How To 異世界[3]
「様式美……それは様式の美しさを重んじる在り方。異世界作品における様式美こそ、織部くんの疑問すべてだ。主人公が転生/転移先で順応してもいい。だってそっちのほうが読んでいて気持ちいい! たまには苦難に立ち向かうくらいでいい。だけどきっと待っているのはハッピーエンド! かわいいヒロイン、頼れる親友と異世界で幸せな日々を掴む。そのなかで訪れる新たな出会い! いいじゃないか、どれだけヒロインが増えたって! 正妻も愛人も恋人もみんな平等に愛してる! 現実じゃ絶対に在りえないことこそ異世界においてのロマン! ロマンこそ異世界! そうだろ九条さん!」
「えっ!」
突然話を振られた九条さんが目を丸くする。しかし、んーと口元に手を添えて唸ったあとに話始めた。
「そうですね。異世界における様式美というのは、まさしくそのとおりです。私たち読者が様式美を踏まえているからこそ成立している異世界作品は多いです。なっちゃおう系作品は特にその傾向が強いかと。そして、その様式美をあえて外す作品も、様式美あってこそです」
異世界は様式美を重んじる。なるほど。
「じゃあ、僕の疑問点は異世界を扱う作品にとって“当たり前”のことだと思っておいたほうがいいのかな」
「いや、当たり前と様式美は違う。当たり前だと思ってしまうと固定観念が生まれるだろ。違うんだよ。異世界の様式美のレパートリーは幅広い。異世界の始まりは、人の数だけある。そして異世界が異世界を生み出す。つまり数多の様式美を掛け合わせた末に生まれるのが異世界なんだよ。だから!」
異世界の様式美を熱弁する夏澄くんは、一度大きく息を吸い込んだ。
「織部くんは異世界一年生だからさ、色々な作品を読んでみるのがいいと思う!」
ドン!
そう言って、机の下から銀色のアタッシュケースを取り出した。
抱えられそうなほどの大きさのケース。机に置いた瞬間の音は鈍器を思わせた。
「俺のオススメ作品持ってきた! 長編シリーズばっかりになるのもなって思ったんだけど、でもやっぱ好きなものは諦めきれなくてさ……。もちろん短編作品や刊行してから日が浅いものもある! 超悩んで持ってきたから、ぜひ読んでほしい!」
「あ、ありがとう……!」
僕のために、きっととんでもない重さのアタッシュケースをここまで持ってきてくれたらしい。ありがたい気持ちと熱量にビビる気持ちが天秤にかけられて半々だ。
「あ、ゲームはあっちな!」
夏澄くんは教室の隅に置かれたキャリーケースを指さす。海外旅行用のサイズのそれを目にして、ビビる気持ちのほうに天秤が大きく傾いた。
ガラガラ――
背後で控えめにドアが引かれる音がして、振り向く。そこにはスミレさんが立っていた。
心臓がドキリとする。彼女には昨日の謝罪をしなければ……!
ふい、と僕から視線を外したスミレさんは、昨日も座っていた席に落ち着いた。
僕はスミレさんに歩み寄る。大丈夫、大丈夫だ!
夏澄くんと九条さんも固唾を飲んで見守ってくれている。
「昨日はゴメン」
「………………べつに」
たっぷりと時間をとった後の返事は三文字。でもその言葉は、拒絶というよりも困惑しているような音に感じた。
どうしたものかと頭を働かせていると、スミレさんが薄桃色の唇を開く。
「……一日もなかったのに、めっちゃ読んだんだね」
「えっ」
「ごめんね、実は廊下で聞いてた」
バツが悪そうにスミレさんは笑う。もしかして、この教室に入りづらかったのはお互い様だったんじゃないか?
じゃあ、僕が言うべきなのは重ねての謝罪じゃない。もっと素直な気持ちだ。
「知らないのと知ろうとしないのは違うかなって」
一瞬、目をぱちくりさせたスミレさんはにんまりと口角をあげる。
「私もオススメ教えたげるよ。どうせ夏澄は俺ツエー系ばっか持ってきたんだろうし」
――オレツエー系とやらも様式美と見た。
つまり、スミレさんのオススメは夏澄くんとは違う様式美を兼ね備えている。なら、異世界を学ぶうえでありがたいことこのうえない……!
「……だし、やおつが読めたってことは、才能あるかもじゃんね」
ありがたさに感動してうっかり聞き逃してしまったスミレさんの言葉はあまりにも小さな声で、問い返していいものかどうか悩んでいると、再び教室のドアが開いた。




