セイルからピンキィへ~
さて、翌日から城内をうろつくセイルには同じような背丈のエルフの幼女、ピンキィが付いて歩くようになった。更にピンキィには小型ではあれ三匹の魔物も付属し、中々騒がしい一団となる。
まあ、スローロリスとスズメはピンキィに掴まっているし、騒がしいのはセイルとピンキィの足下をチョコチョコまとわりつきつつお供するポメラニアンくらいなのではあるが。
最初は女の子が喜びそうな場所をと考えたセイルだったが、よく考えたらピンキィにとっては全てが初めての環境なのであるし、望みを聞いたらまずはセイルの好む事や場所を知りたがっていたので何時もの場所、鍛冶工場へとやってきた二人であった。
「あちゅいー」
セイルには肌寒く感じる夜に平気で裸身でいられるだけあって、逆にピンキィは暑さ、いや熱さには弱い体質であった。
だがセイルだって特別熱さに強いわけではない。その秘密の一端をピンキィに教えるべく、まだまだ気後れしているが、自然になるようピンキィの手をとり握る。とたん、“さわり”と周囲の熱気が去り、やや暖かめといった温度へと変化した。
セイルが身に着け、セイルに封印されている『氷結の武具』の加護である。熱に関しては例え顕現化しなくてもある程度機能を発動し、セイルを守っているのだ。
ピンキィと接触する事で彼女にもその恩恵が伝わり、周囲の気温を体力に影響の無い程度に下げたのである。
一匹だけ恩恵から外れてしまったヨーデムは、伸縮性のあるリードを伸ばし、セイルが持つことで効果がでた。熱気に激しく舌を出して我慢していた呼吸が楽になったようで、しばらくリードの範囲内で動き回っていたが、両手が塞がることでセイルが不自由と気づいたピンキィが抱いてやることで落ち着いた。
「これが僕の“竜の加護”の一つだよ。周りが溶岩でも火傷ひとつしない。むしろ凍りつかせる程だってさ」
「しゅごーい!」
熱気を遮断できてピンキィを熱さから守れても、鍛冶工場特有の質量の暴力からは無理だ。なので何時ものように“溶鉱炉間近”までは行かず、監督所へと足を向ける。
今日はそこにティンツが居ることを聞いてたのだ。
はたして、殻徒の設計図と実物の一部を比べていたダンゲル親方とティンツを見つけた。
「お母しゃまー!」
「おはようーございます」
「おう、坊ちゃん達か」
「あらセイリュウ様にピンキィ、おはよう」
パーティーションで区切られた監督所は外気の換気があるので他よりはやや涼しい。セイルの加護から離れ、母親に抱きつくピンキィは自由にし、さっそく要件があると目配せする親方に近づくセイル。
作業机兼用のデスクには殻徒の装甲の一部、それも主装甲にリボンが鋳込まれた、『正式採用版』が置いてあった。
「親方、正式版ができたの?」
「そのテストだな。インナーとメインの装甲を接合した後の擬似触覚がどう出るか?、ついでにティンツ様にリボンの性能の実直確認を看てもらってる」
「これに鋳込んだリボンは私自身が作成したものだから、それが鋳込み後にどうなるか、看ておくに越したことはないでしょう」
「なるほどー」
「なるほにょ?」
「でだ、坊ちゃんよ、何か装甲の接合方法に便利なネタはねーかい?」
「親方、それ、今更聞くの?、もうインナーの方って生産開始してるんだよね?」
「いやなあ、案外体格差が出るもんだから、これっていう接合部の固定位置の基準が取れなくてよ。今んとこメインとインナーのリボンの通ってない部分をまとめて杭で突き貫いてボルト止めっ感じなんだわ」
「でもそれだと、リボンの位置を完璧に把握する職人技が必要になって、結局手間になるでしょう?、だから楽で便利な方法がないかなってね」
「二つの装甲のリボンの隙間を合わせてって、前以上に職人スキル高いよね?」
