魔族の禁書
メイ・フォレスト改め『ヨミスケ』に促され、商人街から離れた水辺に近い野っ原へと移動するセイル一行。
そこはヨミスケが魔術薬の調合に使っていた場所なのだが、セイル達が知る事ではないし、ヨミスケとしてもわざわざ教える事でもない。
ただ適当に人気の無い場所まで移動した体を醸して、露天に使った敷布を広げ、『座って話そうか』という流れになった。
依頼の内容を余り大っぴらに話すのも信用無い事なので、兵士達は少し離れてもらう。
が、すんなり承諾とはいかない。兵士達はセイルの護衛なのだ。先程自分で“ただの商人ではない”と暴露した以上、ゴネる兵士に強弁にでるほど我をはる気はないと、口の硬い奴なら一人だけ、そばに付いていいという事で落ち着いた。
何より、既にセイルはグウェリの腕の中である。
これ以上安全な場所もなかろうと納得する兵士達なのだが、その様子を見たヨミスケに『本当に姉ちゃん、何者なんだよ』と呆れられる始末である。
だがセイルとしては、この配置はあまり歓迎できるものではない。
正直、セイル自身とグウェリのみの方が“全力”が出せると思うからである。一人頑固に付き従う兵士自体が行動の枷になるのだ。
それを承知なのか、この兵士、小声で物騒な事を言いだす。
「セイル様、グウェリ様、もしもの時は拙者は捨ておき下さい」
「いやそれ無理ー」
「潔く死にや」
正反対の応対を同時に返され、どう返事すればいいか混乱し、外面だけは寡黙を装う兵士であった。
一方、ヨミスケは、そんなセイル達を観つつも懐から一冊の書物を取り出してセイル達に見えるように敷布の上に置く。
これに即座に反応できたのはセイルだけであった。
『俺様のネタ帳』。そう乱暴な“日本語”でタイトルが書かれた冊子。漂白が足りずに薄茶に仕上がった、和紙に近い紙で作られたそれは、本というよりは閉じたレポートの束という印象の代物だ。
セイルが直感的に感じたのは自作前提の薄い本、『同人誌』である。
思わず“ネタ”の意味に邪な物が連想されたが、すぐに思い直す。さすがに今の話題に繋がる意味が分からないからだ。
“ぺらり”と表紙がめくられれば、細かい文字、やはり日本語が書き連られていた。
だが今度は、その内容に違和感が浮かぶ。
セイルは読めるのだ。何かのペンで書かれた、誤字を修正しまくられた乱暴な文章を。
多少文体の書かれ方に慣れないが、漢字と平仮名、カタカナや筆記体英語の混じり合う内容は読める。
そう、正に青涼にとっての現代文章なのだから。
そして違和感の正体は“それ”だ。
『江戸時代の人が書く内容じゃない』
少なくとも、これを書いたのはセイルと、いや、青涼と生きる時代が重なる者なのである。
「まずはオレの依頼の原因になった代物を見せよう。こいつは“禁書”と呼ばれる物、その写本の初版だ。ま、その反応だと中身の意味が分かってんのはギフティスの坊主だけだな」
魔族にとっての最大の禁忌である存在、『禁書』。その存在に驚くのはセイルだけで、グウェリと兵士はヨミスケの説明に“理解不能”という雰囲気しかだしていない。
逆に、この冊子の出所からセイルの反応は書かれた内容についてであって、本の存在自体ではないとヨミスケは推測できた。
これはヨミスケにとって大きな情報だ。
これで依頼人、あの古い馴染みの馬鹿野郎の生きた時代に探りが入れられる可能性ができたかもしれないと思う。
この写本は日本語ではあってもヨミスケの読める時代の物ではないのだ。
どうにも意味不明の単語が多すぎて途中で訳を投げ出してしまう魔書なのである。
