僕の『リトル・ブルー』
さて、この作品の目標としていた『M&F』の一時審査に落選しました。
という事で、継続への気分が減少していますw
ただ、続けたい気分が無くなったわけでは無いので、このまま書くのを止める事はありません。
が、ちょっと私生活面が不安定化してきているので、更新ペースの不安定な面はご容赦ください
セイルとヨミスケ、再会の約束とした八日後の昼。
主にグウェリによる独断により、その場所は商人街にある食事処『テンプラ屋』となっていた。
理由は特に記す事もないだろう。店の在庫をみるみる消化するグウェリの様子を見れば明らか過ぎる。
「ほれ、これが坊主の見たがった“薬”だ」
テーブルの上に置かれたのは、なんの変哲も無い大人の拳大のガラスの小瓶に入れられた無色透明に見える薬剤。ガラスの質がいまいちなので、本当に無色なのかは透かす程度では分からない。
「あれ発泡してる?」
「お、気づいたか」
薬剤自体は単なる水、いや今回の場合は温泉水であり、抽出した魔力と魔術を内包はしているが物質という意味ではただの水同然なので無味無臭である。
だが、ドラゴンをも拘束するような内容の魔術である以上、暢気に当人に服用してもらう等という手段はとれない。なので、この液体を浴びさせて、僅かでも内部に浸透するような効果を得させる為に、炭酸の状態にしているのである。
加えて、貧相なガラス瓶に見えてはいるが、これも数秒間はドラゴンの炎熱にも耐えられる加工を施してある特製品だ。その体表にぶつける前に熱で溶解や蒸発などされては無意味となる故の仕様である。
「で、これが“出涸らし”になったウロコな」
瓶の隣に見慣れた赤いウロコが置かれる。その質感に変化があったようには見えないが、気にしてみれば僅かに透明感が薄れてて、曇ったように見えなくもない。
「はい、ではこれが代金です」
元値の一割と言われて『そんな安く』と当初は思ったセイルであるが、その元値の金額を聞いて率直に思った。『一割で良かった』と。
この世界は貨幣経済自体はあるが、その貨幣が社会の主役かというと実は脇役ですらない。貨幣の実態が商人同士による記号の域を出ないからだからである。
商人が中心になって使用しているので、辛うじて各国共通で利用可能な物という認識になっているが、そもそも衣食住を自国内流通で全てが完結する事を基本とする政治形態である以上、一部の娯楽品などの輸入出にしか必要としない物なのである。
つまり、金額そのものには困らないのだが、貨幣自体を集めるのに、かなりの難儀があったのであった。新しい領界の開発にそれなりの商人が集まったせいもあり一応貨幣は揃えてあったのだが、それでも最初の予想では自領の商人を対象としていた。だから仮に貨幣が底をついても証文で事が済む筈だったのだ。
しかし、飛び込みの他領の商人が大量に現れた事でそうも言えなくなった。
それ等には基本、貨幣のみで対応しなければならない。証文を使えないという事は無いが、それは偽造の心配の無い信用が根底に立つ取引なのである。初対面の商人にはまず使えない方法なのであった。
幸いというべきか、新施設のテストを兼ねて大衆浴場を殻徒の突貫作業で作りあげていた。その利用を集まった商人や私設の警備団に開放しており、破格の使用料のおかげで盛況となっていたので貨幣が手元に集まっていたのだ。
その殆どをウルから借り受けて、なんとか支払い額まで足りたという状態だったのである。
「グウェリの食欲を今更ながらに実感したよー……」
八日前まではち切れんばかりの膨らみを見せていた巾着も、今は萎んで空同然となっている。その散財ぶりはこの狭い街の経済において、計りしえない貢献度と言えよう。
大金を大金として右から左に移すように使うのではなく、食事限定ではあれど少額で街全体へと万遍無く振りまいているのだ。正に貨幣流通の『動き続ける』を体現する行為である。
「つかよ、オレはこの薬を使わなきゃなんねえ当人の前に出してんだよな。この食いっぷりで思い出したけどよう……」
ヨミスケ自身は本体がウサギであり、人族の食事は基本的にとらない。
だが人としての感性を残してはいるので、その人外の食事風景に幻の胸やけを感じさせられていた。対してセイル達は時間が昼という事もあり、まだ食欲をそそる程度で済んでいる。