「ああ、いやな、リボンはメインアーマーに集中して配置している。魔術の効果が一番発揮されなきゃならん部位だからな。それにインナーとの二重で配置すると供給する魔力量も増えて非効率になるんだわ。魔力切れで動けなくなるのが早いのは駄目だからなあ、だからインナーには関節部分以外は最低限動ける程度にしか配置してない」
「んー、じゃあ、メインの接合部さえ決まってたら、インナーは問題ない感じ……だよね?」
「そうだな」
「じゃあさあ───」
セイルの発案は“スナップキット”的なものだった。メインアーマー側に予め凸型の接合用突起を最低二ヶ所出しておき、インナー側では凹型の受けを長方形のスリット状に切りスライドできるようにしておく。それとは別にメインアーマーには予めボルト止め用の穴を用意しておき、インナーの受けはその場で開口しての固定だ。
「ふむ、だが坊ちゃん、なら突起を付ける意味は無いぞ。ボルトが充分代わりになる」
「保険かなあ。ボルトは装甲表面に露出するから、ダメージとかも受けるでしょそれで破損、脱落したら装甲同士を固定する力が弱くなるし、歪むよ」
セイルがメイン装甲の四隅を指して、その一つが外れたように仮定し、残りの三カ所にかかる負荷を装甲を揺する事で表現する。殻徒の『位置固定』の魔術はそういう負荷も抑制するが、そもそも人族一人での魔力では完全に効果が無い事も分かっているのだから、余計な負荷は無い方がいい。
装甲同士が噛み合っていれば、ボルトへの負荷も減るわけだ。
「でね、この突起にリボンのプラグも付けちゃえば、インナーとの接続位置も分かりやすくない?」
テスト版という事もあり、メイン装甲から伸びるリボンは明らかにインナー装甲と噛み合って邪魔になるような位置にある。その部分も気になったセイルの指摘だった。
「ああ、なる程ね」
「“溶接”できたら楽なんだろうけどねえー」
セイルが鍛冶工場の内容で驚いたのが、十メートル以上の巨大ロボを作り出しながらもその工程に溶接が無かった事だ。
電気溶接系が無いのはなんとなく分かっていたが、バーナーの技術も無かったという事実は青涼的に盲点なのであった。
だが、大地が動くという事を知った後は納得のセイルである。可燃性の高圧縮ガスなんて、製造する技術がなければ天然に頼るしかない。しかしその天然があるかどうか?、動く大地の地下資源なんて想像もできないセイルであったし、自分の他にもギフティスはいただろけど発想すら無いようでは、そもそも可燃性ガスの存在すら怪しい事になる。
が、セイルは、ふとティンツがいる事で思いついたので聞いてみた。
「ティンツ様、魔術に雷を出せるものってありますか?」
「雷の魔術?、となると……、私は攻撃魔術に関しては余り知らないけど、『紫電の矢』という魔術はあったかしら。殻徒には効果無いけど、歩兵や騎馬兵には局部的な火傷や麻痺を与えれる……だったかしら」
「火傷や麻痺。んー……、ありがとうございます。後でちょっと調べてみます」
ガスバーナーの存在は怪しいが、代替えできる手段はないかとセイルは考えた。そしてファンタジー魔法の定番、炎や氷、雷を矢のように発射する攻撃魔法を思い浮かべた。
最初に炎で質問しなかったのは、セイルが想像したような“炎の矢”という『限定的な高温』の概念がバーナーと似通っていると考え、そのバーナーが無いなら魔法でも無いかなと思ったからである。
比べて、雷は逆に広範囲というイメージが無かった。発光放電とは、点と点を結ぶ線というイメージが青涼的にあったためだった。
仮に、『紫電の矢』に金属同士を溶着できるスポット溶接のような効果があれば、活用できるかなという想像だった。
そして魔術に関して知恵を持つ人といえば、現在帰郷中で不在の家庭教師、コルネットしか思い当たらないので、とりあえず保留としたのであった。
結局、溶接という方法の知識はあってもその詳細を知らないセイルの思惑は実らなかった。現在ある魔術を利用しての方法では実現できなかったのだ。