であるから、写本したといってもそれは紙面全てを絵のように模写したといった方が正しい。誤字を斜線で消した後すら正確に描き写してあるのだ。もし文字を解読出来ていたなら絶対にしない描写である。
「だがまあ、ちっと失敗したな。なあ坊主、兵士の中に魔族に詳しいって奴は居るかい?、少なくとも、この辺りの魔族が“野良”って事が分かる程度でな」
「え……、野良?」
身内を眺めればグウェリは当然のように、兵士の反応も薄い。しょうがないので兵士を離れた仲間に走らせて確認させるが、こちらを振り返って“誰も知らない”と首を横に振る。
そこでセイルは、昨夜の温泉で聞いたウルの魔族退治でもチラリと魔族の違和感があるような事を聞いていた事を思いだした。
魔族という勢力らしからぬ、ただの土着な種族と化した蛮族的行動しかしない違和感があったという事を。
詳細はともかく、その内容からウルも魔族に関しては余り情報が無かったとは分かる。
つまり、ヨミスケの質問には『居ない』と答えるしかなかった。
そして露骨に呆れられてしまった。
何故か無性に申し訳無く感じセイルであった。
「あー、いや坊主がどうこう感じる事でもねーしなあ……、仕方ねえ、ちっと講釈混じりでいくかあ……」
こうして、剣呑な雰囲気の霧散した、交渉というよりは課外授業のようなものが始まってしまう事となった。
◆ ◆ ◆
第五代目魔王、『ハポリム・ソロモニエ・常闇照らし観る猫の瞳』の治世時代を知る人族はほとんどいない。
その頃の人族は、ろくに領界を支配すらできない土着種族に過ぎなかったからで、巨大勢力である魔族の全容など日々を生きるのに不必要な事だったのである。
魔族にしてみても、当時の“敵”と呼べる勢力は人族でない。『翼天族』と自称する今は遥か、西方の領域を生息域にする連中であった。
かつて、人族による皇帝領域は、魔族と翼天族の勢力同士がぶつかる最前線であり、互いに領域線を視認できるほどの狭さしかない些細な段差であったのだ。
魔族と翼天族の争いは『“個性”対“無個性”』の対決のような図式である。
突出する強さの魔族単体を、翼天族は魔族に劣る強さながらも圧倒的な数でせき止め、または押し返す。このようなせめぎ合いの繰り返しを続ける二大勢力だったのだ。
その拮抗を崩したのが、魔族の中心的種族、ソロモン系悪魔族に転生した祝福されし者、五代目魔王であった。
太古か異世界か、この万華の園なる世界の常識をことごとく踏みにじる奇策と新魔術をもって、戦場を蹂躙したのである。
しかし、それが一方的なものかというと正確では無く、自陣の味方となる勢力も少なからず絶滅という被害を出していた。
この両陣営の共倒れ的な状況に、自然発生というように台頭した人族の勢力。
折しも、突然行方不明となった五代目魔王と入れ代わるように、翼天族と魔族の戦端には人族が楔になるよう立ちはだかるようになって三つ巴の様相となっていったのである。
そうして数百年後、やがて勢力を西方の本拠地へと下げ、永く沈黙するようになる翼天族に変わり、魔族は新たに対抗勢力となった人族との勢力争いを続ける事になったのだが、今度は思ったように戦いを進める事ができなかった。
原因の一つは総合戦闘力の低下だ。
翼天族との総力戦となりかけたダメージが回復しておらず、主戦力となる種族も圧倒的に少ない。
そしてもうひとつ、強力なリーダーの欠如だ。
五代目魔王の直系親族である摂政が魔王代理を勤めていたが、異能に長けるギフティスではない。
結果の見える強さを重視する魔族勢力はこの魔王代理を侮る状況となり、強いカリスマの五代目魔王の残した“遺物”に縋る未来を選んだのだ。
