二人(?)の異邦人
「……と、いう流れでの。この金は我がウロコの代金の一部じゃ」
無表情に近い金髪美少女姿のドラゴンは、心なしか得意満面の雰囲気で食事代捻出のあらましを語った。
セイルは護衛兵士であるカインに半端倒れかかり、膝立ちのカインが両脇を掴んで支えてもらっている事でようやく立っていた。
「あははは……、なんか、これ、結構マジに不味いかも?」
御伽話の中でさえ絶対の存在であるドラゴン。
その存在に抗しきれる武具を造る素材となる、人族にとって唯一とも言える素材『ドラゴンのウロコ』。
実際のところはその活用方法すら伝説の謎素材なのだが、効果や性能自体はセイルが有する“氷結の武具”で折り紙付き。そんなものがホイホイ一般市場に流れていたのに驚愕するセイルである。
「グウェリに入れ知恵したのって、確実にマリーンだよね。ならアチコチでの食い道楽に使ってる軍資金ってのもウロコで確定ダヨネー……」
「あー、セイル様、ドンマイです」
いまいち状況の分かっていないカインから取りあえず励まされるが、その効果は全く無い。
自分だけで判断できる内容では無いので、ウルに任せるしかないと保留し、しかし現状で確認できる事だけはしようとグウェリが換金した商人の露店へと行くが、『現在品入れ調達中』との張り紙のみで、既にもぬけの殻であった。
グウェリの話しが本当ならば商人は今売り物を作りに行っているのだろう。
となると、明日、残金支払いの約束の時間に合わせて来るしかない。これからその商人を人海戦術で捜索するのとどちらが確実だろうと考えたが、はっきり言ってよく分からなかった。
この出来たてな商人街をディムオウグ家がどこまで把握してるのかも知らないのだ。結局、すぐに報告だけはしようと結論付けて食事を続けるグゥエリとは一端分かれる事にしたセイルである。
当然、これ以上ウロコのバラ撒きは厳禁と念押ししておいた。
そして予想通り、セイルから報告を受けた治安監視役の責任者やその報告が上がって知る事となるウル、何故かその場に居合わせて報告を聞いてしまったコルメットまでが急激に頭痛を感じる程の大問題となったのであった。
◆ ◆ ◆
主街道沿いにスラムの如く発生した商人街から少々離れ、温泉の湖というには少し小さめだが池と呼ぶにも大きい水辺にメイ・フォレストは来ていた。
売り物を作るためである。
中央領界及び隣接する別領界からの水脈が湯気立つ小川と化して合流する辺りで、商人街の住人によって何本もの支流が暗黙の了解の範囲で生活用途別に区切られている。
飲んでも平気なのを割り切って飲料水として使う支流、生活雑多用の上水として、また下水といて使う支流と、有り余る本数を自由に使っていた。
メイ・フォレストが選んだのはそれら住人の使用する範囲からは少々離れ、ディムオウグ家の土木作業の範囲からもズレた死角となる場所であった。
「すげえ……、水質はただの清水の範疇なのに、温泉の効能とか一日放置しても冷めねえとか、得体が知れ無さすぎんだろう……」
薬剤の作成に使えるか調査して唖然とするメイ・フォレスト。いろいろ常識外れな領域を知ってはいるが、こうも具体的に異常な事は初体験だった。
と、思ったが、ふと同様に完全に理解不能の実例をひとつ思い出し、変に安心してしまう。
「あ、だが“アレ”は始めっからそうと思いこんでたしなあ……、つか、人の想念だけでここまで妙な現実を作っちまうのは、実際目の当たりにせんと納得できねーもんなんだなあ」
当人のみ思い当たる感慨に浸りつつ、念の為カップに汲んだ温泉水に『魔力霧散』の魔術をかけてみる。
効果があれば、清水の成分通りの“ただの水”になるだろうとの行為だ。
ほんの微かだが反応はあった。だが湯に変化が起きるわけでもない。
