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リトルオーガ in カレイドスコピカレード  作者: 雲渚湖良清
幼児の章【三】 青い児鬼とカラクリ魔人
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魔王の理

 まだまだ未完成であるクサツの街の領主の館(仮)。

 昨日に引き続きメイド部隊は露天風呂でノックアウト状態で浮かんでいた。

 更にはそのメイド部隊のサポートとして肉体労働に勤しんだ兵士達までが同じように浮かんでいる。さすがに数日間連続の検閲作業は屈強な青鬼人でもキツかったらしい。男女共に全裸でいるにも関わらず、欲情する体力すら尽き果てて半場溺死寸前で爆睡中であった。領主館内専門で働くメイドや召し使いは精根尽き果てた連中が湯に没しないよう、しきりに寝転ける体勢を直し続けている。

 その様子はまるで、グツグツ煮込まれるオデンの具が満遍なく出汁が染み込むように、小まめにひっくり返されるようであった。


 だがヒノとミィノの率いるメイド隊の奮闘のお陰で、街を構成するほど集まった検閲待ちの渋滞は日没寸前で解消された。現在も待機場には多くの資材が残っているが、それらは全て検閲で弾かれた物だ。どれだけ待とうが決してクサツの街へは入れない物である。

 明日以降、それらは徐々に此処を離れる事になっている。そうすれば外壁周りに発生したバラック製の町並も消える事になるだろう。主街道沿いは湯気漂う野原と化し、やがてはクサツの街のなにかの施設が増築されるのかもしれない。


 そう、ディムオウグに関する者達は考えていた。


 だが実際には、この商人街はしばらくその姿を維持する事になる。


 城塞都市としての機能を優先されるクサツを始めとしたディムオウグ家直轄の街は、当然戦時施設が優先して作られる。故に、まだ一般人はほとんど閉め出される事となるのだ。

 だが、この領界とその領域の『温泉地』としての知名度は、既にここに逗留した商人達によって他領域へと広まりつつあった。それには噂特有の尾ヒレもたっぷりと追加され、『不治の病を癒す場所』として拡散する事となる。

 そこに救いを求める者が、やがて商人と入れ替わるように集まってしまうのだ。彼や彼女らの熱意は尋常ではない。座して死ぬだけという者が縋った最後の希望である。ウルが設置した関所の機能も、言わば“湯治”に集まる者には効果もなく、まだ砦としても街としても完成しない所へと押し寄せる事となった。

 それらを受け入れたのが、最終的に商人街だったのだ。


 その兆候を見たウルは、これ等の問題に対し早期決断を下す。

 幸か不幸かこの地の温泉は冷める事がないし、その薬効にも距離に対しての減衰がない。なのでクサツからは離れつつも、その源泉の流れが自然に溜まる箇所の幾つかを露天風呂に整地し、その周囲に湯治施設の土台のみを作って管理は商人街の治安を自主的にする連中に丸投げしたのである。


 条件は破格だった。現状の防衛や街道交通への影響の無い限定指定された場所ならば、ディムオウグ家の利権を一切求めない自由地帯と化すという事。それは経済面も含めてという事で、言わば自由都市の存在を許したという事になる。

 が、それだけでは単に土地の所有を放棄したとも取られる事だ。当然、支配者として絶対の楔が打たれる事になる。

 それは『決定した全ての事はディムオウグ家の独断で変更する』という内容で、ある日突然、商人街の終了を宣言し、“実行する”可能性もある。という事だった。


 そこを根城にしようとする商人達は反発するが、『嫌なら去れ』で落ち着く。傍若無人な物言いも、この領域の支配者としては極当然の事だ。だからこそ、『支配者』を名乗れるのだから。

 ダメ押しとばかりに、ディムオウグ家に近い商人が殻徒を借り使って簡単な、それでもバラック同然の街に比べれば頑丈な宿泊施設を作り始めれば、手のひらを返したが如く条件を飲んでいった。

