ぼくらの異世界[6]
目が覚めた僕はうつ伏せのままズキズキとした背中の痛みに困惑しつつ耐えている。
同じ頃に目覚めた夏澄くんはローテーブルに突っ伏し、右手は側頭部に左手は腹部に当てて「いちー……」と顔をしかめていた。
……ズズ。目の前の学長は両手に持った湯呑でお茶を飲んでいる。
なにこれ。
いや、なにが起きたかはさっき聞いた。
僕と夏澄くんが源氏物語で大層盛り上がり絆を深めている光景にキレたスミレさんが僕の背中にドロップキックをかまして、そのまま倒れ込んだ僕の肩が夏澄くんの脇腹にヒット。そのまま二人とも気絶してしまった……らしい。
学長によると般若の形相で怒った九条さんがスミレさんを連れて購買まで湿布を買いに行ってくれているそうな。でも、般若の形相の九条さんは想像がつかないし、これは学長の誇張表現だと思う。
「九条くんは救急車を呼んだほうがいいのではと言っていたんですが、二人の容態を確認して大丈夫だと判断しました。しかし、明日以降もひどく痛むようであればお手数をおかけしますが病院へ行ってください。領収書は忘れずに」
「こちらこそすみません……夏澄くんの気持ちが嬉しくて、盛り上がってしまいました」
「いえいえ、ほほえましい光景でしたよ。ただ、ゼミの時間でしたから。スミレくんとしては研究内容を深めたかったようです。暴力はいけませんが、彼女の真面目さゆえですので、あまり責めないであげてくださいね」
「だって、夏澄くん」
うつ伏せのまま、首だけ夏澄くんのほうに向ける。
「……別にめちゃくちゃ怒ってるとかじゃないよ。織部くんのエルボーは二次災害だし」
それはごめん。
「でも頭はなぁ、俺の大事な女の子たちとのメモリーになにかあったらと思うと……」
それは知らん。
「ま、喧嘩するほど仲がいいって言うしな! ゼミのみんなとは三年間ずっと一緒にいるんだ。だから喧嘩両成敗! 帰ってきたらちゃんと謝るよ」
「うん。僕も謝るよ……って、スミレさんには謝ってばっかりだ」
「謝罪貯金とか作るか? 1ゴメンで罰金百円」
「けっこう溜まりそうだね」
「ふふ、いいですね。ゼミの運営費にしましょう」
「学長!!?!?!?」
「冗談ですよ。ちゃんとゼミに充てられている資金はあります。そのお金は溜まったら皆さんでご飯に行くなりするといいのでは」
「これは前向きに検討だなぁー」
なんて話していたら、ゼミ室の扉が開く音がする。二人分の足音がこっちに近づいてきた。僕はうつ伏せのまま首をまわす。にこにこ笑顔の九条さんは白いレジ袋、生気をなくしたようなスミレさんは青いレジ袋を持っていた。
「おかえり……迷惑かけてごめんね」
すごくすごく小さく「百円」という夏澄くんの声が聞こえた。
「いえ! このくらい全然! ね、スミレちゃん」
変わらずニコニコと笑みを浮かべる九条さんがスミレさんのほうを向く。
「ね、スミレちゃん?」
「…………ほんとにごめん。今度は声かけてから蹴とばす」
できれば蹴とばさないでほしい。「百円……」夏澄くん、うるさいなぁ。
「大丈夫だよ! 今は少し痛むけど……でも、大丈夫。ほら、夏澄くんも謝って」
「ゼミの時間にごめんな」
百円……と心のなかで僕はついカウントしてしまう。
「……お互いさまで、どう?」
夏澄くんの問いかけに、スミレさんは一回だけ頷いた。
その姿を見た九条さんが満足そうに微笑む。
「では、織部くんはそのままで」
そう言って九条さんはスミレさんから青いレジ袋を預かり、僕の隣で正座する。首をまわしてもよく見えないので諦めて顎を床に乗せた。ガサガサ、カサ、パコンッ、という音が聞こえ、そして……ベロンッと、僕はシャツをひん剥かれた。
「っひゃ?!!??!?!?!??!」
「動かないでくださいね」
突然外気に晒された背中にさらにヒヤリとした感覚。湿布を貼られているのだと理解したけど、別の理解が追いつかない。
「わー、やっぱり少し赤くなってますね。痛いですか?」
「……ダイジョウブ」
大丈夫なので早く背中をしまわせてほしい。
「ひゅー、いいなぁ。織部くん」
そんな夏澄くんの声をかき消すように、バキィイッと衝撃で冷えるタイプのアイスノンを殴るスミレさんの姿が視界の端に映った。
……ほんとに大丈夫かな、このゼミ。
僕のなかに、顔合わせの時とはまた違う不安が生まれた。




