。である。
「魔術の仕様は二千年前のと同じだ。ドラゴンの攻撃の意志をそのまま自身に返す誤認識の効果。その流れを阻害しようとする自己認識の麻痺化だ。つまりは、後は寿命で死ぬまで寝たような状態と化す。自傷と再生でボロボロになりながらな」
「グウェリが言ってましたよ。生まれて初めて味わった不覚だって」
暴風も去り、セイルの支配化として安定した領界の空は、既に青く清浄へと変化している。地上の荒れ様はそのままだが、やがてはセイルの望む形に収まるだろう。
グウェリの自分語りでは単に動けなくなる封印という話だったが、加害者と被害者、両方の記憶を持てたセイルにはより詳細が解る。
「つまりは、前のグウェリにはまだまだ余裕だったって事なんだね」
この魔術の効果は、かける対象によって威力強弱の変化が激しい。前回、グウェリがそう脅威として感じ無かったのは、グウェリ自身が魔術に対して鈍感だったからなのだ。それ故に、封印の効力も弱かった。
しかし今回は、洗脳の効果もあって本気の怒りに近い暴力性が発揮された。それがそのままグウェリへと返り、意思無く立ちつくすグウェリの身体からは無数の傷が生まれては塞がるというサイクルが繰り返されていたのである。
「ハポリムの野郎の算段に乗るのも業腹だがよ、正直、オレにはこの手段しかねえ。坊っちゃんにゃあ悪いが、まあ勘弁な」
「それ言ったら僕なんて完全に無策だったし、とのあえず仲間は全員助けれたみたいだから良かったですよ」
かなり派手な手段で逃がした仲間が無事に領界の境を越えれたのは確認している。今はまだ、防護のドームの自壊も無いので、それを探知用の端末代わりとして全員の体調も把握できていた。
まあ、全員の精神状態が『混乱』と認識できてしまうのは御愛嬌だろう。
「で、ですが、この後はどうしましょう。僕、本気で途方にくれてるんですけど」
「そー……だなあ」
眼前にそびえる赤い竜。
下手な城より遥かに巨大な存在である。しかしこのまま放置ができるかと言えば、それはそれで無理としか言えない重要性の存在だった。
「ヌシら、一安心しとるところ悪いが、まだ騒動は終わっとらんのだ」
「「えっ?」」
唐突に背後でたった言葉。それはセイルには勿論、ヨミスケにも聞き覚えのある少女の声である。
「え、グウェリ!?」
「おわ、ドラゴンの姉ちゃん!?」
セイル達の背後には、変化前と変わらぬ、人の姿のグウェリがいた。しかも怒りの形相など無かったように、何時も通りの雰囲気を纏って。
「セイル、何を慌てる? 今の我の姿も別段、初に観る事でも無かろうに」
「あ!」
良く見ればグウェリの姿に実体感が少ない。半透明よりは遥かに濃いが、その背後の風景が透けて見えるのだ。そこまで理解すればセイルも直ぐに連想できた。
「意識の分離。魔力で作った分身だ!」
「そうじゃ。よう思い至ったの。エライエライ」
やたらと反応が穏やかなグウェリ(分身)であった。
「商人も言ったが、今回のコレは初めての事では無い。当然、我にも対処する気構えはあるぞ」
御伽話のヒロインとして登場した経緯もある妖精モードだ。
セイルが知るものはグウェリにしろマリーンしろ、一応生身の状態だけである。容姿自体は変わらないが、今のグゥエリには感じる印象は自分の記憶にあるものとは全く合致してくない。
正直、今のグウェリを自分の知るグウェリと同一の存在かと問われれば、違うとしか言えないセイルである。
「む、セイルは気づくか。そうじゃ、我は今までのグウェリでは無い。強いて言うなら、『理の一面』であろうの」
セイルの反応から察したのか、グウェリは早々に自分の正体を明かす。