「なんとなくだが、魔術っつーよりは“魔法”の部類での効果かあ、ならまあ、薬剤の効果と干渉して妙な事にはならねーかな」
『魔法』と『魔術』、似ている言葉で発現化する様子も似通っているが、その実態はまったく比べられない現象である。
魔法とは、人族に限らず魔族、蛮族、魔物や動植物も使用する常識外の本能から発生する超常で、『火の玉を放つ』等、同じような見た目を持つ現象を起こすモノは数多あるが、その火の玉が全て同じである保証は無い。
要は実現した“夢”だ。それを顕現させた者の想念を元にするので、火の玉で火傷をするか、凍傷を起こすか、感電するか、十人十色の反応となるのである。
対して魔術とは、魔法の理屈を解析して技能として昇華、またはダウングレード化したものだ。技術として画一化した事で安定した発現効果をもつ事になったが、現状あまり絶大な発現効果を持つものは存在せず、攻撃能力としての価値は魔法に劣るとみなされてる。
この二つの超常は、共に魔力という、体感できても観測まではできない不思議な“燃料”を使うのだが、魔法と魔術ではその使用量が決定的に違う。
主観のみの記録だが、魔法の行使とは上は上限無視で下は魔術師百人規模の儀式大魔術レベルを最低ラインとする魔力を使用する。
同じ『指先に蝋燭程度の火を灯す』という発現効果を、魔術師百人規模の魔力で行使するのがたった一人の魔法士だ。“ふうっ”と息を吹いてかき消せる灯火、魔術で作った灯火は本物同様軽く消えてしまう。少ない魔力による現象は本物よりもやや劣る現象となる。
この程度ではそれほど差の出る結果にはならないが、それ故に大火といったレベルになれば実現化ができなくなる理由になっている。
そして魔法の場合だが、灯火は灯火だ。が、この火を吹き消す事には相当苦労する事になる。
灯火であろうとする状態を維持する魔力が桁外れのせいか、周囲の環境に影響され難くなるのだ。
故に、台風並みの暴風状態にすら平気で耐える灯火となったりもする。
この現象、面白い事に逆転した状況にも同じ反応を返すようになるのだ。
魔術による灯火は現実の火と同様、“可燃物に燃え移る”。しかし、魔法による灯火は“燃え移らない”。より正確に言えば、“燃え移るかどうか分からない”。そんな灯火であって灯火では無い存在と化すわけだ。
正に、セイルが生み出した『温泉であって温泉では無い』状況と同じなのである。
そして、魔術は現実の現象と混じり易いのと同時に魔術同士でも混じり易い傾向がある。魔術の効果を“薬”として発揮する『魔術薬』は、その作成過程で何らかの別の魔術作用のある素材と混ぜて使用するのは予測不可能の結果と成りかねない非常に危険な事となるのだった。
逆に魔法による作用の場合、複数の効果重複する現象にはなっても、融合はしない効用となるので“まだ一応安心”の範疇となるのであった。
今回の場合、『温泉の効果付きの魔術薬』として、せいぜい“傷を瞬時に塞ぎ”、“体調も回復し易くなり”、“保温もできる”という良い事づくめな存在になる程度だろう。
一部意味不明な効果だが、まあ『問題ない』と割り切ったメイ・フォレストである。
周囲三メートル程を軽く封鎖状態にする結界の魔法陣を敷き、外界の状況変化に作用され難くする。これで野ざらしでの作業でも室内でするのと大差無い状態となり、こちらの作業による影響も外界へ漏れ難くできる。
ついでに他者からの認識もしづらくなるので安心して作業に集中できる。
昔から愛用している魔術薬の調合器具を並べ、素材を適量づつ放りこんでどんどん磨り潰していく。
人間時代に愛用していた物を再現した『薬研』。素材を磨り潰し、生薬同士を均等に混ぜ合わせるにも重宝する慣れた道具で、みるみる全てを粉末にしてしまう。