その遺物が現在『禁書』として存在する『魔王の戦略書』である。しかしギフティスの文字で記された暗号じみた内容は残る部下には解読できず、辛うじて魔王自身に口語で訳された内容や、実行された戦略とのすり合わせ的な想像を交えた意訳の代物として写本が作られ、結果、色々と破綻した内容を記す狂気の書物と化した。
これを元に動く魔族は大半が一兵残らぬ負け戦となり、しかし、生き残る魔族にとっては稀代の戦略書となり、決定的にその戦力を減らすまで使われ続ける事となったのであった。
「その“決定的”って状況でな、多くの魔族は人族の勢力の中に斑な領域として隔離されることになったんだよ。魔族の中央領域とは完全に切り離され、孤立することになった。そして何世代も時が過ぎて、自分達の種族が魔族に属してるって自覚も消えたような奴ら、そいつ等を中央領域の魔族は“野良”って呼ぶようになったわけだ」
普通の蛮族として生きていく分には問題ない事になった存在である。
しかし、魔族の自覚が消えても残ったものもある。
ヨミスケはもう一冊、今度は獣の皮を鞣した粗雑な作りの古い本を取り出す。
「こいつも五代目魔王の写本だ。何世代目かの代物かは判別できんけどな。もう内容なんて全然別のもんになってる。ここらの野良は、こいつを“聖書”にした盲信者と化してんだよ」
魔王行方不明の直後から変質し始めた戦略書は、ようやく危険物という認識をされて回収される禁書となった頃には、何度も写本が繰り返されて原形を留めない内容となっていた。
しかも隔離されたような僻地の領域では回収すら不可能だ。
閉鎖された環境では知性の劣化も急速に進む。その半野生化に歯止めをかけようと使用した物すら狂気を増長する“魔書”である。
隔離状況からものの数十年もしないうちに、野良な魔族は偏った思想に完全洗脳された狂信者集団と化していたのであった。
「伝聞事だけどよ、青鬼の坊主の領域で最近ドラゴン騒ぎがあったんだよな?。この写本と同じ代物って事は分かんねーけど、ドラゴンに関する、それっぽい内容があるんだよな」
ヨミスケが開いた獣皮紙製の写本のページの一文には『強き力、ドラゴンを得る方法』と、こちらの、辛うじて読める言語形態で書いてある。
細かい部分は文字が汚いのもあるが、まだセイルの読解力では読み解け無い部分も多い。
しかし明らかにセイル自身の体験と符合する内容もあった。
(『ドラゴンの力を得るために、ドラゴンに抗しえる力を得よ』って、凄い破綻した内容だけど、この氷結の武具はそれそのものだよね……)
セイルの思索の表情に何かを感じるヨミスケは、一端、話を締める方向とした。
「今までの講釈で、ここいらの“野良魔族”の存在の理由と、おそらく坊主達の最近の侵攻のきっかけの事情になったんじゃねーかと思うが、どうよ?」
「つまり、最近ドラゴンに害為した魔族共は、その大昔の魔王の、とうに在りようの変わった魔書に踊ったという事なのかの?」
グウェリが当代の『イストの瞳』となって約二千年。先代から引き継ぐ事になったその時代でも、既にこの地方の争いは人族と魔族の図式だ。問題の魔王はそれより昔に動いていたという事になる。
もしかしたら先代よりも前に。ならばグウェリをもってしても“昔”といえる事だった。
「写本の出来によっちゃ魔王を責めるのも哀れかもしれねぇけどな。ま、そんな感じだ」
「なるほどの」
ここでヨミスケは、人の身体であったら取り繕えられない程の恐怖に支配されていた。
(なっ、なんで坊主じゃなくて“この姉ちゃん”が食いつくんだよ!?。つか思い出しちまったぞ。あの伝承に“出てきた奴”。『金の髪の女』!、つかじゃ、あのウロコって……、まさかよう……?、まさかあ!?)