それはともかく、ボルト接合の流れで進行する事になって一段落した辺りで、露骨にピンキィが退屈していると分かる一同。物珍しい場所ではあっても、周り全員に全く理解できない話が続いてハブられれば当然の事であった。
母やセイルの雰囲気から無闇に口をはさまない利口さはあっても、退屈なものは退屈だ。
その雰囲気が全身から放射されていた。
母親としては何とかしたいが、まだまだ仕事優先で手が離せない。親方はそもそも未知の生物同然の存在に対応できる手段が無い。セイルにしてもピンキィの希望を優先にしたための自分の好みの場所である。ここでピンキィ好みのネタを探そうにもヒントすら無いのでは探しようが無い。
で、意外にも打開策を出したのは親方であった。
「おお、そうだ!、坊ちゃんよ、坊ちゃんの殻徒も改修し終わったから試運転代わりに散歩でもしてこいや。で、ちょいと上半身取っ外して広げっから、姫様も一緒に乗るといい」
リボンをプラグ式にした効果を発揮し、セイル専用殻徒から上半身の前面を形作る装甲部分があっという間に外された。
まだインナーアーマーの規格決定前に並行して作られた親方センスな内部骨格は、改造の自由度と強度の兼ね合いから格子網状の鉄骨仕様になっていて、装甲を外せば極端な感じ“網籠”にしか見えない。
その網格子も微調整の利くように複数箇所でネジ止めなので、緩めて伸ばして再び固定であっという間に前後に長い胴体と化してしまった。
(最初は“最低辺野郎のスCープDック”、次に未来な坊やの“ロBノIド”で、最後は対巨人兵器な“ガWォーK”かー、自由度ありすぎだぁ)
現代人の性か、脳内でも伏せ字で考えてしまう悲しさには気づかず、広さを増した“コックピット?”に、予備なのだろう、セイルサイズのイスが追加で取り付けられ、バランス調整がとられて『ほれ、乗れ』と急かされた。
普通、“着る”というスタイルの礫級殻徒は左右のバランス調整はされるが前後は着用者任せになる。
人がリュックサックを背負うように、殻徒も行軍や戦闘用の備品の多くは自前で携帯するからだ。そういう体勢はする当人の癖がはっきり出るため、下手に調整すると逆に着用者の負担になるのである。
左右の場合は必要にかられてという感じで、大概の殻徒兵は人が持てないような大型武器を使用する。するとどうしても利き手側に余計な負担が集中してしまい、全体的に微妙な歪みが堆積しがちになるので、その防止としてこまめに調整されているのだ。
だが、実はセイルの殻徒は礫級サイズにしてワンサイズ上の壁級のシステムで稼働している。
理由は単に、“セイルが着れるサイズではない”ため。
乗って移動する。思考で身体を動かすように、しかし自分本来の肉体は動かさずに殻徒の躯体を自分の身体と錯覚させる操縦魔術。そういうシステムだ。
しかしそういう個人の感性に頼るシステムは適合する者を選ぶ形になり、操縦魔術に完全対応できる者は案外少ない。
だから現状は不完全ながらの対応で済ます場合と、代替え機能的な操縦魔術による運用を並行していた。
まず不完全対応は、着用者……というか操縦者は、コックピット内でほぼ完全拘束状態になる。無理やり肉体は動かせないようにしての操縦となるわけだ。首から上と両手の十指は動かせるが、それは身体の動きに関係無い機能の作動に使用する“手動選択”が必要な操作にのみ使用するためである。
次に代替え機能だが、これがセイル専用殻徒にも使用している『行動選択式』だ。予め“歩く”や“走る”といった行動する動きを魔法陣に記録しておき、移動や攻撃の思考に対応して決まった動きをするよう設定されている。
青涼的に言えば『選択式自動機動《マクロ・モーション》』とでも名づければいのだろうか。
動きの基本は操縦者が礫級を動かしたものをキャプチャーしたのをアップサイズ化したものになる。壁級はそう機敏に動かすものでは無いので、今のところ問題になるようなトラブルも無い。なのでこの代替え機能はもっとも利用される操縦方法であった。