 商人(じぶん)達にしてみれば、街を作り上げた現状の流れから『領主の代わりに“やってやる”』という意識だったのを、『許されて“やらしてもらっている”』に思い知らされたのだから。


 商人という存在は社会にとっては必須な存在ではある。だが全ての商人が必要なわけではない。

 元々領主は自分に必要な商人は確保、保護しているものだ。ここ、商人街に集まった商人はほぼ全員がその対象にならない有象無象なのであるから、どんなに強気だろうが他領域での実力者であろうが、今この場において支配者ウルの采配次第では『無価値』と断じられてもしょうがない存在でしかない。

 ましては先日の検閲において入領不可とされた者がほとんどである。

 無価値どころか、他領主のスパイとして『害悪』認定そされ、処断されてもおかしくないのである。


 流通の滞りから発生した商人街が、発生した故の次なる変化に曝され始めたそんな頃、セイルは自室に籠りヨミスケより貰った二冊の写本を読破解読し続けていた。


 『魔王の戦術書』、または『禁書』。セイルと同じ祝福されし者(ギフティス)として転生した魔族の王、その五代目の魔王が“何か”を記した書。

 そして、セイルや魔王と同じギフティスであるヨミスケでは読み解けなかった謎の書。


 それは何故なのかという疑問は、ウロコの騒動の間を縫った斜め読みでの直観でだが、何となくは分かっていた。要は書く者の時代の常識が違い過ぎたのだ。


 元々日本語は漢語に『カナ』の追加及び漢字と同等の表記をするようになったものだ。その変化が更に時代を重ねる事で複数の方言的なアレンジを各地域で同時に起こし、何かの機会で総合的な統合を受け、また分散していく。その繰り返しの最終的な形が現代の日本語である。

 当然その最終的という観念も、セイルの“青涼”としての主観でしかない。その変化を勉強科目として学んだからこそ過去の変化は知識として“ほんの少し”覚えているが、余りに異質な物としか感じれない古語には、果たして本当に昔の日本人はこんな言葉を話していたのか?というくらいの印象である。

 ましてや、未来の日本語の変化など想像する事もできやしない。青涼として生きた数十年ですら大量の『死語』や『造語』を生み出しているのだ。普通に会話に混じってきていた英語を始めとする諸外国の単語も、エセ外国人のような発音でまるで日本語のひとつのように使うものもあった。それらが将来は本当に日本語になっているかもしれない。『天婦羅(テンプラ)』だって、元々は外国語だったのだから。


 そういった事を考えながら写本を読むセイルは、その内容の“時代”を大体ではあるが推測できた。


「これって、“昭和の同人”だよね……」

「ショウワノドウジン?」


 セイルのサポートとして駆り出されたコルメットが、始めて聞く言葉に疑問を抱く。だがセイル自身は写本の内容に集中していて、今の言葉も意識して発したものではなかった。その集中からコルメットの疑問の言葉も聞こえていないようで、しばらく反応を待ったコルメットもセイルに余裕が無いの察し、もう一冊の写本、野良魔族の聖書のほうの解読を続けることにした。


 こちらはこの世界の言葉なのでコルメットには普通に読めるのだが、その内容は破綻しているし、読めない程の乱雑な書き方もされている。その部分をまだ語意の少ないセイルでも分かるように清書してもらっているのだった。


 そういった意味ではこの作業は中々厄介だ。短文としては成り立っているものの、それを含めた全体像ではまるで意味を成さないような書き方になっている部分が多い。単に読み流すには勝手にその当たりを脳内で補完して整合化してしまうのだが、改めて文章化する場合、全てを読んで構成し直すような手間がかかる。

 既に五~六回は通しで読んでいるのだが、いざ書き起こそうとすると途中で破綻してしまい、新たに意味の解釈変更に時間を取られるのだ。

 こう徒労に終わる作業を何度も繰り返すと、妙な頭痛に襲われる。セイルが解読している方に比べれば二割もない内容なのに、コルメットの感想的な進捗状況としては遅れているような気分であった。


