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異世界ゼミの主人公諸君  作者: 福緒唯
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ぼくらの異世界[7]

 湿布を貼ってもらい、なんとか起き上がった僕はよろよろとローテーブルに肘をついて座る。行儀が悪いなと思ったけど、こうしないと恥ずかしさで崩れ落ちてしまいそうだった。


 チラリと九条さんを見るとやりきった顔をしていたので、あれは介護あれは介護と自分に言い聞かせる。でも女の子にシャツをめくられたのなんて初めてだったんだ。今はどんな顔をすればいいのか分からないだろ! なあ! ……少し落ち着こう。


「……では、いろいろありましたが再開したいと思います」


「よろしくお願いします」


 いろいろの犯人ではない九条さんがぺこりと頭を下げた。僕を含め、犯人である三人は気まずい表情を浮かべる。


「いいんですよ。ついでにお茶菓子も買ってきていただきましたし、楽しく進めていきましょう。気を張るだけで良い研究ができるわけではありません」


 そう言って学長は個包装されたお菓子を手に取る。最中とはまた渋い……。


「ささ、みなさんもどうぞ」


 勧められて各々手を伸ばす。僕は一口サイズの栗ようかんにした。甘いと分かっていても甘い。頭に糖分がまわっていく気がする。


「お茶のお代わりもありますよ」


「おや、ありがとうございます」


 急須を手にした九条さんが二条学長の湯呑にお茶を注ぐ。ん……?? このお茶は九条さんが用意したのか……? 疑惑のまなざしを目の前の湯呑に向ける。色は普通に緑茶のそれだけど……。


「研究テーマも出そろいましたし、グループテーマを決めていきたいなと思います。いかがでしょうか?」


 ミーティングを進行させようとする学長の声に急いで思考を切り替える。薬草茶についてはまたあとだ……!


「あの! 僕からいいですか?」


 これは賭けだ。けど、僕は賭けたい。


 異世界が好きな三人に賭けたい!


「グループテーマの発表を”体験型”にすることは可能ですか?」


「というと?」


「同級生から聞いたんです。発表会のやり方は、それぞれのゼミに一任される。多くは展示タイプだけど、映像を作ったりするゼミもあるって。そこで、異世界ゼミは体験型の発表会にできないかと」


「体験型……」


「僕は異世界を学びはじめたばかりで……正直、右も左も分からない頃は魅力がイマイチピンとこなかったんです。でも、みんなのオススメを見て、聞いて、知って、どんどん興味をもっていきました」


 それはきっと、異世界ゼミのみんなのまっすぐな気持ちを受けて気持ちが動かされたから。


「だから、そんな体験をしてもらいたい。発表を見に来た人に現実で異世界を体験してもらって、それを踏まえて異世界ゼミというものを知ってほしい……! そう思ったんです」


「でも」


 スミレさんが口をはさむ。


「そうなってくると個人の研究方針も変わってきちゃうんじゃ……」


 その懸念はもっともだ。みんなそれぞれ苦心して考えてきたんだから。


「それも、たぶん大丈夫。月末の発表会は研究方針の発表会で、年度末に行われる研究結果発表会ではテーマを変えてもいい。そうですよね」


「ふふ、そうですよ」


 学長はテーブルの上でそっと指を組み合わせる。


「興味関心というものは移り替わります。一途に想う気持ちも大事ですが、時には変化を受け入れる。そうすると一途に想っていたものをさらに愛しく想う。研究とはその繰り返し。なので、今月末の発表会ではこのゼミでどんなことがしたいのかを表すことができればいいのです」


 やっぱり!

 年間スケジュールを確認したときに感じた違和感は間違っていなかった。四月末に行われる発表会は〈二年次ゼミナール活動方針発表会〉なのに対して、年度末に行われる発表会は〈二年次ゼミナール活動結果発表会〉だったからだ。方針と結果は必ずしもイコールなわけではない。


「加えて、このゼミナールは開講したばかり。存在を知らない方もいます。そして、扱っている題材は少々マニアックと言っていい。たった十分ほど展示を見ただけで理解しきるのは難しいでしょう。魅力的な学生が集ってくれたのに、それではあまりにも哀しい……ですので、私は賛成です。教室や機材の手配は力を尽くしましょう」


 よしっ! と心の中でガッツポーズをした。


 そして、僕は慌てて三人に問いかける


「ど、どうかな……?」


 学長と僕で話がトントンと進んでいってしまった。いけない……!


だって、一緒に異世界を作るのはゼミのメンバーである三人なのに! 