そのセイル側の今日のメンバーは、セイルにグウェリの基本に加えて検閲の仕事が終わったヒノとミィノが加わっている。兵士は随行していない。
ならば護衛はというと、このメイド達は最下級の兵士並みの護身術を習得しているので問題は無い。というよりも、グウェリが居る時点で誰が居ようと関係無いとも言える。
「まあ、依頼の内容からすると薬自体が必要ない気もするんですけどね。依頼者さんもヨミスケさんが対象とする当人に会うなんて予想してないでしょうし」
「そう言われりゃそうなんだがよう」
実は既に知られているとも言えないヨミスケである。
グウェリ以外の者達も人並みの食事を済ませ、一人を残し食後の茶で和む中、ヨミスケが依頼の追加要項を話すと、案の定、異を唱える者が出た。
ウルに随行したフウノから、ここ最近の戦闘の経過を聞いていたミィノである。
セイル自身も此処、温泉砦の経過を知っている分、安直に頷くわけにもいかない。
単に祭壇を得たとしても、以降の領地化にはかなりの時間がかかる。話の流れからして“くれる”という領界の支配者の手続きをするのはセイルという事となるが、セイルはこの騒動が済み次第延期したウルの指示を再開しなければならない身である。
率直にそう言えば、『だよなあ』とヨミスケ自身が頷く始末だった。
「おぬしの依頼者は祭壇の機能を知っているようじゃの」
ヨミスケが依頼内容の変更を無理と判断し、セイルがこの後の段取りを考えていた時、グウェリが一言、意味不明の言葉を発する。
が、予め忠告をされていたヨミスケは即座に対応できた。
「祭壇の機能?」
「祭壇はの、その支配者同士で互いに祭壇越しの対話が出来る。その依頼者はどこぞの領界の支配者という事なのじゃろう」
「「えっ?」」
「我に謝罪すると言う事であったそうだが、直に会わずに済まそうというのか、それとも会えば我に滅されると怯えとるのか、中々策を弄する知は有るが性根は見下げた輩といった感じかの」
「「おっ……おおおぉぅぅ……」」
対応できたと思ったものの、その爆弾のような内容には絶句するしかない。
この世界においての古参とも言えるヨミスケすら知らなかった事実であるし、依頼者である元魔王がその予想通りの立場だったのなら、『あんの馬鹿野郎、魔族捨てて何暢気に隠遁領主してやがんだ』と吠えたくなる状況である。
かたやセイルは、新しい情報に妄想中だ。『魔力による電話』みたいな物なのかと連想し、グウェリが“対話”と言っていたのを思い出し、ならば『テレビチャット?、いやここは古風にテレビ電話だろうか?』と内容を膨らませている。
他の者達は残念ながら想像の埒外の内容なので表情が疑問符で染まっていた。
そして、グウェリから更に詳細をとセイルが言いかけた時、僅かな微震と室内が暗くなる現象が起きた。
正確には外が異常に明るくなり、そのコントラストによって室内が暗く感じられたといった状況である。
セイル等だけではなく周りの人族は皆異変に気づき、当然のごとくその現象の元へ、即ち店の外へと飛び出した。
まだ異常な明るさは続いている。その光源は容易に判別できた。
中央領界を丘の頂とし、魔族領域側を岩山の壁でガードしている温泉砦。その岩壁の東側から光は発せられていた。
その強烈な光量はセイルにとっては富士山からの御来光という言葉を出させる様相である。そしてヨミスケには───
「東の方向ってか、なら『自由都市領域』……じゃなくて隣接する魔族領域の『蛇頭族』ってとこかよ」
使いの報告通りに、元魔王は魔族の領界の支配種族を殲滅したらしい。この光が祭壇の解放なのか単に攻撃魔術の効果なのかは知らないが、ちゃんと有言実行したのだろうと察したヨミスケであった。
「さてと、依頼者は坊主にくれる報酬を用意したようだぜ。ま、坊主にゃドラゴンの通訳を推しつけるようなもんだろうがな」
「はあ……、でもまあ、すいません。僕の一存でこれは決めれないです。父上に窺って、それからにナリマスネ」
「まあ、だよなー」
「セイルの身の安全なら問題無いのだがのう。寧ろ近いから飛んで連れてやれるのだがの」
セイルの背後に突っ立ち、テンプラの盛り合わせの皿を片手に暢気にボヤくグウェリである。