セイル専用殻徒の場合、思考を受けとる魔法陣は某ゲーム機のコントローラーになっている。セイルが方向ボタンを押した事に対応して動くのではなく、“押した方向に動け”という思考を受けとっての機動なのだが、実はセイルはコントローラーによる手動操縦と思い込んでいるだけの事であった。
足操作のジョグスティック式も実は形だけで、思考を拾っているのはコントローラーである。
現に、座席の位置調整で足操作は無理となり、旧来のコントローラーのみの操作であるにも関わらず、なんの調整も無しに動いているのがいい証拠だ。
こうしてセイルの思考操縦の訓練と、癖などのサンプル収集が当人の知らぬうちにされているのだが、その理由を知ったのならセイルは狂喜乱舞して協力したろうに、というのは誰も知らない故のことだろう。
因みに、セイル専用殻徒の動きの元の提供者は、モルモットとして頑張ってくれたハンス曹長であった。
さて、調整の済んだ殻徒の見通しの良い前部座席にはピンキィが座り、後部座席にはセイルが座っての散歩となった。
コースは昨日のピンキィ遭遇戦の時と変わらない。背後にはいつの間にかメイド部隊三人組が携行しているのも同じだ。
大通りを歩く時に周りに少し驚かれたが、乗っているのがセイルと知られれば平常へと戻り、今日はチュロスに似た焼き菓子の差し入れを屋台のおじさんに貰えた。
セイルとピンキィ、二人して通りにそった広場や噴水公園などを移動するうちに、珍しさと殻徒に乗っているのが子供という事に気づいた同年代の子達に取り囲まれて、しばらくは代わるがわる乗せたりよじ登らせたりの大騒ぎとなる。さすがに勝手に動かさせたりはさせなかったが、ひょんな事からピンキィが殻徒を見事に思考操縦してみせる事が分かった。
セイルでは足運びがやっとなのだが、ピンキィの場合両腕まで自在に自分の腕のように扱えて、名も知らぬ子供を掌に座らせて上下に上げ下げしている。少しも余計な動きを混ぜず、座った子供は振り落とされる事もない。
元々ピンキィは魔物の身体を自分の身体同様に扱える才能を持っているので、ハンス曹長の動きをする殻徒の駆動パターンも初見で体得してしまったのであった。
自分も扱えると分かった“大きなオモチャ”を体験してしまったピンキィに欲が出てしまうのはしょうがない事だろう。
だいぶ自制はしたつもりだろうが、市井の子等と遊び終わっての帰り道、ポツリと『いいなぁ……』と呟いていたことを、セイルはしっかり聞いていた。
そして、そういう事は、知ってしまったらもう、何かのきっかけになるものなのであった。
◆ ◆ ◆
ヴィーツィック領主一家のディムオウグ城での逗留から一ヶ月後。
長いようで短かった逗留を終え、ヴィーツィック一家は城の北門より北上し、自領への帰還の途にあった。
人族領域の北方はここ数百年、魔族との戦争はおろか人族同士の内戦らしきものも無いので、領主一家の乗る二頭立ての馬車以外には、歩兵二小隊十二名と、ヴィーツィック家メイド部隊二十名が乗るボンネット付きの大型トラックバスタイプな獣働車二台、偵察行動を兼ねる騎馬兵が二騎のみと最低限の警護人数である。
バカンス的な予定は半分以上キャンセルとなったが、その分容赦なくこき使われて三下性分を充分堪能できた事もあり、気のせいかダイカンの肌のツヤが良くなっている……ような印象はある。
奥方は夫に比べれば疲れの印象が大きいが、錬金術の新ネタを大量に仕入れたので、国に帰れば今以上に忙しくなる。その内容に内心期待しているから小さく『うふ、うふふふふ……』とほくそ笑み、馬車内に控えているメイド部隊の長、アンをドン引きさせていた。
要はこの夫婦、領主のくせにドが付くワーカホリックなのである。