ドッドッドと耳元で大きく鳴る心臓の音に、無邪気な声が重なった。


「織部くんやるじゃん!」


「いっだ!!!?!」


 夏澄くんに勢いよく肩を組まれて、背中に痛みが走る。


「なにそれ超おもしろそう! そんなこと考えてたなら教えてよ! メッセージちょうだいよ! 水臭いよ!」


「ご、ごめん。でもそもそも連絡先知らな」


「俺もさ、自分の研究方針練り直しててちょっとやってみたいことがあったんだけど」


そうか。合宿ぶりのゼミってことは研究方針を変更した人もいたんだ。


「でも、これなら挑戦できるかも! くぅうーー! 超楽しみ!!!」


「そ、それはよかった」


 好感触にホッとする。夏澄くんは「よろ!」とバシバシ僕の肩を二回ほど追加で叩いたあと、傍らに置いていたリュックサックからノートPCを取り出して作業を始めた。


「学長! 機材ってどのくらいまで用意できますか?」


「何百万もするものだとさすがに困りますけど、ある程度であれば。情報システム学科の機材置き場にあるものに関しては先生方に交渉しますよ」


「んー、じゃとりあえずざっくり設計書まとめて必要なものピックアップします。頭の中にあるかんじだとそんな大変なものはないし……あー……工学部の作業棟って使えますか?」


「確認しましょう。夏澄くんのスケジュールを共有していただけますか……」


 学長と夏澄くんのやりとりを僕と同じようにじっと見つめるスミレさんに声をかけた。


「スミレさんは……どうかな?」


「……」


 変わらず、スミレさんは二人のやりとりに目をむけている。


「ありがたいことに夏澄くんは乗り気で、どんどん話を進めてくれてるけど……そもそもスミレさんがやりたいと思っていたことと離れてしまったかもしれないし、それならちゃんと話し合うべきだなと思って」


スミレさんは「はぁ……」とため息をついた。


「夏澄、水を得た魚ってかんじね」


「え?」


「あいつめちゃくちゃバカだなって思うけど、実は学科でトップを争う成績らしいの」


 PCの画面を学長に見せながら、なにやら話し込んでいる二人をチラリと見る。あんなに綺麗な顔で成績も良いのか……。


「まっ、織部も去年の成績優秀者だし」


「知ってたの?」


「当たり前じゃん。なんでこのゼミに来たのかは知らないけど」


「あー、それは……」


「別に言わなくていい。理由が聞きたいんじゃなくて、ずっと目的のほうが聞きたかったの。なにがしたくて織部はここにきたのかなーって。ね、九条さんもそう思わない?」


「……」


 話を振られた九条さんは困ったように眉を下げる。


「私たちは最初から異世界が好き。だから誘いを受けて喜々として異世界ゼミに入った。でも、織部君くんは違った。そもそも異世界を知らなかった」


 スミレさんは淡々と言葉を紡ぐ。僕は黙って聞いていた。


「アタシこんな性格だし、腹が立ってキツイ言い方したけど間違ってなかったと思う。目的もない奴と一緒に何かできると思わなかった」


「でも、織部くんは」


弁解しようとしてくれた九条さんの声をスミレさんは「そう」と遮る。


「クッソ真面目な織部は徹夜で異世界のことを知ろうとして、そのまま合宿で異世界のことを勉強して、アタシが無茶言っても情けない顔こそすれ文句は言わなかった。それだけで織部が冷やかしじゃないことは分かったよ」


「スミレさん……」


「個人の研究方針も面白そうだし、グループ研究についても考えてきてくれてた。アタシだってグループ研究について考えてなかったわけじゃないけど……アタシよりずっとずっと楽しそうなやつをアンタは提案した」


 くしゃりとスミレさんは笑った。


「正直悔しいけどさ、アタシは織部の提案に賛成」


 ぐぐーっと背伸びをしてそのままぺたんと両手のひらを床につける。細い両腕で上半身を支えながら、スミレさんの視線は上を向く。


「はぁー、研究方針考え直さなきゃかな!」


「それに関してはホントに申し訳ない……」


「バーーーカ。それが楽しいんじゃん。やるからにはとことんやるわよ」


 ニカッと笑顔を浮かべて立ち上がる。


「とゆーわけで、アタシは市場調査に行くわ」


「……!? まだミーティング終わってないよ!?」


「だってグループ研究の関係で個人研究練り直しでしょ? いまから急げば最寄り駅までのバスに間に合うし……帰りは遅くなるかもだけど、ちゃんと終バスに乗れるから。な・の・で! 早退したいです! いいですか?」


 二条学長は「そうですねぇ」と歯切れ悪く言った。


「早退も市場調査も問題はないんですが、帰りが遅くなるというのが……いやはや不便なことです」


 梅乃杜大学に最寄りの駅は存在しない。大学前のバス停(といっても大学から歩いて十五分のバス停)から三十分に一本のバスに乗って、最寄り駅まで六十分という立地になっている。