因みにこの店の味付けはシンプルな塩のみなので、こうして立ち話をしつつも皿からは秒速で盛り山が減っていく。揚げたてであるのでパリパリと咀嚼する音がヤカマシイ。
「うん、でも、“それでも”なんだよね。……僕は前科持ちだから、さ」
かつて行方不明になってから、以降の行動報告がかなり厳しくなっているセイルであった。滅多に怪我を負ったり死んだりという心配は無いのだが、それと“居なくなる”とは別の問題なのである。もしまたやろうものなら背後に控えるメイド達から即座に母、マリシアへと報告される。
つまりそれは、帰ったらまた長期抱き枕生活となる事が確実となるのである。
いきなりドンヨリと暗くなったセイルに、意味は分からずとも同情するヨミスケ含む全員。結局、今暫くヨミスケには店に待機してもらい、急ぎウルの元へと報告する事となる。
外出許可の有無に関わらず、早急に返事を寄越すと約束し、仮設領主の館へと移動するセイル達であったが、結果から言えば外出は許可された。
元々セイルの再遠征予定の物資は集め済みであるし、温泉砦から前線基地兼本陣であるサイリュウ砦には目視の光通信も届く。
つまりセイルの遠征先を変更しただけという事になったのであった。寧ろ一度本陣に戻って南下する行程に比べれば、温泉砦から直接東方へと移動できる此方の方が遥かに近い。
前もって移動準備を終えていた本陣の部隊を急遽温泉砦に合流させ、それから東方へと移動するとしてウルは許可をだしたのである。
そして翌日早朝、礫級殻徒を満載した獣働車三台に騎獣機一騎を積載した従者トレーラー、更に十三機の壁級殻徒という大所帯が到着した。
「既に祭壇が解放されているとの事なので、殻馬の部隊同行は見送りました」
部隊の大将はセイルであるが、実際の部隊運営など執れるものではない。代わりに実質的な指揮をとるウルの腹心である青鬼人の老騎士が部隊構成の報告をして来た。
殻馬を運営して発見した事だが、単なる移動においては通常の馬を駆るより遥かに長時間の行動が可能となる。しかし、戦闘という状況では各搭乗者の消費魔力にバラつきがあり、戦闘途中で魔力切れとなる騎士が多かったという事態があった。
既に対策として、プロトタイプ同様魔蜃炉を組み込む事で魔力切れを防ぐ事になってはいるが、肝心の魔蜃炉の用意が追いつかない。
それもあって迅速な進攻が必要とされた今回は参戦を諦めたのであった。
さて、今回は基本仕様で魔蜃炉を搭載する壁級の殻徒が多く配備されたが、その仕様上から壁級は四体で一部隊と数えられる。
つまり三部隊分があるわけだが、そうすると何故か一体、余分が出る事となる。
そしてその一体は、あまり壁級としての仕様を持っていない、言うならば礫級に近い外見を有する殻徒となっていた。
「おう、坊っちゃん。土産を持って来てやったぞー」
「あっ、親方ぁ!」
そう言って現れたのは城内鍛冶工場の責任者、ダンゲル親方である。現在は本陣で武具類の整備長として詰めている男であり、ここで再開する事はない筈の男との、暫くぶりの再会であった。
防塵用の巨大な外套を肩からかけた異質の壁級殻徒は、頭部を青灰色に塗装してある事から特別仕様なのはよく分かる。
塗装は錆等の腐食防止の効果を得られるが、巨大な物ならばそれだけで何十~何百キロの重量増加の原因となる物でもある。つまり形態維持魔力のコストが増大する事となる。
駆動時間を左右する使用魔力の低コスト化は殻徒運用の最大たる命題であり、故に礫級には必要最低限の塗装以外はされない地金剥き出しの仕様となっている。
魔蜃炉を使う壁級も基本は同じだ。戦闘以外に使用する魔力は極力抑え、腐食対策としては整備役の者が小まめに手入れをしているのだ。
ならば全身塗装を施す機体は何かと言えば、戦場でも良く目立つように、特別な者が搭乗し、戦場にて重要な役割を担う物に他ならない。
つまりは、指揮官か領主が使用するという事だ。
「セイリュウ・セイル・ディムオウグ様専用、壁級殻徒の遊撃仕様機だ!」
マントを翻すように外套が剥がされ、その全身が露わになれば、青の濃淡を染め上げられた全身が朝日に映えた。
全体的なシルエットは量産された壁級と大差ない。しかしフェンスを展開する後背部の副腕はその機構ごと取り外され、代わりに様々な携帯用の武装が取り付けられていた。背後から見れば巨大な剣や斧、モーニングスター等が専用らしい接続用のラックで背中に直接固定されている有り様である。
