How To 異世界[4]
「みなさん出席ですね。すばらしい」
二条学長がにこやかに教室を見渡して、これまた昨日と同じ机に荷物を置く。今日の服装はアッシュブラウンのスリーピースだ。
「昨日はすみませんでした。そのぶん今日はしっかりと時間をとってきましたよ。どのくらいかというとみなさんでフルーツバスケットをしても十分なほどです」
五人で行うフルーツバスケットはめちゃくちゃシュールだと思う。
「……とは言っても、時間は無限ではありません。フルーツバスケットはまたの機会にして、早速ですが研究内容を発表していただこうと思います。まずは個人の研究内容から。では――」
順番が回ってくる前に手を挙げる。二条学長は驚いた表情を浮かべたが「では、織部くん」と発言を許してくれた。
「まずは謝罪させてください。すみません! 異世界について不勉強で、なにをどう研究対象にすればいいのか分かっていません。みなさんに迷惑をかけないよう、すぐに決めたいとは思っていますが……今日は発表できそうにないです」
言葉にしながら、どんどんとふがいない気持ちが膨らんでいく。梅乃杜大学で学ぶゼミの大切さがわかっているからこそ、時間を無駄にしてしまっている気がして悔しかった。
僕はスタートダッシュの時点で随分後れを取っている。さっき二条学長も言っていたが、時間は無限じゃないんだ。
そんな僕の焦りを読みとったのか、二条学長は穏やかな声で告げる。
「わかりました。一年かけて追及するものですから、あまり自分を追い詰めずに……。とはいえ、月末に発表しなければならないのも本当ですので頑張ってくださいね」
胸がきゅっと詰まる。本当に申し訳ない。ぐっと気持ちを抑えた瞬間、右太ももにコツンと衝撃を感じた。
「異世界先輩に任せろって!」
小声で、だけどはっきりと夏澄くんの声が耳に届く。隣を見れば、大丈夫! と口パクをしてくれた。なんで彼はこんなにも優しいんだろう……。
その声は二条学長にも届いていたらしい(ということは九条さんにもスミレさんにも聞こえているということだ。
「では、頼もしい異世界先輩の夏澄くん。よろしくお願いします」
「まってました!」
僕と入れ替わりで夏澄くんが立ち上がる。
「俺の研究内容は『最新テクノロジーでつくる最強のハーレム』です!」
教室の空気が一気に冷えた気がした。
「俺的に異世界ってなにかなと考えたとき、やっぱりハーレムだよなって思ったんですよ。転生先の新天地で気づけばハーレムを築いている……ま、それは自発的にであったり、結果的にであったり色々ですけど。で、それをどうにか研究内容にできないかなと思って。俺は情報システム学科だし、やっぱりそっちに振る方が正解かなと。最新テクノロジーで体験できる最強のハーレム。アウトプットをVRにするのかAIにするのか……それとも別のなにかにするのか。やっぱ理想は高く持ちたいんで、色々勉強して決めます! どうですか!」
晴れやかな笑みを浮かべる夏澄くん。身振り手振りを駆使して話した内容は情熱に溢れていた――ハーレムを作るためでなければ、感動を覚えていたかもしれない。
静かに話を聞いていた学長が口を開く。
「確かに夏澄くんの熱意が伝わる良いテーマです。しかし、研究結果の考察まで含めた場合は、もう少し熟考の余地はあるかもしれませんね。なぜハーレムなのか、そもそもハーレムとはなんなのか。夏澄くんの求める異世界はそこなのか。しかし、トピックとしての見出しは大変面白いと思いますよ」
こ の 方 向 で い い の か !?
いや……ゼミはそもそも生徒主体で動くものだし(梅乃杜大学は特にそうだと聞くし)担当教員が大きく口を出すのは違うかもしれない。でもこれでいいのか……? ハーレムだぞ?
「バカじゃん?」
スミレさんの鋭いツッコミが教室に響く。バカだと一蹴するのはどうかと思うけど、僕以外にも疑問を感じる人がいてよかった。
「何言ってんだよ! ロマンを追求してこそ研究だろ?」
「バカそうだけど、なんだかんだ真面目なやつだろうなと思ってたのに本物のバカだったんだね。ほとほと呆れた。異世界=ハーレムなんてテンプレすぎ。不勉強もいいとこ。同じゼミだと思われたくないレベル」
「スミレさん、言い過ぎじゃ」
「織部は賛成なの? じゃあ、このバカと同レベルだと認識していい?」
「それは……」
ぐっ、と言葉につまる。正直僕もこのままの研究内容はどうかと思うし……。
「まあまあ、夏澄くんもまたこれから内容を煮詰めていくでしょうし。こんなにもまっすぐに想いをぶつけられる人なんです! きっと素敵な研究になりますよ」
九条さんが慌てたように仲裁に入る。スミレさんは「もうちょいマシにしなさいよ」と言って、軽く溜息をついた。心配になって夏澄くんのほうを見やれば。
「だめかぁー」
と寂しそうに笑っていた。
だめなわけではないと思う。ただ、きっとアプローチの方向性が少し違っているだけで――でも僕にはそう告げることができない。自分の異世界に対する見識の浅さが情けなかった。
「だめではないですよ。その興味・関心は評価されるべきです。けど……そうですね。スミレくんの言う通り、少し視野が狭いと感じるのは否めません。だから、もう少しだけクリアに異世界と向き合ってください」
「……! ありがとうございます! オレ、頑張ります!」
夏澄くんは勢いよく二条学長に頭を下げる。そして、椅子に座ってからふぅと息をついた。そして、視線をチラリと僕に向ける。
「まだまだ、これから」
そう言って、こっそり机の下でピースサインをつくる姿に眉を開く。彼はこんなものじゃへこたれたりはしないらしい。