通常の肉体ならば披露の蓄積する作業だが、総ヒノキっぽい木製の義体は疲れを知らないのでこの手の作業に苦労は無い。
出来たての領域を早くも住処としたのか、遠くで鳴く鳥の囀りをBGMにして、“ゴリゴリ”とテンポ良く潰して混ぜ合わせ、規定の配分にした薬効に魔術を織り込んで固定していく。
一度丸薬として適量分づつ区切り、このまま用法説明をして売るか、その場で使用可能の水薬、膏薬へと加工し直して売るかの前段階まで終わらせたら、取りあえず作業終了である。
単純作業の繰り返しだが、ドラゴンのウロコの残金分としてかなり多量に作る事となった。
「これから戻って……、夜中までと明日の午前中とで、まあ何とか時間は足りるかあ……」
店を開いて、隣になった商売仲間や客との世間話から、この商人街はほぼ二十四時間動き続けていると既に知っている。まあ実質夜の二時前後には皆寝入ってしまうのだが、日の出である朝の四時頃にはもう通常運転が始まっている。
クサツの街へと入る事を目的にしている商人は朝の十時くらいまで動かないが、この“街”自体で商売し始めた連中は、夜中に加えて日の出からすぐ稼ぎ時が始まる。メイ・フォレストの商品はそいつ等にとっても必需品となるから問題ないと判断したのである。
が、生薬とは素材同士の自然結合も大事であって、つまり、ある程度寝かせる時間も必要となる。丸薬として後一時間は放置しないと薬効と魔術が安定しない。それまではのんびりと待つしかないわけだ。
再び辺りには鳥の囀りとせせらぎの音しかしなくなる。
しばらく“ぼう”っと空を眺めていたメイ・フォレストだが、微かの地面が揺れるのに気づき、その震源へとフード奥から眼差しを向けた。
それはクサツの街の防壁を造る殻徒が起こす振動だった。
資材運搬役のデカい奴、壁級殻徒、人族サイズだが人には到底持ちきれない重量の資材を片手に持って組み立て作業に従事する礫級殻徒、共に人族の切り札扱いの人型兵器だった筈だが、まるで『土木作業が専門です』といった慣れた動きで何体もが作業していた。
「……つかよう、遠目に土方と区別がつかねえ……」
殻徒に乗ってるのはここ等の地域を担当している“青鬼”共の眷族なのだろうが、現地調達の人足らしき作業員も多々交じっている。そんな様子を見た感想を独白し、視線を移す。
望遠の魔術を使用するまでもなく、まだ背の低い防壁の奥では早期に必要な施設の建築にも殻徒が従事しているのが見えた。
実はこれらの作業に殻徒が積極的に従事しているのは、ウルが殻徒の完熟訓練の代わりとして指示した事だ。まだ行動限界の把握のできない新兵が礫級殻徒の中身なのである。
そして、こうした再訓練が始まった事で、侵攻行為は一時中断となったのであったのだが、そこまではメイ・フォレストの知るところでは無かった。
そうして一時間後。店の再開をするため戻った露店には、魔術薬の噂を聞きつけた商人や生傷を負った肉体労働専門の連中が待ち構えててものの数十分で売り切れてしまう事となり、今度は追加をせがまれて再び製剤作業をするはめになるメイ・フォレストである。
◆ ◆ ◆
「ふむ、だいぶセイルも大きくなったな」
「父上~」
青鬼親子の一日ぶりの再会。ウルは先日の昼にクサツへと到着し、そこでセイルとの数週間ぶりの再会の挨拶はしたのだが、その数分後、押し迫る用事に邪魔されてまるまる一日会えず終いだったのだ。
夕食も用事で共に取る事もできず、こうして露天風呂に逃げ出して、ようやく一息付けたところをセイルが聞きつけてやってきたのである。
ウルとしては父親が恋しくて会いに来た息子を期待したのだが、実は昼間人伝で報告された厄介事の経過確認であったと知って少々残念に思いつつ、その重要性は良く理解できたために真面目に答えてやる。
