ぼくらの異世界[5]
「合宿は有意義でしたか?」
和室に置かれた丸いローテーブルの周りに学長、九条さん、夏澄くん、僕、スミレさんの順に時計周りで座る。本日も全員出席だ。
「そっりゃあもう! あと二泊はしたかったですね」
正気か? 多分僕は死んでる。
「それはよかったです。次回開催までに布団一式を用意しておきますね……っと、さすがに女性陣は同室で寝泊まりするわけにはいきませんし、仮眠室でも作りましょうか」
「わあ! いいんですか!」
「スッゲー、さすが学長……!!」
「ふっふふ、そのためのハチロク・ファミリアですよ」
案外、名付け親はこの人なのかもしれないなぁと思った。
「では、早速本ミーティングをはじめましょう。本日の目標は九条くん、スミレくん、夏澄くんは前回の案からのブラッシュアップ。織部くんはテーマの発見です」
ぱちり、二条学長と目が合う。僕は静かにうなずいた。
「では、織部くんの発表からうかがいましょう。お願いします」
落ち着くために小さく深呼吸する。
トクトクと加速する心臓の音が逆に心地よく思えて変なかんじだった。
「僕の研究方針は『異世界の足跡』です。異世界について学ぶうち、従来あったファンタジーやSFというジャンルとはそもそも違うものとして異世界というジャンルが定義されているのだと感じました。これは長い年月をかけて日本が生み出した新たな文化だと仮定します。海外文学をはじめ、様々な創作物から生まれた異世界という世界。しかし、異世界を題材にした作品のなかで日本の要素が含まれるものの多くは転生者が持ち込む現代日本の家電や社会形態についての知識や、江戸時代を模した街並みなどです。さらに昔のものはあまり見かけませんでした。こちらについても研究ができればと考えていますが、僕が気になったのは”現代の日本人が異世界に想いを馳せたように、過去の人々も異世界に想いを馳せたのではないだろうか”という点でした。日本書紀に見る国生み、竹取物語での月の位置づけ、浜松中納言物語のファンタジー性など……そういった古典文学をはじめとした作品群から、異世界の足跡を辿る……これが僕の研究テーマです。」
僕は一息に想いを伝える。伝わった……だろうか……。
「ふむ……古典と異世界……そして、過去の日本人の異世界観についてですか。私は異世界のきっかけとなった海外文学――西洋の作品を主に研究している人間なので、とても面白い観点です」
二条学長の隣に座っている九条さんがこくこくと頷いている。その顔は自分のことのように嬉しそうで、思わず僕の顔もほころぶ。
「わくわくしましたか?」
「えっ」
急な問いかけに驚いて学長に向き直る。
「研究テーマを考えている時に、織部くんの胸は期待で高鳴りましたか?」
……どうだろう。正直いっぱいいっぱいで、まだまだ拙いところがあるのも事実だ。けど。
「はい! いまから研究するのが楽しみです」
「なら、よかった。素敵なテーマです」
ほっと胸を撫で下ろす。とりあえず第一関門突破というところだろうか……。
「いや、分かってないな」
僕の隣に座る夏澄くんの冷たい声が部屋に響く。
……そりゃ、そっか。
ずっと異世界のことが好きで、情熱を持っている夏澄くんのことだ。僕が一朝一夕で考えた研究テーマに満足するはずがない。どんな指摘も受け入れるぞと決心して夏澄くんのほうを向く。夏澄くんもギラギラとした瞳で僕の方を見ていた。
「そこはさ!」
……そこは?
「『俺が光源氏!? 和服美女たちに囲まれてあの手この手でハーレムだろッブォ!?!?」
「アンタより百倍マシなテーマだっつの!!!!!」
スミレさんが夏澄くんにハードカバー小説を投げてクリーンヒット。
夏澄くんは倒れて動かない。
いや、え…………?
困惑する気持ちを抑え込んで、とりあえず微動だにしない夏澄くんに声をかける。
「だいじょうぶ……?」
夏澄くんは動かない。凶器となったスミレさんのハードカバー小説を回収した。ズシリと重いそれはちょっとした辞書のようだ。
「え、死んだ…………?」
「……まだ、生きてる。でも死んだらゴリラギャルのいない異世界に転生する…………」
ごろり、と夏澄くんが体勢を変える。寝転がったまま上目遣いで僕を見上げる同い年の男は、そりゃもうびっくりするほど絵になっていた。長い睫毛が悲しそうに伏せられる。
「だって、だってさ……織部くんは古典が好きだって聞いてたから、てっきりそっち方面で攻めてくるのかと思って……俺、この二日間で源氏物語読んじゃったよ……」
「全部で五十四帖もあるよ!?」
「ううん、さすがに漫画化されたやつ」
「それでも十分すごいけど……でも、なんで? 僕が題材にすると思ったから?」
「んー、それもあるけどさ、織部くんが俺の好きなものたくさん知ってくれようとしたのが嬉しくて。俺も知りたいと思ったんだ。で、古典文学といえばやっぱ源氏物語かなーって」
僕は夏澄くんの言葉に感動する。思わず力なく投げ出されたままだった彼の手を取った。「恥ずかしいだろ……」と言いながらも、彼はその手を払わずに言葉を続ける。
「いいね、源氏物語。すごくドラマチックだった」
「平安時代の恋愛観や生活様式をはじめ、貴族社会の権力闘争を知るのにもいい作品だよ。人の欲を美しく綴っている」
「ああ……。俺もお姉さんに甘やかされたいし、かわいい女の子に愛されたいよ。六条御息所まじで怖かったけど究極のヤンデレなんだね。あと、若紫は確実に覇権だ。織部くんはだれが好きなの?」
「魅力的な登場人物たちももちろん好きだけど、僕はあの物語を書き上げた紫式部という人が好きだよ」
「わかる、この世全ての創造主は等しく神だ……」
ぎゅっ……と夏澄くんが僕の手を握る。
──その時、僕の背中に重い衝撃が走った。
ゲシッ!!!!! と、それはもう大きな衝撃が……
そして、そのまま夏澄くんのお腹のうえに倒れ込んだ。