自領に帰っての皇帝領への提出用、新型殻徒設計書の作成。加えて中央領の発酵領主向けにする最新式と銘打った劣化版殻徒の設計書。色々バランスを考えるのが大変で、また数ヶ月は地獄絵図な予感に震える夫婦であった。
「ところでアナタ、ピンキィの事ですけど、“アレ”で良かったのですか?」
「まあ、めったに我が儘も言わないあの子の願いだろう。誰に迷惑がかかるわけでも無いし、しばらくは好きに遊ばせてもいいだろう」
「(主にメイド部隊は大被害なのですけどねえ……)」
ダイカンの言葉に、目に見えて憔悴するアンの表情を読んだティンツだが、言葉にはしないでおいた。
そのアンは、本来なら隣に座って菓子などを摘んでいるはずだったピンキィの座席、空席をチラリと見、その空席の先、窓から見える遠ざかっていくディムオウグ城の映る景色を眺めていた。
今ここに、ピンキィはいない。ほんの少しとはいえアンの目の届かない場所に一人でいる。それがアンには不安でしょうがなかったのだ。
「(お嬢様、うっかりさんですから、何もないところで転んで泣かなければいいのですけど……)」
そんな陰鬱とした気分が呼び水になったわけでも無かろうが、三の壕の城門を抜け、四の壕というギリギリ原生林ではない牧草地地帯に入ってしばらくすると、不穏な気配が辺りに満ちる。
膝下程の下草が幾つも揺れ、伏せていた存在が姿を現す。
『ディアカルー』、犬と狐の特徴を合わせ持つこの領域の野生動物『リカルー』が魔力に汚染されて魔物化したものだ。魔物となった事で特別妙な能力を得たわけでもないが、同類同士でテレパシーじみた共感を持つようになり、一つの群れが獲物と遭遇すると、あっという間に近場の別の集団を呼び寄せての大集団となる。
今ここには八匹だが、ものの五分もしないうちに三十匹にはなるだろう。一匹では弱い魔物だが、その数に圧されて苦戦しがちな厄介な魔物である。
この一行の場合、もっとも危険なのは身を守る術がない“馬”である。馬車やトラックバスは鉄板で覆われているのでディアカルーの牙は通らないし、一見タイヤに見えるものもゴムではない上に硬いので同様だ。
最悪、馬車と騎馬兵の馬は捨て、バスに牽引されての移動方法もできるから早めに車中への避難をしたほうが良いのだが、その騎馬兵一騎が魔物の注目を集めるようにわざわざ街道より外れて下草だらけの街道脇へと移動した。
馬車もバスもその場に停車し、バスからは窓を細めに開けて弓の準備をする兵の姿が見えるものの、特に領主の馬車をガードする動きも無い。
魔物の群れは、それでも一騎だけ離れて孤立した騎馬兵を最初の獲物と決めたのか、グルリと囲むように展開した。
もしこの魔物が、もう少し飢えてなくて、馬という獲物に慣れていれば、とある違和感に気づいたかもしれない。
騎馬兵という事で鞍を乗せただけの軽装ではなく、要所要所に燻し銀の半光沢のある装甲をまとっている馬は、装甲以外は白く染まっている。つまり白馬なのだが、その白さが“毛並み”とは違う印象があった。光沢の抑えられた装甲よりも鮮やかに光を反射する様は、剥き出しの身体自体が装甲のような印象で、事実、その身体は装甲であった。
白さは塗料によるものでその下は鋼鉄だ。全身、鋼鉄の馬。額からは一本の地金の色剥き出しの角、のように見える“波打つ剣身”が突き出し、鞍に収まる軽装鎧の騎手自体、よくよく見ればまだ幼い子供である。
馬の腰部から鞍と騎手を覆うように網籠が広がり、シルエットを窺わせるのみとなった瞬間、鋼の馬から八匹の魔物を赤い光線がジグザグに曲がりなからも一本に結ぶ。
「っ、突っ貫ーーー!!」
爆発したように土煙が立ちあがり、鉄馬が消え去った瞬間、一匹のディアカルーが粉砕した。全く気づかない内に巨大な蹄で踏みつぶされたのだ。残り七匹の魔物も同様の末路を辿る。赤いラインに沿うよう残像すら残す速度の鉄馬に蹴り飛ばされ、踏まれ、最後の一匹は馬頭を下げた剣身に突き上げられて“真っ二つ”に裂かれた。
