How To 異世界[5]
「じゃあ、次はスミレくんに発表をお願いします」
学長に指名されてスミレさんが立ち上がった。心なしか肩が上がっていて、少しだけ緊張しているように見える。
「私は『異世界での転職、及び領地経営スケールモデルの作成』を提案します。異世界とはいえ、生きていくうえで“働く”ということから避けては通れません。転生ですと庇護期間も設けられるかもしれませんが、転移の場合は異世界ですぐに一文無しになってしまいます。なので、異世界で職を授かり、最終的には領地を得たうえでの経営方針などのモデルを作成したいと考えています」
――めっちゃ堅実だ。
「具体的には各種チャートをベースに、異世界に魔法があるのかないのかからはじまり、ギルドに所属するか否か、領地は山に面しているか海に面しているか、そのうえで想定される特産物を考慮したうえで領地をいかに盛り立てていくか。現実のデータと照合して研究したいと思います」
――めっっっっっっっっちゃ堅実だ。
驚いた。スミレさんは厳しい言動が目立つと思っていたけど、もしかしたらめちゃくちゃ真面目なのかもしれない。見た目は完全にギャルなのに……今日も黒いショートパンツで惜し気もなく脚を出している。春先はまだ冷えるし、風邪を引かないか心配になる。
「なるほど……。具体案まで含めてとても素敵です! 商学部で培ったセンスが光りそうで楽しみですね。けど、スミレくんは一つだけ大事なことを見落としているかもしれません。でも君なら必ず気づくことができるかと。その時、この研究はきっと大きな意味を持ちます。もうひと頑張りですね」
二条学長から好感触のようだ。しかし、スミレさんが指摘された大事なことってなんだろうかと考える。それはスミレさんも同じようで、立ったまま何事か考えているようだった。
ううん……僕から見れば、ひとりで作業して研究するにはキャパシティが足りなくなりそうなことくらいしか思いつかない。ゼミの研究は基本的に一人で行う。だから、様々なチャートを駆使して研究するということはそれだけ施行回数が増えるということだ。ゼミナール一年目での研究方針としては不適切かもしれない。
「……ご指摘ありがとうございます。持ち帰って、検討させていただきます」
スミレさんはそう言って席につく。そして、机の上に出していたノートに赤いボールペンで書き込みを始めた。
その姿を見た二条学長がにこりと笑う。そして、九条さんに向き直って口を開いた。
「では、九条くん」
「はい」
静かに立ち上がった九条さんと目が合う。不意打ちでドキリとした。
九条さんも少し驚いた表情を浮かべたけど、その顔はすぐに優しい微笑みを取り戻す。
「私のテーマは『異世界文学魔法』です。古代から魔法及び魔術について遺された文献や物語が存在します。こと伝説や神話のなかであれば、古代イスラエルの王・ソロモンやアーサー王伝説のマーリンは偉大な魔法使いと呼ばれる存在の筆頭でしょう。中世以降、神秘学やスピリチュアル、オカルト、超常現象として現代の魔法は研究されていますが、私は文学の観点から学びたいと考えています。とりわけ西洋文学には魔法の気配が濃厚なので、まずはここから紐説いていきたい、です。いかがでしょうか」
二条学長はこくりと頷いた。
「西洋文学作品をきっかけに取り扱うのは私としても楽しみです。ただハイ・ファンタジーとロー・ファンタジーを異世界として取り扱う際は繊細な問題もありますので、九条くんが思っているよりも注意してください。また、造詣を深めるためにも日本発祥の文学を比較対象にしてもよいのではないでしょうか。織部くんは日本文学科ですが、こちらは詳しいですか?」
突然話を振られて驚く。けど、これは僕の専門分野に関する話だ。自信をもって発言する。
「僕が力になれるとすれば古典文学や古代史での取り扱いですね。日本発の作品でも現代文学ですと九条さんのほうが詳しいかもしれません。とりわけ平成以降のものは特に」
「なるほどなるほど、そのあたりは文学部同士で連携できるといいですね。案外そこに織部君の研究テーマが見つかるかもしれません」
「え……?」
「だって“織部くんの好きなもの”でしょう?」
――す、き?
ぴしりと脳みその奥で嫌な音が鳴った気がした。
ぱちんと学長が手のひらを合わせる。
「さて、今日だけで研究テーマが固まるとは思っていません。大丈夫ですよ。今はしっかりと向き合うべき時間です」
そう言って二条学長はビジネスバッグを持って立ち上がった。
「みなさんにサプライズがあります。移動しましょうか」