「親方ぁ、なんか物々しくない?」
「いやなあ、倒立のバランスが元々背中の副腕込みな大重量に合わせてあったもんだからよ、とっ外したはいいが今度は立てなくなっちまったんだよ。だからまあ、間にあわせに背後を重くしたんだ。ああ、武装は全部外しても安心だぞ、ちゃんとラックのみでバランス取りは済んでるからな」
「うわぁ……、なんか親方らしくない仕事だぁ」
あんまりな仕様に親方をジト目で見上げれば、ダンゲルも同じような目付きでセイルを見下ろしていた。
「まあな、“予定”じゃ副腕はそのままに中~近用の武装の追加や装飾だけして終わらせるつもりだったからな。坊っちゃんが“予定通り”殻徒の操作を覚えてくれるって計算だったからよう」
「あー……」
ワザワザ礫級殻徒を壁級殻徒の操作仕様とし、思考のみの操作と武装の手動選択という並行操作の習熟をさせていたにも関わらず、この侵攻作戦に引っ張られてしまったセイルに訓練を途中放棄させる形となってしまった。
それでも、この温泉砦の騒ぎが無ければ訓練再開は可能だったのだ。だが実際は他の用事も縦続きに加わった事で、現状城へ戻る事すら未定となっている。
ならば完全に延期にという案も出たのだが、現在セイルが居る地は魔族や魔物も日常的に現れる場所であり、一部の者からセイルの安全性の向上を耳にタコが出来る程言われ続けた親方が、根負けして作りあげたのが今回の特別仕様殻徒だったのである。
「あー……、親方、母上が御迷惑をおかけシマシタ」
「まぁ気にすんな」
というわけで、人体の基本仕様とする事で感覚の違和感を減らし、武装交換は身体を使うように持ち換えて行う事にしてある。ただし武器の持ち換えはゲームコントローラー式の選択方法とし、その作業はボタンを選択して決定すれば自動で行われる。
多少行動の自由度は減るが、四メートルの鋼鉄の巨人だ。その隙を突かれて危機になる可能性も少ないだろうと無視した行動パターンになっている。
そして量産品と露骨に違う部分として、腕部の関節が一つ増えているというのがある。
元々胴体の過度な駆動は無い仕様の為に壁級殻徒の腕部は自由度が高く作られている。人の腕というよりは猿人の腕といった長さであるし、基本仕様で肘関節が二つあるのも構造強度を失わない範疇での可動機構という仕様の為だ。だがセイル専用機はこの関節がさらに増えて三つの肘関節を持っている。肩から肘にかけての上腕部が丸ごと一つ追加されている形なので、全体的な長さも増えていた。
これは背後に無理なく腕部を届かせ、武器を交換させる為の仕様変更である。
甲冑的な鋼殻という構造状、人体的に自らの背に手をまわす事は不可能なので、それを解消する手っ取り早い方法が腕を伸ばしてよく曲がるようにする、という事だったのである。
「『不壊』の魔術機能があるからそう心配はしてねえが、それでも自壊しねえ構造に越した事は無いからな。それにこんだけ長い腕なら武器が無くても振り回して殴るだけで充分な慣性力を破壊力に転化できる。よっぽど大物でも相手にしなきゃあそのスイングにダメージが返ってくる事も無かろうよ。なら坊っちゃんが中で揺られまくるって事も無いわけだ」
殻徒を使用する者は総じてクッション性の高い襦袢を着ている。これは打撃を繰り出し、また受けた時の衝撃を生身に伝えないようにする為なのだが、それでも瞬間振動は地震の深度六程度で感じる。慣れなければ容易に脳震盪を起こす事もある揺れだ。
どんなに頑丈な鎧でも、結局は着る者の強靭さも求められる事となるのであった。
「でだ、坊っちゃんよ。この殻徒に名前は付けるかい?」
「えっ、名前?」
「一応坊っちゃんは大将って事になってるし、指揮官機とか特別な奴は外見も目立たせるし固有機体名も付けるんだよ。なんかトラブルがあった時に『セイル坊っちゃんの殻徒』とか呼ぶのは面倒だろ」
「なるほどぉ、父上の騎獣機が『ブル・ブレイザー』って付いてるのと同じって事なの?」
「まあそうだな、因みに御館様はこの殻徒を『ディディ・ブル』って呼んでたな。あくまで仮名でだがよ」
『ディディ』とはこの世界の意味的には『小さい』とか『劣化版』といった内容になる。