「読めた!」
「うおおおおっ!」
沈黙していたセイルの突然の発言に過剰に驚くヨミスケ。
その奇態に逆にセイルに驚かれ、『いきなり叫ぶんじゃねーよ』と逆ギレで誤魔化そうとするが、セイルははなから気にしてないのか、二冊の写本のとある一ヶ所を指して話し始めていた。
「『天を舞うドラゴンが地に降りるが機会の始まり也』これは獣皮紙の方の、“ドラゴンの力を得る為の最初の文章”だね。なんでこれで“機会”なのか分からなかったけど、もう一つの方でちゃんと意味が書いてあったよ」
セイルの視線はグウェリに固定している。
つまり、この内容はグウェリに聞かせる必要があるという事になる。
ドラゴンに関する内容を“聞かせる必要”?、それはもう、ヨミスケの思いつきを裏付ける事でしかない。
「『どの属性ドラゴンも千年から二千年周期で食事を捕るようになる。この時、地上に降りて動物類を餌にする。餌に位置情報や座標発信の魔術を仕込む事で、ドラゴンに魔術の効果を転写でき、巣穴の確定ができるようになる』。つまり囮猟のスタートって意味だったんだね」
セイルの話しに顔をしかめたグウェリを見れば、もう確信するヨミスケである。
「我はその時点で謀られたという事か」
知らず駄目押しまでされた。
何故生者の通えぬ場所へと魔族が現れたのか?、その理由を悟り、その機会が来るまで世代を越えて待ち続けた狂信者という存在に、絶対の強者でありながらも震えのくるグウェリである。
セイルはまたしばらく写本を読み比べ始め、グウェリは自己の内面に悔恨を再燃させ、一人恐怖の衝動に耐えてるヨミスケを放置の形にした。
グウェリをドラゴンと知る兵士は、空気を読んだ以上、下手な発言自体が悪手と沈黙のままであり、外面だけは寡黙な侍とでもいう風体である。
段々と、ヨミスケが状況に一人怯えるのに馬鹿らしくなってもしょうがなかったろう。
もしくは、過度の恐怖に感覚が麻痺したとも言えたかもしれない。
やがて、『じゃ、話の本題にいくか?』とセイル達の注意を集め、みんなの視線が集中した事を確認すると、『これからが、オレが受けた依頼の内容だ』という下りから、再び長い話しが始まった。
◆ ◆ ◆
ヨミスケがメイ・フォレストを名乗るのは、青涼がセイルとなったのと同様に死の淵から生還したことがきっかけだ。
この世界では、元々本来の存在がメイ・フォレストなのである。
そして追加としての付属的な精神であるヨミスケが主人格となったのは、メイ・フォレストの種族としての特徴故の偶然であった。
が、それは今は関係ないの割愛する。
ただ、人格が丸ごと入れ替わったのを機に、メイ・フォレストはヨミスケの未知の世界への好奇心を優先し、それまでのシガラミを放棄して自勢力から出奔したのである。
そして、“冒険者”という立場になった。
以来二千年余り、この世界をブラブラ気ままに生きてきたのである。
「だがまあ、シガラミはそう捨てられなくてな。昔の悪友がどうやってオレの居所突き止めたのか、突然連絡してきて泣きつかれたんだわ。『やべー奴怒らせたんで、土下座の段取り手伝ってくれ』ってな……。てか坊主、なんで地面に頭突きかましてんだ?」
ドラゴンのウロコを必要とする依頼が、何故か修羅場後の後始末のような流れになったのに脱力したセイルである。
「というか、ヨミスケさん何気に長生きしてません?、その格好だから普通の人族とは思ってなかったけど……」
『これか?』と自分の腕、木製の義手をカランと持ち上げたヨミスケは、『そう言えばそうだなあ』と『ちょっと脱線な』と自分の容姿の説明を始めた。
「元々のオレは確かに人族じゃねえ。一応蛮族の部類なのかねえ。で、オレの転生はさっき言った通りなんだが、そのきっかけとなる事故で、その元の身体は死んじまったんだよ」
辻褄の合わない説明に困惑するセイル。
