How To 異世界[1]
朝陽が瞳に突き刺さって焼けるように痛み、小鳥のさえずりが爆音のヘビメタ状態。
お腹はすいているけど、食べるものは慎重に選ばないと最悪の事態になりそうだ。
手にはスマートフォン。
──つまるところ……徹夜明け。
◇
昨日は帰宅してすぐベッドに倒れ込んで、陽が傾くまで動くことができなかった。涙を流すことも、叫ぶこともない。ただグルグルと頭の中を駆け回る嫌な感情に耐えていただけだ。
夕刻、アパートの廊下ではガタンガタンと物音が響いていた――誰か引っ越してきたのかな。と思う。そんな本当にどうでもいいことが頭のキャパシティに食い込んできて、少し気持ちが楽になった。引っ越しかどうかの真偽はどうでもいい。ただ、ありがたかった。
このままズルズルと逃げていても仕方がないので、ベッドサイドに投げていたトートバッグをもってダイニングテーブルに移動した。部屋の電気を点けてから【異世界ゼミ】の概要が記されている冊子を取り出す。
ぱらり、ぱらり。ぱら、り。
読めば読むほど【異世界ゼミ】の実態は、文字通りの意味だった。
新設目的は〈未来設計を目的とし、様々な世界の理を学ぶことで在籍学生の可能性を広げることで社会に貢献する〉と謳っているが、この様々な世界の理というのが、つまるところ異世界のことで、そういった世界設定の創作物を指しているのだろう。
そう考えると顔合わせの際は動揺と驚きで混乱していたけど、文学ゼミで源氏物語だけを取り扱ったりするようなものなのかなと思う――だとしても、梅乃杜大学でわざわざ研究をする意味がてんでわからない。
「異世界転生、異世界転移、異世界……に、招待……? だっけ」
楽しそうに話していた三人の姿を思い出す。途端、じぐりと痛む胸に溜息をつく。けど、また明日と約束をした手前、今日中に異世界ゼミなるものと向き合っておきたかった。
「異世界なぁ……」
十九年間、同世代の人間と比べて本は読んできたほうだと思う。けど、物語に関しては読書感想文で読んだ名作や話のネタにするために話題作くらいしか読んだことがなかった。僕は歴史書や時代小説、エッセイ、勉学に関係する書籍をよく手にとっていたから。
エンタメ小説に分類されるものが人気なことも知っていたけど(本屋で大々的に取り上げられていたから)、自分には関係がないものだと思っていた。
スマートフォンの検索ブラウザを起動する。そこに【異世界】と入力し、検索ボタンをタップした。切り替わったページをつい……とスクロールする。
「あ、これ夏澄くんが言ってた……?」
『小説家になっちゃおう!』という文字をタップする。「なっちゃおう系とか聞いたことない?」という夏澄くんの発言と、異世界と検索して出てきたこのWebサイトは関係があるに違いない。
どうやら、プロアマ問わず様々な人が小説を投稿するサイトらしい。新着一覧からランキングまで、数多くの小説が並んでいる。えーっと……。
「『異世界に転生した俺はエクスカリバーを抜かずに林檎社ノートPCで世界を手にする』これが日間ランキング一位……。いや、タイトルが長すぎないか?」
タイトルの時点で色々ツッコミどころがあったけど、ここまで来て食わず嫌いもよくないし……なにより僕は異世界とやらを知らなすぎる。そう思って、僕はその小説を読み始めた。
◇
小洒落たデザイナーズマンション風のアパートの階段を降り、ワイヤーフレームの門を開ける。後ろ手にそれを閉めながら、僕は思わず目を細めた。空は青く澄んでいて気持ちのいい、まさに清々しい朝だ――僕を除いた十人中十人がそう言うだろう。
『小説家になっちゃおう!』で異世界を題材にした作品を読み漁っていたら、気づけば朝になっていた。
異世界を理解するべく、夜を徹してランキング上位のものから順に十数作品を読んだ。
――全然分からなかった。
確かに娯楽として嗜むエンタメ小説であれば面白いのだろう。けど、つっこみどころがあまりにも多すぎた。
まず、主人公はどうして異世界に適応できるのか……適応するためのファンタジー要素を加味しても軒並みスキルが高すぎる。転生を題材にした作品だと、前世が不幸という設定が多かったけど不幸というより不運だ。転移にしてもほぼ別人のようになってしまったりするのが不思議でならなかった。次から次に登場人物が増えていくし、ほとんどがカタカナ名なので整理するのに時間がかかる。ヒロインという立ち位置の女性も見ず知らずの身分不明の男を信用しすぎだ。不用心で心配になってしまう……。あと、必ず日本を元にしたなにかしらが登場するのもなんでなんだ……? 中世の世界じゃないのか? それに日間ランキングのほとんどは〈連載中作品〉で伏線らしいものが回収されることもなくてモヤモヤとしてしまったのも大きな原因かもしれない……。
ひとつひとつ疑問を書き出して読み進めるうち、僕はこれからこの世界について考察・研究をするのかと思ったら気が遠くなってしまった。
――結局、異世界については謎が深まるばかりで、個人研究の題材を決めることもできていない。
そんな僕の背中を朝陽が責めるように照らしている。
とぼとぼと大学に向かいながら、道中コンビニでスポーツドリンクとゼリー飲料を購入した。頭を働かせるために選んだのは、ブドウ糖が多く含まれたゼリー飲料。その人工的なラムネ味を口に含んで、僕はがくりと背中を落とした。