『進展無し』でしか無かったが。
件の商人は何度か露店に戻って魔術薬の販売をしていた。しかし、報告を聞いての後の出動と入れ違うように店は一時的に畳まれてしまうのだ。
待機している買い手の話しでは、単にすぐ品切れとなり仕入れに出かけているらしいのだが、実にタイミングが悪い。
兵士を待機させたいのだが、どうしても人手不足でそれができない。それ以前にそんな場所に兵士を長々と置くと検問遅延の苦情が殺到して騒ぎになるので不可能だったのだ。
結局、姿の確認すら出来ずに『今日は終いだ。また明日日が昇ってから来てくれ』という張り紙が残されるのを最後に撤収となったのであった。
帰宅したグウェリへの確認で売ったウロコは一枚だけ。それも今日の事であり、明日、その商人を何とかできれば問題無い。
マリーンの方は完全に未確認だが、当人が『魚介が食いたくなった』と南方へ転移してしまったので暫く確認できない。
結局放置状態なのだが、こればかりはしょうがない。
先送りの問題ばかりだが、結果の出ない事に気をおいても意味はない。しばらくぶりの親子の触れ合いを素直に楽しむのが精神的には良いと、共に湯船に浸かったセイルを愛でる事にしたウルなのであった。
表面上動じていない風を装っているが、現状はウルとって初めて尽くしのオンパレードである。
まず、湯浴み以外の入浴が初めてだ。
狭いバスタブに横たわって手早く全身洗われるのに任せた作業的な入浴。
その概念の真逆となる解放感である。
手足を自由に伸ばし、湯に浮かんで“寝転がれる”事の楽しさはクセになる。
そこへセイルである。
正直のところ、裸の息子を抱くのは生まれて初めての経験だった。
出産の時でさえ手渡された息子は“おくるみ”に包まれていたし、三度くり返しても壊れそうな小ささに怯えて長々と持ち続けるのが恐かった。
最近は騒動続きで必要以上に子に触れたい衝動に正直ではあったが、それもしっかりと服を着ての事だ。
このように肌と肌を接するのは上二人の息子では無かったし、セイルですら初めての事。
そして自分の身体が辛うじて似た思い出としているのは、手の平に納まるのではないかと錯覚する、やはり生まれたばかりの頃の事だ。
“大きくなった”というには的外れだが、それがウルの正直な感想なのである。
「ウロコの件は早急に対応するのは明日の商人だけとなるな。マリーン殿の方は完全に保留だ」
「ですよねー」
「まあ、セイルの持つ武具がそうホイホイできる物とも思えんし、あまり深刻に考えてもしょうがなかろう。だからこの件は終いだ」
「はい」
露天風呂の作法としては湯船に入る前に身体の汚れは落とすと聞いているので、浸かったままで余りする事はない。
だから無意味にセイルを“たかいたかい”しつつ困らせていたが、それで視線が上がったせいか、露天風呂奥の“惨状”に気づいてしまったようだ。
「父上、あの、彼女達は……?」
「う、うむ、そっとしといてやれ」
「……はい」
ウルが逃げ込んだ時には既に“この惨状であった”。
先日、ウルと共にやって来たメイド隊と本日合流したヒノを含めての十一人。
全員、湯船に浮かぶようにしての死屍累々の有り様である。女としての最低限の嗜みもない、疲労困憊に完全支配されたあられもない骸の集団であった。
しかし彼女達の活躍はその成果を見事にだしていた。
ヒノの予想では数日と不確かな発言に留まったが、検閲待ちの荷や人員の六割強は今日一日で片付いた。同じペースなら明日には終わる計算なのである。
加えて……。
「商人の移動ルートをディムオウグ領とサイリュウ砦の通過に限定するよう指示をした。今後は城に待機しているリュートが検閲をしてくれる。そこで許可証を得ていない商人は砦での二次検問で弾かれるし、こちらに着いても同様だ。今待機している連中が片付けば防壁外の騒ぎは落ち着くだろうな」