 だからか、セイルの無意識な呟きに現実逃避的に反応してしまったのであった。


 一方、セイルはセイルで“解読”には苦戦していた。

 読むことはできる。意味も大体はわかる。その内容はセイルの中の青涼の知る日本人とは少し異質だが、その異質がいわゆる『世代ギャップ』である事も推測できる。

 『昭和の同人』と言った感想はそのせいだ。物事に対する常識や生活に使用する生活雑貨の感覚が微妙に重ならない事が書かれていて、つい、気になって集中を削がれたりする。加えて───


「(なんかこう、とってもポエム臭過多で背筋がゾワってくるよねー)」


 まるで読まれるのを狙っているように、要所要所にカンに障る『短行詩』が挿入されていたのだ。戦術に関するネタにおいて、セイルが温泉砦を作る際の地形変化と同様の、但し深い谷を作成する流れの要害戦術を記した中に、唐突に『絶壁の縁には植樹もしよう。移動阻害を狙うなら栗の木がいい。イガが役に立つし、美味しく食べられるのは尚いい。これぞ正に“栗ご飯がー!(クリフ・ハンガー!)”だ』である。


 精神の油断を狙うようなタイミングで、どこぞの空耳系のネタかとツッコミたくなる脱力系の物が仕込まれ、気力を根こそぎ奪っていく。

 更に同様の戦術ネタかと思えば、実はふと思い立って書き記した、それこそ同人誌用の創作プロットが長々と書かれていて、終わりのほうでは青涼の記憶にもある商業アニメのパクりで落ちていたりとフリーダム過ぎる内容なのであった。


「うん、魔族が弱体化したのって、分かりすぎるほど分かったよ!」


 こんなものを戦略行動規範にすれば録な結果にならない事はわかる。が、しかし、それはセイルがその内容を理解できるからこその感想だ。

 もし、この単に想像……、いや夢想でしかない“戦術”を始めて見聞きしたらどうなるか?、歴史的な事実として魔族は弱体化はしたがその戦い全てに敗けをきっしたわけでは無い。この夢想と妄想と、セイルには分からなかったが魔王が知った“事実”からの世界の解釈が記された、言わば魔王の日記帳は、確かに戦術書としての機能を持っていたのである。


 結果的に、セイルが写本内容の把握を終えたのは四日後の事となる。前日にはコルメットが分担した範囲を終えており、最初はセイル自身が翻訳をしようとしていたものの、それはセイルの朗読をコルメットが筆写する事で落ち着く。


 そうして更に二日後、原本から直に写されたという写本の初版と、数千年の後の変質するだけしきった末期の写本、二冊の翻訳が完了したのだが、実はセイルにとってはこれからが本番である。

 二冊の写本に共通する、最初の違和感としてセイルの気になった箇所。その部分の読み直しだ。

 『ドラゴン』に関する内容、それも二千年前の、グウェリを苦しめた魔族の作戦概要部分。それそのものの。



 ◆  ◆  ◆




 魔王領界は魔王城、その中心である魔王のみ入室できる祭壇の間。

 魔族存亡の危機に六代目魔王であるエイムは五代目魔王ハポリムと定期的に連絡を取り合うようになっている。


 この連絡は何処かの祭壇から別の祭壇へと、その場にいる者同士が姿と声を届け会える、いわばデスクトップPC同士のテレビチャットみたいな機能なのだが、当然のように相手がその場にいなければ連絡が成立しない。

 だから最初の再会となった連絡は、ある意味奇跡が巡ったと言える事なのであった。まあ、ドラゴン騒ぎ以降にハポリムが折を見ては連絡を入れてという事を繰り返し、たまたまそのタイミングに合う時にエイムが来たという、些かエイム主観の奇跡にはなるのだが。