「今回の我は封印の魔術に縛られたのでは無い。言わば意思そのものを壊されたようなものじゃ。故に、前のように意識のみを切り離しても意味が無い。じゃから壊れた部分を置いて、まともな部分だけを使って作りなおしたのじゃ。あそこに残っておるのは我の怒りの意識のみ、まあそんなところじゃの」
「……だから、今の。今の怒りの意志が欠けたグウェリは、そんな感じなの?」
「そうなのじゃろうの。正直、今の我に自分の在り様を定める基準が無いでの。断言はできん」
「まあ、、一応は解ったって事にするんだが、じゃドラゴンの姉ちゃんよ。さっきの話の意味ってのは何なんだ?」
茫然とするセイルでは話が進まないとみたか、今さっき注意された言葉の意味を問うヨミスケである。到底、やたらに穏やかなグウェリが終わっていない騒動の元とは思えないからだ。
「簡単じゃ商人。我が縛められた流れで今ここに我があるように、あそこの我にも縛めから逃れる術は、既に有る、という事じゃ」
『その通り、じゃ』
妖精グウェリの言葉に合わせるように、声音は変わらず、しかし込められた感情は真逆のような、怨嗟に塗れた言葉が続く。
全員が注目する先。巨大な立像と化しつつあるドラゴンの額の上にある人影。姿形、透ける様子も変わらないが直視し難い歪んだ表情のグウェリが居た。
「さしずめ“虚栄の一面”といったところかの」
『うむ、それで正しいと思えるぞ、我。』
怒り全てが荒れ狂う暴力の権化かと言えば、そうは限らないと言わざるをえない。
怒りの対象が存在する場合。そしてその存在にただ暴れるだけでは届かないと自覚した場合。その目標へと至るため、冷静さを必要とする事もある。
グウェリの場合、その部分を担当したのが、ドラゴンとしてのプライドという意識なのだろう。
ドラゴンを謀った愚者に鉄鎚を、と、同じ怒りの感情とはいえ、その僅かな差異故に魔術の縛めから逃れれたという事だった。
「おおう、んな集合意識ってなとこまで想定してねーぞ、畜生!」
さすがに前回の顛末をそう解釈できるまでの分析はしていないヨミスケである。
そして妖精グウェリからの次の問いが。
「して我よ。その在り様の終末は有るのかえ?」
『我が終わるは我が虚栄を満たす時。そこな悪魔を滅ぼし、その眷族を根絶やしとする時じゃろうの』
「して、その道は?」
『判らぬ。我は我の一欠片。我の全てを知る術無し。じゃが道など必要無かろう、天を駆け写る魔の眷族全てを焼けば良いのじゃから』
そうして、ドラゴンの高みから視線を向ける虚栄のグウェリ。領界を通しての知覚を持てるセイルには、その視線が東へ向けられ、しかし焦点の伴わないものなのだと解る。
「(つまり、こっから東は全部燃やすって事だよね)」
そしてセイルが立つここも、一応は魔族の版図である。
「ふむ、しかしそれは少々困るかの」
『何故じゃ?』
「我は未だに『イストの瞳』じゃ。我に害為す羽虫なら焼くも良いが、その巣ごと全てとなると、我の在り様を否定する。我は始まりから終わるまで、イストが為の観る物じゃ」
『……しかし我には、その定めなる枷が無いの』
「確かに我も無い。分かれた欠片故に、既にドラゴンの定めから外れたのかもの。しかし我は今もグウェリ、イストからの定めを違える気は微塵も無いぞ」
二人のグウェリの会話は徐々に対話に、そして討論、論争と化していく。傍から眺めるセイルとヨミスケは、正直次の展開が予想できてしまっていた。
「もしかして、第二ラウンドって『ドラゴンVSドラゴン』とか?」
「冗談じゃねえけど……そうなんじゃねえか」
再び、いや前にも増して大気に熱さが広がって行く。
肌に痛いほどの殺意の源は虚栄のグウェリなのだろうが、それをそのまま反射するような妖精グウェリにすら、セイルは視線を合わせれない。
そして二人が影も残さず消えた途端、両者の中間である空中を中心に太陽が出来たが如くの巨大な爆発が起きたのであった。
〈~続く~〉