『死にかけた』が条件のはずの転生で、入れ物である身体が死んでしまったら理屈が合わない。
「まさか、ゾンビとか」
「なんだそりゃ?」
江戸時代の人間には通じない名前であった。
「ええと……キョンシーとか、グールとか……」
「そういうのも知らねーが、まあ、この“身体”は、一応死んでねーよ」
口答での説明に限界を感じたのか、ヨミスケは堅く閉じて封印していたフードを開き、その頭部を露わにした。
セイルを始め、そのばの全員が息を飲む。
それは、これ以上無い“異形”であった。
頭部は人族の頭に似ていた。
それも当然か、人族の平均的な形をなぞった作りになっていたからである。
だがその作りは輪郭だけで、身体同様『作り物』であることに変わりはない。
その人族を模した頭部は細かい格子細工となっており、中身を透かしていた。
言わば『頭の形をした鳥籠』である。
本当の異形はその籠の中、ちょこんと後ろ脚立ちで立ち、前脚は胸の前で揃えて垂らし、その身体の半分以上ある大きな頭にはこれまた大きな黒目のみの瞳と口からチラリと覗く前歯。頭のてっぺんからはやや長めの耳が二つ揃って“ぴょこん”と伸びている。
全身は薄く桃色の光沢がある白い柔毛に包まれているのだが、何故か人族が着るようなブレザー風の上着のみを着用している。
それは正に、生きる『ピー○ーラ○ット』そのものであった。
「し……シル○ニアフ○ミ○ー」
セイルの世代には別のマストキャラがあったようである。
「三百年後ともなると、色々とオレの知らねー言葉ができてんだなあ」
いちいち聞いてたら話が進まないと諦めたヨミスケは、子ウサギ姿の小さな前脚を“やれやれ”と振り、続ける。
「オレの種族の特徴でな、前の身体が死ぬと、適当な動物の身体を使って復活するのよ。だから基本的にオレは不死なわけだ。まあ、聞いたことも無い種族だろうな。だからまあ、もう面倒だから言っとこう。オレはな、『ソロモン系悪魔族』っつー、蛮族系の種族なんだわ」
ヨミスケの告白に、セイル、グウェリ、そして兵士の三人は、しばらく固まり、そして“驚かなかった”。
よく“可愛い”は女子に付属する要素と取られているが、実は、その可愛いを最終的に享受するのは男子の方となる。
つまり、“可愛い”とは案外男子が好む趣向なのである。
女子の言う可愛いは、『男子に好まれる女子を演出する為の行動や物品を評価するための“合格か非合格の線引き”程度の意味でしかない』場合が多々なのだ。
ということで、ヨミスケの意外な容姿に虜となったセイルと兵士は『うわー握り潰すほど思いっきり抱きしめてー』といった表情でヨミスケを凝視している。
かたや、何時もセイルを可愛いと愛でているグウェリの方は……、完全に獲物を狙う目つきであった。
可愛いを愛でるのを“愛情”とすれば、セイルら男子は『父性愛』が暴走しているといった状態だろう。
ならば女子は『母性愛』となるのであろうが、如何せん、グウェリの瞳に浮かぶのは『柔らかそうな肉』に対する食欲と、その行為を効率的に行う為の狩猟欲のみである。
どうやら“子ウサギ”という存在はグウェリにとっては愛情よりも狩猟者の気質を刺激するものだったらしい。
まあ、何時の世も、母性は我が子以外には苛烈に冷酷非情となる事も多い。
これが肉食系女子の本質というものなのかもしれない。
それはさて置き、先程まではヨミスケが勝手に感じていた恐怖だが、今度はグウェリより明確に放射された殺意という形で再燃した。
『蛇に睨まれた蛙』。その言葉のまま、捕食者に『美味しく食べてあげますよ』という宣告の幻聴を感じるほどのものだ。
ようやく我に帰ったセイルによって宥められなければ、ヨミスケが“じり”と後ずさればグウェリがその分“つつ”と進み、正に野生の世界の摂理での、一触即発の再現となる寸前なのであった。
◆ ◆ ◆