 祭壇の機能としては、こういう連絡を使用した場合周囲に誰もいなければ虹のスペクトル発光による視覚効果と軽やかな鈴の音が鳴り響く、正に電話の呼び鈴のような状況となるのだが、祭壇自体が完全に外界から隔離されるのが常識でもあるのでその事実が知られる事もない。

 エイム自身も祭壇にそんな機能があるとは知らなかった。ハポリムが失踪する寸前、『魔王(おまえ)の手に負えない事があったら祭壇の間に入れ』と言い含められた事ではあったものの、そんな連絡があるとまでは聞かされてはいない。

 あの日あの時、エイムが祭壇の間に入ったのはハポリムからの言葉があったからではあるが、エイムにはハポリムとの連絡を取る意思はなかったのだ。

 単に先の見えない不安を嘆く為に、強き魔王として行動する為に、配下の誰に醜聞を晒す事のない場所として、ほんの一時思いっきり嘆く為の避難所として、ハポリムの言葉をキッカケにした行動だった。


 本来の予定では、一頻り感情を爆発させたら消極的な魔将軍共を力づくでねじ伏せ、総力を上げての領域拡大戦を展開するつもりだった。

 例えそれが最終的にドラゴンとの戦いになるとしても、そして使えるかどうかの判断が未知数な野良を含めたとしても、魔族の戦力が充実している現状が、僅かでも減少する未来よりも確実に総戦力としては大きいからだ。


 そう判断せざるをえないほど、魔族は確実に衰退の方向へ進んでいるのである。


 現にあの野良とドラゴンに関する最初の会議で、エイムが解散を命じた後にする必要のないイザコザで魔将軍が二体、刺し違えてリタイアした。その原因は実に些細な罵り合いだ。死んだ片方はエイムと同族となるソロモン系の悪魔族なので早々に復活はしたが、新しい身体は数十年は本来の能力を発揮できない“衰弱”状態だし、もう片方は完全に別の種族なので復活は無理だ。大佐クラスの次代がいるのでやがては“将軍”として復帰はするのだろうが、そちらも数年は期待できない。


 そんな相も変わらずの共食いの癖は抜けず、さりとて人族へと攻撃に乗り気な者もいない。この数百年そういう状況を観ているエイムには、既に魔族の滅亡は決定しており、そこへと至るスピードに変化があるくらいにしか感じれない有り様なのであった。


 結果的にその判断はハポリムの登場によって保留となった。

 既に何かの行動を取ったのか人族の侵攻は停止し、ドラゴンが野良を駆逐する情報も無くなった。エイムが分担する人族への対応も、とりあえずは詳細な情報待ちしかない現状だ。

 強いて残る問題といえば、完全にエイムの予想を超えた『環境問題』だけである。

 だがこれが中々、別の意味で魔族存亡の危機になりつつあったのだった。


 半月前より領界線から流れ始めた滝。

 湯気を立てる温水の滝は全部で三本。二キロの落差をものともせずに瀑布として降り注ぎ、その真下の領界を巨大な温水湖へと変貌させた。

 元々は平地の領界であった筈なのに、その水圧は簡単に大地を抉り上げて今は約三十メートルの水深をもつ盆地へと変貌し、三本の滝それぞれが作り上げた湖は現在では結合して四つの領界を跨ぐ最長五百キロの細長い様相を見せていた。

