御伽話の真実
第五代目魔王、ハポリム・ソロモニエ・常暗照らし観る猫の瞳。異世界、地球は日本においての人としての名は破車虎雄。
彼は1970年代末頃に、とある薄い本の年末イベント早朝、ブースの設営をしていた途中の記憶を境に、万華の園へと、本人の主観で言えば転生した。
後の晴海時代では、早朝の少ない交通手段の限界から、非公認による開催前日からの路上や公園への泊まり込み設営と呼ばれた伝統も未だ無い、何処か長閑な雰囲気での、コミケ名物の長机運びを、大田区のとある会場で当日に、開催時間前に名も知らぬ隣のどこぞの同人サークルの参加者と共に並べ、所謂“島”を作ろうとしている途中である。
虎雄として両手に感じていた長机の荒れたベニヤ板の感触が消えたと思ったら、ハポリムは何処とも知れない巨大にして長大な縦穴の底の、水底すら確認出来ない地底湖の水面に“生まれて”いた。
否、生まれたのでは無く、生き直していたと言った方が正しい。ハポリムとしての記憶では、自分は翼を持つ無貌の種族である翼天族の一匹と戦い、相討ち。そして魔族領域の中心である魔族中央領界、魔王城地下にて復活したのだから。
もうハポリム自身、何度くり返した事かも忘れた死に戻りだ。ほぼ毎日のように続ければ、例え断末魔となる激痛や喪失感にも慣れてしまう。それを何千年とくり返している現在、寧ろ死亡する事となった最前線まで、何千キロと移動しなければならない事の方が億劫な気分にさせられていた。
まるでコピペのような臨死の工程を無駄に別の死として記憶し続け、数少ない楽しい人生の記憶を押し潰し、また擦り減らしていく状況で、ささやかに追加された僅か二十数年の享楽に染まる記憶は麻薬と同等だった。
ただ刹那的に楽しむ事だけに邁進し、後の人生など考えない短絡な日々。バイト代は画材へと消え、仕送りが滞れば数日は水のみで飢えるというアホな日々。まだバブルという言葉が存在しない赤貧の日々。
そんな未だオタクという言葉すら生まれていない、ド阿呆な“偏執狂”の血が入った事で、ハポリムには新たな闘志の灯りが灯った。
同じ事ばかり繰り返す、アホな領土争いなどとっとと終わらせて、この異世界生活を楽しむのだと。
人や亜人、魔族に溢れたこの世界で、好き放題スペオペなファンタジーでアチョーな“ナウい”事して暮すのだと……。
◆ ◆ ◆
「……と、思いたったってな。色々実験がてら引っ掻き回したんよ」
「スミマセン、死語過ぎて理解不能デス」
セイルがハポリムとの対話を始めて一時間余り、僅か三十数余年の世代格差にセイルの思考はパンクしていた。
オタク文化の早熟性は異常と言っていいだろう。発展の原動力である一次作品が平均一年から数ヶ月で入れ替わるため、それに伴う流行もコロコロと切り替わるせいである。最近は一期二期とインターバルを置いて展開される作品も多く、妙に息が長い物も有りはするが、それでも平均して数年が限界となっている。
何十年と続く作品も有る事は有る。だがその年月を変化無しに続いている事は皆無といえる。それ故に同じ作品と言えども、世代によって知る年代の常識の格差が生まれる。
セイル世代にも通用する題材としてのアニメというジャンルにしても、その内容から活動形態までまるで別物と言っていいのだ。ハポリムがアニメのネタでセイルとの共通性を見出し、その話題を振ったはいいが、セイルにしてみればアニメは原画や動画こと手書き文化が残っているものの、以降の大半はデジタル化した代物で、ハポリムの言う『セル画』という単語にすらピンと来ない。
そのセル画にしても末期には主線をコピー機的なプリントで済ませて色は手塗りという感じだが、最初期にはその全てが手書きだ。白黒時代のアニメは正に一品物という扱いが相応しく、ヴィンテージ切手ヨロシク高値で取引もされていたのである。
そんなオタク自慢も、存在自体が霞みの向こうとなった状況では通じようも無い。
最終的に共通する話題が、超天才下膨れG少年と男食家な英国情報部のダブルオーナンバーによる漫才美少年マンガだった事に複雑な心境となる二人であった。
「あれ、まだ続いてんのか……」