「ああ、ちゃんと角もついてるもんね」
「うちの殻徒の基本な意匠だからなあ」
青鬼人を中心として構成されるディムオウグ領の兵は、兜に二本角を意匠するのが基本である。その外見を見た者達が『鉄鬼兵団』と称し始めたので、それをそのまま使用する事としていた。
その中でもウルは角を牛のようにデザインする事に拘っていて、ブル・ブレイザーが牛なのもそこが理由であったりする。
逆に家臣が使用する騎獣機が一本角なのは、遠目にウルとの視認がし易いようにしただけであったりする。最も騎獣機の本来の使用目的である攻城用の槌としては、巨大な杭であるライノ・スパイクの方が優秀であるので、ブル・ブレイザーは趣味全開で作られていると言っていい外見なのであった。
セイル専用機も角の形状は牛を模している。当然ウルの趣味が反映されたのである事は明白だった。
「父上が付けたんなら……だけど、“ディディ”はなんかイメージ無いなー……。んー、じゃちょっと変えて、『リトル・ブルー』にしよう」
「ふむ、あんまり聞かない語路だな」
「リトルは『小さい』とか『子供』とかいう意味でブルをブルーって伸ばすと『青』って意味になるんだよ」
「ああ、もしかしてギフティスの言葉か?」
「そうそう」
「まあ、韻の含みは何か違うが、語路がいいのは呼ぶのに楽だな。んじゃ、御館様と指揮系統にはそれで伝えといてやろう。で、その間坊っちゃんはコイツの馴らしをしといてくだせい。壁級は自分で歩いてく事になってますからね」
「はいはーい」
名付けた事で弄りたい気分が大きくなったセイルは、今にもよじ登ろうという感じである。親方も焦らすつもりは無かったが、しばらく見なかったセイルの体調を確認するまではホイホイ乗せるわけにはいかない。
しかし特に注意する違和感も感じなかったので、このまま暫く遊ばせる事にしたのである。もっともお目付け役を付けるのは決めているが。
「んじゃ、ヴィル軍曹を付き添わせるんで操作の分からんとこは聞いてくだせいな。後、不快感出たら無理しないで降りる事」
「はいはーーい」
ヴィルの乗った壁級殻徒が手の平を差し出し、リフト代わりしてセイルをコクピットまで持ち上げる。頭部自体がヘルメット型のハッチになっていて、胸部の中に降りるように鞍型の座席に着座すれば、そこからセイルの魔力に反応し、ジェットコースターの固定具のようなハーネスが展開して身体を固定する。これでちょっと揺れた程度では座席から放り出される事は無い。
練習用であった殻徒と違い、下半身はただ座る、というか跨るだけとなっている。
右手と左手は各指の数だけスイッチが付いた取っ手である。それぞれのスイッチに対応した武器が設定されていて、一度押す事で装備、もう一度押す事で装備解除となる。なにかを装備していて、別のスイッチを押せばそのスイッチに対応した武器に持ち換える事になる。
それ以外の行動は全て思考のみで行う。取っ手はただの取っ手であり、レバー的に動かす事も出来ない固定式であった。
その思考操作が苦手であったセイルなのだが、親方がそこらへんを念入りに調整してくれたのか、なんとなくだが違和感なく動かせるような反応を感じたセイルは、ゆっくりとではあるが第一歩を踏み出しすように意識した。
僅かに持ち上がる右足、爪先をギリギリ地面につけ、まさに人がスリ足をするかのような繊細な動きをみせて前方へと運ばれる。
残る左足でのバランス取りも不安は無い。
セイルはまるで自分の足を動かすように殻徒の足を動かして、駐機されている街道に沿ってほんの一歩移動しようと位置取りしかけ、つい、街道脇の荒れ地まで大きく足を伸ばした挙句、その着地の感触のズレに姿勢を崩して呆気なくすっ転んだ。
「あばばばばっ、ぶくぶく」
顔面から倒れ込んだ先が折しも温泉の溜め池だった事もあり、機体の隙間から浸水した湯で溺れそうになったセイルは、慌ててヴィル軍曹に助けられたものの、ショックでベソが止まらなくなるのであった。
かたや倒れた事で激しく揺れた地面のせいで、一度はその場の離れた親方はじめ、近場の兵士の大半がセイルの御茶目を目撃する事となり、暫く微笑ましい爆笑の時間となるのであった。
結局、部隊の出発はセイルの馴らしが型になる昼過ぎまで延期となったのであった。
〈~続く~〉




