薬草採取の日々
あれから一週間。
林帆は毎日、ミラと一緒に西の森へ薬草を採りに行った。朝早く出発し、昼過ぎに戻る。単調だが、悪くない仕事だ。
「林帆さんは、元々何をしていたの?」
ミラが何気なく尋ねる。林帆は少し考えて答えた。
「旅をしていた。いろんな場所を渡り歩いて」
「へえー、すごいね。わたしはこの町から出たことがないよ」
ミラは羨ましそうに目を輝かせる。ヨルが横から口を挟む。
「わたしも一緒に旅してるんだ。とっても楽しいよ」
「いいなあ…いつかわたしも行ってみたい」
その時、茂みの陰からガサガサという音。三人は警戒して立ち止まる。
現れたのは、大きな猪。体長は一メートル半。牙が鋭く、目は血走っている。
「魔獣の猪だ! 普段は奥にいるのに…」
ミラが短剣を抜くが、手が震えている。
林帆は彼女の前に立ち、右手をかざした。紋章がかすかに光るが、力は出ない。
「くそっ…」
猪が突進してくる。林帆は間一髪で横に跳び、かわす。その勢いで木に激突し、猪は一瞬止まった。
「今だ!」
彼は近くの太い枝を拾い上げ、猪の頭目がけて振り下ろした。ばきっ。枝は折れたが、猪はよろめく。
「ヨル、石を投げて!」
ヨルが地面の石を拾い、猪の顔に投げつける。石が目に当たり、猪が怯んだ隙に、林帆はもう一度枝で叩いた。今度は頭蓋にひびが入ったのか、猪はその場に倒れた。
「はあ…はあ…」
三人はその場に座り込んだ。ミラが震える声で言う。
「ありがとう…一人だったら、やられてた」
「いや、みんなで協力したからだ」
林帆は猪の牙をナイフで丁寧に剥ぎ取った。町に戻れば、少しは売れるかもしれない。
その日、町長に猪の牙を渡すと、銀貨五枚の追加報酬をもらった。
「よくやった。このところ猪が出るという報告があったんだ。駆除してくれて助かった」
「町の周辺には、まだ他に危険な魔獣がいるんですか?」
「北の丘に“岩熊”が出る。あれは手強い。絶対に近づくな」
林帆は覚えておいた。
その夜、宿でヨルと今後の話をした。
「力がなくても、工夫すれば何とかなるな」
「うん。林帆さんは強いね」
「強いのは体じゃない。頭だ」
彼は右手の紋章を見つめた。まだかすかに輝いている。しかし、この一週間で少しだけ光が強くなった気がする。
「もしかすると、この世界でも少しずつ力を取り戻せるかもしれない」
「そうだね。焦らずいこう」
翌朝、また森へ向かう道すがら、林帆はふと立ち止まった。草むらの中に、見慣れない花。銀色の花びらが三枚。
「これは…銀葉参?」
以前の世界で見た霊草と同じ形。しかし、力は感じない。
「これ、薬草になるの?」
ミラが尋ねる。
「なるかもしれない。ちょっと試してみる」
彼は花を摘み、町に戻ってから煎じて飲んだ。苦い。しかし、すぐに体が温かくなった。
「効く…?」
三力循環はまだ戻らないが、少しだけ体力が回復した気がする。
「この世界の薬草も、ちゃんと効くんだ」
それから、林帆はミラに銀葉参の見分け方を教えた。この花は貴重だから、見つけたら必ず持ち帰るように。
その日から、彼の仕事は少しだけ充実した。薬草だけでなく、時には魔獣を倒し、時には銀葉参を探す。
力はない。しかし、それでも前に進んでいる。
少しずつ、少しずつ。
新しい世界での生活が、色づき始めていた。