「ふう……、いかんいかん。最近柔らかい肉を美味と感じるようになってのう、つい、それ等には反射的に食欲が勝る」
セイルの背に隠れるヨミスケにようやく我に返ったグウェリは詫びを言う。
だが、その眼差しは未だに“狩猟者”であり、ヨミスケの生存本能に警鐘を鳴らさせ続けている。
「えーと、ヨミスケさん。とりあえず僕がガードしますので、話しの続きを」
「お……、おう」
ヨミスケは本来の『ソロモン系悪魔族』という、蛮族としてのちゃんとした予備の身体もある。本当のところは死んだらそのスペアが本体として復活する予定だったのだが、その場所が死んだ所からかなり遠方となり不便だったのだ。
当時、復活後の行動に支障となる事から、ヨミスケが間に合わせの用として用意したのが今の『代用品』なのだった。
因みにその本体がある場所は魔王領中央領界であり、ソロモン系悪魔族の本拠地でもあり、当然、魔族勢力の中心部でもある。
ヨミスケにとってはそこら辺の含みも込めての発言だったが、セイルはじめドラゴンであるグウェリですら『野良魔族』を知らなかった事から、そもそも魔族という存在の真実すら知らない事が良く分かった。
ならばその辺はしらを切ると決め、話しの続ける事にしたヨミスケである。
「オレはこうして何年おきかに“入れ物”を換えてな、もう何千年か冒険者とか行商人やってきたんだわ。正直、転生前の蛮族としての記憶の方がさっさと薄れてな、オランダ旅行の代わりにっちゅー感じで気儘にアチコチ旅をしてた。だからまあ、当時の同族が生きてた事も寝耳に水だったんだわ」
「ヨミスケさんの友達も長生きなんだ」
「友達っちゅーか、戦友ってとこだろうな。いくら不死っていっても完全に死なないわけじゃない。こうして精神や記憶が変質すりゃ、もう元の『メイ・フォレスト』自体は死んだっつーても過言じゃねーしな。だからまあ、ダチも似たようなもんだと思ってたんだが、ちゃっかり、変わらず生きてたんだな」
「そしてドラゴンのウロコを依頼してきた?」
「いや、違う。さっき言った通り、詫び入れの段取りだ」
「ん?、ドラゴンのウロコを“手土産”に、とかじゃないのですか」
「そこら辺は『違う』としか言えねーな。オレやダチが長生きなように、詫び入れの相手も相当長生きだ。そしてその年月分の怨みを溜め込んでいる。もしその怨みを晴らす為にゃあ領界全部巻き込む大破壊魔術を放つのも辞さない見敵必滅っちゅー奴と『話そう』としたらどうする?、もちろん敵はこっちとしてな」
「えーと、話しができる状況を……、とりあえず暴れられないように……する?」
「その通り。怨みはさらに増すだろうが、力尽くで抑え込んで、で、それから土下座って感じになるんだわ」
「その“力尽く”がドラゴンのウロコと?」
「そうだ。魔法並みの魔力を内包するウロコを素材にした代物……、ああもうっ、面倒臭え、言っちまうか。魔法並みの『拘束効果の魔術薬』、それが依頼品なんだわ。なるだけ急げって言われてんだが、物が物だ。本当はウロコなんてもんが都合良く手に入るとは思わんかったからなあ、チマチマ魔力を集める事から始めてたんだよ。それをもう一ヶ月以上続けてても予定の総量にして八厘程度。こりゃもうライフワークのレベルと諦めかけてたんだよなあ」
因みに『厘』とは割合を現す単位である。『10%が一割』、『1%が一分』、そして『0.1%が一厘』となる。
つまりヨミスケはこの一ヶ月、魔力を集め続けて想定する目標量の0.8%しか達成していない事になる。それがどのような手段かは置いといて、桁外れな魔術士としての能力を持つヨミスケをして疲れを臭わせる口調である。
その必要となる魔力の総量は考えるだに恐ろしかった。
「坊主が本物のドラゴンを見たかは知らねーが、あの巨体を維持するにゃその存在を揺るがせないってぇ力がいる。その力っつーのが『魔法レベルの魔力』っていうもんになるんだな」
