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異世界ゼミの主人公諸君  作者: 福緒唯
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異世界ゼミ[8]

ゴーン ゴーン


 ちょうど二限の終わりを告げるチャイムの音が重く響く。冴夕の驚いた顔を見ながら、僕の気持ちも重く沈んでいった。どうしてこんな言い方しかできないんだろう。


「あ、あれ……え? このあと十二時半からだよ、ね? おかしいな。プリント何度も読んだのに」


 バッグからクリアファイルを出そうとする冴夕を止める。


「ううん。あってると思うよ。僕は未来史ゼミじゃないから」


「なん、で……」


「……未来史ゼミ、落ちたんだ」


「な、なんで?! 真央が落ちるはずないのに!」


「でも、落ちたんだ。本当だよ」


「うそ。わたしこのあと平尾教授になんでか聞いてくる!」


「冴夕」


 僕は静かに冴夕を制する。けど、冴夕の言葉は止まらない。付き合いの長い僕は、彼女の口から今にも溢れそうな言葉がなにか分かっていた。だから、


「だ、だって!!」


 ……お願いだから、その続きを言うな。


「私より真央のほうが相応しいのに!」


 選ばれた側の冴夕に、その言葉を投げられて、僕は思わず声を荒げる。


「やめてくれ!」


 ビクリ、冴夕の身体が揺れる。手にしたペットボトルがボトッと音をたてて地面に落ちていった。冴夕の足下に転がっていったそれは、春の鈍い陽光を吸い込み、コンクリートにあかいろの光を滲ませる。


「これ以上……言わないでくれ……」


選ばれなかった自分が情けなくて、幼馴染に声を荒げる自分が情けなくて。僕が望んだ場所にいる彼女を妬む自分が情けなくて。望まなかった場所にいる自分が情けなくて――今すぐこの場所から消えてしまいたかった。情けなくて、仕方がなかった。


冴夕の落としたペットボトルを拾って、手渡す。あたたかいペットボトルに反して、少しだけ触れた彼女の指先は冷たかった。


「大きな声出してごめん。冴夕、急いだほうがいいよ。顔合わせに遅刻するのは良くない。……僕ももう行くから」


 トートバッグを肩にかけ直して一歩。冴夕に背中を向ける。震える唇を噛んで、ただただ声が震えないように願いながら、情けない……ばかみたいな意地を支えに声を発した。


「ゼミ、がんばってね」


 振り向かずに歩き始める。冴夕の足音は聞こえない。でもきっと真面目な冴夕のことだから、時間に間に合うように向かうはずだ――そうであってくれと思う。


 ああ……こんなことになるなら、逃げたりせずに結果がわかってすぐに冴夕と話していればよかった。冴夕も未来史ゼミを第一希望にしているであろうことは想像に難くなかったのに。


 今朝折り合いをつけたはずの気持ち。だけど、実際は未練にまみれていたことを痛感させられて情けなかった。暗い感情は、暗い感情を連れてくる。冴夕はこれから未来史ゼミの顔合わせだ。それは、僕が望んだ三年間のはじまり。反対に僕は……自分のせいで最悪にしてしまった顔合わせのあと。


 校門に向かう足取りは、自分のなかの嫌な感情が加速していくのに比例してどんどん早くなる。早歩き、駆け足、小走り、とうとう走り出しそうになったとき、僕は足を止めた。どれだけ走っても、どこにも逃げることはできないのに。急に立ち止まった反動で言葉が漏れる。


「はは、なんだよ。異世界ゼミって」


 ポロリと涙が一粒頬を伝った。情けなさとやるせなさにまみれ、ちっぽけなプライドが瓦解して。でも、これ以上涙を流したくなくて必死に抑え込んだ。思いっきり息を詰めたせいで吐き気がして、最悪の気持ちになる。僕は耐えきれずにトートバッグを抱えてしゃがみこんだ。


その瞬間、足元にぽつぽつと落ちている梅の花弁が目に飛び込む。小さな花びらは誰かの足跡で薄く汚れていた。ただそれだけのことで、僕の最後のプライドは風に吹かれたように飛んでいく……。


そして、反射的に逆流してきた胃の内容物を、僕は寸前のところで飲み込んだ。


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