ぼくらの異世界[1]
春休みが終わり、梅乃杜大学文学部日本史学科二年次前期の授業が始まった。
基本的に四月いっぱいの授業は必修科目のみ確定で他はまだ仮の時間割になる。選択科目や一般教養、他学部解放講義などの授業は四月中旬までエントリー期間となり、四月下旬に抽選結果が発表となるからだ。そこから抽選に落ちた講義のコマを埋めたりして、ゴールデンウィーク明けからが本当の前期のはじまりといったかたちになるというわけだ。
一年次前期は必修科目も多かったので自由に選択できるコマが少なかったけれど、二年次からは履修できる講義も増える。
僕にはまだまだ知らないことが多い。
ずっと愚直に勉強をしてきたけど、興味を持って学んできたといえるのは日本文学だけ。それでも勉強の域を出ていないのだということがここ数日で分かった。漠然と知識を詰め込むのではなく、好きだから、知りたい。好きになりたいから、学びたい。そんな前向きな気持ちで講義一覧を見ている自分は嫌いじゃないと思った。
二年次のゼミは週に三コマ。前期の必修は六コマ。前期後期合わせての上限は二十八コマだから、単純計算で前期は十四コマ……自由に組めるのは七コマ……? あれ、意外と少ないな。チェックしていた気になる講義の数を数える。十五個。
「ぐっ……」
幸か不幸か、今日は必修科目のスケジュールでいっぱいなので問題はない。けど、明日以降の時間割には差支えがある。二限が始まるまでになんとか仮組を終わらせておきたかった。
「第二言語は必修に含まれないけど卒業単位だからマストだ。イタリア語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、中国語……中国語かなぁ。漢文学も取りたいし、現代中国語は学んでおいて損はない気がする。古典文学研究も絶対に取る。あとは……」
ひとつひとつ概要を確認しながら取捨選択を繰り返す。そのうちの一つの講義名を目にして、僕は更に頭を悩ませた。
「考古学……か」
一般的には遺跡から出土した資料をもとに人類の変化を学ぶ学問。遺跡のみではなく古代建築なども取り扱う予定と記された概要から想像するに、多岐にわたる古代日本の文化を勉強することができるはずだ。古典文学を読むうえで、当時の生活様式や文化については学んでおいたほうがいいといえる。けど……。
「冴夕……」
溜息ともに呟いた名前のその人――冴夕の所属は文学部史学科。考古学は彼女の必修講義だ。
冴夕とは顔合わせの日以来会ってない。幼馴染とはいえもともと頻繁に会ったりする間柄ではなかったけど、会わないと避けるは違う。実際、今の僕は後者だ。顔合わせの日の夜に冴夕から来たメッセージをまだ読んでいない……。
バタバタしていた。しょうがなかったんだ……。という言い訳が頭に浮かぶ。けど、ここ数日はゼミのミーティングもなかったし、家で資料を探したり、異世界について学んでいた。メッセージを返すくらいの時間は十分にあった。
僕はだらりと机に体をあずけて、ズボンの尻ポケットからスマートフォンを取り出す。
ポチ、ポチ、ポチ……緩慢な動作でメッセージアプリを起動した。つい、とスクロールをすると〈蘇芳冴夕〉の名前の横に『新着メッセージがあります』の文字。
一度大きく息を吐いてから、ゆっくりタップする。
「『真央、ごめんね』」
メッセージはたったの一文。
この一文に向き合えなかった自分が恥ずかしくて、机にゴツンと額をぶつける。
「……謝るのは僕の方だ」
起き上がって講義一覧の上部、必修科目の欄を確認する。
一時間後――月曜二限の講義は『文学概論2A』。
これは文学部生必修の講義だ。冴夕も必ず出席する。
「頑張れ、僕……」
逃げちゃだめだ……! 自分のケツは自分で拭くんだ……!
机に頭をあずけて九十度に回転した視界に決意する。
冴夕を……昼食に誘うぞ……!