加えて“魔法”と“魔術”の違いをセイルに教えるヨミスケ。
未知の知識を得て好奇心を露にする子供の様子に、ふと人間時代の頃を思い出し郷里の連中を懐かしく感じる。
「でだ、ドラゴン自体にゃ及ばないが、そのウロコ一枚にもオレらにゃあ足下にも及ばねー魔力が内包されている。それをちょいと抽出してやるわけよ。件のお伽噺の魔族が使ったドラゴンの武具は、そんな“出涸らし”になってようやく加工できるようになったウロコを砕いて張り付けた程度の代物だったが、今回の仕事に使ったウロコはそっくりそのまま返してもいい。それならば誰かに都合の悪い利用もされねーだろ?」
「必要なのは、あくまで魔力だけ。なんですね?」
「そうだ」
「ヨミスケさんが作ったというドラゴンの武具も、それと同じと?」
「……、そうだ」
「それは、『ウロコ自体が無ければ作れない』という事で間違いないと?」
「そうだ」
籠型の頭部に鎮座する子ウサギであるヨミスケ。その表情は窺おうとしても完全な無表情にしか見えない。改めて注目すればウサギ自体は絶えず口許をヒクヒクさせているだけで言葉を紡ぐ動きはしていない。どういう魔術か機能かは謎だが、ヨミスケは思考を言葉として発声する技を使っている。
つまりこの人同然の動きはするものの、木材製の人形の仕草から話の内容の真実を探るのは不可能といっていい。
間をとって沈黙するセイルは、一応はヨミスケを吟味する風体をとっていたが、実は注目しているのは全く別の事だった。
というよりも、セイルはウロコの回収自体については既に諦めていたのである。
単に珍しいといった手合いだったら、見合う金額で買い取ればいい。商人ならばそれで話しがつくだろう。
問題はウロコの本当の価値を知っていた場合。利用方法を知っているなら当然金額なんて付けられない事も知っているだろう。
ただ“本当の価値”と言っても、セイルが知っていたのは『氷結の武具』としての加工品くらいしか知らなかった。お伽噺の武具にしても、その同類といった印象程度である。その実物を知っていて、尚且つ作れるという者の言葉をの正否、そしてヨミスケ自身の説明の正否すら、既に判断が下せるといったものでもない。
なにせ何処まで正しいか正しくないかの判断もつけれないのだから。
しかしセイルとしては、ウロコに関しての説明に嘘は無いと判断した。
単に“今は”勘でしかない判断だ。そしてこの勘を確信にする時間とアイテムが必要なのだが、それを得るための、“この小細工”なのである。
「じゃあ、ヨミスケさん。その薬の作成にはどれ程かかりますか?」
「そうだな……、抽出だけなら、……ざっと五日か。他の仕事も並行せにゃならねーからなあ」
予想外の飛び込みの仕事量に流れの算段をするヨミスケ。そしてセイルには五日は中々に厳しい時間だ、もう少し時間が欲しいと考える。
「どうせなら僕もその薬の実物を見たいのですけど?」
「なら生成込みでもう三日、八日後だな」
「分かりました。じゃあ八日後に使い終わったウロコを引き取らせてもらって、という事でいいですか?、金額は……、こちらは判断つかないので、グウェリに支払った額の半額くらい……かな?」
八日間、セイルの予想ではそれでもギリギリだが、この件に関してはもう弾がない。
「半額って……、出涸らしにんな高値は付けられねーなあ。精々一割ってとこだ」
「えー、随分値落ちしますね」
「そりゃあ、そうだ。加工すりゃ人族の使う分にゃ最高峰の武具にできるが、東の領主にケンカ売れる程の旨いもんってわけでもない。ならそっちが喜ぶ形で終わらせられるほうが商人にとっちゃ助かるんだよ。だから程々安く買ってもらったほうがオレが助かる」
使い古しのウロコ一枚を加工して作れる武器防具。それは殻徒という兵器が出来た現在では、見合う性能を持たせようとすれば精々五人分。たったそれだけの数ではまるで旨味がない。