「それはー……、良かったあ」
湯煙に霞む、まるで死んだ魚のように浮かぶメイド達に引きつつも安堵するセイルである。
『……ううう、もう……ひと踏ん張りよぉぉ……』
『ファイトぉぉ……』
『……おおぉぉぉ……』
ウルの言葉が届いたか、言葉は勇ましいが、発音的に幽鬼の群れのような雰囲気の唱和が届く。
親子二人はその有り様に少々悩ましい気分となり、ウルが少し息子の気分を変えてやろうと別の話題を持ち出す。
「ああ、セイルよ。この領域の成果を他の領域でも試そうという事になった。すぐにでは無いが、ここがひと段落したら後三ヶ所程、お前が支配者となる領界を巡ってもらう事になる」
「えええーーー」
「儂自身もお前に習って新しい領域を“成らし直す”つもりだがな。今回の侵攻で入手した領域は案外広い。手早く済まさんと新たな蛮族や魔族の再侵攻に合うかもしれんで急ぎたくもあるのだ。頼むぞ」
「あー、はーい……」
領界創造のひと騒ぎではもう満足できたし、そろそろ城に戻って殻徒の改造に勤しみたくなっていたセイルである。
ここへ来る間際、ようやく感覚として殻徒の操作を掴んだような気がしてたので、用事の終わりが見え始めていた今、殻徒で遊びたい衝動が再燃してきていたのだ。
「お前が残念がる気持ちは知っているが諦めろ。だがまあ、以後の段取りで一度戻るサイリュウ砦で“良い事”もあるだろうからな、それで少しは気を慰めたらいいだろう」
「?……、はい?」
「まあ、楽しみにしておけ」
何か意味深な含みを持たせる言葉だが、ウルがそれ以上言う気が無いと分かるセイルは取りあえず保留としておく事とする。
どっちにしろ、背後に浮かぶメイド達が仕事を終えないかぎりは進まない事なのだろうから、と。
それからしばらくはウルはセイルから温泉に関する事を色々と聞き、セイルはウルから魔族との戦闘の勲を聞くなど、初めてとなる親子二人きり(?)の時間に花を咲かせる。
やがて、湯船奥から“イビキ”が聞こえ、湯に浸かったまま寝入り始めたメイド達を『溺れちゃイカン』と領主と息子が自ら慌てて引き上げる事となったのも、後々は笑える事となる親子の思い出となるのであった。
◆ ◆ ◆
「ええ……っと、“サイボーグ”?」
目の前の露店に座る男、メイ・フォレストを見たセイルの感想である。
灰色のフード付きの外套で頭と上半身は隠されているが、胡坐を組んで座る姿勢から腹から下は完全に露出している。
露出するそれらは全て、よく磨かれた木製の、明らかに人工的に作られた物だったのである。
「うはっ、子供なのに幻影を一発で見破るかよ。姉ちゃん、この子もあんたの同類かい?」
「セイルはギフティスじゃからの。同類と言えば同類かもしれんのう」
「……グウェリ。あんまりそう軽く経歴とか言わないほうが良いと思うんだ……」
翌日、商人が確実に居るだろう約束の時間にグウェリに付いて来たセイル一同。
一応兵士達にガードされる形なのだが、この中で一番頑丈な盾はセイル自身である。万が一があってはと無理やり前に出てみれば、突然見る事になった異形に、つい青涼として思った言葉を発してしまったセイルだった。
対して男、メイ・フォレストはグウェリの『ギフティス』という言葉に激しく反応していた。未だその顔はフードの奥に隠れているが、セイルを強く凝視する視線だけは確実に感じられる物だった。
「まいったな……、ウロコだけじゃなくてオレの“同類”まで登場かよ……。おい、児鬼の坊主、あんた“何時の時代”からやってきた?」
「え……、ええ!?」