 更に自らが作り上げた器を溢れた温水は、地形に沿って別の領界へと繋がる大河となったのである。


 幾つかの魔族の集落を飲み込んだ湯の大河。それらの被害は甚大なのだが、実はそれ以上に甚大な被害なのが、“大河の利権を巡る魔族同士の対立”なのであった。


 温水の大河の原因が人族が支配した領界の泉によるものという事は、既に人族領域へと諜報用の眷属を放っている魔将軍、『ナフラ・賢愚ノ境』によって知らされている。

 その温水が永久に冷めない『オンセン』という物である事も含めて。

 そしてそのオンセンが、魔族にとって“劇薬”である事が分かると、その独占を目論む者同士の内乱が発生したのである。


 人族とセイルを始め人族となった蛮族には精々精神的肉体的に癒しと快癒を与える温泉の薬効が、魔族に属した者にとってはかなり過激に作用したのである。

 もげた腕や脚自体が再生すると言えば分かりやすいか。更に魔術に秀でた種族には体内に内包する魔力の増量がおきるなど、頭髪や全身が金色に輝きそうなスーパー魔族化が大発生したのである。

 この時点で五体に減っていた魔将軍が更に二体、種族同士の対立で共に死亡、どちらも復活不可能の種族だったので次代の成長に期待する事になる。

 いくら強靭化しても大佐クラスや中佐クラスでは現在の将軍クラスには及ばないし、そもそも指導者という資質が備わらなければ魔将軍に取り立てる意味もない。故にそう易々と円卓の席が埋まる事もなく、今の魔族はエイムと三体の魔将軍でまとめなければならない有り様となっていた。


「ああ、頭が痛い……」

「お察し致します。メェー」


 早々に今日の会議を終わらせ、ハポリムとドラゴンに関した進展の無い連絡を取り終え、エイムはここ数日、日課になりつつあるあちこちの内乱の状況をバルコニーからの『遠見の魔術』で直接確認しながら愚痴を呟く。それに律儀に相槌をうつ背後に控えた執事ニグラスであった。


 特に血の気の多い魔将軍が減ったおかげでスムーズに円卓会議が進むようになっのだけは救いだが、もう人族に対して強硬に出るだけの戦力が無くなったという事実は魔王にとっては絶望である。

 スーパー魔族となって下克上と意気込んだ連中が、現魔将軍同士の戦闘を目の当たりにしてその実力差を身に染みさせたのは収穫と言えば収穫だが、それで鎮静化した内乱はまだ一部でしかない。現にまだ───


「む、『青斑蜥蜴(イグアノス)』と『山猫獣人(マクバウル)』の小競り合いが起きるの」


 三本の滝の最南端に近い領界を支配域にする二種族である。元々の勢力としては山猫獣人が優勢な地域だったのだが、オンセン効果をより得た青斑蜥蜴の攻勢には最近圧され気味な状況となっていた。

 勢力均衡の変化から個体同士の争いが続いていたのだが、とうとう種族同士の正面からの激突になったという状況なのだろう、観るからに精鋭といえる格好の戦士団同士がぶつかり合おうとしていた。

 このままではそれぞれの種族の主力ともいえる集団が、共に再起不能レベルの被害を負うだろう。争いはこの二種族だけのものではない。周囲には戦闘の行く末を隠れて監視する第三者が山程いるのだ。もう、どちらが勝っても弱体化した二種族は滅びる運命が決まったような状況だ。

 それは魔王として看過できない。例え対人族への戦力とならずとも、今は魔族としての弱体化そのものを無くしたいのだ。勝手な滅亡など許す気など無かった。


「しばらく我の代わりに周囲を監視せよ。少し馬鹿共に灸を据えてくる」

「はっ、メェー」


 執事とメイド共に遠見の術を施した望遠鏡のような魔術具『越見筒(えっけんとう)』を複数配り、エイムの代わりに内乱の監視に当たらせる。この越見筒は魔族配下の種族の集落の位置を記憶していて、覗く者の視線をその方向へとを誘導する。更に今は能力の高い者、すなわち族長や戦士にあたる者へと照準するように調整してある。その対象が自勢力より離れて移動していたら、即ち内乱の兆候だ。