「ええ、もう初期の面影なんか欠片も無いですけどね」
ぶっちゃけ、この作品の作者は“一時代”と言っていい期間、某新宿のお昼の一時間番組を牛耳った、とある“タ●リ”にそっくりなのだが、実は逆。作者にタ●リがそっくりだったという小ネタすら持つ。そして作者同様、作品の長寿性もその番組をぶっちぎりで突き放している、セイルが転生した時点では未だ元気に連載中なのであったりする。
「……でー、まー、僕もオタクな自覚はありますので、それは後ほどジックリしましょう。えーと、破車さん? かハポリムさん、どう呼んだらいいでしょ?」
「ああ、好きにしてええで。まあお互い立場があるから、“勢力のバレる”呼び名は避けたほうがええかね。ま、『トラ』とでも呼んでくれや。ワイは……青坊とでも呼ぼうかね、ええか?」
「ああはい、じゃあ僕は『トラ先輩』で」
「ほいほい」
ハポリムの武勇伝はまた別の機会をと、漸くこの場に集った理由がやっと語られた。
曰く、ある意味過去の清算。それだけだ。
だが、清算する対象が領界と領域を管理する立場の存在である“ドラゴン”となると、さすがの魔王も二の足を踏む。だからこその、この舞台なのだそうだ。
「悪りいがワイも自分の身いが可愛いんや。やから消し炭前提の詫びは勘弁なんだわ。だからまあ、憂さ晴らしくらいはできるやろって感じの舞台を作ってん」
「……あー……」
その内容、セイルとしては実に聞きたくない内容であった。
結論から言うと、炎のドラゴンであるグウェリの前任者、『ドールェス』を利用し、またグウェリ自身にも策を弄した事件の元凶はハポリムである。
だが自己弁護として言えば、ハポリムは計画の草案を練り、時にオタクが物ごとを雄弁に語る発作を発動させての、実現できるかできないかは無視して当時の部下に語っただけであり、いざ実行されて、しかもかなり成功してしまった事に、本人的にも驚いていたという事だ。
ついセイルの視線は、当の被害者であるグウェリへと向く。
が、グウェリはハポリムの使いが見せた紙片を手に見つめるだけで、特に話に反応した気配が無い。
その無関心さに妙な違和感はあるものの、まだ話が終わったわけでも無いことから、視線をハポリムの映像に戻した。
話の内容は、ドラゴンの御伽話の裏側へと進む。
ドラゴンを利用する計画は、魔族に対して翼天族の損失が浅すぎた戦況を、なんとか逆転できないかと思って。というのが根本にある。
魔族は個性の塊とでも形容する外観と精神を持つ。その発現の方向は、動植物とバリエーション豊富ではあるが、基本、『生物』の外観のせいか、生存本能とも言える生存闘争、つまり戦闘力に偏る流れがある。
なので個体としての強さに秀でる事だけは、魔族共通の特性といえるのだ。
だがこれが、同時に魔族の欠点とも言えたのである。
生物である以上、付随する特性として、『成長』も魔族には不可欠な特性だ。
それぞれの種族でのそれぞれの成長による強弱という立ち位置。それは階級として成り立ち、支配者と庇護者という“ムラ”を生じさせる。
更に種族間で共通化しないムラは相いれない存在の壁となり、魔族としての統一性すら取れなくなる。
これは魔族に限らず、セイル等人族にも共通する性質であるが、個体個体の格差の激しい魔族にとっては致命的ともいえる問題だったのである。
では“翼天族”はというと、それはある意味、魔族とは真逆の存在だったのである。
翼天族を種族的に見ると、まず、第一印象での判別は不可能であろう。人族のように五体を揃える者がいる。四肢で地を蹴り走る獣のような物がいる。魔族の特徴を持つ物もいるし、根を大地から引き抜いた大木という外見の者もいる。
その見た目の個性は魔族に勝るともいえるが、見た目を反映する個性が存在するかというと、、実は全く存在しない。
たった一つ、全ての外見にブラスされる『翼』という要素。それによる『宙を舞う』という行動から始まる全て。
腕があれども殴らないし掴まない。四肢があれど地を蹴る事も無い。どんなに暴力に適した体格があれど、その暴力は使われない。勿論、木の枝が何をするでも無い。
