おとなりの異世界[1]
一泊二日の突貫合宿を終えた僕の体は鉛のように重く、脳内はそんじゃそこらの泥では太刀打ちできないくらの混濁具合だった……。し、しぬ……。
◇
きっちり三時間後にスミレさんにたたき起こされた僕は「じゃ、これからね」とスミレさん厳選の異世界作品を手渡された。どこかの洋服ブランドの紙バッグに丁寧に詰められた本たちはまるでおめかしをされたみたいで、大切にされていることが伝わってきた。そのうちの一冊を手に取る。きらびやかな装丁の中身は小説だった。
「い、いまから小説の時間ですか……?」
「なめてんじゃないわよ。合宿でしょ。気合いで読みなさい」
「夏澄くんは……」
僕の問いかけにスミレさんは視線で答える。夏澄くんはノートPCに真剣なまなざしを向けていた。
「一時間くらい前からこう。研究テーマについてずっと考えてる」
「それは……邪魔できないね」
「そ、だからそれ読んで。織部はインプットが足りてない。とりあえず詰めこんで、そこから情報を選ぶの。アンタそういうの得意そうだし……家帰ったらゆっくり寝ればいいじゃん」
スミレさんはそう言ってカバンからタブレットを取り出した。彼女もまた彼女の世界に潜っていく。くるりと上を向いた睫毛の奥、二つの瞳はまっすぐに異世界と向き合っていた。僕は気合を入れて小説のページをめくる。
スミレさんのオススメしてくれた小説は女性が主人公のものが八割を占めていた。物語のなかで彼女たちは強くたくましく、信じたものに向かって突き進む力を持っていた。僕はちらりとスミレさんを隠し見る。彼女もまた“強さ”を持っているところが似ている。けれど、物語の登場人物は“弱さ”も描かれているのだ。……スミレさんも? という疑問が頭をかすめる。気にならないと言えばウソだけど、今はこの異世界に集中しなければと頭を振る――あの細い肩でここまで本を運んでくれた彼女の気持ちに真摯でありたいと思ったから。
◇
結局、とっぷりと日が暮れるまでゼミ室にいた。
腕時計の情報を信じれば……二十一時四十二分。
両肩に食い込むのは女性向けファッションブランドの紙バッグ。左手で引っ張るキャリーケースの上には力なくへばるトートバッグがあった。
ぜえぜえと切れる呼吸が、早く家に帰りたいという僕の気持ちを表していた。体の重みと荷物の重みで止まりそうになる両足を気力で動かす。
頭の中はぼんやり靄がかかったようで、春を詠む句はなんで花と月を詠むのかとかそこに合わせて靄が霞がと哀愁を誘うのかなんてことを思う。ハッとして自分の額を叩く。違う、僕が頭を働かせるべきはそこじゃない。
合宿でいろんな異世界を題材にした作品に触れた。
でも、異世界の輪郭を掴むことはできても本質までは分からない。
本質が分からなければ理解したとは言えない。
理解できなければ、研究なんてできない。
帰宅してすぐに眠るのは無理そうだ――僕は疲れと寝不足でどんどん荒くなっていく呼吸の合間にそう思った。




