対面
他種族の支配から解放された領域というのは、一種独特の雰囲気に包まれる。
支配を受けた領界とその領域全体は、その支配種族にとって最適な環境となるのは基本であり、それは異種族には余り快適とは言い難い環境になる。それが解除され、大半の種族が不自由無く行動できるようになりつつも、既に存在しない前支配種族が好む環境の残り香とも言える痕跡が存在するからだろう。その違和感が確実に体感として感じられるのであった。
「支配者だった赤鱗族は、なんとなくイグアナっぽかったのかなあ……」
「何だその『いぐあな』ってのは?」
「トカゲなんですけど、そうだなあ、尻尾を除いての大きさが大人の猫くらいあるトカゲなんです」
「でけえ……な」
「で、基本草食なんですよ」
撤去されたバリケードを抜けて、その後は道に沿って移動する必要も無いので、中央領界へと直進しているセイル一向である。
草原と荒野に近い岩砂漠が交じりあう地形は、それ程大きい段差を生まない、なだらかな緩急のみの平地が続く。所々に岩の柱のような小山が有るが、垂直に近い壁面ではあれ、そう視界を塞ぐ役には立っていない。むしろ視界と移動を阻害するのは、ポコポコと点在して生えるかなり巨大なサボテンであった。
芯となる部分が直系三メートルは優にあり、肉厚のザブトンサイズな葉がボコンボコンと出っ張り広がる。これほどのサイズとなると獣働車で踏みつぶせる物でもなく、迂回を繰り返す事で移動的には手間となっていたのである。
双子情報として、これ等の乾燥地帯性の植物は蛇頭族の主食扱いだと知った。
そして点在する数からして、これ等は植樹のような手間無く育っている物と判断できた以上、支配者であった赤鱗族が欲した物なのだろうと考えたのである。
セイルがイグアナと聞いて連想するのはガラパゴス島の陸イグアナと海イグアナだ。だがイグアナがその島だけの固有生物というわけではない。
ちょっと東へと視線をずらし、中米や南米にも普通に存在するのだ。そして主食としてサボテンの葉でなどを、モシャモシャと食べて平和に生きているのである。
因みに、一際柔らかいサボテンの花は御馳走扱いらしいが、イグアナとの対話が不可能のため、推測の域を出ない。
「あ、でも吸血の性質はあるから雑食と言っていいよ」
キキより余り聞いて嬉しくない補足がついた。乾燥地帯という性質上、水分補給を兼用に動物の血は飲むらしい。だが肉は食べない。どうやら肉類を消化する内臓機能は無くなっているようだった。
セイルにしてみれば、支配者なのだからその手の面倒の無い環境に変えてしまえばいいだけなのだが、その辺りの判断を突っこんだ処で答えは返ってこないだろう。そもそも支配者が環境を自在に変えれるという発想が出来たかも謎なのだから。
生物とは環境に適応する事で変化とし、その代を重ねる事で進化とする。自らが変化せずに周囲を変化させようとする思考は、基本的な生物からすれば真逆の発想だろう。敢えて区別した言い方をすれば、そんな真逆の発想で行動するものは、生物とは言えないのかもしれない。
それは兎も角、壁級殻徒が先頭に立ち、進路の邪魔とならない程度にサボテンを間引きする事で行程は進む。
時折死亡した黒鱗族の干からびた姿を確認しつつも、特に抵抗もなくセイル達は中央領界は祭壇のある砦へと到着した。
精神支配という特殊能力の故か、砦といっても堅牢さは欠片も無い。腰の丈ほどのサボテンが生垣のように並ぶ事で、周囲から結界的な意味合いで区別されているだけだ。門や入り口があるわけでも無い。助走をつけて飛べば、子供でも飛び越えられるから必要も無いのだろうと言える物だからだ。
ただ、越えられない子供もいる。その唯一といっていいその子供。セイルの為に生垣の一部が崩されて簡単に踏み固められた。
チキとキキの双子は楽に飛び越えられるものの、この場には近寄ってはいない。というよりも、この場に居る者はセイルとグウェリ、ヨミスケのみだ。他の者は殻徒部隊を含めて、周囲の安全確認の後に遥か領界の中程へ、約五十キロは離れた場所まで退避している。双子も当然その中に含まれているのである。
それは何故か?、理由は単純。最大の戦力、グウェリが活動しやすくするためだ。
そうセイルが判断し、もしこの場が太陽のような炎熱に晒されて尚生き残れるかを確認しての、ヨミスケの残留なのである。
それが必要となる可能性、
祭壇の隣に立つ、異形の女?を認めた故に。
◆ ◆ ◆
「“アレ”はな、オレに依頼を持ってきた奴の“使い”だ。一応守秘義務で黙ってたが、ここで姿を現してる以上、もう必要もねーだろ」
「というか、あの人は魔族……というか生物なんでしょうか?」