全ての翼持つ翼天族は、ただ宙を舞い、その背の羽を“矢”として放ち武器とする。それだけの存在なのである。
「え、それって……」
「そや。奴等、基本“翼だけ”の存在やねん」
翼天族という存在を、未だどの魔族も敵として“どのような存在として”かの確定は出来ていない。
ハポリムの語る内容も、ハポリム自身が経験した事からの推測にしか過ぎない。
「奴等なあ、なんやねんこう……、『憑き物』みとーな感じなん。人、動物、木や魔族、多分、生きもんならなんでもえーねん。ある日~ある時、突然背に白鳥みとうな真っ白の翼が生えたら、もう、そいつは、元の生きもん違ごうて『翼天族』っちゅうもんに“なってまうねん”」
何故、翼天族が魔族との領土獲得に明け暮れるかすら謎だったのだと言う。
こればかりは、ハポリムが破車虎雄としての記憶を持つ以前、ハポリム自身として生まれる前からの闘争であった。魔王と言えど、魔族全体の一種族でしか無かった者には始まりの記録という物を得る機会も無く、生きる事は翼天族との戦いと同義である状況を変える方法も無かったのである。
そんなハポリム自身の葛藤に、虎雄としての異世界の記憶と発想が加わった事で、ようやくアプローチのかけ方を思いついた。という事から、現在の状況に結ぶのだと、セイルは教えられる。
「その寄生生物みたいなものの正体が解ったんですか?」
「いんや~まったくや」
セイルの質問を“あっけらかん”とお手上げのジェスチャー付きで否定するハポリム。“だが”、と続けてこうも言う。
「だがなあ、対処の仕方は解ったんや、な」
無個性を個性とする翼天族だが、それでも、元となる個体による多少の個体差がある事にハポリムは気づいた。
一撃一撃の戦闘力自体は全く誤差は無い。対象が魔族だろうがネズミだろうが、本当に全く同じだ。
だが、持久力には差が生まれていた。
「奴等な、ダメージ受けたりすりゃ“ちゃんと死ぬ”んや。せやけど、他にも死による原因を見つけた。それは『ガス欠』な。羽の攻撃をしまくった奴、突然パタンと倒れよってな、調べれば羽は消えてもう死んでる。つまり──」
「攻撃の源は、寄生している者の生命エネルギー……?」
「せやな、多分当り、や」
寄生する対象によって、総合的な戦力の低下を見込める。そう気づいたハポリムは、魔族の戦闘方法の大改革をした。
最も大きいのは、『最前線維持の放棄』である。
具体的に言えば、強力な魔族による突出した侵攻を力尽くで止めさせた。その理由は、侵攻した魔族そのものが翼天族の寄生対象と化すからである。
「強めの魔族が寄生されるとなあ、ほんに厄介なんよ」
寄生されても魔族の強さが発揮されないのは分かっている。が、その膨大な生命力は、その翼天族を突破不可能の強力な防壁にしかねない。
戦線が膠着すれば魔族は体力的の消耗的に不利であるし、第二第三の寄生対象が発生する事にもなる。そのプロセスが分かるまでは、直接ぶつかるだけでも魔族の被害の方が高まるのだ。
その対処方法が、“緩衝地帯”を作る事だった。
魔族と翼天族が直接の戦闘にならない領域を確保する。そして最低限、寄生の危険の少ない戦力を構築する。
そんな、模索交じりの対処だ。
「まあ都合良く、動物の類は本能的にか翼天族の寄生を嫌悪しよるのが解ってん。せやから、ちょいと野生の王国みたいな領界と領域をこさえてな。そこを防波堤にして汚染されきったら瞬殺みとうな方法で纏めて狩る。な感じにしよってん」
「へー……」
「で、そこが、青坊の知っとる御伽話の舞台、なんやな」
「……、え?」
◆ ◆ ◆
祭壇を通して行われるセイルと魔王の会話。
二人は普通に話しているつもりだが、その場に居る他の者には一切の音も漏れない、完全なプライベートチャットと言える状態であった。
無言劇の鑑賞にも似た状況に、暫くは警戒と緊張を維持していた者らも、さながら雑談にしか連想できない、ふざけたジェスチャー交じり様相となると、その警戒度合を下げてしまう。
セイルを腕に収めるグウェリも、自身の存在の絶対感も手伝って早々に興味は他の物へと移っていた。
それは、魔王の使いに渡された一枚の紙片。
グウェリにとっては無視できない事柄が、事細かに書かれたものだった。