「さて、『我は魔王、エイム・ソロモニエ。(あま)照らす日輪、その最初の一条なる薄明の名を冠する魔女の末の次女なり───』」


 それはいわゆる『真名(まな)』という概念だ。存在そのもの固定する為の象徴、そして存在としての全力を振るう為の世界への宣言である。


「『───我が身は肉纏い在れど肉のみに有らず、魔王冠する全てにおいて在り、魔王冠する全てにおいて有る───』」


 『その者の真名を知ればその者を支配できる』セイルがいれば悪魔に関する知識として思い出すだろう。しかしその知識は不充分である。真名とは、言わば単なる“合鍵”だ。その存在の全てを把握できるだけで、その存在そのものを“制御”できるかは別の問題なのである。例え真名を知った対象でもその制御ができなければ単に暴走させるのが関の山、もしくは逆に支配されて傀儡と化す事になる。何故ならば、真名知る者を制御するには制御する方の真名も明かさなければならないからだ。真名同士を繋ぐ事で支配と服従は成立するのである。

 故に魔王であるエイムを支配できる魔族は存在しない。

 故に、魔王はその真名を隠す必要がないのである。


「『───我が身は在ろう、我が身に這いずり囀ずる者共の元へ。我、顕現しよう、我が身愚弄せし“元へ!”』」


 魔力を見える者がいたらエイムの身体が薄くなったのに気付いたろう。見た目ではなく存在として、まるで、中身のない膜のような存在に変じたように。

 その中身は今、対決しようとした二種族の中間に突然現れたのだから。

 見た目はバルコニーに座す姿と変わらず、少し輝いて見える半実体のような印象で、宙に浮き蜥蜴と猫の魔族を共に見下ろしていたのだ。


『我に無断でじゃれ会おうとは豪気だな。だが不遜ではあるがそれも善し』


 わざと獰猛に笑い見下ろす魔王(エイム)の登場に、青斑蜥蜴と山猫獣人は共に動揺する。が、各集団から全身の所々を金に輝かせた一際大きい体躯の個体が現れる事で平静へと落ち着いていった。各種族の長にあたる存在の登場である。


「オレたち、強くなった!。ダカラ、ネコ共を殺す!」


 青斑蜥蜴の長はそれが当然とエイムに吠えてくる。


「愚かな獲物は食い散らすのがワシ等の流儀だ。魔王様でも口を挟まれる事ではない」


 山猫獣人の長も静にだがエイムに従う気はないと宣言する。

 エイムの記憶によればこの二種族は精々が少佐クラスの強さな筈だ。だが集まった戦士らは平均して大尉クラスはあり長はどちらも中佐から大佐へとなる程の変化を遂げていた。温泉の影響をうけて増長してるのがありありと分かる様である。


 エイムとしてはこうなる事は最初から分かっていた。今でこそ敬われてはいるが、即位した頃は前の魔王より劣ると侮られ、その場で魔将軍を五体屠ってようやく認めさせたのだから。

 領界線に近い辺りの魔族は、その侮られたという頃の流言が色濃く残っていたりする。ともすれば、こうやって増長すれば心情の表に出る程度には。

 だからこんな機会を逃すわけにはいかないのだ。改めて、『魔王』という存在を性根に刻み込んでやる機会を。


『強い者が我を通すのは当然じゃな。そして愚かを晒す奴を食い散らすも道理じゃ。ならば我の理を犯して“それをしようする”クズを躾るのも魔王としての義務じゃて。さあ、お前らの理が我を越えるというなら、まずは我が理、踏みにじってみせるがよかろう』


 言葉に憤怒の“振り”を混ぜて見下ろした二体の長を睨むエイム。別に怒っているわけではない。あくまで“振り”だ。しかしそれだけで長達の増長した強気は霧散した。姿勢こそ啖呵をきった横柄なままだが、それは既に金縛りにあって動けないだけである。