「さあな、正体を明かしたくない偽装だとは──」
「『変態』じゃの」
「…………」
「──思う……、ま、確かに変態だがな」
女、『使い』の姿は異形としか言いようの無い物だ。首から下は極普通の人族の女性と言える。浅黒い肌だが女性としては過剰にメリハリが効いた引き締まった身体であり、健康以外の言葉を当てる事は男性として出来ない。その魅惑の、ほぼ裸体と言っていい身体は布の端切れ程度の代物でギリギリ微妙な部分を隠すのみであり、紐か糸といった部分すら肌に食い込みはすれども埋まってはいない。その様子から贅肉が限りなく削ぎ落されている身体なのだと想像もできる。
その痴女紛いの衣装をとって、『変態』と称するのは妥当だろう。むしろセイル的には直球で『痴女』と称したい。これで頭部が普通に“人”であったなら、セイルは完全に痴女認定をしていたろう。
女性特有の細い首、それを芯にして燃える炎。長い髪が巻き上がるように揺らめいてる印象の頭部、そういったシルエットのみでなら確かに女性だ。しかし完全な半透明であり、目はおろか顔のパーツが何一つ無い、髪に思えただけの只の紫色の炎の塊となると、例え男心が魅かれる身体であっても興奮のしようがない。むしろその異様な姿の印象が強すぎて、恐怖に近い感情に支配されかける有り様である。
「商人、我は感情で言っておらん。特性として言っておる」
「……あ、その変態ね」
ヨミスケへの訂正でセイルの方が気づいた。
昆虫はその成長過程で、人にとっては成長とは言い難い変化をとる。タマゴから孵った幼虫は脱皮を繰り返して身体を大きく成長させる。ここまではいい。だが、やがて蛹に、そして成虫となる時、幼虫である理由を全て捨てるという変化を取る。
蛹としての殻を作り、その中で更に成虫としての殻を作る。あくまで殻だ。身体ではない。そして、その殻に充填するように一度身体その物を不定形の液状化まで変化させる。やがてそれは、筋肉となり、体液となり、内臓器官や植毛へと変化する。この変化を『変態』と称するのである。
グウェリは『使い』の姿はその変態によって成されている物だと言ったのであった。
「悪魔族の中に蟲の特性持ちがおったの、そいつ等は他種族その物の姿を自ら作りあげ、そして成る。想像力で幾らでも発展させられる特性じゃ。己のサイズさえ変えないならば、空想のモノにでも成れると聞いたの」
「……んな事、オレも知らねーぞ……」
「ウサギを自分の身体にするのも人族には非常識なんですけどねー」
グウェリによって明かされる他種族の事実とヨミスケの技。自分が鬼という生き物である事が、もう何でもない事と思えるセイルであった。
セイル等のかけあいに合わせたように、会話が一段落したタイミングで“使い”が身動ぎする。なんとなく人形っぽい動きで、燃え続けるだけな炎の頭部から確実に視線を送られて、セイルは妙に緊張と、何故か親近感を覚えつつも見つめ返す。
『我が主、前魔王ハポリムの用意が整います。人族の王、セイリュウは祭壇にて支配者の契りを……』
「ふん、ようやっと出てくるってか……」
“使い”はセイル羅が祭壇に到着し、周囲の警戒と索敵を終わらせた当りで唐突に出現した。殻徒部隊が生垣を整備し、セイルがそろそろ祭壇に血を垂らそうとしたタイミングで目の前へと現れ、皆を驚愕させたのである。
転移の魔術で現れたか?、ダークエルフの双子のように姿を惑わしたり隠したりといった方法を使ったか?、仕組みは判明していない。この場の全員、それこそグウェリですら知覚も理解も出来ない方法で“使い”は現れたのである。
当然、最大限の反射的行動でもって“使い”は迎撃されたが、今も健在として居る事で結果は分かる。
その場の礫級殻徒兵士五人の刃を突き刺されたものの血は流れずに剣が溶けて燃えた。地面に溶けた金属塊が落ちた後、刺された筈の傷は無かった。
反撃どころか反応もしない“使い”の唯一の行動は、グウェリの目の前に一枚の紙を広げただけである。その紙を見て、今にもドラゴンとしての本性を顕現させようとしたグウェリが沈黙した。
以降、“使い”は「今暫くはこのままに」と短く告げ、大体一時間ばかり彫像のように立つのみになっていたのであった。
その間にセイル達は、起きて当然ではあるが万が一の状況、全力戦闘の準備に勤しむ事となる。この部隊の最大戦力は二つ、騎獣機とドラゴンとしてのグウェリである。
そしてこの二つを比べれば、勝者は圧倒的にグウェリとなる。
「どっちも人間大の相手って意味じゃ不適格だとは思うけどね……」
セイルのボヤキとも言える突っこみを聞く者はいなかった。