魔族侵攻による人族の一領域の滅亡。
その方法は、当事者であるグウェリ自身の良く知ることだ。
だが、その滅亡の舞台の始まりを知るかと言えば、新任としてその地に降りたばかりのグウェリは、何一つ知らないと言っていい。
この紙片には、そうなるまでの経緯が事前事後の事を含めて書かれていた。この場ではグウェリ以外知りようもない今は途絶えた古語を使い。
「(この文字はそう、あの“王子”の国が使っていた文字……、だの)」
神とも言える東の領域の管理者『イスト』。その現場担当として赴く上で、管理する地域の基本的な事柄は記憶として予め刻まれている。日常会話に使用する言葉もその範疇だ。
当然、各領界の文化や風習の度合だって知っている、筈だったのだが、この紙片には更にそれを補完する内容が含まれていたのである。
「(『恵天教』……。あの地に古くから根付いていた宗教。領界の支配者となる者を中心に生きる事が基本とはいえ、集団として生きる上では、集団としての生活指針が必要になる。宗教の多くは、そのルールの一形態が殆どじゃ。故に気にしてもおらなんだがな……)」
教義の殆どは生きる上での『行って良い事』と『行ってはいけない事』を記した、良くある形の“道徳書”である。
それこそ今現在、人族の多くがルールとする事と大差無い事柄が、読み聞いて面白い、物語として書かれているだけだ。
が、気にしてみれば、文章の端々に奇妙な存在が登場するのが、紙片の指摘で鮮明となった。
『魔物の生きる森との境界を越えた者が、魔物に追われ、闇雲に逃げようとした時、暗い森の中、地面に堕ちる“光る羽”を道しるべに、無事里へと帰れた話』
『遥か東の魔の領域へと向かい、時たま現れ天を舞う“光る使徒”によって日々の安寧を得られる話』
『毎日の健やかなる生き様を祝福された時、その背に使徒の証を得て、天へと飛び立つ者の話』
指摘されればなる程と、翼天族に結びつく逸話が、多く隠れている宗教書であった。
そしてそういう視点で見れば、この書の目的も良く解る。
グウェリにとって、人族最初の思い出の地とは、その宗教を国教として頂いた地は、“人族を翼天族に啓蒙させる意図で存在した地”であったのだ。と。
◆ ◆ ◆
「──千年くらいは上手く行ったんかなあ……、“動物”を意図的に翼天族寄りに傾倒させて、ある程度集めたら一掃。戦闘の流れ自体を管理して、とにかく纏まらん魔族を纏めようとしたんよ……。でも、あかんかったようでな~」
要は、寄生対象を撒き餌をして配置し、そこを狩猟場とする算段だったわけである。
魔族が各種族による各個による戦闘を禁止し、無駄な損害を限りなく減らした上で、効率良く侵攻する道程を見定める。そんな作戦である。
「まあ、二百年くらい様子見て、上手く行きそうやなあと、後は後任に任せて放っといたん。したらまあ、思ったより汚染の度合いが強うなってなあ……、配下共じゃ手に負えんようなったようでな……」
ハポリムの思惑を外し、徐々に翼天族の勢力が増大。魔族は狩りに行く筈が、逆に狩られる者を増やす流れに転じて行った。
当時、既にハポリムは魔王を引退し、別の地で隠遁をしていた為に、事態を知ることが無かった。ろくな対応を考えれない後任の主要魔族達は、ハポリムの草案を掻き集め、何とか対応する方法を模索した。その方法が、“ドラゴンの利用”だ。
ドラゴンは基本的に地に生きる者がどうこうできる存在ではない。特に『炎』の系統ならば、太陽同然の有り様に迂闊に近寄る事もできない状態である。
しかし近寄るだけならば、他のドラゴンにはそう難題と言える問題でも無かった。
『地』系統のドラゴンは『不壊』の属性を持つ故に、防御に対しては秀でていても攻撃面にはそう過激では無い。
であるから、脱皮によって剥がれ落ちる『ウロコ』の入手に苦労は無かった。
「いやなあ……、当時は地竜のウロコが良い魔力電池扱いやってん。ちゅうか、壊れへんからそんくらいしか使い道無かったんやけどなあ」
だがハポリムの、虎雄としての発想がウロコの価値を変えた。
ウロコという存在を壊さなくとも、その“有り様”の変化くらいなら可能なのでは?