騎手の鬨の声から一秒未満で全滅したディアカルーの一団の有り様を馬車の中から見て、ティンツがもう一度夫に問うた。
「……アナタ、ピンキィ、“アレ”で本当に良いのですか?」
魔物の特徴通りに次々と後続が現れ近寄ってくるのを、ピンキィが駆る鉄馬は意気揚々と狩り散らして往く。『きゃはははー♪』と可愛らしい声があがるが、色を添えているのは魔物の鮮血、ティンツと同様ピンキィの大暴れを見ているアンが『ううう、お嬢様ぁ』と嘆く様子が哀れであった。
「……まあ、大好きになったセイリュウ殿からのプレゼントだからなあ。安全面も充分あるようだし、領界に着くまでの護衛遊びぐらい、許してやろうじゃないか」
「あああーっ、お嬢様ぁぁ!」
魔物の追加四団めの始末で鉄馬が派手にすっ転ぶ。ピンキィ自身は特に驚きも泣きもしてなく、『びっくりしちゃー♪』とご機嫌のままだ。
アンの心中には全く気づかないで……。
その様子を“可哀想なもの”を見るような気分になった夫婦は、この騒ぎが終わったら、取りあえずピンキィは馬車で一休みさせようと決めた。
主にこのメイドの為に。
◆ ◆ ◆
「坊ちゃん、サクッと凄まじいもんを出してくれたぜ」
「“鉄の騎馬”か、『殻馬』とでも名付けようか」
鍛冶工場、監督所。ダンゲル親方と領主ウルは一枚の図面を見ていた。
辿々しいペン運びで、図面と呼ぶにはおこがましいラフデザインに過ぎないが、それはピンキィが駆った鉄の馬の基礎構造図であった。
馬体そのままの動きを再現しつつ、しかし構造は青涼の記憶にあった廃車処理バイト時代の知識から流用したものだが、一部は当然、獣働車にも使われているから親方も普通に理解できた。
何よりも殻徒同様乗る人の魔力で動く上に、魔蜃炉一器を内蔵する仕様にしており、殻徒に使用される魔術をほぼ完全に行使できるのが利点であった。
「『親方~、ちょっと我が儘言っていい?』ってコレ見せられた時は顎外れたぜ」
「あっはっはっ!、コレで我が儘か。我が子ながらとんでもないな!」
セイルはピンキィへのプレゼント程度に考えたことだったが、只でさえ希少な魔蜃炉を使用したことで製作予定だった壁級殻徒一機は作れなくなった。
しかしセイルにしてみれば、危ないオモチャであるという自覚はあるのだ。可能な限り安全にしようという気持ちを優先した故の魔蜃炉の使用であった。
だが結果的に使用予定の魔蜃炉が三器余ることになり、ならと、同型機を魔蜃炉の分だけ作り、ヴィーツィック家に寄贈したのである。
つまり、ヴィーツィック家帰郷の途に使用された馬は全て殻馬(仮名)であり、ことに二騎に連結された領主の馬車は、魔蜃炉二器の魔力によって完全に要塞化した代物であったのだった。
あの程度の魔物、何万匹来ようが頓着しなかったのである。
「御館様よ、当然うちの騎馬隊も換装すんだろう?」
「だな、しない理由がない。まあ、魔蜃炉は無理だろうが、礫級殻徒を動かせれば問題ないのだろう?」
「全く無い。悔しいくらいねぇ」
人馬一体という言葉があるように、騎手と馬は一つの生き物のように行動できる場合がある。
これは馬が騎手の仕草を読んでということなのだが、その逆、人が馬の仕草を読んでということも含む。
つまり、ただの道具としての鉄馬も、乗る騎手が馬を思う様子から殻徒としての機能を発揮し、普段の馬に乗ると同じように駆けれたのだ。ほぼなんの訓練も無しに換装できた騎馬隊は、本来馬の体力に左右された行動制限を全く必要としなくなる。騎馬兵の魔力のみがコストとなる運用は大きな利点となった。
こうして、殻徒、そして殻馬という新部隊を得たウルの侵攻軍は、魔族から『鉄鬼兵団』の異名をもらい、恐れられることとなる。
それは侵攻開始二ヶ月前のこの日から、幼い児鬼が幼い幼女に些細な贈り物をしたいと思ったことをきっかけにしたものだったのである。
〈青い児鬼と鋼の幼女、~終わり~〉