 バス停付近には小さいながらも商業施設やアーケードがあるので、暮らすだけなら不自由はない。加えて通販生活の僕にとっては気にならないけど、この周辺では手に入らないものもそれなりにある。実際に見てみたいとなるとなおさら不便だろう。


 空はほんのりと橙色に染まっている。今からバスに乗っても最寄り駅前に着く頃には薄暗くなっているだろう。買い物をして帰ってくる頃には深夜だ。二条学長が心配するのも頷ける。


「はいはーい! んじゃ、俺も一緒に行くよ! 買いたいものもあるし!」


 ええっ、とあからさまにスミレさんは表情をゆがめた。


「アンタ連れて駅前歩くのすごい嫌なんだけど」


「え!? ひどくない!?!」


「うーーーーーん、まあ背に腹は代えられない……目立つ荷物持ち兼ボディーガードだと思えばいいか……」


 スミレさんも目立つ側の人間だと思うので、これに関してはお互い様だろう……。


「夏澄くんが一緒なら安心です。お二人とも気を付けてくださいね」


「うぃっす!」


「はーい」


 二人はローテーブルの上に出していた資料やペンケースををカバンにつめて、ゼミ室から出ていった。パタパタと廊下を走る音が聞こえて「やれやれ」と学長は首を振った。


「廊下を走ってはいけません」


 でもその顔はなんだか楽しそうで、その言葉が言いたかっただけなんじゃないか? と思う。


「さて、今日はお開きにしましょう。私は学長室に戻りますが、お二人はどうしますか?」


 僕と九条さんは顔を見合わせた。


「僕は残るつもりなんだけど」


「じゃあ、私も残ります!」


「ふふ、では私は失礼します。現実での異世界体験、楽しみにしていますよ」


 さらりとプレッシャーをかけられてしまった。でも、悪くない。


 二人きりになったゼミ室は少しだけ広く感じた。もともと広い部屋ではあるのだけど。


 僕はテーブルの真ん中に積まれたお菓子の山から栗饅頭を手にとった。ぺりぺりと個包装を外して一口かじる。それにしても、こういう和菓子のアソートパックはおばあちゃんの家を思い出すなぁ。


「あの! 織部くん!」


「! ……ング、な、なにかな」


 突然九条さんが大きな声を出したので驚いた。慌てて栗饅頭を飲みこんで答える。

 九条さんはじとっと僕を見ていた。


「私に言うことがあるんじゃないですか……?」


 九条さんに言うこと……?


 なんだろう。九条さんに聞きたいこと……このタイミングで……? 僕はううんんんと唸る。そして一つ思い当たった。そうだ! なんで僕の家を知っていたのか!


「私にもグループ研究のテーマが賛成かどうか聞いてください!」


 あ、それ!?


 九条さんは恥ずかしそうに肩を震わせている。でもきっと九条さんは反対なら早い段階で反対と口にしてくれる人だろう。それをわざわざ聞いてくるということは……ということは……。寂しかった、とか?


 僕はわざとらしく居住まいを直して九条さんと向き合う。九条さんも同じようにぴしりと姿勢を伸ばした。湿布を貼られた背中がじんわりと熱をもつ。


「グループワーク、どうかな。九条さん」


「もちろん賛成です!」


 続けて、よかったぁと彼女は小さく呟いて両手を口元で合わせた。


「夏澄くんもスミレちゃんも楽しそうで羨ましかったんです。私も織部くんにありがとうって伝えたかったのに」


 面と向かって言われるとすごく気恥ずかしい。


「ありがとうございます。とっても楽しそう!」


 ふふっ、ふふと笑い声を溢す九条さん。僕はぽりぽりとこめかみをかいた。


「思いついたのは九条さんのおかげだよ」


「そっ、そうなんですか? えっ、えっ!」


 わたわたと慌てる姿に思わず笑ってしまう。


「わ、笑わないでください! どういうことですか……!」


「んー……それはちょっと恥ずかしいからパスで」


「織部くんっ!!! 言い逃げですよ!!!」


 九条さんはテーブルに上半身を載せてむむむむむと顔を顰め「白状するまで帰しません」と頬を膨らませる。絶対に言いたくない僕vs絶対に言わせたい九条さん。僕は引き分けを狙う。「えっと、ね」


 きっと彼女には通じるはずだ。


「僕、異世界のこともっと好きになれそうな気がするんだ」


「!」


九条さんは息を飲む。そして、ふにゃりと表情をゆるめた。


「もっと好きにさせてみせます!」



 ほら、ね。


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