異世界ゼミ[2]
【国立 梅乃杜大学】
兵庫県某所。世界遺産である白鷺の城下町からバスに揺られること六十分とすこし。大学の敷地はぐるりと山に囲まれている。学校付近の住宅街には学生や教員をはじめとした学校関係者に加えて、バスロータリー付近に並ぶ店で働く人々が住んでいる。良い言い方をすれば学園都市というやつで、現実的に言えばやたら顔見知りの多い山奥のぱっとしない町だ。
しかし、現在の日本における最高学府という立ち位置がそれらの不便さを補ってなおあまりある。創立二十年という年数ながら、数多の著名人を輩出しているのだ。
梅乃杜という名は、学問の神として知られる菅原道真が愛した梅の花が由来となっている。数多の才能が集うことを願って名付けられているらしい――というのは、昨年の入学式での学長の言葉の受け売りだ。つまるところ、梅乃杜大学は新進気鋭ながら超がつく名門校であり、この大学を卒業したのちは相応のキャリアにつくことができる……というのが明確なデータとして証明されている。
入学自体が狭き門の少数精鋭方針。文学部・商学部・法学部・情報学部・工学部など各学部で定員は五十名に満たず、学科ごとに分かれればさらに細分化されていく。高水準の学びを少人数で受けることができることから、更なる学力の向上が見込めるというわけだ。年度によっては入学者0名の学部も存在する。
しかし、なにより特筆するべきはゼミナールの形態だ。
ゼミナール――通称、ゼミと呼ばれる授業は担当教員と学生が研究を行う授業を指す。自身の興味のある研究をしている教員のもとで、研究・発表を繰り返し、理解を深めていくもの。これを梅乃杜大学では二年次から全学部合同で行っている……つまり、他学部との交流のきっかけであり、普段自分が学んでいない専門分野からの指摘を受けることによって、より多角的な視点で高度な研究を三年間かけて行うことができるのだ。
ゆえに、二年次でのゼミ選択は今後の学生生活を左右する大きな問題であり……ゼミ選考の封筒が自宅に届いたときから、僕の頭を悩ませている原因だった。
「はあ……」
大学までの道のりである梅並木を歩きながら、無意識に零れた溜息にげんなりする。溜息をするたびに幸せが逃げるというなら、この半月で僕の幸せは定年を過ぎるまで消えている。
たとえ全国模試で一位を取って、超難関の梅乃杜大学に合格して、一年次での成績が最優秀者であっても、希望したゼミに合格できない。春休みの中頃に封筒を開けたときはショックを受けたし、憤りさえ覚えた。僕が落ちるということは、僕よりふさわしい人間がいたということだ。でも、そう思うとなんだか諦めさえ感じたのも事実で。
「平尾・未来史ゼミ……」
ぽつりと口から吐き出した過去の目標。数多の著名人を輩出する梅乃杜大学において名門中の名門ゼミの名前だ。平尾教諭のもと古代日本史・近現代日本史・古代西洋史・近現代西洋史など、数多の歴史を様々な視点で考察し、数年後から数十年後の未来についての提案・研究を主にしたゼミ。
梅乃杜大学への進学を考えた時、まっさきにこのゼミが頭をよぎった。未来史ゼミでの経験について書かれていた書籍を過去に読んでいたこともりあり、僕にとってそれは当たり前のような目標だった。僕の進路はここしかないだろうな、なんて。
でも結局だめなものはだめだった。
現実を受け入れるだけの時間は半月もあったし、なんだかんだ謎の新設ゼミの顔合わせに向かおうとしていることが現状だ。四月の始め、まだ冬の残滓が残るにも関わらず花を落とした梅並木を眺めて大伴旅人主催の宴で詠まれた歌――万代に年は来経とも梅の花 絶ゆることなく咲きわたるべし……を思い出す。いつの世までも梅は絶えることなく咲き続けるという意味の和歌だ。
アスファルトに落ちてなお可憐な花弁を見て、僕は唇を噛む。
大丈夫。ここで僕の大学生活が終わるわけじゃない。せめて入学したことを無駄にしないように、たとえどんな場所でも自分は為すべきことを為すために努力しよう。
僕はいつだってそうしてきたんだから何も変わることなんてない。




