異世界ゼミ[6]
「あの、織部くん。大丈夫?」
「っ!」
一向に喋らない僕を見かねてか、九条さんが声をかけてくれた。おかげで落ちていく思考がどうにかこうにか現実に引き上げられる。
「ゼミの詳細知らなかったんだな、ゴメン。俺つい浮かれちゃってさ……な、二人もそうだよな」
「うん、私もつい……」
「はぁ!? いや、ちがうでしょ。何を研究するかも聞かずに申請書を書くほうがバカじゃん。変なツボとか買わされそう」
「スミレちゃん! そんな言い方しなくても」
「だってそうでしょ。あーあー、空気悪い。先生もいないし帰るね。明日のミーティングまでにそれぞれの研究方針決めて来れば問題ないよね。じゃ、お先に」
バッグを手にとり、スミレさんは教室を出ていく。
残された僕らは、さっきよりも気まずい空気に包まれている。けど、僕はなにも言えず下唇を噛むばかり。しばらくして夏澄くんが口を開いた。
「このゼミの内容とか、異世界についてとかはさ、今日貰ってた冊子に全部書いてあるし。あんまり気にすんなよ。スミレちゃんもカッとなっちゃっただけで、悪気はないだろうし。多分さ、アイツ嬉しかったんだよ。このゼミに入って、異世界の話ができて」
言われてみれば、異世界の話をするスミレさんはとても楽しそうだった。
「俺もそう。こんな夢みたいなゼミに入れるなんて思ってなかった! だからさ、スミレちゃんのこと嫌いにならないでやって」
「嫌いになるなんてそんな! 水を差したのは僕だ」
悲しげに微笑む夏澄くんの姿に胸が痛む。違う、僕が伝えないといけないのは。
「ほんと、ゴメン」
「や、俺はいいんだよ。でも……そうだな。スミレちゃんにも言ってあげてよ」
「うん。そうしてあげてくれると私も嬉しい」
九条さんの言葉を受けて、夏澄くんは一つ頷いたあとニカッと笑った。
「じゃあ俺も帰るわ! 帰って織部くんにオススメするゲームと異世界作品探さなきゃな!」
リュックを背負って夏澄くんは教室を出る。照明の下、さらりと揺れた金髪が眩しい。
視線を感じて振り返ると、九条さんが胸の前で両手を組んでいた。そしてゆっくり口を開く。
「織部くん、ごめんなさい。このあと用事がなかったら、一緒に冊子を確認できたんだけど……。もともと今日は早めに帰らせていただけるようにお願いしてて」
眉尻をきゅっと下げ、上目遣いでこちらを見やる彼女に申し訳ない気持ちが増した。
「大丈夫だよ。資料はちゃんと確認しておく。どうしても分からないことがあったら……あー……明日聞いてもいいかな?」
パァっと九条さんの顔が明るくなる。気まずいなか一人残されて、自分は早く帰らないといけなかったのだから当然だろう。いや、にしても表情に出すぎだと思うけど……僕は思わず苦笑いを浮かべる。しかし、九条さんの言葉に僕の認識が間違っていたことを教えられる。
「また、明日! 絶対だよ!」
――どうやら九条さんは、僕の「明日聞いてもいいかな?」が嬉しかったらしい。
そりゃそうか。顔合わせの日にこんなことになったら、翌日から欠席するかもしれないと思われてもおかしくない。それでズルズルと休んでしまって……なんて、よくある話だ。
僕が納得している間に、九条さんは椅子に置いていたショルダーバッグを肩にかけて帰り支度を済ませていた。トン、トンと軽い足音をたてて僕の隣を通りすぎる。
そして、夏澄くんが開けっ放しにしていた扉のまえでくるりと振り返った。
「織部くん! また明日ね!」
にこりと微笑む九条さんに、僕は言葉を返す。
「うん、また明日。ありがとう。九条さん」
小さく手を振ってから小走りで廊下に消えていく彼女の背中を見送る。
夏澄くんも九条さんも良くできた人だなと思った。夏澄くんは帰ってからも僕にオススメするものを探してくれるらしいし、九条さんのまた明日という約束のおかげで、明日のミーティングに行く勇気が湧いてくる。それにスミレさんだって、きっと僕の失言がなければあのまま二人と楽しく話をしていただろう。僕が、悪い。みんないい人だ。でも。
――どうして、こんな場所にきてしまったんだろう。
なんて、思ってしまう自分にほとほと嫌気がさした。