なら破格でも回収してもらう流れの方が、敵を作らない分楽なのである。
ヨミスケにしてみれば、単にそういう計算での発言だった。
そうして話しの流れが落ち着きつつある時、護衛役の兵士がセイルに耳打ちしている事をヨミスケは聞き付ける。『……御館様からは二日後に出立との事では?』と、小声であってもそこは人工の身体、聞き逃す事は無い。『しょうがないよ、こっちも蔑ろにできない事だし』とセイルが返している事から、また何かの動きがあると予想した。
そして“ふと”、手元に抱えていた写本の存在に気づいたセイルが、“つと”ヨミスケを見上げて“おずおず”と言う。
「えっと、ヨミスケさん。不都合が無ければこの写本、薬が出来るまで借りていいですか?」
この時、ヨミスケが反射的に連想した事は『暇潰し』だった。
セイルの予定が五日はズレる。その合間を埋められる“ちょうどいい”代物が写本なのだと、納得してしまった。
ヨミスケとしても、察せられてはいないものの、目の前にいる推定ドラゴンからは一刻も早く距離を取りたい。その焦りからか、深くは考えずに『おう、いいぜ』と頷く。
「わあ!、よかった。これで『野良魔族』の情報をまとめられます。父上達には絶対必要な物なので助かります!」
そうセイルに言われて人族に魔族の詳細が知れる事となったのに気付くが、それが不味いというと、実はそうでもない。
むしろ手当たり次第に殲滅の手を伸ばされるよりは、ある程度予想できるような行動をしてもらった方が“冒険者”としては助かると判断した。
「そうか……、ならその写本はやるから持っていけ。オレは内容自体は記憶してるしな。それに他にも手に入れる術がないわけじゃない」
「わっ、ありがとうございます!」
子供がオモチャを得た時の喜びの表情は、充分年寄りであるヨミスケにとっては好ましく感じてしまう事柄だ。
加えてセイルは領主の跡取り。ここらの人族の最高権力者の一族であり、自分と同類であるギフティス。売れれる恩は売り切っても損はない。
この厄介な依頼が手早く片付く鍵でもある。
それら複雑な内容が重なり過ぎた上に眼前には命の危機の具現であるドラゴンだ。
ヨミスケ本人は冷静と自覚していただろうが、やはり何処かでテンパってはいたのだろう。つい、セイルに必要以上の媚びをうってしまったのだ。
セイルはこの時ばかりは自分の感情が露骨に表れないよう、全身ガッチリと緊張していた。自分の思考が、態度や言葉で無意識に出てしまうのは嫌と言う程経験している。それが幼児の身体という、年齢的にどうしようもない事だとは分かっているが、今だけは己の内心を出すわけにはいかない。
絶対、ヨミスケに勘ぐられないよう手にいれなければならないのだ。
この『写本』を。
そして、セイルは成功した。後は、『勘』を『確信』に変えねばならない。
そのヒントは、この中にあるのだから。
〈~続く~〉
さて、間が空いてしまいました。
どうにもネタの仕込みが纏まらなかったのが原因の一つです。
もう一方の作品の方も同様の理由で遅れましたが、やっぱりネタが楽々なので進行にズレがでましたなw
加えて、あちらにも書きまさしたが執筆プラットフォームを変更しまして、それまで使ってた辞書機能が全滅。整備し直し(;つД`)。。。、と相成りマシタ。
いやもう、造語とかスラングとか、記録すると案外膨大なんだなあ……。
因みに、真っ先に登録したのは【|《》】でして、ルビ打ち用の雛型造語であります。【|○○○《】の○の位置に必要な単語を挿入して【《○○○》】の○には読みとなるルビを打つ。よく妙な読ませ方をする私にゃあ、必須なもんだったりしますw
そしてこっちの方の造語はまだ登録しきって無いので、今一執筆のノリが悪いので遅れがちナノデス。
てへ♡