「(ふむ、馬力が上がってもこの程度か。肉体の強化ならばそれなりだが、胆の方は情けないものだ)」


 簡単にケリがついてしまったが、このまま長を許すつもりはない。が、ついでを入れようとこの場を監視する連中も混ぜる事にする。


『強きを尊ぶ魔族とは思えぬ輩も居るの。魔王の前に平伏すのがお前らの義務であろう。疾く並べ』


 近くの灌木に擬態した木製の身体を持つ魔族、『樹妖精(ニンフィス)』が地中に埋めた根となる脚ごと引き抜かれ、宙を舞ってエイムの前に落とされる。ヘタリこむ姿は人族の女性と変わらないが、その肌は樹皮であるし擬態を解いた長い髪は柳の枝のようなものだった。魔王を前に怯える様子のみ妙に人間臭い。


 更に樹妖精が引き抜かれたその近く、土中からは魔族というよりも魔物ではないかという外見の者等が二体、強引に“なにか”に掴まれひきぬかれた。

 共に六メートルは軽く越える体長を有するチューブ状の身体の魔族で、片やしなやかながらも鞣し革のようなゴムの体皮の『貪腸蟲(グルワーム)』。ヤツメウナギのように、しかし人族のような作りの眼を幾つも持つ大ミミズだ。

 残る方は貪腸蟲と対象になるような外見である。『螺旋ムカデ(キャタピランサ)』という魔族で名の通りムカデの特徴持ちなのだが、その固い外皮と鋸歯のような多数の歩脚が円環状に捻れており、まるで精密ドリルかストローのようになっているのである。


 長大の身体をくねらせてもがく二体だがその頭部に当たる部分はピクリとも動かない。見れば樹妖精や山猫獣人、青斑蜥蜴の長らも同様に頭を“鷲掴まれ”たように、不自然な姿勢に固定されている。

 これは事実、エイムによって鷲掴まれているのである。単純ではあるが強力無比なる魔法、『念動』によって。

 地面スレスレに吊り下げられた五体の魔族、空中より見下ろすエイム、魔王の姿。


『魔王の理に異を唱える不遜の魂を宿すお前らを我は尊重しよう。その魂は我の物に有らず、誠、お前らのものだ』


 浮く位置を変え、青斑蜥蜴の長の正面に移動するエイム。二人を比べてみれば、人族と大差ない身体のエイムは青斑蜥蜴の体躯の半分もない華奢といっていい姿だ。その強さが身体の肥大に比例する魔族の常識にすれば、エイムの能力は異端といえる。

 が、圧倒される魔族五体は、己の常識など綺麗サッパリと捨て去り、強者に対する畏怖に支配されていた。既にその心中は悔恨一色に染まっている。

 しかし、既に許されるチャンスは逃していた。


『お前らを我から開放してやろう、その魂を持って去るがよい。我は我の物を返してもらえばいいのだ。なぁに、お前らが労もって返す必要はないぞ。我自ら、労してやろう。さあ、先ずは青斑蜥蜴の長(オマエ)からじゃ』


 エイムの細い指が長の額、小型の盾程のサイズもあるウロコの縁にかかる。指の動きに合わせ、抵抗もみせすに“ミチミチ”と音をたてて引き千切り取られていくウロコ。最後に“ブチリ”と、聞く者全てに例えようのない喪失感を与える音をたて、エイムを指に摘ままれたウロコはゴミのように放り捨てられた。


『さて、次は……、お前じゃ』


 エイムに睨まれたのは樹妖精。この種族に発声気管は無く、掌や指先を対象に接触させ、その部分を震動させる事で“声”を伝える。今は宙に浮かされ伝える対象が無いのが幸いか、絶叫の仕草をするも回りは静寂のままである。エイムの細かい芸当によって、吊るされた者で声帯を持つ種族は、煩わしい嗚咽が漏れないよう既に潰されていたのだから。

 僅かにウロコから張り付いた体液をこびりつかせた指が、徐々に樹妖精へと伸びていく。


「っ、──────っ!」


エイムを除くその場の全員が、聞こえぬ筈の叫びを聴いた。



<~続く~>


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