「オレの名は『メイ・フォレスト』。だが向こうじゃ『ヨミスケ』で通っててな。ちっとばかし蘭学をかじった山男だ」
「えええっと、ヨミスケ……さん?」
「っと、何時頃の生まれか言わねえとな!。オレは……ああ、ええと西洋の年号のほうが通じるか……、確かぁぁ、千七百年頃……くらいか!!」
全身をガチャガチャ言わせ、素早い動きでセイルの両肩を掴んだメイ・フォレスト改め“ヨミスケ”が畳みかける。
兵士達が慌てるが、妙な迫力が圧力となって、セイルとヨミスケに近寄る事が出来なかった。
「僕が生まれた……、いや“こっち”に来たのは、西暦二千十三年です」
セイルの言葉を聞いたとたん、ビクンと止まるヨミスケ。
やがて、これほど近づいても中が見えないフードの奥に明らかな意気消沈の雰囲気を漂わせ、ガックリと頭を垂れる。
「おおお……、こんだぁ三百年後かよ……、どんだけいい加減なんだかなあ……」
「蘭学って江戸時代?」
「ああ、多分そんくらいだわ。オレにゃただの明和のご時世っつー感じだったがなあ。これから本場に留学してよ、本格的に蘭学を学ぼうって時に、気づいたら“ここ”だったんだわ」
足元に広げた商品を蹴散らせて『Orz』と落ち込むヨミスケ。
『はぁーーー~~……』と長い溜息をひとつつき、『ま、しょうがねーよなー』と一人納得して頭を上げる。
その時にはもう悲壮感の欠片も無く、身体を起こすと同時に昨日グウェリの腰に結わえられた金の詰まった巾着を更に三倍にしたサイズの巾着を取り出した。
「まずは、姉ちゃんとの用事を済ませようか。これが残金分だ」
「ああ、その事なのだがの……」
ウロコの一件の経緯を伝える事となる。
もちろん、グウェリがドラゴンである事は隠してだ。だがそうすると、かなり曖昧な話となるのでヨミスケに通じるのかという心配があったのだが、幸運なのかあの御伽話が有名だったのか、あっさりと内容に納得してくれる。
「ああ、魔族がドラゴンの武具を使ったっていう話しか。うん知ってるぞ。昔見た事もあるし、“作った事もある”」
そしてサラっと恐ろしい事をのたまった。
そしてヨミスケは懐からそのウロコを取り出して、セイル始め兵士全員に観えるように持ち、説明を始める。
「この深紅の色合いから、こいつは『火炎のドラゴン』のウロコだな。武具にすれば火炎系の攻撃や耐寒能力を待ち、ドラゴン並みの耐久力すら得られる事になる。こいつを素材にした剣なら西の方の氷結のドラゴンを切り裂く事もできるだろうな。もちろん似た属性の魔物なんざ撫でるように斬り殺せる」
「うむ。で、その威力が問題となっての。気軽に売るなと怒られたのじゃ」
「で、回収に来たってーわけか」
反射的に頷くセイルを見てヨミスケも返すように頷く。
「まあ、領主様の気持ちも分からんではないよな……。こんなもん使った武器、たった一人居てもマジにそこらの領域は皆殺しで壊滅するしな。……だが返さねえ」
兵士達が反射的に殺気を出すが、それをヨミスケは片手を上げて『待て』と制止する。
「こいつを素材にする代物の依頼を丁度受けててな、どうしても必要なんだよ。で、その依頼は別に武器や防具ってわけじゃない。“薬”だ。話しを聞くならこのまま続ける。ダメなら転移魔術でトンズラする。どっちにするよ、児鬼の坊主?」
気負いの無い提案、というよりは宣言。つまりヨミスケは『理由を聞いて納得だけしろ』と言っているのだ。
一応返事を思案してみるセイル。
セイルの願いならばグウェリはそれなりの対応をするだろうが、この魔術師はグウェリの正体は知らずとも危険な存在とは分かっているのだ。
その上での発言である以上、逃げ切れる算段は持っているのだと分かる。つまり―――
「……聞きます」
セイルにはこう言うしかないのである。
今のところは。
〈~続く~〉




