How To 異世界[2]
教室に入ると、昨日と同じ座席に夏澄くんと九条さんが座っていた。
「おはよう」
「おーっす! おはよ!」
「おはようございます」
こちらを向いて挨拶をした夏澄くんは再びスマートフォンを横向きに構えて、ぽちぽちと画面をタップしている。九条さんは品の良いブックカバーをかけた文庫本に栞を挟もうとしていた。
「織部くん、あの後なにか分からないこととかありませんでしたか?」
「大丈夫……だったと思う。少なくとも貰った冊子については」
言いよどむ僕を見て、九条さんは綺麗な形の眉をきゅっと切なげに寄せる。
「では、他のことでなにか? それに顔色も悪いですし……」
ギクリとする。けど、これに関しては逃げても隠してもしょうがない問題なので、しっかりと伝えることにした。
「【異世界ゼミ】については分かったんだけど【異世界】というのが分からなくて」
「というと?」
「【異世界ゼミ】で研究するのは【異世界】のことでしょ? でも僕はこれまでそういう世界を題材にした作品に触れてこなかったんだ。児童書なんかのファンタジー作品は読んだことがあるけど……といっても、昨日九条さんが言っていたみたいにハイ・ファンタジーやロー・ファンタジーの分類も不勉強だよ? でも、それよりも異世界って調べて出てきた定義に当てはまる作品は全然でさ」
「うう、ファンタジー分類のお話がしたいところですが……今は耐えます」
「はは、またお願いするよ。だから異世界って調べて出てきた『小説家になっちゃおう!』で作品を読んでみた……」
「マジ!?」
夏澄くんがグイッと話に割り込んでくる。彼の好きな異世界分野なので当然といえば当然だ。それに彼の知識に頼りたいのも本音である。
「うん。とりあえず何作品かだけど。気づいたら朝になってて」
「わかる。わかるよ織部くん。人はそうして異世界に沼る」
――ぬまるってなに?
「完全な寝不足じゃないですか……! 今日は金曜日ですし、帰ったら早く休んでくださいね」
「でも九条さんだってそういうことあるでしょ! 新刊の発売日とかさ。しゃーなししゃーなし。 で、どの作品読んだんだよ! 語ろーぜ!」
満面の笑みを浮かべる夏澄くんの問いかけに応える前に、チラリと左斜めに目線を移す。そこには「それはそうですけどでもやっぱり心配になってしまいますしああ私も好きで夜更かししちゃうわけじゃないんですよただあまりにも面白いのでやめ時が見つからなくて朝と言わず昼前みたいなことになっちゃうわけで……」と誰に向けるでもなくブツブツ弁明している九条さんがいた。彼女には申し訳ないけど、ミーティングが始まるまえに話しておきたかったのでスルーして僕は読書履歴のページに並ぶタイトルを読み上げる。
「『異世界に転生した俺はエクスカリバーを抜かずに林檎社ノートPCで世界を手にする』『クリスタリア王国 -魔王の俺が説く平和論-』『放蕩王子と呼ばれても自由にさせていただくよ』『俺はゴブリン(32)。美少女エルフ(219)と新婚生活はじめました』『絶望世界戦記』『スキル:笑顔の勇者です』『一〇八回目の転生で推しがようやく番をその瞳に映したので盛大にガッツポーズを決めた』『じゃがいも王と呼ばれています』『って、世界滅んどるやないかーい! ~相方探して世界復興~』『Lvカンストしたので勇者パーティで荷物持ちやってまァす!』『はじめまして、異世界のキミ』『香川県民は異世界でうどんを広めます』とか、かな」
「あー、なるほど! 日間ランキングから読んだのか。連載作が多いし、ストックもあんまりなかったんじゃないか?」
「そうなんだ。だから伏線が回収されないのが気持ち悪くて……」
「まあ伏線に関しては五年以上連載してても回収されなかったりするしな!」
「え?」
「だからこそ、回収されたときの感動もひとしおなんだよ」
そ、そういうものなのか……? 作品として、それはどうなんだ……?
困惑する僕に反して、夏澄くんはとても楽しそうだ。
「で、どうだった? なっちゃおう作品の異世界モノは!」
「えっと……こういうエンタメ小説を読むのは久しぶりだったし、面白かったよ。それでいくつか質問があって」
「お、なんでも聞いてみ!」
そう言われて、僕はトートバッグからA5サイズのノートを取り出した。
「疑問に思ったこと書き出しておいたんだ。迷惑じゃなければ、異世界作品におけるこれらの疑問の回答を教えてほしい」
夏澄くんにノートを渡す。
「うお、びっちり」
気づけば全ページにわたって、しっかりと書き込んでしまったノートだ。申し訳ない気持ちもあるが、これから異世界について研究するうえではクリアにしておきたい。
「ふむ……」
夏澄くんは至極真面目な顔でノートと向き合ってくれている。めちゃくちゃいい人だ。
「織部くんの疑問に対する答えはひとつ、だな」
答えがひとつ? ノート一冊分だぞ?
訝しむ僕に、夏澄くんはまっすぐな視線を向ける。長い睫毛に縁どられたすっきりとした目元がめちゃくちゃかっこいい。
「ズバリ、様式美だ」
このイケメンはなにをいっているんだ?