しかし現実問題として、世界最強というドラゴンの知覚すら惑わせた存在に塵ほどの油断も出来るわけも無く、更に可動時間の制限がある騎獣機を選択するのは不安もある。となると、選べる札は一択のみとなるのである。
その選択を最大限に発揮するために、結果的には無防備と呼べるような状況となる。子供を抱き上げ抱える十代後半の少女、抱きあげられる正真正銘の幼児、得体の知れない中年男の商人。
しかしその実、少女は領界全土を焦土と化す火力を発揮するドラゴンであるし、商人は人間サイズの木人形を傀儡として動かす本体は不死身な悪魔だ。見た目は青い肌の鬼の子供という外見だけのセイルが、実際は極々普通の幼児でしかないコケオドシっぷりである。
セイルの指示によって避難したとはいえ、この位置ではグウェリの本気が出たならば同じ領界に居る以上安全とは言い難い。だが結果的にとは言え、さすがに別の領界まで避難する選択をバリュートは取る気は無かった。避難移動しつつもセイル達の動向は監視しており、動きがあったために待機した位置が此処だったという事もあるが、家臣が主を置いて一目散に逃げるという選択は、最初から存在しないのである。
「チキ殿、キキ殿。もしもの時はスマナイな」
「自分の決めた事で死ぬのを嘆くのはダメと父に言われてますから」
「死んだら父ちゃん達を守る祖霊になるから大丈夫だよ」
絶えず死と隣り合わせに生きる双子には、バリュートの気遣いの意味が分からない。双子は別にセイル達に庇護を求めて来ているわけではないのである。
片や他者を、それも子供を守るのは当然として生きてきたバリュートにとっては、肩すかしな返事だったが、その辺りの気質の違いはどうしようもない事程度には年の功で納得もできる。だから言葉を継ぐ事もなく、今はセイル達の動きを見逃さず、万が一には騎獣機を駆って出るために、そのコックピットへと身を沈めていたのであった。
そのセイルは、今まさに祭壇の受け皿へと己の血を捧げようとしていた。
グウェリがセイルの右の人差指の腹を浅く切り、指を圧迫しなければ血の滲みすら起きないという、傷というには線にしか見えない過保護丸出しの傷から滲み出た血を漸く一滴、垂らそうとした時に注意がひとつ飛ぶ。
『人族の王セイリュウ。この契りにて我が主との交感とする。くれぐれも、“派手に温泉なんか湧かさないように、ね”』
「えっ?」
無機質な言葉使いから一転、女性らしい甘い口調で言われた“注意”に驚くセイル。
“使い”の言葉はグウェリとヨミスケには届いてないようで、“使い”の言葉をいぶかしむ事も無い。
そしてセイル自身には問う余裕が無かった。指先から離れた一滴の血の雫。それを受けた祭壇が新たな灯火を灯し、種火から徐々に大きくなる火の規模に伴って、セイルの意識にはこの領界の全てが書き込まれていたのだ。
前回と違い、不意打ちで言われた注意から、セイルの脳裏にこの領界を自分の物として描き変える設計図らしき物がスッパリと抜け落ちてしまっていた。それ故か、領界と領域を大きく変貌させる地殻変動が始まる気配も無く、ただ、この祭壇との接続が数秒の間になされたのみで、支配者としての契約の儀式は終わった。
「あ……あの?」
精神の変化が落ち付いたセイルは、先程の事を“使い”へと尋ねようとし、だが、“使い”の行動でそれは出来ず仕舞いとなった。
セイルの視線を誘導するように持ち上げられた腕の、その指差す先。祭壇の炎の明りに揺らぐ薄幕の陽炎。それを画面として姿を写していた者。
『我が主、魔族を束ねし第五代目魔王、“ハポリム・ソロモニエ・常暗照らし観る猫の瞳”の真名を持ちし祝福されし者でございます』
陽炎のモザイクが整い、鮮明となる姿を現しつつ、魔王は、ハポリムは現れた。
『ようっ、昭和生まれの日本人、“破車虎雄”や。よろしゅーな“鬼豆”君!』
その姿が判別できたとたんの自己紹介。セイルはその姿に驚き、次に自分の人間としての名を呼ばれた事に驚き、更にそのノリに驚いた。
残念ながら、連続した驚きは纏めて一つの驚きとしてしか伝わらなかったが……。
長く絶句しているセイルに対して、画像越しの魔王は怪訝な表情を浮かべる。
『あり、最初の掴みが大事っちゅーんで気張ったんやけど、わい下手こいた?』
「……えーっと……、とりあえず……、ひとつ聞いていいですか?」
『おお、動いたっ、ええでええで、どうぞどうぞ』
「なんで、野球帽に縞の法被を?」
『や、ほら、虎ファンならこれ正装やし』
「……はあ……」
質問が質問なら返事も返事。この世界初の、人族と魔族の対話は、後の脚色にて原型を欠片も残さない事となったが、それも道理と言わざるを得ない、こんな感じで始まった。
〈~続く~〉