その詭弁とも言える解釈が成り立ち、ウロコという性質のまま、形のみを剣や防具に変じさせる術を確立したのだ。
当時は魔術を利用した加工品が皆無だった故の、発想の穴である。
「後はまあ、藁しべ的に氷竜行って、で、炎竜や」
意外かもしれないが、攻撃力以外の面では他のドラゴンよりも劣るのが、炎系統の特徴である。ウロコの加工をする面では最も適した対象であり、故に、魔族に狙われたのが真相であった。
「高火力で一掃。オトコのロマンやもんなあ……」
「あ……、『薙ぎ払え!』じゃないんですねえ」
「……なんやん、それ?」
因みに、ハポリムに虎雄が転生した時点では『青き衣の某少女』は誕生していない。それ故に以降同系列の作品群による伝統的名言集も全く知らない。
「『目がぁー、目がぁー』が通じないとなると、会話の憩いが減るなあ……」
「だから何やねん、それ?」
オタクにとってそっち業界の無知は地獄の責苦。時間の都合でのセイルの簡単な説明に、『うぬおぉぉぉ、“カ●城”の後にそんなもん出来とったとはぁぁぁ!!』と画面越しに悶絶するハポリムであった。
両手で顔面掻き毟り、俯きと仰け反りを繰り返しつつ落胆の叫びを上げるという、現実にはお目にかかりそうもない貴重な“ロックでハイな落胆”を見物したセイルである。
が、やはり魔族や魔王ともなると精神の切り替えの人外なのだろう。唐突に平常心へと復帰したハポリムが素へと戻り、今回の話の本筋へ路線を戻した。
「さてとー、これでようやっと本題や。ワイはもうちょい外に出るんはできへんよってな。代わりに今んとこの詫びとしてな、そのドラゴンさんに自分と身内に悪さした“当人”を“やろう”思てん」
「当人?」
「そう、ホレ、ソイツな」
ハポリムの映像がセイルの背後を指し示す。
セイルがそれに反応する前に、“バキっ”、“ボキン”、と何かが折れる音が鳴り、グウェリに抱えられるせいで見えない背後から“伸ばされる腕”。
魔王の使いの腕が摘まむ指には、首の後ろの襟皮を摘まんで吊るされた一匹のウサギが。
「元、魔王側近。当時ワイの出すネタをいじくり回して、ようけ悪さの道具をこさえてた発明狂悪魔にして魔将軍のひとり」
何時の間にか周囲全員に聞こえるようになったのか、ハポリムの宣言に全員の注意がヨミスケに向く。
「その名も『メフォス・トフィレス・影潜みより影濃くせし者』」
摘ままれたまま、びくりと一つ大きく揺れるヨミスケ。
憎々しげにハポリムを見上げようとする視線に別の視線が交差し、そのまま死ぬかという殺意に凝固する。そう、セイルは判断した。
その視線は、セイルの頭上から放たれている。
ヨミスケを見下ろし、幻ではあれ灼熱の体感を感じさせた者。
炎のドラゴン、イストの瞳として東の領域を監視する当代のドラゴン。
「……ほ。ほほう」
「───!」
声にならない悲鳴とでも言うのか、ウサギの小さな身体を慄かせる様子に、セイルはグウェリの顔を観れなくて良かったと安堵する。
そしてこうも思った。
『ああ、“ムンクの叫び”って、種族の差を越える感情表現だったんだ』……と。
〈~続く~〉




